第25話 学生になって初めてのケンカ
エバが名乗った瞬間から、この場の空気を全て支配された気がした。
物言いこそ高貴な身分のそれであるのに、この年代の少女にしては珍しく化粧を施していて着ている服装も一言でいえば派手だ。
雰囲気としては夜の商売女に近いのに、堂々とした態度と育ちの良さを感じさせる振る舞いに下卑た感じがしない。むしろ、自分に似合うものを選んだ結果がそれであると言わんばかりである。
圧倒的な存在感を放っているエバは、烏の濡れ羽色の髪を揺らしながら取り囲んでいる男たちの前に立った。
「そこの方達。私の前で見苦しい真似はおやめなさい」
毅然とした一言に、男たちはハッと気を取り直し沸き立った。
「な、何だお前はいきなり!?」
「エリック様にその口聞きとはどういうつもりだ!」
「──私。同じことを2回言うのあまり好きじゃありませんのよ?」
エバの周りだけ温度が下がった気がした。
殺気とも違う──威圧と言えば合っているだろうか。
アリカはその様に「へぇ」と感心し、肝心の威圧をぶつけられた取り巻きたちがシンと静まり返っていた。
「おい君たち、やめたまえ。これはレディ。手痛い指摘をありがとう。君も中々美しいね。どうだい、これから僕たちと一緒に回らないかな?」
「お断りですわ。本気で嫌がる女性がわからないのであれば下らない真似お止しになったらどうですの? 名門の名が廃りますわよ」
「はは、これは手厳しいな」
エリックと呼ばれた少年は、それでも紳士振ろうとして笑ってはいるが、声に少々怒りが混じってきたのを感じる。
それにしても、そこまで言われてもなお誘おうとする意欲にはいっそ清々しささえ覚える。誘われる側には間違ってもなりたくないが。
「確かジングーインとか言ったな……あぁ、そうか、神宮院家の息女か!」
「最初からそうだと言ってますの」
エリックはようやく思い出したように言う。
アリカには聞き覚えがないが神宮院というのは、それなりに名が知られた家なのだろう。
「はは、噂で聞いたことがあるぞ。『色なし』の娘がいると。それは君のことかな?」
「それがどうしまして? 今は下手くそな貴方の誘いについて指摘差し上げているのですわよ。名門ガーランド家の『色男』さん」
「貴様っ……!?」
どうやらエリックの逆鱗に触れたらしく、とうとう余裕の態度が崩れた。
一触即発の雰囲気が漂いエリックの手が激情に任せたままエバに触れようとして、
「はーい。そこまで」
アリカはエリックの手を掴み止めた。
こんなつまらない諍いで争うなんて馬鹿げている。
なので、
「これ以上争うなら流石に私も黙っちゃいないわよ?」
「ぐぁっ……!?」
手にグッと力を込めて本気であることを伝える。
エリックは痛みのあまり苦悶の表情を浮かべている。
「それにいい加減人も集まってきたし、騒がれるのもまずいんじゃないの」
何だ何だと野次馬が集まってきた。
この中にはピスコルの関係者もいるかもしれない。
アリカはパッと手を離して「さて、どうする?」と目で訴える。
「ふ、ふん! 興が削がれたな。おい君たち、行くぞ!」
「はーい。じゃーねー」
状況判断をできる程度の頭はあるようで、エリックはそそくさと去って行った。
残されたのはアリカ、エバ、絡まれていた女の子。
ようやく解放された女の子は呆然としていたので話しかける。
「あんなのに絡まれて災難だったね。大丈夫だった?」
「あ、あの。ありがとうございます!」
「気にしないで。実際、止めたの私じゃないし。私はアリカ・アンゲル。よろしくね」
「わ、私はセネム・カヤです。その……こちらこそよろしくお願いします」
改めて手を差し出し握手をする。
さっきまではエリックたちに隠れて顔が見えなかったが、確かにこれは思わず誘いたくもなると納得した。
セネムの薄紫色の背中まで伸びた美しい長髪が褐色の肌によく映える。
顔立ちも少女と大人の丁度中間に差し掛かろう時期で、可愛いと美しいが両立しているかのようだ。同性でありながらも思わずドキッとしてしまいそうになる。
「あなたも、ありがとうございました」
「礼などいりませんの。私がしたくてしたことですもの」
最初に助けに入ったエバにも礼をするセネム。
エリックと同じように洗練した所作を感じるので、家格の高そうなところの出身んなのは間違い無いだろう。
それでも、エリックと違ってセネムを助けようとするなんていい人だと感心していたら、
「ただ一つ貴方に言いたいことがありますの」
「は、はい。何でしょうか?」
「先程の様は──何ですの?」
いきなりエバが説教を始めた。
「開拓士を目指した以上最低限の覚悟は持ってここに来たのでしょう。ならば、あのような者たちにいいようにされるとは何事ですかっ!!」
「え、え、あの……」
突然の叱責にセネムが目を丸くして戸惑う。
「その煮え切らない態度が問題なのです。毅然とした態度を取らなければ弱みにつけ込まれるのは当然。だから、あの程度の殿方が調子に乗って強引になるのです。まったく、そんなことでは開拓士になるなんて夢のまた夢ですわよ!」
ビシッとセネムに指を突きつけたエバ。
洪水のように言葉が溢れて止める隙がなかった。
「ちょっ、ちょい待ち!? あんたエバって言ったっけ。いくらなんでも言い過ぎだってば!」
「言い過ぎ? 言い足りないぐらいですわよ」
「あれで!?」
初対面の相手のはずなのに物怖じするどころの話ではない。
見ればセネムは若干涙目になっている。
確かにエバの言うこともわからないでもないが、何かイラッとしたのでアリカも言い返す。
「てか、そういうことなら私も言わせてもらうけどさ。あんたもさっきから話聞いてたけど上から目線すぎない? どんだけ偉いのか知らないけど初対面の相手にそれはないんじゃないの?」
「貴方バカですの? これから開拓士になろうとしているのに心が最初に負けてどうしますか。あの程度の困難本来は一人で解決すべきですわ」
「正論かもしんないけど言い方ってもんがあるでしょう!?」
エバの言っていることは正論である。
正論であるが、それを振りかざしていいわけではない──と思う。
村にいた頃は、子供が間違えた時は、大人が優しく教え諭してくれていたので、やはり伝え方と重要なものであるはずなのだ。
ここは引いてはならぬとぐぬぬと睨んでいると、
「あああ、あの! わ、私がいけないんです! 二人とも争わないでください!」
『あんた(貴方)は黙ってなさい!』
「ふ、ふぇぇぇ〜〜〜〜!?」
止めに来たセネムをエバとアリカが黙らせた。
そして、どうやって決着をつけようかと思っていたら、
「──お嬢様。そろそろお時間ですが」
「ゼノビア」
エバの侍女がそっと声をかけ、睨み合いをやめたエバが振り向いた。
「確かにこのような瑣事に構っている場合ではありませんわね」
息を一つ吐いてエバはアリカたちに向き直った。
「では、お二人とも。開拓士になりたくば努努精進を怠ってはいけませんわよ。ではご機嫌よう」
そう言ってエバは淀みなくピスコルの中に入って行った。
残されたアリカに、今まで蚊帳の外だったボッシュが近寄った。
「お、おーい、アリカ。災難だったな」
どうどうと落ち着くようにボッシュは宥めようとする。
私は暴れ牛か何かかと文句をつけたくなるが、まずは言いたいことがある。
「何なんだあいつはぁぁぁぁぁぁ────!!?」
残念ながら、それに答えるものは誰もいなかった。




