第31話 アドレット教官
ボッシュ・ブラハムが開拓士養成学校に来る前の1日は静かなものだった。
朝が早い点は同じであるが、畑の開墾に収穫、時折は休憩を挟みながら陽が落ちる前には家に帰り着いたものだ。
農作物と自然の中で聞こえてくるのは虫や鳥の声。
実に静かなところで、四季の巡りで様相はさらに変わる。
──あぁ、村に戻りたいな。
なんてことを思うぐらいボッシュは──現実逃避をしていた。
「いい加減負けを認めなさいよっ!!」
「それはこちらのセリフでしてよ!」
……どうしてこうなった?
こないだチームを組むことになったエバとアリカが戦っている。
木剣を用いての模擬戦であるが二人の迫力は本物だ。
大怪我しそうになったら止めると言ったものの止められる気がしない。
セネムは医療班として何かあった時のために待機しているが、ハラハラと心配そうな顔をして二人を見守っている。
するとボッシュの元へ一人の男性が現れた。
「はっはー! どんな調子だボッシュ!」
「アドレット教官……いや、見ての通りですよ」
「おぉ〜こりゃまた金取れそうな試合だな!」
「そうかもしれませんが本当に取らないでくださいよ」
「ははは! 真面目だなボッシュは〜!」
非常に陽気な男──アドレットは軽い調子でボッシュの隣に立つ。
「まったく。たかがリーダーを決めるだけでこんなに揉めるなんて……」
事の発端は1日前に遡る。
チーム発足後、エバの言っていた通り精霊術の習得しているかどうかでクラス分けがされた。
身体強化が少しでも使えていれば習得済みとされ、意外なことに約30名ほど現時点で存在していた。
そして、他の連中をざっと見渡すとほぼ誰もが4〜5人程度で固まってチームを組んでいるようだった。
「エバさんの言った通りになったな」
「ボッシュ。チームを組む以上私への敬称は不要ですわ」
「お、おう。わかった……エバ」
「それでよろしいですわ。アリカとセネムも呼び捨てでお願いしますわ。私もそうしますので」
「ふん!」
「えと、よろしくね。エバ」
鼻息を荒くして名前を呼ばなかったアリカ、それに苦笑するセネム。
本当にこんな調子でやっていけるのかと不安になる。
「──おはよう諸君」
抑揚のない低い声が響いた。
先ほどまで話していた生徒たちは一瞬で静まり返る。
開拓士養成学校の主任教官セルベス。
堀の深い顔立ちで眉間に皺が寄っているせいで怖く見える顔立ちの彼が話し始めた。
「さて、早速だが知っている者もいれば知らない者もいるので説明しよう」
エバが教えてくれたことをセルベスが説明した。
この場にいる人間は精霊術が使えること。
4〜6人程度のチーム単位で組んでほしいこと。
「ピスコルは開拓士を養成する機関であるがリソースには限りがある。精霊術の心得がある者は、実地訓練も並行して行っていく予定だ」
これには静かにしていた者たちもどよめいた。
「静かに。実地訓練とは言ったがすぐに【未開拓領域】に行くわけではない。開拓領域内にて開拓士としてのイロハを叩き込むということだ」
それを聞いてボッシュは少し安心した。
開拓士になる以上避けては通れない未開拓領域。
未だ人の手は及んでいない土地の上に、未知なる自然や猛獣が蔓延っているのだ。
何かを得られたら一攫千金の価値があり、有用な情報においては計り知れない価値が出てくる。
それだけに命のリスクが高い。
だが、開拓領域は様々な情報が揃っており、人の手による道も切り開かれているのだ。
それ故に──
「【未開拓領域】に比べれば安全とでも思っている愚か者はいないな?」
ぎくりとボッシュの胸に刺さった。
「開拓領域内は比較的安全なだけで命の保障などどこにもない。開拓士でも油断したら死ぬ。諸君らがやろうとしているのは、そういうことだ。このピスコルで1年以内にやめる人間が約7割なのはどうしてかわかるか?」
ボッシュは数字のことを噂では知っていた。
厳しい訓練に耐えきれず、自分の才能のなさを悟って開拓士になるのを諦めた。
そういうものだと思っていたが、
「死人が出るからだ」
現実はさらに厳しかった。
わかっていたつもりだったが、開拓士本人から語られる言葉は重い。
「自然や地形を甘く見て死ぬ。猛獣や害魔に襲われて死ぬ。死ななくても大怪我を負って再起不能になることもある。まぁ、他にも色々あるが、それらを目の当たりにして心折れる者も少なくない」
セルベスが淡々と喋っているところが余計真実なのだと教えてくれる。
「何度でも言おう。ビャクヤ理事長も言った通り開拓士は──死にやすい」
ごくりとボッシュの喉が鳴る。
口の中がカラカラと乾く。
「だからこそ、諸君らは死の物狂いで強くなり、知識を蓄え、未知に対応しなければならない。一人ではできないことをチームを組んで立ち向かい、助け合い、困難を乗り越えろ」
この場の生徒たち全員から熱気が溢れた。
改めて覚悟を決めた顔をしている。
もちろん、ボッシュもその一人だ。
「話は長くなったが今後の話をしよう。諸君らは今後チーム単位で活動をし、訓練も1チームにつき教官を一人つける。座学に関しては全体で行っていく。では、チームを組んだ者たちは申請書類を提出後、指定の教室に行って担当教官が来るのを待ちなさい。以上だ」
そして、ボッシュはアリカたちと申請書類を提出して指定の教室に待機した。
「はぁ〜、わかっちゃいたが何度も言われると開拓士のやばさを実感するな」
「まーねー。でもわかった上で開拓士目指しているんでしょ?」
「そりゃそうだがよぉ……」
「ボッシュ君の言うこともわかるよ。やっぱり危険なことって怖いもん」
「だ、だよな!」
アリカは呑気に言ってはいるが、セネムの感覚が一般的なはずだ。多分。
いや、この場合はアリカのように泰然と構える方が正解なのか。
うーんとボッシュは思い悩んだ。
「あんたはそこんとこどうなの?」
「愚問ですわね。開拓士が命懸けなんて言われるまでもありませんわ」
「同意見なんだけど……何でイラッとする物言いするのよ」
「あら。気に障ったようなら謝りますわ」
チームで立ち向かえと言われた側からこれか!
エバと組む利点の大きさに納得したが、今更ながらチームワークに不安を覚えた。
そして、バタンと教室の扉が突然開かれた。
「はっはー! 初めましてひよっこ共! 俺はお前らの教官を務めるアドレットだ!」
いきなり陽気な男の挨拶が始まった。
アドレットと名乗った教官は、こちらの反応に関わらずマイペースに話す。
「さーて、これからお前らを教え育てていくわけだが、お前らに一つ質問がある!」
話を挟む隙間がない。
こちらが呆気に取られている中、アドレットは最悪な質問をしてくれた。
「お前たちのチームリーダーって誰だ?」
ピシッと空気が軋んだ。
ボッシュは胃薬が欲しくなった。
ボッシュは苦労人です。さすがはチームのおかん!




