永遠(とわ)の誓いは変わらぬ愛の
フレンと二人きりになる。でもなんだか状況が違いすぎてくすぐったい。いつものように「フレン!」などと近付けるはずもないし、なにを言ったらいいのかわからない。
それを悟ったように、動いたのはフレンからであった。グレイスの前までやってくる。
「お嬢様。このような事態になるまでお話もせずにすみませんでした」
軽く礼をされる。グレイスはすぐに理解した。幼い頃に少しだけ話したときのことだ。
「いいえ、……私も、訊いてはいけないのかと思って、触れずにいたもの。でも、訊いておいた方が良かったのね」
グレイスの心。フレンと会話をする間に徐々に落ちついていってくれた。
だって、ここにいるのは確かにフレンなのだ。格好が違ったって、このひとであることは変わりやしない。
急に、先程の比ではなく胸がかっと熱くなった。グレイスの中で熱い感情が爆発する。
「フレン!」
それでもしっかりとした声で名前を呼ぶ。たっと床を蹴って、フレンの元へ寄る。
フレンが腕を開くのが見えた。フレンの気持ちも理解して、グレイスは迷うことなく腕の中へ飛び込んだ。
「逢いたかったわ!」
一番言いたかったこと。やっと言えた。
抱きついたグレイスを、フレンはしっかり受け止めてくれた。それだけでなく、ぎゅっと強く抱きしめてくれる。
「私もですよ、お嬢様」
雨の中、縋ったときとはまったく違っていた。フレンの行動にはひとつの迷いもなかったのだから。
それはグレイスにはっきり伝えてくれた。
フレンの気持ちを。
グレイスに抱いてくれる気持ちを。
あのときの抱擁とくちづけ。
グレイスをただ宥めるためのものではなかったのだ。
痛いくらいにそれが迫ってきて、グレイスの目から今度こそぽろぽろと涙を零させた。
ぎゅっとフレンの胸元を握って抱きつく。服の感触はまったく違ったけれど、そのあたたかさに違いなどない。間違いなく、グレイスの愛しているひとだ。
「お嬢様」
フレンはしばらくグレイスを抱いていてくれたが、やがてグレイスの肩に手をかけた。そっと自分から剥がす。
けれどそれは拒絶ではない。グレイスの顔を覗き込んでくれるためだ。
要されているそのことがわかり、グレイスも顔をあげた。
視線の先、映ったのは穏やかで優しい翠色。グレイスの大好きな色。
その瞳は、でも今までとは少し違った。ほろりと崩れそうなほど、やわらかい。
きっとそれに込められているのは、愛しさ。
「貴女を想っています。貴女のお傍に仕えるようになってから、ずっと」
静かに言われたことは、グレイスがずっと欲しかった言葉だ。
ずっと欲しいと思って、けれど言ってもらえることなどないのだと思っていた言葉。
これは夢ではないかとグレイスに思わせてしまうほど、幸せな言葉だった。
「私もフレンが好きよ。ずっと想っていたわ」
グレイスの言葉も自然に出てきた。
夢ではないかと思ってしまうものの、これが現実であることなど疑いようもなかったのだ。
優しい翠色に見つめられているから。嘘偽りのない、真摯な色。
「貴女の元にいられるように、私はラッシュハルト家に戻りました。今はフレン=ラッシュハルトと申しましたね。それは名実共になのです」
グレイスの瞳を正面から見つめて、フレンの言ってくれたこと。
「父上に認めさせました。私の身分を。私生児であることは変わりません。継承権もありません。ですが」
すぅ、と息を吸って、言われた言葉。力強い響きだった。
「男爵家令嬢と結ばれるには、必要なだけの身分が今はあります」
それは爵位の大きな違いというもののためだっただろう。グレイスの家がもっと高位の貴族であったなら、私生児である息子が夫になるなど赦されるはずもなかった。
けれど、下の身分の貴族なら。
半分は伯爵家の血を持っている身としてなら。
赦されるだけに値するのである。
「ですから、お嬢様」
フレンはふと、手を伸ばした。グレイスの頬に触れる。白い手袋の手で。
そこだけは以前とまるで変わらなかった。グレイスにとって、一番近くにいてくれるあたたかな手の感触。
「私を迎えてくださいますか」
アフレイド家の事情から、グレイスは外へ嫁ぐことはない。一人娘なのだから。
だから、結ばれるとしたら外からやってきた人間なのだ。
フレンもだからこそそういう言い方をしたのだろう。
身に染み入って、グレイスはまた胸から溢れそうなほどの熱いものを感じた。
けれど今度は泣かなかった。
自然に出てきたのは、やわらかな笑み。
幸せからの、よろこびの笑み。
「ええ。私のもとに居てほしいわ」
グレイスの返事にフレンの目元が緩んだ。愛しさの溢れていた瞳がもっと優しい色になる。
グレイスの頬に触れる手に、力が入った。そっと引き寄せられる。
理解して、グレイスは目を閉じた。自然にそうなったのだ。
ふわりと触れ合ったくちびるはもう、あの雨の中のような冷たさなど持っていなかった。
体温のままにあたたかな感触は、心配することなどもうないのだと。グレイスに確かに伝えてくれた。
「貴女のお世話をする役目も、お茶を淹れる役目も、変わらないでいたいですね」
グレイスを緩やかに抱いたままで、フレンは言った。
その言葉にグレイスはふふっと笑ってしまう。
変わらない。
そう、なにも変わらない。
フレンとの関係が変わっても、やりとりをする言葉はなにも変わらない。
「それは入り婿様として適切なのかしら」
ちょっとからかうような響きになった。けれどフレンはすぐに言い切る。
「適切でしょうよ。だって、私は」
フレンは再びグレイスの肩に触れた。そっと離される。
しかし今度は瞳を見つめてくれるのではなく、すっと腰を落とした。グレイスの前にひざまずく。
そしてグレイスの手に触れ、そっと自分の手に乗せ、包み込んで。
グレイスはなにが起こるかそれだけでわかってしまった。
幸せと、少しのおかしさが同時にやってきて、グレイスの顔を幸せな笑みで満たした。
「ずっとお嬢様のお傍にいるのですから」
それは誓い。
従者としてではない誓い。
手の甲に落とされたやわらかなくちづけは、いつまでも変わらない愛を誓うためのもの。
(完)




