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開拓のアリカ  作者: 菊日和静
第1章 少女は開拓士を志す
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第22話 エピローグ:冒険の旅立ち

 深い森の中にいると故郷のサラーム村で過ごしていたことを思い出す。

 木々や草花に地域特有の違いはあれど、本質的には同じだと感じている。

 命が生まれ、育まれ、枯れ果て、また命が生まれるという循環。

 風はそよぎ、小川はせせらぎ、無数の虫が在り、獣が息をひそめながらも縄張りを主張し、あたかも一つの命がそこに息づいているようにさえ感じる。

 そして、今ここにいるアリカもまた森の中にある命の一つであった。


「ん、ようやく現れたか」


 ふぁーとあくびを一つ漏らす。

 晩飯のために師匠であるクオンに食料調達を頼まれていた。

 何でも「今日は肉の気分だな」と肉を獲ってこいと言われた。

 修行の旅に出た初期の頃は何て勝手なことを言うものだと憤慨したものだが、いい加減長い付き合いになる師匠の本当(・・)に言うこともわかってきた。

 隠された言葉の裏の意味なんて告げられずとも理解している。


 要は、これも開拓士(ピス)の修行の一環だ。


 様々な土地へと赴いては、その土地特有の獣だったり、魚だったり、果実だったりを獲ってこいと言われた。

 そのどれもが簡単には取得できないような厄介なものばかりで、一癖どころか二癖もあるものでいつも大変苦労させられていた。

 修行だから仕方がないとはいえ、子供にやらせるようなことでは無いと思う。

 まぁ、そんなこと言っても今更仕方があるまい。

 弟子入りを希望したのはアリカであり、どんな修行も耐えると決めたのもアリカだ。

 とはいえ、今回は文句を言う必要はなさそうだ。

 なぜなら──自分に一番向いている修行相手なのだから。


「うっひゃー、でっかいわね!」


 王角鹿と呼ばれている──この森の主が見えた。

 普通の鹿の倍以上ある体躯は見るだけで圧迫感に溢れている。

 極め付けの特徴はその凶悪な角であろう。

 歴戦の武器の風格を思わせる角は数多の獲物を仕留め多数の傷があるのに、何一つ弱さを感じさせない。

 どころか、その傷すらもこの鹿が森の王者であることを物語っている。


「さーて、私たちの今夜のお肉になってもらうわよ!」


 アリカは背中に担いでいた身の丈ほどある大剣を抜いた。

 王角鹿はそんなアリカの行動を見て殺気立てて息を荒くして威嚇する。

 自分の背筋がビリビリと粟立つのを感じるも──恐怖や腰が引けることなくアリカは平然としている。

 むしろ──楽しそうに笑みすら浮かべている。

 かつて灰色猪に決死の覚悟で挑んでいたとは思えないほどであった。

 そして、森の主人と少女の戦いが始まった。


「ばっち来ぉぉぉぉ────────い!!」


 王角鹿は巨体である重さを感じさせないほどの力強い踏み込みで一気に詰め寄った。

 自らの体に比べれば比較するのも馬鹿らしくなるほど小さいアリカに対して、何一つ遠慮も加減することもなく全力で角を突き刺そうと突進する。どんなに小さい相手だろうと、決して油断することもなく殺す。

 これこそが、この獣が森の中で勝って生き抜いてきた王者の生き方だ。

 誰もがこんな角で刺されたら死を覚悟するほどの突進で、掠っただけでも大怪我をすることは想像に難く無い。

 けれど相対するアリカは逃げるそぶりを見せることもなく、自信満々に笑ってその場に止まり続ける。

 そして、王角鹿がアリカを突き刺そうとする寸前、


「でりゃぁぁぁぁぁぁ────────!!」


 アリカは技と呼ぶにはあまりにも大雑把な力強さで大剣を下から上に振り上げた。

 凄まじいほどの轟音を鳴り響かせ、信じられない光景がそこにあった。

 王角鹿の巨体が──宙に飛んでいた。

 突進の力も相まってか王角鹿の角が割れ飛び散り、数瞬後にドーンと王角鹿が泡を吹きながら地面に倒れ落ちた。

 今までは力で森を制してきた森の主を──更なる力を以ってアリカが上回った。

 人と獣の力比べの分配は少女(アリカ)に上がった。


「よっし! お肉の調達完了!!」


 一撃必倒。

 アリカの長い月日をかけて修行をした成果がそこにあった。





 獲物を倒したらすぐにお肉を食べられるわけではない。

 血抜き、皮を剥ぐ、洗浄、内臓の摘出などの解体工程を経て食べられるようになる。

 アリカにとっては倒す時間よりも、むしろ、そちらの方に時間が取られたぐらいだ。

 何しろこれほどの大物だ。

 持って帰るのも一苦労であった。

 それでも身体強化を駆使して持って帰られるだけ持ってきたので、アリカも肉を食べることを楽しみにしていた。

 ごきげんな鼻歌混じりでクオンのいる野営場所まで戻った。


「師匠、ただいま!」

「──戻ったか」


 野営でちょうど火を起こしていたクオンが出迎えた。

 視線はアリカの背にある肉に注目しており、お互い肉を楽しみにしていることが丸わかりだ。

 どさっと王角鹿の肉を置いた。


「ほう。肉の状態もいいし力を上げたじゃねーか」

「へっへ〜ん!」


 クオンはめったに人を褒めることはないが、肉や食べ物に関しては別だ。

 いい状態なら褒めてくれるし、ダメにした時は静かに悲しむ。

 顔にあまり感情はでないクオンであるが、長い間共にしてきて何となくであるがそういうポイントがわかってきた。

 そして、夜になって肉を焼いた。


「このお肉おいしい〜!」


 王角鹿の肉は部位によって味は全然変わるが、全体的に肉の味が強い。

 山で取れた香草や町で購入していた香辛料をまぶすことで、さらなる旨さを引き出してくれる。

 パリパリと焼けた肉の脂が口に広がり、肉を噛みちぎることでジュワッと肉汁が滴る。

 クオンも無言でバクバク食べていて、二人であるのにかなりの量の肉を平げた。

 それでも、まだまだ残っている肉は保存して、次の日以降の食料にする。

 一夜が明けた早朝のことだ。

 クオンとアリカは改めて向き合っている。


「これで晴れてお前の修行は全部終了になる」

「はい。今までありがとうございました」


 前々から言われていたことだ。

 これが最後の修行の仕上げであると。

 なので、かれこれ村を出てから五年の月日を共にした師匠への感謝の表れとして、深く頭を下げた。


「はっ、今日はえらく殊勝じゃねーか」

「まぁ最後ぐらいは弟子らしくしようかなーと」

「だったら最初から最後まで貫き通しやがれってんだ」


 それについては勘弁してもらいたい。

 齢が十の頃からの付き合いで、父のような兄ような存在なのだ。

 今更この振る舞いが変えられるとは思えない。


「何にせよこの五年間でお前に教えられるだけのことは教えたつもりだ」

「はい」


 旅をしながらの五年は長いようで短かった気がする。

 精霊術の修行に加えて開拓士になる勉強もしていたのだ。

 それも実地訓練を兼ねて。

 やることが満載で目まぐるしい日々であった。


「王角鹿を倒せたことから、お前の強さはかなりのもんになったが──過信はくれぐれもするな」

「……わかってます」


 多分、今なら獣ぐらいに遅れを取ることはないが、思い出すのはかつての村のこと。

 害魔との戦いは今でも思い出すだけで胸が苦しくなる。

 年月が経っても消えることも薄れることもなかった。


「この世界は広い。今のお前以上に強い奴はまだまだいるし、やべーと思ったらすぐに逃げろよ」

「はい……ていうか、最後のお説教が逃げろでいいの?」

「いいんだよ。命あっての物種だからな」

「はーい」


 こういうところは昔から変わらない。

 逆に絶対に立ち向かえとか言われたことがない。

 修行の旅の中でも、戦うのが面倒そうな獣との戦いは避けてきていた。


「最後になるが、お前の力なら開拓士養成学校(ピスコル)に入るのは何も問題はないだろ」

「うん。西のファーゼストにあるんだよね?」

「そうだ。あそこは辺境最大の都市だから道中迷うことはないだろ。……本当に大丈夫か?」

「流石にこの歳で迷子にはならないよ!」


 何年一緒に旅をしたと思っているのだ。

 世間知らずの村出身とはいえ、大きな街の位置や方角は大体覚えている。

 それに大きな街には必ず道があるのでわかりやすいのだから間違えようがない。


「師匠はこれからまた開拓士に戻るんでしょ?」

「まあな。また世界を回りつつ【未開拓領域】を探索するつもりだ」

「そっか」


 その言葉を聞いて、これでこの度が終わるのだと今更実感した。

 なので、アリカは立ち上がり改めて師匠に礼をする。


「今まで大変お世話になりました」

「おう」

「また、会えるよね?」

「さぁな。運が良ければ会えるだろ」

「そこは必ず会おうって言うところだと思うんだけど!?」

「はっ、約束すんのは性に合わねーんだよ」

「まったく、師匠らしいなぁ〜」


 こっちは村を出る時にがっつり可愛い妹と約束を交わしたというのに。

 それもまたクオンらしいと笑った。

 だから、こんな感じでいいだろう。


「師匠。私、必ず開拓士になるよ!」

「朝からうるせーなお前は」

「湿っぽいのは苦手なんだよ」

「そりゃ同感だ」

「でしょ。そんじゃ、さっぱり別れちゃおうよ」

「言うようになったじゃねーか」


 いつも通り皮肉気にクオンは笑う。

 そして、師匠は弟子に言葉を贈った。


「おい、アリカ──本物になってこい」

「──はいっ!」


 偽物になるなじゃなくて。

 本物になってこい。

 忠告ではなくて。

 叱咤激励の言葉。

 アリカの胸が心が震えた。


「行ってきます。師匠!」

「おう」


 二人の間に湿っぽい感情はいらない。

 冒険の旅立ちはいつだって笑顔でするものなのだから。


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