第43話 教官の苦労は絶えない
「あっぶねー! あいつらマジ成長しすぎじゃね!?」
アドレットは冷汗を背中一杯にぐっしょりかいていた。
先ほどの模擬試合、一対四と格好つけてやってみたはいいが思っていた以上に苦戦を強いられる結果になった。
当初は、それなりに手加減しようと思っていたのだが、そんなことをすれば逆にこちらがやられそうになりそうだった。
精霊術を覚えた大抵の人間は力に己惚れるものだ。表の態度にでなくても、知らず知らずのうちに油断を覚えることになり慢心してしまう傾向にある。
そのために、実地訓練の前に自分たちは未熟であることを叩き込み、鼻っ柱を折るのが有効であるのだが、それがまぁ大変だった。
「特にアリカとエバ。元々精霊術使えるだけあって伸び方がえぐい……」
アリカに関しては練精法を長年続けていたとのことで、身体能力面においては自分と大差なく、持ち前の俊敏さから放たれる剣閃は猛々しいの一言に尽きる。霊操法に関しては覚えたばかりで制御が甘く今回の模擬戦では使ってこなかったが、エバと切磋琢磨したことにより戦闘技術が格段に上がっていた。
エバは霊操法に関して、色性付与ができない珍しいパターンである。そのため本人もその短所を把握しており、色性付与に依らない精霊術の制御や持続力を増す訓練をしたことで、入学前から制御系の制度が高かったものがより鋭くなった。
「ボッシュもセネムも成長の跡が見られたな」
色性が土のボッシュは職人肌のように愚直に自分の役割を守っていた。俊敏さでは劣るため、土壁を作ることで盾として機能することに専念してみんなを守っていた。
セネムは遠距離から風を操り、弓矢を手足のように扱うことでこちらの動きを牽制しようとする狙いがあるのはわかったし、前衛で戦うエバとアリカのサポートに回ろうとするのもよかった。
「ま、それが十全発揮できれば満点だったんだがな」
今回アドレットが突いた弱点はチームワークだ。
それぞれの長所を上手く運用できればよかったのだが、ある程度は示し合わせていたとしても綻びを突いていけば穴は大きく広がる。それでもカバーできるのがチームワークであるが、急造チームではそこまでの意思疎通はできていない。
「残り一週間あることだし。あいつらなら何とかなるだろ」
そういう意味を込めて模擬戦をしたのだ。
彼女たちなら色々と学び取ってくれていることだろう。
一息ついたしお茶でも飲もうとしたところ。
「アドレット先輩。そちらも模擬戦が終わったんですか?」
「クリスタか。こっちはついさっきな。お前んとこも終わったみたいだな」
「はい」
「お疲れさん。茶でも飲んで情報交換といこうや」
「ありがとうございます」
教官室に同じ教官をやっている同僚であるクリスタが戻ってきた。
アドレットが気に入っている銘柄の香茶を淹れて情報交換を始めた。
「先輩が本気を出すなんて優秀な教え子たちですね」
「まぁな。元気すぎるのが二人いるが、切磋琢磨する奴がいるのは健全だからな。よっぽどひどいことにならない限りは目こぼししているよ」
アリカとエバの二人のことだ。
二人が聞けば顔を背けそうな発言であるが、それ故に期待値も人一倍ある。
「そっちはガーランド家の坊っちゃんの受け持ちだったよな?」
「はい……。素質は決して悪くないんですが」
「色性は『全色』。確かに素質は人一倍だわな」
「えぇ」
色性の適性数でいうと多いのは2~4色程度だ。
エバの無色はレアケースであるが、同じように『全色』というのも同じぐらいレアケースではある。色の適性が多ければ多いだけ、精霊術におけるできることの幅が広いことには間違いない。
間違いないのだが問題はある。
何せ人の時間というものは『有限』である。
前にボッシュに語ったことだが、色性が一色の場合は専門的に訓練ができる故にスペシャリストになれる。だが、『全色』となると満遍なく鍛えるとすべてが中途半端になるし、色によって求められる役割が全く違ってくるのだ。
なんでもできるが故の弊害。器用貧乏に八方美人。
そのため、全色適性のある者を『色男・色女』というように揶揄することがある。
「問題は素質ではなくて素行でして……」
「というと?」
「女性は口説かずにはいられないらしく……私まで言い寄る始末で」
「ははっ、なるほど。確かに『色男』だ」
この場合はどっちの意味でも色男だ。
疲れ切っているクリスタには悪いがつい笑ってしまった。
「笑い事じゃないですよ」
「悪い悪い」
「実家が開拓士養成学校の出資者だから、本当気苦労多いんですからね」
「金の問題はしゃーないわな」
開拓士養成学校だからといって、運営に関わる金については当たり前だが出資者の寄付にも頼っている。経営や経理の詳しいことに関しては門外漢ではあるが、沢山の寄付をしているガーランド家にはある程度便宜をするよう言われている。
クリスタが担当教官なのがそのいい例だろう。
おそらく、エリック・ガーランドが女性教官を要望したということだ。
だからといって。
「訓練まで甘くするんじゃねーぞ」
「当り前じゃないですか。私情を挟むことなく、さっきの模擬戦だってきっちりと務め上げました」
「本音は?」
「仕事で堂々とボコれて楽しかったです」
二人して大笑いした。
「ま、何はともあれひよっこたちのお守りはせんといかんわな」
「そうですね。大変ですががんばりましょう」
「だな」
それ以外にも実地訓練の情報交換を済ませ、二人とも職務に戻った。
「がんばれよ。若者ども」
窓の外から見えるアリカたちの姿を見かけ、誰にも聞こえぬエールを送った。




