第2話 弟子入りと試験
《灰色猪》から助けてくれた後、私とクオンは村に戻った。
村の入り口ではイリスと大人たちが待っており、私の姿を確認するなりイリスが泣き出しそうなというか、泣きながら私に駆け寄ってきた。
「おねえちゃんっ……。おねえちゃん!」
「イリス。言ったでしょ。絶対に帰るって」
「うん。ゔんっ……!」
泣いてぐしょぐしょになった妹をあやす。
さすがに今回は死ぬかと思った。
いや、クオンが助けに入ってくれなければ確実に死んでいただろう……。
私がちらりとクオンを見やると、イリスもクオンに気付いいた。私から離れて改めてクオンに向き合った。
「お、おじちゃん! おねえちゃんを助けてくれてありがとう!」
「おじちゃん……。まぁ、この程度お安い御用だよ。姉ちゃんが無事でよかったな」
「うん!」
大きな手で雑に妹の頭をポンと置いた。
……いや、無事だったとはとてもだが言い難い雰囲気だ。
主にクオンがゲンコツをした頭頂部がズキズキして特に痛い。大きなタンコブができているに違いない。《灰色猪》のせいで怪我したところより、タンコブの方が痛いなんてどういうことだと文句を言いたいが、恩人なので言うに言えない。
そんな中、お父さんが前に出て来た。
「──あなたがクオン殿か?」
「そうだが、あんたは?」
「私は娘たちの父でバランという。この度は娘たちを窮地から救っていただき誠に感謝している。お礼と言ってはなんだが、私たちにできることがあれば何でも言ってくれ」
「感謝は素直に受け取っておく。早速ですまないが、この辺で宿や飯の手配をしてくれると助かる」
「わかった。であれば我が家に来るのがいいだろう。村では神官の役割を担っているので家には客人を招く部屋が多い。娘たちの命の恩人には不自由な思いはさせぬと誓おう」
「気遣い痛み入る。では、ありがたく厚意に甘えさせてもらおう」
大人たちのやりとりが終わり、クオンが家に来ることだけはわかった。
「クオンはうちに来るの!?」
「こらアリカ! すまないクオン殿。やんちゃな娘で申し訳ない……」
「あんたも苦労してんだな」
失礼な。誰がやんちゃだ!
妹に尊敬される姉になろうと日々努力を重ねているというのに。
このままだとお父さんに説教される流れだと思い、私は即座に話を変えた。
「もう、そんなことはいいから! クオンって何者なの? あの《灰色猪》を一刀両断した技ってどうやんの!?」
「ったく、うるせー子供だな。答えてやっからマントを引っ張るな!」
私の目に今でも焼き付いている、あの鮮烈な光景。
村の大人たちでもできないことをクオンは一人でやったのだ。
興味が湧かないわけがない。
「俺は──開拓士だ。一刀両断したのは普通にぶった斬っただけで特別なことは何もしてねーよ。ほら答えてやったんだからマントを離せ」
「開拓士って……なに?」
「質問は一個だけじゃねーのかよ。開拓士は未開の土地を切り開く連中の総称だ。人が知らない未知の地に何があるのかを調べ、踏破し、持ち帰るのが主な役目だな」
「へぇー」
とりあえず、開拓士ってのはなんか凄そうということだけはわかった。
逆に言えばなんか凄そうということしかわからなかった。
しかし、開拓士になればクオンぐらい強くなれるのであれば、目指す道は一つだけだ!
「じゃあ、私も開拓士になるからクオンの弟子にしてよ!!」
クオンは呆れた顔で私を見て、お父さんは見たこともない形相で怒った。
この後、森での件を含めてめっちゃ怒られた。
なぜだ……?
◆
「ねー師匠ってば。いい加減私を弟子にしてよ!」
「うっせーな。誰が師匠だコラ。お前を弟子にしたつもりは一個もねーよ」
歩きながら私はクオンの後を付いて行きながら言う。
弟子入りを願ってからというもの、一向に弟子入りを認める気配がない。
お父さんからは「命の恩人にこれ以上迷惑をかけてどうする!?」とクドクドと説教をされたが、私はあきらめるつもりは全くないのだ!
なので、こうして押しかけ弟子入りをしている。師匠呼びはその一環だ。
「ふーんだ。別にいいもんね。認めるまで毎日こうしてやるんだから!」
「マジかよ……。ったく、どうしてこうなったんだか」
ぶつくさ言いながらクオンは歩いて行く。
改めてクオンを見ると色々とわかることがある。
クオンはカラスのような黒色の髪に枯れ草色のマントを羽織り、ポケットが沢山ある上下が黒色の服を着ている。丈夫そうな生地でありながらも動きやすそうではある。武器らしきものは腰のベルトにはナイフと《灰色猪》を斬った大剣を背負っている。
結構な重量だと思うのに、歩みに一切の淀みを感じさせない──どころか足音一つ聞こえない。
身体能力とか筋力とか私とは全然違っている。強い大人の男って感じだ。
「大体お前は何で俺に弟子入りしてーんだよ?」
「もちろん強くなりたいからに決まってんじゃん!」
「強くだぁ?」
「うん!」
私は《灰色猪》に襲われた時、妹を危険に晒すしかなかった。
逃げることも戦うこともできずに命が終わるところだった。
あんな思いをするのは二度とごめんだ。
だから、私はあんな獣を物ともしないクオンの強さに憧れを抱いた。
「お前さんが強くなりたい理由はわかった」
「じゃあ弟子にしてくれる!?」
「それとこれとは話が別だ。そもそも、俺はやることあって忙しいんだよ。お前の親父さんからも邪魔だけはすんなって言われただろうが」
「むぐぅ」
それを持ち出されると弱い。
昨日のお父さんの説教の恐怖が蘇る。
「つーか、森まで案内するのがお前の仕事だろうが。仕事をしろ仕事を」
「わかってるよー。ほら着いたよ」
私がお父さんから頼まれた仕事はクオンの案内役だ。
昨日の迷惑をかけた罪滅ぼしとしてこき使ってやってほしいと言われた。
なので、クオンは開拓使の仕事の一環ということで《灰色猪》が現れた森の調査を頼まれたのだった。
「よし、案内はここまででいい。お前は先に帰ってろ」
「はぁ、何言ってんのさ! 森の中も案内するよ!?」
「アホ抜かすな。昨日の今日で何があるかわからん森にガキンチョなんぞ連れて入れるわけねーだろうが」
「バカ言ってんのは師匠の方だ! 村の中で私が一番森に詳しいし速いんだぞ! 足手まといになんてなるもんか!」
むぐぐっとテコでも帰るまいと強くにらむ。
クオンの強さの秘密を知りたいのもがあるが、森のことを知らない人間を置いていくことなんてできないというのもある。
「おい、アリカ。こっからは子供の遊びじゃないんだ。俺の足に着いて来られないガキのお守りをするつもりはねーんだよ」
カッチーンと来た。
ほう、そう来るか。そう来ますか!
だったら私の力を見せてやる!!
「じゃあ、師匠が私の力を試してよ。それでダメなら素直に引き返す!」
「つくづく強情だなお前は……。あーもう条件はそれでいい」
頭をガシガシと掻くクオン。
さて何の試験にしてやろうかと呟くと丁度良いと言わんばかりに、目の前の大木を見て笑った。
「あの木を10秒以内に登って降りてこい。それが条件だ」
「……え、あの木を?」
10メートル以上はありそうな背が高く幹も太い大木だ。
普通ならば10秒以内に登ることすらできないだろう。
私はプルプルと震えた。
そんな私を見てクオンは言う。
「はっ、できねーってなら今すぐ帰れ。怖気付いたか?」
「ぜーんぜん? てかさ──簡単すぎてあくびが出そうだよ!」
「は?」
あまりにも簡単すぎる試験で助かった。
簡単なお題すぎて笑いを堪える方が大変だ。
見誤ったなクオン。
私は昨日──《灰色猪》に追われている時、樹上を軽々と走って渡れるぐらい木登りは得意なのだ。
全力で大木に向かって走り出した!
木登りするのに手を使って登ってなんかいられない。一歩目で枝まで駆け上がり、枝から枝へと一瞬でジャンプをして登っていく。3秒もしないうちに頂上まで登ったらあとは簡単だ。落ちるだけだ。
ピューッと風が顔を撫でるのを感じて、一番下にある枝を掴む。落下の速度をそこで殺して一回転しながら着地。
まぁ、多分だが6秒程度しか経ってないだろう。
「へへっ、これでどうさ!」
キラキラと笑って私はクオンを見た。クオンは私が達成できるだなんて思っていなかったようでポカンとしている。
ふふん、いい気味だ。
ガキ扱いばかりされていたから、ちょっとスッキリした。
そして、ようやくクオンが口を開いた。
「アリカお前──《精霊術》を使えるのか?」
精霊術って何さ?
そんなことより私は合格したのか知りたかった。
みなさま良いお年を!
そして来年もよろしくお願いいたします!