第29話 理事長ビャクヤの試し
開拓士養成学校に入学してから早くも一ヶ月が経った。
驚くことにすでに入学した人間の半数ぐらいは落とされた。
「体力向上訓練はともかく座学は大変だった……」
「いや、他の連中はその訓練に付いていけなくてやめていったんだからな?」
ボッシュはそう言うがアリカとしては座学の方が辛かった。
毎日毎晩、終わりの見えない参考書の山との戦いばかりで何度も心が折れた。
それでも次の日に長距離ランニングをすることで疲労を癒やしていた。
主に精神的な意味で。
「俺は座学と訓練なら訓練の方が絶対きついと思うぞ」
「えー、座学の方が難しくない?」
「そりゃ、お前だけだ」
「むぅ〜。セネムはどう思う?」
「えと、体を動かすのが得意な人もいれば勉強が得意な人もいるから」
「そんなもんかー」
セネムは濁していたが答えは明らかであった。
「そういえば今日は何で講堂に集合なんだろうね?」
「わからん。昨日講師からそう告げられただけだしな」
昨日、訓練の終わりに突然言われて生徒たちは困惑した。
何をやるかについては伏せられていた。当日の楽しみだとか何とかで。
そして、生徒たちは講堂に集まり各々が適当に散らばって立っていた。
アリカは改めて周りを見渡す。
「こうして見るとまだ沢山いるよねー」
「だな。普段顔合わせている奴もいるな」
「うん。あ──」
「どったのセネム? んげっ……!」
キョロキョロと見ていると見知った顔があった。
「──エバ・凛音・神宮院」
まだ記憶に新しい彼女との出会い。
アリカは苦い顔をしてエバの方からプイッと顔を背けた。
「お前ま〜だ入学の時のこと根に持ってんのか?」
「持ってないし! 単純にいけ好かないだけだし!」
「いや、そっちの方がやばくねーか?」
やばくないし!と心の中で反論した。
出会いが出会いなだけに、その後のエバが訓練でも優秀なところを見せつけるたびに「何くそ!」と思ったり、アリカが座学でボロクソなのに涼しい顔をしていい点とっているところとか全然気にしていない。
気にしていないったら気にしていないのである。
「お、そろそろ何か始まるらしいぞ」
講堂に講師たちが集まり出した。
1ヶ月程度ではあるが見知った顔が何人かいる。
むしろ、知らない顔がほとんどだ。
そして最後に白髪混じりで肌の焼けた中年男性が登壇した。
「いよ〜う。ひよっ子の諸君。オイラはピスコルの理事長をやってるビャクヤ・ビルツってもんだ」
渋く一本芯の通った声が講堂内に響く。
それだけで、さっきまで小声で話していた生徒たちがピタリと会話をやめた。
その男ビャクヤの静かでありながら大きな覇気に圧倒されて。
──強いな。
姿は似ても似つかないのに、どこか師匠であるクオンを彷彿とさせた。
底知れない強者の匂いにアリカは背筋がぞくっと震えた。
「入学して一ヶ月も経つのに今更なんだっつー話なんだが許してくれや。この一ヶ月はお前さんたちの入学試験みたいなもんだかんな」
かかかっとビャクヤが悪びれもなく笑った。
ピスコルは入学試験はないというが、実際は一ヶ月の生活全てが入学試験のようなものと暗黙の了解状態になっているので、残っている生徒たちからは特に不満や意見はない。
「うちは誰にでも門戸は開いているがどんな奴でもいいわけじゃねーんだ。何たって開拓士は体が資本だ。毎日走っている距離程度こなしてもらわんと話にならんからな!」
事実そうなのだろう。
クオンと一緒に旅している時も、道なき道を行くのは当たり前だし、平坦な道を歩く方が少ないぐらいだ。
「んでだ。オイラは固っ苦しいのは苦手だから話は手短にすませてもらうぞ」
これにはアリカはクスッと笑った。
故郷の村に住んでいた頃は父のお説教を長く面倒だと思っていたぐらいなのに、大人どころかピスコルの代表でもある男がそんなことを言い出した。
豪快炮烙なビャクヤの様に少しだけ親近感が湧いた。
「お前さんたち冒険は好きか?」
そう言ってビャクヤは笑った。
「オイラは冒険が好きだ。てめーが知らねぇ獣や食いもんに出会うたびに心が躍ったもんさ」
それは多分、かつてビャクヤが開拓士として活躍していた頃の話なのだろう。
一昔前までは恐ろしいと思われていた獣の討伐方法や生態、食べられないものだと思われていた食物など、開拓士がもたらした恩恵ははかり知れないものがある。
「そいつらを捕まえて帰って来た日には一攫千金のガッポガッポの稼ぎでウハウハだ。そんでオイラたちが冒険して開拓できそうな場所を見つけてみんなに希望を持たせたら尚最高だ!」
これが田舎者の夢見る人間の戯言なら現実を見ろといいたくなる。
だが、ビャクヤから語られると説得力が違った。
その証拠に今まで退屈そうに聞いていた生徒たちの目が煌めき出した。
「俗だと思ったやつはいるか? 大いに結構だ。自分の欲望や野望を持って生きなくて何が人生だ。いいか、動機なんざ何だって構いやしねーんだ。大事なのは自分の覚悟だ」
ビャクヤの言葉にアリカは昔クオンから同じことを言われたのを思い出した。
子供ながらに誓った覚悟は、まだこの胸の中にある。
そして、
「──お前さんたちは自分の野望にどれだけのもんを懸けられる?」
ビャクヤから突然とてつもない威圧が放たれた。
空気が重く息苦しい。背筋は猛獣に出会ったかのように粟立つ。
目に見える死の予感と脅威の塊により、ドサドサと周囲の生徒たちが腰を抜かし座り込むのが見えた。
だが、アリカは──怯まず真っ直ぐにビャクヤを見つめ続けた。
「かっかっか! 驚かしてすまねーな。今のでビビらなかった奴は大したもんだ。ぶっ倒れている奴はこれからの訓練でがんばりな」
時間にすれば数秒にも満たなかっただろうが、被害は甚大だ。
両足で立っているものは両手で数えられる程度であり、アリカにとっては癪なことにエバも二本足で立っていた。
ボッシュとセネムは腰こそ抜かして座り込んでいないが片膝を突いている。
アリカはこの光景に覚えがあった。
かつてクオンにそっくりそのままやられたことと同じだ。
違う点があるとしたら一対一でかつ剣を目の前で振り下ろされたことぐらいだろう。
もしかしたら、クオンも同じことをやられたのかなとふと思った。
「じゃないと、すぐ死ぬことになるからな」
ビャクヤは淡々と語った。
「あぁ別にこれは脅しでも何でもねーぜ。ただの事実だ。開拓士は──死にやすい」
それが嘘でも誇張でもなく本当のことを言っているのだと誰もがわかった。
「一攫千金に夢見たアホは山ほどいたが、実際に生き残れた奴はごくわずかだ。だから、この学校ができた。少しでも生き残らせるためにな」
開拓士養成学校の設立背景。
少し調べれば経緯を知っている生徒はいるだろうし、アリカもまた同じことをボッシュから教えられた。
改めて開拓士になることがどんなことなのか。
身に染みて叩き込まれた気がした。
「死に物狂いで学んで強くなって生きろ。オイラが言いたいことはそれだけだ」
挨拶は終わったとばかりにビャクは壇上を降り、
「がんばんな若人!」
最後に笑ってそう言い残し、颯爽と立ち去っていった。
講堂内に残った講師からは解散してよしと言われたが、まだすぐに立てない者も多かった。
アリカも同じく近くにいたセネムとボッシュに手を伸ばした。
「ボッシュ、セネム。大丈夫?」
「な、何とかな……」
「う、うん。怖かったぁ……」
二人とも冷や汗はかいていたが何とか立ち上がることはできていた。
「むしろ、アリカはよく平気だったな」
「昔、師匠に似たようなことやられたからねぇ」
苦笑いしながら思い出す。
昔の自分はよくあれに耐えたとほめてやりたい気分だ。
「それで二人は……やめたくなった?」
ビャクヤの挨拶ならぬ脅し。
一ヶ月の訓練に耐えて調子に乗って来た生徒たちを戒めるためのものだろう。
お前らにはこんなものですまない冒険が待っているぞ、と。
折角仲良くなれた二人がいなくなるのは寂しい。
そんな風に思って出た一言であったが、
「んなわけあるか! あそこまで煽られてやめてたまるか!?」
「うん。私も辞める気なんてないよ!」
「そっか。よかった!」
二人とも問題なさそうで安心したアリカであった。
「午後からは普通の訓練っぽいし、これからもよろしくね!」
改めて二人にそう言った時、
「──あなた方、少しよろしいかしら?」
エバ・凛音・神宮院が声をかけて来た。
会話するのは何だかんだ入学式以来のことであった。
「……何よ。何か用?」
「もちろん用があっって話しかけましたわ」
入学した時から何か反りが合わなかったアリカはツンとして聞くも、エバはエバで何も気にせずシレッとした態度を取っていた。
用を聞いたらさっさと戻ろう。
そう思っていたのに、
「あなた方。私とチームを組みませんこと?」
エバから信じられない一言が飛び出した。




