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ピンクのドレスは憂鬱な

「お嬢様、とてもかわいらしいですわ!」

 支度をしてくれていたメイドが顔を輝かせる。それはお世辞ではなく、心からそう言ってくれているのがわかるので、グレイスは「ありがとう」と言っておいた。

 今日はドレスの試着。誕生日パーティーのためにあつらえてもらった、特別なドレスだ。

 黒髪のグレイスは派手な色より、ちょっと色味を落とした大人しめのトーンの色が似合った。よって今回のものもそれに従って、くすみカラーといわれるやわらかな色合いのピンクをメインに作られていた。レースはプレーンな白。リボンも控えめにつけられている。

 大人しめの色合いなのは、誕生日パーティーであるから、という理由もある。

 十六になるのだ。社交界にも出られる立派な大人として認められる年齢なのだ。かわいらしさしかない、ある意味子供っぽいドレスよりも、少々色っぽさもあるものをということのようだ。

「苦しいところはございませんか?」

 うしろでコルセットの紐を引きながらメイドのリリスが声をかけてくれる。

 リリスもやはり、グレイスがまだ幼い頃から仕えてくれている使用人である。なのでもう三十近い、妙齢といっても良いくらいの年齢。それでもまだまだ華が残っている年頃で、茶色の髪をうしろでお団子にしてまとめていても、どこか娘のようなかわいらしさがあった。

 この国の常であるように、リリスはもうとっくに家庭に入っている。今ではその家から通いで勤めてくれているのだ。

「大丈夫よ、リリス」

 特に問題はなかったので、グレイスはシンプルに答えておく。コルセットで腰をきゅっと締め上げられるのももうすっかり慣れたのだ。締め上げすぎなければ問題ない。

 そしてリリスだって、もう何度もグレイスの支度をしてくれているのだから、本当は訊かずとも加減などわかりきっているのだ。それでも訊いてくれるのが、優しくて律儀なところである。

 かわいらしいドレスで支度をしているのに、あまり楽しくはなかった。普段ならこんな特別なドレスの試着ともなれば、メイドたちと一緒にはしゃいでしまうのに。今回ばかりは楽しいはずがあろうか。

 しかしリリスは特に気付かなかったようだ。普段と同じように明るい顔と声で試着を進めてくれている。

 こんなにかわいらしいドレスを着るのに。一番近くで見るのは恋している相手ではなく、別の男性なのだ。そう思っただけで、もう今から憂鬱だった。

 馬鹿なことだと思う。今までだって、別にフレンが一番近くだったというわけではないのだ。恋仲などではないのだから。

 ただ、グレイスが無邪気に「素敵でしょう」と、ある意味見せびらかすようなことをして、一番に見せていたのは子供の頃からそうであったし、フレンもにこにこと「とても素敵です」と言ってくれていただけなのだ。今となってはそんなこと、おままごとのようだったとも思ってしまう。

「さぁ、次はメイクも試してみましょう。先日、新しいアイシャドウを買いましたでしょう。お嬢様が特にお気に召した……」

 確かに先日、雑誌を見て新作だというかわいらしいコスメを見つけていた。それを街から取り寄せてもらったのだ。外の領、もっと栄えている街から仕入れたものだという。

 見たときにはとても心躍って、「特別なのだから、誕生日パーティーでつけてみるわ!」と決めていたのに。なんだか色あせてしまったような気持ちになった。コスメにはしゃいだ気持ちも、かわいらしく豪華なパッケージに入ったアイシャドウすらも。

 でも断ることなどできるはずもない。グレイスは「そうね。お願いするわ」とだけ答えた。

 でもあまり素っ気ないと、なにか……気が進まないのだと思われるかもしれない、とやっとそこで思い至った。

 メイドや使用人たちには婚約の話などまだ通っていないだろう。だから誕生日パーティーでなにがあるかなど知らないはずで。なのでグレイスは意識して笑みを浮かべた。

「とても良く発色すると書いてあったわ。ラメもとてもかわいらしいと」

「そうですね! 先日拝見したときも……」

「まぁ、先に見たの? 狡いわ」

「使わせていただくのですから、お許しくださいまし」

 リリスはグレイスの内心など気付かなかったようで、ここまで通りに明るく話してくれた。

 鏡台の前に座らされて、リリスにいつもより丁寧で濃いメイクをお試しにされながら、閉じた目の中でグレイスはあることが気になっていた。

 ……フレンは、誕生日パーティーで婚約発表があることを知っているのだろうか?

 不意に思った。グレイスの従者であるので、パーティーでグレイスの動く手順などはフレンがいつも用意や手伝いをしてくれていた。実際、父も『打ち合わせをした』と言っていた。

 けれどそれはどこまで話したのだろう。詳細までだろうか。

 その可能性はなくもなかった。婚約発表など重大な、ある意味イベントなのだ。従者が把握していなければ困ることになる。

 つまりグレイスに婚約や結婚の話が出たことを知っているのだろうか。その可能性を思ってしまえばもっと心が沈んでしまいそうで、グレイスは一旦、心からそれを追い払うことにした。

 今、考えても良いことなんてないだろう。意識してかわいらしいコスメや、それで飾られていく自分のことに集中する。このあと、一人になった夜にでもこの件は思い悩んでしまいそうだとわかっていても。

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