第21話 母と姉と妹
「お母さん。私、開拓士になりたいんだ!」
「あら、いいわよ」
「反対するのはわかってる。だけど、私は本気なんだ!」
「だから応援しているわ」
「──うそぉっ!?」
家に戻ってお母さんに話があると言ってご飯前に話を聞いてもらうことになった。
そして、勇気を出して打ち明けたら何の反対もなく開拓士になる許可をもらえた。もらえてしまった。
実にあっさりと。
あっさりすぎて逆にこちらが驚かされた。
「え……反対しないの?」
「あらあら。反対してほしいの?」
「いや、そうじゃないけど」
「それとも反対されたら曲げる程度の決意なの?」
「そ、そんなことないやい!」
「じゃあ、何も問題ないわね」
「え、あ、うん……問題ない、よね?」
開拓士になりたい私。賛成するお母さん。
障害は何もなかったので開拓士になっても何一つ問題はない。
おかしいな。
もっと、こう、反対されて振り切って涙ながらに認めてもらう展開を予想していたのに。
考えてみればお父さんに反対されたり説教されることはあっても、お母さんが反対することはなかったことを思い出した。
じゃあ、開拓士になっても本当に問題ないか自問自答する。
「いや、そんなわけないじゃん!?」
「アリカ。そんな大きいな声出したらびっくりしちゃうわ」
「出したくもなるよ! だって、お父さんが死んでこれからって時に娘が開拓士になりたいって言ってるんだよ! 娘がこんなこと言い出したらふつー止めるでしょ!?」
「わかった上で言ってるから大丈夫よ」
わかった上でのことだった。
それでも、私がいなくなったら家の労働力とか村の復興とか、そういう諸々の仕事があるはずだ。
そんな私の考えを見通すように、お母さんは言う。
「お父さんが今までがんばってくれたから、村の人たちが助けてくれることになってるのよ」
「……そうなの?」
「そうなの。だから、アリカが開拓士になってもいいの」
「本当に?」
「本当よ。親としてそれぐらいさせてちょうだい。きっと、お父さんもそう願ってるわ」
「お母さん……」
ニコリとお母さんは笑った。
お父さんが死んだばかりで辛いはずなのに、私を安心させるために。
ありがたいな──母の優しさに、村のみんなの気遣いに感謝する。
「お母さん。私、開拓士になるよ」
「あなたの思うままに生きなさい。お父さんもきっとそう望んでいるわ」
そうだったらいいなと思う。
でもきっとお父さんのことだから説教がまず真っ先にあると思うんだ。
ありありとその光景が思い浮かんでちょっと笑った。
「でもねアリカ。私より説得しないといけないの忘れてない?」
お母さんがドアの向こうを指さす。
もちろん忘れていない。
きっと、私がいなくなることを一番悲しむのはこの子しかいないからだ。
「──おねえちゃん。開拓士になるの?」
「イリス」
イリスがドアをおずおずと開きながら入ってきた。
何だろう。久しぶりにちゃんと顔を見た気がした。
「うん。なるって決めた」
「……そう、なんだ。おねえちゃん、すごいから当然だよね。えへへ」
泣き疲れただろうイリスの髪からは色艶が失われている。
笑っている顔も痛々しく、開拓士になると決意した私の心がズキズキと痛む。
なんて言えばいいのだろうとない頭で考えていると、
「──やだ」
「イリス?」
妹から明確な「嫌」が聞こえた。
普段、滅多にわがままを言わないイリスが言った。
そして、迷子のようにふらふらと私に駆け寄って抱きついた。
離さないように。離れないように。
ぎゅっと強く私の服を握る。
「やだよ。おねえちゃんまでいなくなるのなんて……やだっ!」
「イリス……」
そうだね。わかるよ。私だってみんなと離れるの嫌だよ。
でも、私はその言葉を飲み込んだ。
「お、おとうさんが、し、死んだのに。おねえちゃんまでいなくなるのやだぁ……!」
「ごめんね、イリス……」
「や、約束したもん。ぜんぶ終わったらあそんでくれるって!」
「ごめんね」
「うそついちゃやだぁぁぁ!」
「ごめんね。嘘つきなお姉ちゃんで」
嘘つきで、謝ることしかできないお姉ちゃんでごめんね。
だけど、なぜなのか。
私は泣いているイリスを見て少しだけ嬉しい気持ちにもなった。
泣いて、叫んで、全力で感情をぶつけてくれる。
「でも──もう決めたんだ」
「おねえ、ちゃん……」
だから、私も中途半端ではいられない。
泣いているイリスを抱きしめて、私は私の決意を語る。
「……私はね。今回のことで思い知ったんだ。私はとっても弱いってね」
「そんな、こと……ないっ!」
「あるよ。イリスを守れなかったし──傷つけた」
今でもこの手に感触が残っている。
精霊術の制御に失敗して暴走をした時の最悪さ。
守りたい人を守るどころが傷つけてしまう。
全て師匠の言う通りだった。
「それは……おねえちゃんが守ろうとしてくれたからっ!」
「うん。でもね、お姉ちゃんはそれが許せないんだ」
あの時よりも、今の方が後悔が大きくのしかかる。
弱いのが許せなかった。
傷つけたのが許せなかった。
助けを求めるしかできない自分が許せなかった。
そして、
「それにね。お姉ちゃん、イリスにも負けたくないんだ」
「え……」
この泣き虫な妹に負けるのが何よりも許せなかった。
「イリスは私が危ない時、助けようと来てくれたでしょ」
「おねえちゃん」
信じられなかった。
守ってばかりいた妹がこんなにも勇気があるだなんて。
とても嬉しくて泣きそうになって、体の動かない自分が情けなかった。
だからだろうか。
自然と開拓士になろうと思ったのは。
もう守ってばかりの妹はどこにもいなかった。
ここにいるのは、
「あんたは賢くて可愛くて──私を守れるぐらい強い妹だ」
「おねえちゃん!」
私が認める強い女の子なんだ。
「だから、お姉ちゃんはもっと強くなりたいんだ」
妹に遅れを取る姉なんて格好悪いでは無いか。
妹を守るのが姉なのに。
守られるなんてまっぴらごめんだ。
「おねえちゃん、ずるいよ」
「ふふふ、お姉ちゃんとはずるいものなのだ」
「もう! おねえちゃんったら!」
涙と鼻水だらけになったイリスの顔を拭う。
決意と旅立ちに泣き顔なんていらない。
「イリス。お姉ちゃん、いってくるね」
「うん。いってらっしゃい、おねえちゃん」
私は今度こそこの約束を違えない。
きっといつの日か「ただいま」を言いたいんだ。
これにて第1章が終了です。
何本かエピローグを挟んで第2章を書きたいと思います!




