ルグラーツェの噂話
またしてもTwitter(現X)でトレンドに入ったのでお祝いSS更新ですわ~~!!
職人たちが働く工房の外からは人々の営みの声が聞こえていた。大通りでは今日も市場が賑わっているだろう。
転移門で繋がる先、同胞たちが暮らす魔国にも平穏が訪れていた。瘴気の元である「邪神」は魔族達の王と救国の聖女によって打ち倒された。これによって大陸を覆っていた瘴気も、これから時が経つにつれ晴れていくだろう。ようやく魔族達は安堵の息をつけるようになったのだ。
長い間、先の見えない暗く重い闇の中にあった魔国は、ようやく光を取り戻した。人の営みとして、産業も経済も急激に成長している。
魔族の職人達は熱のこもるこの工房では、「ドワーフしか扱えない」と言われていた魔法金属の加工を行っていた。
人が容易に生み出せない温度でしか熔けない金属も、魔力が多く他の人種よりも魔法が巧みに使える魔族達であればこうして素材として扱える。需要は多い。
「なあ、聞いたか? 陛下がついに、聖女様にプロポーズしたって話だ」
「本当か? 俺はまだ噂でしか聞いてねえが……」
「間違いないさ。スフィアさんの部下から聞いたんだ。アンヘル様が、ご自分の作った魔晶石を贈ったって」
「なんだって?!」
鍛冶場の中で声が上がった。作業をする彼らの手は止まらず忙しなく動いているが、話す声には熱がこもっていた。
もちろん魔晶石は資源としても扱われているが、魔族には、愛を誓う際に相手に自分が手に入る中で一番良い魔石で作った魔晶石を贈る風習がある。
古くから続く伝統で、魔晶石は作った者の魔力で染め上げられているため見る者が見れば「誰が作ったか」が感じ取れる、それを贈るということは「あなたと一生を共にする」ことを誓う意味を持っていた。
「魔王様の魔力はどんな色なんだ?」
「力強い太陽みたいな美しい金色だそうだ」
「へえ……って、陛下の目の色と一緒なんだな」
「それを、レミリア様は?」
「ああ、受け取ってくださったそうだ」
王の瞳は深い金色だ。魔力の色と同じなのは偶然だが、あの強大な魔力で染め上げられた魔晶石ならさぞ美しく輝くだろう。元になった魔石も、自分達が想像もつかないくらい強く恐ろしい魔物から採れた、特別大きく質の良いものに違いない。
受け取ったと言う事は、もちろん求婚を承諾していただいたんだな。金色の魔晶石をあの美しい聖女様が身に着ける様子はさぞ美しいだろう。
職人たちは顔を見合わせると、誰ともなく笑みを浮かべた。
「こりゃあ、もう正式に決まりだな」
「ああ、魔王様がやっと幸せになれる」
「それにしても、俺達のためにずっと頑張ってたアンヘル様と、魔国を救ってくれたレミリア様が結ばれるなんて……嬉しいなあ」
魔族を率いる王は、瘴気による災厄に立ち向かい自分が一番傷付きながら、国を守るために戦い続けてきた。若い頃に両親を失い、まだ幼い弟妹達を抱え、瘴気に侵された危機に瀕していた魔国を必死に統治してきた。
その国を救ったのが救国の聖女レミリアである。彼女は神の導きによってこの国を訪れ、アンヘルに神託を授け、力を合わせ瘴気の原因だった邪神を消し去って滅びゆくところだった魔国を救ってくれたのだ。
救われたのは魔国だけではない。魔王アンヘル自身も、聖女レミリアによって救われた。
魔王は強く、優しい人だった。しかし、被害を最小限に抑えるために、狂化してしまった魔族をその手で葬る役目をずっと負ってきた。責任感が強いアンヘルがそれによって苦しむ姿を周りの者はずっと見て来たのだ。
魔族は皆、ようやくご自分の幸せを考えられるようになった自分達の王の変化を心から喜んでいた。
「そういえば、嫁の工房にも陛下の色を使った巫絹布の注文が来たって言ってたぞ」
「え? お前の嫁さんの工房って……魔王様の装束じゃないよな?」
「ああ。ドレスに使う布だよ! 魔国の過去の文献もあたって、レミリア様に相応しい『最高の一着』を作るらしい」
職人たちはさらに興奮する。
黒髪や茶髪が多い魔族にはなかったが、聖女様の作ったルグラーツェのあるこの国には、婚約者や伴侶の色を身に着ける風習があるらしい。つまり、そのドレスは、聖女が魔王アンヘルの婚約者として夜会に出席し、それを周囲に知らしめる力を持つことになる。
「へえ……じゃあ、ブルフレイムの夜会ではレミリア様がアンヘル様を選んだってお披露目になるのか」
「間違いねえな。陛下と並び立つ姿、きっと見事だろう」
「……ふふっ、これは良い酒の準備をしとかないとな!」
職人たちは顔を見合わせ、大声で笑い声を上げた。
「魔王様とレミリア様、さぞ素敵だろうな。夜会に出る前にこの村でお姿を見せてくれないだろうか」
「どうにか見れないかな」
「慌てるなよ、レミリア様が作った最新式の印刷機があるだろう、あれで作ったお二人の姿絵が発売されるって聞いたぜ。これはソーンさんから聞いた確かな情報だ」
「なんだって! 予約しないと」
魔族達のこれからの幸せの象徴とも言えるのが、救国の聖女レミリアと魔王アンヘルだ。魔族の中でプロポーズである魔晶石を渡し、次の夜会で魔王の色を使ったドレスをレミリアが身に着けると聞いた人々は、とうとう二人が結ばれたのだと思っていた。
まさか、この時点では求婚の意味を伝えずに自分の作った魔晶石を渡し、自分の色を使ったドレスを贈っていたなんて。
強大な魔物を屠る、見るものに畏怖すら抱かせていた魔王の姿しか知らなかった魔族達は……恋愛面で臆病すぎる意外な一面を知って、親しみを抱いたとか、ちょっと呆れたとか。




