推しと重なって死ぬから
友達の女オタクはジャンルの棲み分けに煩くtwitterのトレンドに上がってるタグに噛み付く愚痴を毎日あたしは聞かされていた。そんな彼女はプログラミングの仕事の傍らタイムラインを覗いてて、あたしのツイートがいつ彼女の逆鱗に触れるのではといつも怯えながら暮らしていた。
あたしと彼女は起きてる時間がほぼ被っていることと、お互い自宅勤務ということもあり、毎日作業通話をしていた。ある時彼女がため息をついてまたいつものオタクとオタクの喧嘩の話かと思ったら、
「推しが・・・髪を切ったの」
彼女が好きになる版権キャラは決まって髪が長くギザギザな歯をしていた。スマホゲームのキャラに今お熱の彼女。スマホゲームのキャラが断髪は確かに珍しい。
「あたしも・・・っ髪を切る・・・っ」
衝撃だった。彼女は常に髪が長い。胸から上の位置に切ったことが無いんじゃないかな。あたしは胸から下になるまで伸ばしたことがないんだけど。
今回悲しみ方がハードなので止めねば。
「あううう・・・あんたも一緒に切るのぉ・・・っ」
!?
あたしも切るの!?髪型を詳しく説明するとあたしはベリーショートカットで、おでこも耳もうなじも全て見えており、一番長い部分でも2cmぐらいしかないあたしも髪を切るの?
「推し・・・推しの髪ね、魔法に失敗して丸刈りになっちゃったの・・・っ」
「じゃあ魔法で戻せばいいじゃん」
「あんた設定読んでないの!?魔法には代償が必要で代償を低く見積った罰で体の一部が取引されたの!」
「魔法使いなのにケチなんだね・・・」
彼女は暗色に染めたふわふわのセミロングを揺らしながら夕方あたしの家にやってきた。電気屋の袋を持って。あたしは・・・引いてる。ハサミとバリカンが入ってたから。
「ねえオタクちゃん本気?似合ってて可愛い髪が可哀想だと思わないの?」
「推しも苦しい、あたしも苦しい、共感するしかない」
ちょっと言ってることが分からない。あたしは付き合わされて困惑してる。あたしは何何しいんだよ。彼女があたしの頭を見て睨む。
「あんたはあんまり髪とか気にしてないんだからこの際一緒にサマーカットなさい」
あ、あれ~?今年の夏は梅雨明けが遅くて寒いってメディアが・・・。髪とかあんまり気にしてないのは本当で何を隠そうあたしは1年に1度坊主にする以外髪を切らないのだ。
女オタクちゃんが指を震わせながら自身の髪にハサミを近付けて、地肌ギリギリで交差させた。ポロッと落ちる髪の束。グロい・・・。さっきまで髪だったものがゴミに見える。彼女は涙目で続ける。
「ちょっと見てられないよ。あたしの頭好きにしていいからオタクちゃんは髪切るのやめなよ。」
「あうううう・・・切ってぇ・・・」
そう来るか・・・。あたしは彼女の髪を顎の下で取り敢えず揃えた。彼女の涙は止まらない。
「だめぇ・・・ちゃんと推しと同じにしてよぉ・・・っ」
彼女のおでこにバリカンを当てて振動させてみた。怖いだろう・・・。伸ばす手間より切る手間のがこの髪型に関してはあり、最初は自分だと受け入れられず鏡に対してびっくりする日々が待っているのに、彼女はバリカンを持つあたしの手を持ち頭上へ走らせた。髪の束がモルモットの全長程度落ち、青い道が広がっていた。
あたしは人の髪を切ったことがない。何故なら大雑把だから。感覚に震える。
「えへへ落ち武者・・・だから・・・綺麗にして?」
無言でバリカンを当て続け、15分後には可愛いお猿さんがあたしの部屋に正座していた。下を向いて震えていたが近付いた際不意打ちにバリカンをあたしに向けてくる元気があるので悲観的に捉えるのはやめた。
2人で風呂場に行き鏡を見る。笑いが込み上げてくる。あたしは後頭部に蝶の刺青があり、そこを指でつんつんされてやきもきする。一緒に入浴して飛び散った毛を洗い流した。
風呂上がりの缶ビールは幸せを凝縮したような味がした。彼女はスマホゲームの推しと自分の姿を比べて鼻息荒くしており、あたしの頭に興味が無いみたいだった。
スマホを一生懸命眺めてる彼女の後頭部に蝶の代わりにキスをした。