お休み、いい夢を
12/27 コミカライズ更新に伴いまたTwitter(現X)トレンド入りしたのでお祝いに書いた新鮮な番外編よ~~!
大きな本や文書が置かれたデスクの上。ランプの灯りが暖かな光を広げ、窓の外に月光と混じって落ちている。
夜警の兵士以外のものが寝静まったような静かな城、自分のペンが書類の上をすべる音だけが響く中、アンヘルは顔を上げた。
「父さん……」
廊下から聞こえた足音で予想していた通り、そこにはアンヘルの可愛い息子であるアンリが立っていた。少し不安げに、ドアノブに手をかけたまま、自分と同じ色をした金色の瞳がこちらを見つめている。
「どうしたんだ、こんな夜遅くに。目が覚めてしまったのか?」
「うん」
「上着も着ないで。体が冷えてしまうだろう、こっちにおいで」
アンリは室内履きをパタパタ鳴らして父親に歩み寄ると、大きな椅子に腰かけていたアンヘルの脚の間に体を滑り込ませた。
パジャマを着たアンリの薄い肩は、ここ執務室に来るまでに冷えてしまったようで、アンヘルの手のひらにほんのりと冷たさが伝わって来る。
「お仕事してたの? 邪魔してごめんなさい」
「大丈夫だよ、ちょうど一休みしようとしてた所だ」
何も気にしていないという風に明るい声を出すと、アンヘルは自分の膝の上にアンリを抱き上げた。その冷えた体をひざ掛けで包んで、その上から抱きしめる。
具合が悪いのか、悪夢でうなされたのか、心配していたような事ではなかったアンヘルは安堵すると、腕の中のアンリの髪をやさしくなで上げた。
「何を書いているの?」
「これか? うーん、新しい農地をどこにするかを書いているんだよ。美味しいものがもっと作れますようにって思いながらな」
「そうなんだ。父さんはすごいね」
尊敬をにじませたキラキラした瞳で自分を見上げるアンリに、アンヘルは嬉しそうに答える。
「お腹は空いてるか?」
「ちょっとだけ」
「よし、ならホットミルクを作ってくるから待っていなさい」
アンヘルはひざ掛けで包んだアンリを自分が座っていた革張りの椅子におろすと、隣の小部屋に向かった。心優しく美しい妻が開発した魔導加熱器の中にミルクとコーヒーの入ったコップを二つセットしてしばらく待つと、火系の魔法を使わずほかほかの飲み物が出来上がる。
両方のカップの中に多めの砂糖を加えると、アンリの待つ部屋に戻った。
「甘くしてあるからな。もう一度歯を磨いてから寝るんだぞ」
「わあ、ホットミルクだ!」
再びアンヘルが膝の上に抱き上げると、アンリはその小さな口から両手で持ったコップにふぅふぅと息を吹きかけながら甘く暖かいミルクを飲んでいた。
そうしてしばらく自分もコーヒーを喫してのんびりとした時間を過ごしていたところ、片手で抱きしめた小さな体がとてもぽかぽかと温かくなっている事に気付く。
「もう眠いか?」
「うん……」
「そうか。じゃあ父さんがベッドまで連れて行ってやろう」
瞼が半分落ちかかっているアンリを抱き上げると、アンヘルは執務室を出て階上へと向かった。アンリの部屋に備え付けられている洗面室で眠りかけたアンリの歯磨きまでを終わらせると、そっとベッドの中におろして布団をかける。
「父さん……」
「どうした?」
もうだいぶ眠そうなアンリが、愛する妻にそっくりな顔で自分を見上げる。彼女の子供の頃もきっと可愛かったんだろうな。幸せが胸に滲んだアンヘルはゆったりと微笑んで息子を見つめた。
布団を口元まで引き上げて、風邪などひかぬように、そうして手の平で優しく丸みを帯びた頭を撫でる。
「僕、何だか……父さんにずっとこうしてもらいたかったみたい」
「そうか? じゃあ、久しぶりに一緒に寝ようか」
「いいよ! だって、もう僕は赤ちゃんじゃないんだから」
「ああ、そうだな」
大人から見たらまだ赤ちゃんとそう変わらないのだが、そう思ったが妹が出来て一生懸命兄として振舞うアンリの気持ちを慮ってアンヘルは口には出さなかった。
「一人部屋になる前の話じゃなくて……もっと、それよりずっとずっと前の話で……父さんに、こうしてもらいたかったって……」
「ずっとずっと前じゃあ、まだアンリは生まれてないだろう」
子供特有の誇張表現に思わず苦笑するアンヘルだったが、ゆっくりと撫でている手の下からやがて規則正しい可愛い寝息が漏れてきたので、そっと手を離した。
「お休み、いい夢を」
可愛い息子とのひと時に元気を補充した魔王陛下はもう一度やる気をみなぎらせると、深夜の執務室へと戻って行った。