道楽王子と変わり者の剣聖の話
またTwitter(現X)でトレンドに入ったのでお祝いにSS書きました!!めでたい!!
「ねえ、王子殿下。それ、できないふりしてますよね」
俺にそう問い詰められて、年相応に笑っていたその人はきゅっと目を細めた。その表情は今まで見たことがないくらい大人びていて、普段貴族たちが「出来損ないの王子」と陰口を叩いている姿とは別人にしか見えなかった。
俺はずっと退屈していたのだ。
剣を振っている時だけが楽しくて、それ以外どう過ごしていたか正直よく覚えてすらいない。貴族令息の日常というものは俺には窮屈で、つまらないものだった。
その頃すでに剣で俺の相手になれる者は騎士団の中でも片手で数えられるくらいしかおらず、騎士団長である俺の父親を含めたその数人は、頻繁に子供の相手ができるほど暇ではない。
他の者では、まだ騎士見習いにもなれないような年齢の子供に何度も負けるのはプライドが許さないらしく、なんのかんのと言って相手をしてくれない。
自己鍛錬も嫌いではなかったが、1人で磨ける技術というのはかなり限定的なものしかない。
年齢的にはまだ子供だからと、1人で王都の外に出る事も禁じられていたから俺は毎日練兵場のすみでくさくさしながら剣を振る事しかできなかった。
あーあ、自分が貴族じゃなかったら、冒険者になれたのに。そしたら実戦し放題だ。もちろん自分の歳では魔物の討伐依頼は受けられないから、「森で採取依頼を受けてる最中に魔物に出くわして」やむを得ず魔物と戦う形になるが。
そうやって全力を出せない毎日に鬱屈してる俺がその人に話しかけたのは、その隠している実力を暴いてしまいたいと、そう思ったからだった。
正統後継者が生まれた後の、妾腹の第一王子。
だって彼が幼い頃は違う評判が聞こえていた。魔力が高く、とても優秀で、頭も良い、この国は安泰だと。
年齢も近い自分は「騎士団長の息子」として父が指導する中何度か剣術の相手をした事もあるが、その短い時間でも彼が優秀である事は理解していた。
その「優秀な第一王子」がいつからだろう、「幼い頃は神童とも呼ばれていたが、あれがピークだったな」なんて言われるようになっていたのは。
王族として歴史や政治について自ら学ぶ事はなく、詩や音楽や絵画にかまけて遊んでばかり、王子としての座学を何かと言って避け、仮病で授業をサボる事まであると聞く。
誘導されるかのように、評価は綺麗に入れ替わっていった。
俺はまともな相手がいないから全力を「出せない」だけだったけど。
この人は、今更生まれてきた正統後継者に遠慮して全力を「出さない」。
様々なしがらみで俺たちにそう「させる」周りの大人たちの無理解の被害者、仲間意識もあったと思う。
まだ子供だった俺は、この隠し事を暴いて、公にして、この人が全力を出さないと選択させたそんな環境を与えている大人たちを正さなければならないと強く考えてしまっていた。
そう思って、俺は「できないふりをしている」と指摘したのだ。
剣術の授業で数度面識がある程度の俺に、ある日突然そんな事を言われたエルハーシャ殿下は、大人びた表情でくっと微笑を浮かべたまま首を傾げた。
まるで「それで?」と言っているようで、母親譲りのまっすぐの黒髪がさらりと彼の頬にかかる。
俺は自分の意見が間違ってないと示すように、黙ったままの彼に向かって正当性を塗り重ねるように焦って説明を続けていた。
「エルハーシャ殿下が日陰者なんかになる事ないですよ。俺の父親だって後ろ盾になってくれますから、実力を隠してわざとできないふりなんかするべきじゃない」
「私は、そうは思わないよ」
俺はエルハーシャ殿下に初っ端から否定されてムッとした。
この提案は、少なくとも好意的に受け入れられると思っていたからだった。
「周りが優秀な人をちゃんと評価しないのも、できる人がやらないのも、俺は間違ってると思う」
「君は正義感が強いんだね」
そのあまりにもな物言い。俺はついカッとなっていた。自分が思うあるべき正しい姿を否定されたと感じたのだろう。
実力を隠さなければならない原因を取り除ける、そう言っているのになぜ喜んでくれないのか、と身勝手な怒りすら沸いていた。
「どうして侮られたままで良いなんて言えるんだ!」
吠えるみたいな剣幕の俺に、エルハーシャ殿下は怯む事はなく。
何か考え込むように目線を斜め上に持ち上げると、ゆっくり唇を開いた。
「弟が、可愛かったからかな」
「……は?」
予想もしていなかった答えに、俺は毒気を抜かれた。口から間抜けな声が漏れる。
「私は、この国の継承者問題を解消するための存在だっただろう? 後継が長いこと生まれなかったこの国の王と、実家の影響力を完全に排除できる、魔力の高い身寄りのない平民の間から、計画されて生まれたのが私だ」
「それは……存じ上げてますけど」
彼の母親は表向きには「国王が一方的に寵愛した踊り子」というカバーストーリーが流布されているが、有力貴族では事実を知らないものはいない。
「会えるのは時々だけど、弟は可愛いよ。お二人が、ほとんど諦めていた実子を抱けたことは嬉しい。でもそれまで血のつながらない私を、我が子のように慈しみ、厳しくも愛情を持って育てていただいた」
庭園から城を見上げるエルハーシャの目が、その中の誰かを探していた。
「だから私はそれに応えようと思った。王になりたいと望んだのではない。あの方が身を捧げるこの国の未来のためにありたい、そう思ったんだよ」
妾腹の第一王子だと侮っている周りに真実を教えてやりたいと、子供の正義感でこの人の大事なものを暴きそうになった俺は羞恥に顔が赤くなり、エルハーシャ殿下から目を逸らした。
「私が口で何を言っても、担ごうとする貴族はいるだろう。王位継承権を争い、国を二つに割ることは避けたい」
あなたの全力を振るえないような不当な環境を解消しましょう。その先に何が起きるのか俺には見えていなかった。
「正統な王妃と王の間に子が生まれ育っている今となっては、下手に王位継承問題をややこしくするつもりはない」
「だって……そんな、弟君の出来が悪いかもしれないじゃないですか」
「いやいや、あの子は賢いよ。兄の欲目かもしれないけどね、まぁあの方のご子息だ、まずそんな事にはならないだろうけど」
そして、俺の二つ下でありながら、その未来を見据え自分の生き方を選択したこの人が途端に何よりも眩しく思えた。
「……だから一生日陰者でいいと、そうおっしゃるんですか?」
けどなんて事だ、この人がこのまま誰にも認められずに名も残らないのかと思った俺はあまりにも歯痒くて、気がついたらみっともなくも追い縋っている。
「何を光とするのかなんて自分次第なんだよ」
何を光とするか。何を名誉とするか。
自分だけのその光が見える場所ならそこは太陽の下なのだと。
風が吹いて、庭園に花びらが舞う。
あ、そうか。そう思った時には俺はその光から目が離せなくなっていた。
「懐かしい。庭園のこの辺りでしたね」
同じ花を見て、俺の頭の中にあの日の景色が鮮烈に思い起こされた。
左手の指先で剣帯に触れながら、気が付いたらそう口にしていた。無意識だった。
「俺が貴方に仕えるきっかけになった日の話ですよ」
「ああ、あの、私がシルベストに叱られた日だね」
わざとそんな言い方をするエルハーシャ殿下に、俺は眉を寄せた。まったく、人が悪い。
「あの時の君の言葉じゃないが」
俺は視線を戻した。父親に似ていない真っ直ぐな黒髪、その毛先を指先で弄びながらエルハーシャ殿下は言葉を選んでいる。
「……わざと出来ないふりをしなくていいんだよ? ウィリアルドの後ろなら、実力を隠す必要はない」
「あはは、ご冗談を」
鼻で笑って見せると、エルハーシャ殿下はちょっとムッとしたようで、口を尖らせた。
「今の俺だって、別に隠してませんよ。単独でメルガ峠の魔物を討伐したって話、聞いてません?」
「そっちじゃない、政治的な身の振り方の話だよ」
「嫌なお偉いさんの相手はしなくていい、面倒な政治のしがらみは遠い、殿下の道楽に付き合って楽しい思いもできる……わざわざ政治の表舞台に立つ気にはならないですねぇ」
「まったく、『道楽王子の従者』が板についてしまったな」
俺が指折り数えながらそう口にすると、エルハーシャ殿下はやれやれといったように首を振った。
……きっとあの話がこの方の耳にも入ってしまったんだな。
剣聖と呼ばれるようになった俺を、正当な後継者と目されている第二王子の陣営につけたいと考えている者はそれだけ多かったのだろう。
それについてはたしかに父上からも釘を刺されていたけれど
「こんな『剣だけが能の男』がいなくても、あの真面目で優秀な王子様の治世には何の影響もないですよ」
「だから政治能力がないなんて言われるんだよ、シルベスト」
「いいんですよそんなの、言わせておけば」
「君まで日陰者にしたくなかったんだがなぁ」
困ったようにエルハーシャ殿下は笑う。俺はそれに気づいていない顔を装って、わざと庭園に目を向けた。
俺は自分で選んだ日向にいますよ。