この世界で初めての「ミュージカル」
Twitter(現X)でトレンドになったお祝いに番外編更新します!
新しいものを受け入れさせるには、「納得」が必要になる。何か理由を与えられないと人は変化を受け入る事は容易くは出来ない。
つまり、「悪魔」と同一視されてしまっている魔族を人々に受け入れさせる、そのためには「物語」が必要なのだ。
魔族達に起きた悲劇を人々に教え、同情させ、好意を引き出すために。
それゆえにわたくしは、世界を救うまでの旅の全てを「ミュージカル」として上演することに決めた。もちろん、最後に打ち倒したのは創生神ではなく、創生神を封じて世界を滅ぼそうと暗躍していた「邪神」だが。
ただの演劇ではない、歌劇でもない。この世界にはまだない「ミュージカル」を生み出す事によって……世界初の「ミュージカル」となる「魔王アンヘル」は演目の名前、内容と共に広く語られる事だろう。
だって世界で初めて、歌とダンスと魔法、それを演劇と融合させた新しいエンターテイメントを生み出すのだから。
まずは脚本、これはエミの記憶を借りて、「ゲーム」公式から出版された小説の文章を使った。主人公視点をうまくわたくしに置き換えて全編書き直しているし、違う世界にまで著作権は適用されないだろう。これを作家に渡してこの世界の住民に受け入れやすい形・脚本に編集させた。
歌についてもエミの記憶の中の大ヒット曲を使わせてもらっている。ブラッシュアップを依頼した作曲家はメロディを大変気に入ってくれたから、良い物に生まれ変わるだろう。ちなみにこの作曲家も、歌詞を依頼した詩人も、「ゲーム」の中で攻略対象者として登場するはずだったキャラクターだった。世界が救われた今となっては、ただの腕のいい仕事相手、だが。
ロレーヌ子爵の紹介してくれた者達も大変いい仕事をしてくれている。
劇中で使われる、演出用の安全な魔術についてはわたくしが一から開発した。どれも魔族なら問題なく扱える程度のものだ。
ステファンは、このミュージカルが大成功して、使われている楽曲もわたくしが携わったと聞いたらどんな顔をするかしら? 芸術センスのない人間を内心見下していたあの男にとって、魔術師としても芸術家としても成功した「エミのレミリア」は誰より憎くて血を吐くほど羨ましい存在にもなるでしょうね。
あの女は、前世の大ヒット曲のメロディに気付くかしら? まぁ、そうなったとしても一興ね。
それを思ったわたくしは、大量の仕事に追われて少々疲れていた体にやる気がみなぎるのを感じた。
楽曲が仕上がったから、ダンスの振り付けについて動かないと。かねてより頭に思い浮かべていたのは、ゲームに出て来た「舞踏家」というキャラクター。わたくしは覚えたステップを踊るだけ、エミもダンスについては門外漢だったため、振り付けなどについては全面的に人に任せることにした。きっと面白い仕事だと二つ返事で受けてもらえるでしょう。
演者はほとんど魔族になるから、身体強化も使って現実離れしたパフォーマンスを組み込んでも大丈夫、とも伝えなくては。
「ミュージカルだけでは体験できる者が限られてしまうから、本も出版しないとよね」
劇場に入る人数は限られる。
この演目への憧れ、興味を強めるためにも「本」は必要だ。
この世界は識字率が低いから、絵本や紙芝居のような形式も作らないとね。
村の創立記念祭の時にわたくしに贈り物をするのが恒例となってしまい(エミのレミリアにどうにかして感謝を伝えたいという気持ちは分かる)魔族に絵の得意な者が何人か見つかっている、彼女達に挿絵やイラストをまかせたいと思っている。
そのために、わたくしは新しい印刷技術を普及させる事にした。
エミの世界で、「印刷」という技術が生まれた時一番刷られたのが聖書、次に娯楽だった。わたくしはこの世界で聖書であり娯楽でもある、わたくしと魔族にとって都合の良い「物語」を広めるつもりであった。
一応この世界にも既に植物紙と活版印刷は存在する。しかしわたくしが広めようとしているのは、細かい活版を手で並び替える組版という手間のいらない……石版印刷を元にした印刷技術だ。
エミの前世では、活版印刷の後銅板印刷などいくつかの歴史を得て石版印刷を生み出す訳だが、わたくしはこの一足飛びの発明をこの世にもたらすつもりなの。
石版印刷とは簡単に説明するのが少々難しいのだが、石板の表面に油性の薬剤を使って印刷する図柄を固定させ、油が水をはじく事を使ってそこに水性のインクを塗る事で版として使う技術である。原理は同じだがわたくしが作ろうとしている版は石板ではなく扱いやすい金属版で、ここからさらにラテックスに似た性質を持つスライムの体液を固めたロール状の筒に転写してから印刷する方法になる。
エミの前世で言うなら「オフセット印刷」という技術に近いかしら。というより、これを元にしてこの世界の魔法・錬金術を合わせて再現した訳だけど。
エミがこうした印刷の知識も詳しく調べた事があったおかげで、素晴らしい技術が生み出せたわ。
この技術を使えば今まで印刷が難しかった素材にも印刷できるし、何より実写のカラー印刷が可能となった。
フルカラー印刷された「魔王アンヘル」の役者たちのブロマイドはきっと飛ぶように売れるだろう。もちろん、カラー印刷された実写を使ったポスターも大変な話題を呼ぶでしょう。
他のグッズ……ぬいぐるみや陶器、劇中で演者たちが身に着けていたアクセサリーなどは公演する土地との軋轢を消すために地元の産業にそれぞれ発注する予定だ。きっとそちらも結構な規模の経済を動かすと思われる。
そうそう、当然、売れると言ってもブロマイドやグッズをブラインド販売する気はないわよ。その方が売れるでしょうけど……エミはブラインド販売が嫌いだったから。
エミなら絶対にブラインド販売はしないわ。
ここで大事なのは転売対策ね。チケットもそうだけど、あの優しくて控えめなエミが「転売ヤーは滅びるべき。異論はない」と言う程憎んでいた転売ヤーは……絶対に存在させてはならないもの。
人は愚かなので、全てを未然に防ぐことは出来ないだろう。けど転売目的で購入した輩が二度とそんな愚かな真似をしたいと思わなくなるような目に合わせる事は可能だ。
だってエミだったら、コンテンツを好きになってくれた人が誰も悲しまないように、力の限り頑張るはずだもの。
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