第3話 初めての修行
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!
「逆に何で《精霊術》を知らねーんだよ?」
「知らないものは知らないんだから仕方がないじゃんっ!?」
クオンは呆れるような目で私を見る。
そうは言われても困る。
物心ついた時から木登りはできたし、何か特別な力を使っていたという自覚が薄いのだ。強いて言えば、なんとなく足に力を溜めればあそこまで届きそうとか思ってやったらできただけなのだ。
人が呼吸とか歩くとかやるように、私にとってはとても自然なことだ。
「信じられん奴だな。そんだけ力使っていれば普通自分が変だとか気がつきそうなもんだが。……鈍感か?」
「うっさい! そりゃ村の子供中では足早い方だなーとかは思ってたけど、家の仕事ばっかであんまり遊べないんだから気づくわけないじゃん!」
「なるほどな」
自分がそこまで変だとは思っていなかった。
妹のイリスと一緒に森に食材を採るようになったのは最近だし、イリスは私の身軽さを「おねえちゃんすごいね!」と喜んでくれるので、むしろもっとがんばろうと思っていたぐらいだ。
「お前は無意識の内に《精霊術》を使っている。つっても、最も初歩的な身体強化になるわけだが、そこまで言えば何となく覚えはあるだろ?」
「……確かにあるかも」
全力で走り出そうとする時、ブワッと足に力を集中する。
すると力が溢れて足が速くなったり、簡単に木に登れるようになる。
私にとっては普通のことだったので『私自身の力』であると思っていたが、どうやら《精霊術》というものを使っていたらしい。
「でもさ《精霊術》を使っていたからってなんか問題でもあるの?」
「大ありだ馬鹿たれ」
またもやクオン常識知らず的な目で見られた。
むぅ、お父さんにもよく同じ扱いをされるのでちょっとムカつく。
「いいか。《精霊術》ってのはお前にも分かりやすいように言うと、めちゃくちゃすっげー強い力を秘めているんだ。……わかるか?」
「心配そうに言わなくても、そこまでバカじゃないよ!?」
「あー悪い悪い」
くそー。どうやって子供に説明したらいいか考えている顔だ。
子供だってそれぐらいわかるんだぞ!
「それでだ。強い力ってのは制御が難しいんだ。力の制御に失敗したらどうなるか想像できるか?」
「転んだりしたり木から落ちる!」
「アホか。お前だけが怪我を負うならいいが、その力が『誰か』を傷つけるかもしれねーんだよ。お前の場合だと妹が傷つくかもしれんな」
「え……?」
私がイリスを傷つける?
頭の中でその想像をしただけでカッと頭に血が上った。
「私はそんなこと絶対にしない!」
「当たり前だ。俺が言っているのは、お前が予期せず暴走した時の話だ。暴走をしたら近くの人間が被害に遭うんだよ」
「そんな……」
自分が当たり前のように使っていた力が危ないだなんて思わなかった。
身近な人が被害に遭うと言われ、ようやく危機感を覚えた。
「ど、どうしたら暴走しないでいられるの!?」
「そういう話になるよなぁ……」
クオンが「はぁー」と深くため息をつき、面倒くさそうに頭をかいた。
「仕方がねーか。俺が村にいる間に《精霊術》の制御の仕方を教えてやんよ」
「え、それって弟子にしてくれるってこと!?」
「あくまで《精霊術》の基本を教えてやるだけだ。弟子じゃねぇ」
「へっへーん。それでも別にいーもんね!」
元々の目的とは違ったが、クオンから教えを受けることに浮き足立った。
《精霊術》の使い方を覚えれば、それだけ私は強くなれるしイリスを守ることもできる。
「よろしくね師匠!」
「……だから弟子じゃねーって言ってんだろ」
そんなの知るもんか。
私は師匠って呼びたいから呼ぶんだ!
◆
「……ねぇ、師匠。これいつまでやんの?」
「俺が許可するまでだ。黙ってやり続けろ」
森の探索を続けて一旦休憩をすることになった。
この辺りなら人を襲うような動物はいないので、ここなら丁度いいとクオンが早速《精霊術》の基本について教えてくれることになったわけなのだが──まさかここまで辛い修行とは思わなかった。
だって、
「ずっと深呼吸しているだけじゃん!?」
「……お前は1分もじっとしてられんのか?」
できないよ! なんなら私の一番苦手なことだよ!?
自慢じゃないが私はいつも動き回っているので、こうしてじっとするのが苦手なのだ。お父さんの説教中もじっとしているとソワソワして仕方がないぐらいなのだ。
「これのどこが《精霊術》の修行なのさ!」
「ったく、いちいちうっさいガキだな。説明してやっから教えた通りの姿勢で呼吸し続けながら黙って聞け」
「むぅ〜」
再び私は背筋を伸ばして姿勢を整える。
そして、ゆっくりと息を吸って吐くことを繰り返す。
う〜、やっぱり性に合わない。
「いいか。《精霊術》を暴走しないためは何より大切にするのが平常心を保つことだ。だが、人間は何かあればすぐに心の均衡が崩れてしまう。《精霊術》を使いながら心が極端に乱れると暴走しやすくなる」
なるほど心の中で思いながら呼吸を続ける。
「じゃあ、どうやって平常心を保つのかって話だ。心の均衡が崩れてんのに心の中で平常になれって念じても無駄だ。心がすでに乱れた状態だからな」
言われてみると覚えはある。
ケンカになった時とか、カッとなっていくら落ち着こうとしてもできなかったことが多々ある。
「心が乱れた時は『身』を整えるんだ。つまり、姿勢を整えたりして体を楽にするんだ。んで、『身』が整ったら次は『息』を整える。すると、乱れた『心』が整えられるようになる。これを『調身・調息・調心』という。まぁ、《精霊術》に限らず全てのことに応用できる方法だな」
《精霊術》の修行じゃなかったのか……。
いや、だけど確かに効果はあるかも?
森の声を聞きながら、清浄な空気を肺に満たす。
それだけで、確かに落ち着いた気がする。気がするだけかもしれないけど。
息を吸って吐く。
何回もやっていく内に何も考えることなく呼吸だけに集中するようになってきた。
「次は下っ腹に精霊の力を集めろ。お前が全力を出すときに感じる熱を集めるような感じだ。できるな?」
いきなりそんなこと言われても!
今まで無意識でやっていたのにやれと言われても困る。
でも、そんなこと言ったら修行は終わりだとか言われそうなので死んでも言わない。成功できるかわからないけどやるだけやってみよう。
下っ腹に熱を集める感じ──自然と手を下っ腹に当てる。
ここだ。ここにいつも足に力を込める熱を持ってくるんだ。
「精霊はどこにでも『在る』もんだ。お前の体はもちろんこの空気の中にもな。呼吸で精霊を内へ取り込み、身体中の精霊をかき集めてこい」
なんとなくわかってきたかも。
多分、このうっすらと感じる熱のような何かが精霊だ。
これを下っ腹に集める!
「っぐ……!」
「姿勢と息が乱れている。整えろ」
下っ腹に熱を集めた途端、あまりの熱量に驚き苦しんでしまった。
集めた熱が逃げようとして気持ち悪い!
それがわかるのかクオンは間髪入れず厳しく指摘してきた。
私は教わった通りに息を整えると──少しだけ苦しさが和らいだ。
「いいぞ、その調子だ。熱が腹に溜まりこれ以上無理そうになったら、その熱を全身に広げてみろ。腹から足、腕、指先、頭。少しずつ染み渡らせろ」
集中しているのに次から次へと言わないでよ!
ええと何て言ったっけ。熱を広げるのか。確かにこれ以上集めるのは何か危ない気がしていたので、今度は集めたものを広げるようなイメージでやってみた。
すると、温泉に入っていないのに体がぽかぽかしてきた。
……何だこれ。何だこれ!?
腹の底から力が溢れてくる感じだ。
というか早く体を動かしたくて堪らなくてウズウズする!
「──そこまでだ」
「え……?」
クオンがそう言った瞬間、私の中にあった熱が消えた。
あれだけ感じていた熱がなくなり──私の身体中から汗が吹き出した。
「っつ、ブハァ〜〜〜〜〜〜!」
一気に力が抜けたせいで疲労が襲いかかってきた。
森の中を全力で走った気分だ。
ただ呼吸をしてじっとしていただけなのに……嘘でしょ?
「保って3分か。初めてにしたら上出来の部類だな」
「ね、ねぇ。師匠……。今のって何なの?」
「最初に言っただろうが。《精霊術》の制御の仕方を教えてやるって。『練精法』っていう制御の修行だ。これができるようなるだけで暴走の危険はグッと低くなる」
「そうなんだ……」
ただ深呼吸して落ち着くだけの修行かと思っていたら違った。
ちゃんとした修行だった。
ようやく息も整えられた私は安心感と共に言う。
「じゃあ、私ってば『れんせーほー?』ってのができるようになったから、もう大丈夫なんだよね。暴走なんてしないんだよね!?」
「そんなわけあるか。落ち着け」
違うの!?
クオンの言ったことなのに話が違うと頬を膨らませる。
「お前は『練精法』ができるようになっただけだ。ようやく開始地点に立っただけで、まだよちよち歩きの赤ん坊みたいなもんだ」
「そ、そうなんだ……」
赤ちゃんと言われて地味にショックを受けた。
「でもさ、そうなるとどこまでできたらいいの?」
「そうだな。とりあえずの目標としては1時間ぐらいはできるようになればいいだろう」
「うぇー1時間かぁ……」
あんなきっついのを1時間か。
まだまだ先は長くて目眩がしそうだ。
「ちなみに師匠は『練精法』って何時間保つの?」
興味本位で聞いてみた。
1時間と言われたが、やはり目標は大きい方がいい!
けど……できれば3時間ぐらいだったら嬉しい。
「1日中保つ。つーか、今もやってる」
「は?」
今なんて言った?
「最終的には、寝ても覚めても動いていても『練精法』を保ち続けるのが目標になるな。極めるつもりがあるなら、そのつもりで頑張れよ」
「は、はは……」
乾いた笑いが漏れた。
目標が大きすぎてどれだけ頑張ればいいのかわからない。
もしかしなくても、私はとんでもない人に弟子入りしたのかもしれない。




