この幸せが続きますように
コミカライズが始まる記念の番外編投稿ですわよ!!
個人的にサイン本企画やった時に書いたオマケSSになります
「入室禁止でーす」
目の前にはアンリが、手を目一杯広げてその小さい体で通せんぼをしようと頑張っている。色彩は俺だがレミリアそっくりの顔は威嚇しようとキリッとした表情を作っているのだが、いかんせん「可愛い」しか感じない。
俺の可愛い息子は何をしようとしてるのか、微笑ましすぎてつい顔がゆるんでしまう。
「どうしたんだアンリ~騎士ごっこの門兵か?」
「あ! もう、ちょっとやめてよ父さん!」
俺が抱き上げると、とたんイキの良い魚のようにピチピチと暴れ出す。最近は「もう俺十歳なんだけど」が口癖になって、すっかり抱っこを嫌がるようになってしまった。父はとても悲しい。レミリアの膝には呼ばれれば恥ずかしがりつつも乗るくせに。
「アンリに冷たくされてお父さんは傷ついたよ……レミリアとエミに慰めてもらわないと。ママは厨房にいるんだろ?」
「だから、父さんは入室禁止なんだってば」
扉のない厨房の入り口から中を覗こうとすると、アンリが俺に体当たりするように抱き着いて制止してくる。久しぶりにアンリにギュッとされた喜びよりも「入室禁止」と言われた事の方が衝撃で、抱きしめ返す事も忘れた俺は固まった。
「だ、誰がそんな事を……!」
「母さんだよ」
「レミリアが⁉」
俺はあまりのショックに、止めようと俺の腰に腕を回して抱きつくアンリにすがるようにヘナヘナと座り込んでしまった。
「レミリアが……俺に入ってくるなと言ったのか……⁉ そんな、なんで……一緒にいたくてついて回ってたのが邪魔だと思われたのか……? それともエミやアンリにも嫉妬するのに呆れて接近禁止命令を……」
「ちょっと父さん苦しいって」
「あぁ、自覚あったんですね、魔王様」
ふと横を見ると、アンリの幼なじみ兼側近をしているニコラスが呆れ顔で立っていた。俺にチクチク言うクリムトにすっかり似てしまって、今では両サイドから「レミリア様に会いに行くのは次の休憩の約束ですよ」「お仕事終わってないって言いつけますよ」なんて脅してくる怖い親子になってしまった。弟と甥が俺に冷たい。
「何で俺は入室禁止なんだ」
「魔王様がと言うのではなく……うーん、ああそうだ。男子禁制なので」
「クリムトは中にいるじゃないか!」
「父さんは講師役で……まいったなぁ、内緒だし……とりあえず魔王様はお庭でも散歩してきましょうか。アンリ様、つれてってもらえます?」
「ほら父さん行こう行こう」
「俺に何を隠している……ニコラス、話した方が身のためだぞ」
「聖女様のご命令なんで従えませんねー」
くっ……何も教えず俺だけのけ者にして……スフィアの声が聞こえる。あいつも中にいるのになぜ俺だけ……!
やっと休憩時間になったから奥さんの顔を見て元気を取り戻そうと思ったのに、どうしてこんなに切ない思いをしなければならないんだ。アンリを抱きしめたまま気分が落ち込んだ俺は、入ってくるなと言われてるのがショックすぎて……もし面と向かってレミリアに言われようものなら今度こそ立ち直れなくなりそうだったので強行突破は試すことなく退散することにした。
庭園でアンリと一緒にお茶でも飲もう……
「あら、アンヘル来てたのね。ちょうど良かった」
「! レミリア……」
町娘のような簡素なワンピース姿にエプロンを着けているだけなのに、まぶしいほどに美しい俺の妻の登場にその場は一瞬時が止まった。二児の母となり時が経つごとにより美しさがにじみ出るようになった微笑みに、思わず俺も落ち込みかけていた事など忘れて笑顔が浮かんでしまう。
ちょうど良かった、とは一体……?
「ほら、エミ……パパにあげるんでしょ?」
「うん……パパ、あのね、これ……ママと一緒に作ったの……星のかんしゃさいのお菓子なの」
「これは……!」
小さなエミにラッピングされた小箱を手渡された俺は恭しくそれを受けとった。ちょっと曲がったリボン、これもエミの手ずから結んでくれたのだろう。それを解いてそっと封を開けると、厨房の中から漂ってきたのと同じ甘く香ばしい匂いがふわっと香る。
ところどころ焦げた星形の焼き菓子、これがエミの手作りだという。いやレミリアとの合作だと言っていた……この焼き菓子には値段の付けられないような価値が発生してしまったな。
「エミ……! 嬉しい、なんて素敵なプレゼントなんだ……! パパはとても幸せだよ!」
「えへへ」
目の前で焼き菓子を一つ摘んで食べてみせるとエミは期待した顔で見上げてくる。今まで食べたことがないくらい美味しい、と心から言うと大きな口をパカッと開けて喜んでいた。俺の娘がこんなに可愛い……!
レミリアによると、「星の感謝祭」とはレミリアの生国で冬の終わりに開催されている行事なのだと言う。お世話になった人に星にまつわる食べ物を贈る日なのだとか。こうして星形の焼き菓子を作ったり、星をデザインした模様を皮に彫刻したリンゴが売られたり、食堂では星形の人参を入れたスープが出たり。楽しそうだな。
その日は唯一「女性から愛を告白してもいい日」とされているのもあってとても賑わうらしいが、エミは単純に大好きな人達に作ったお菓子を配りたくなって今回のお菓子作りを言い出したみたいだった。そうだな。エミには告白とかそう言うのはまだだいぶ早いってパパは思うぞ。
「それでこれはわたくしからの感謝祭の贈り物よ」
「ん……これは、星形じゃないんだな」
「ええ、既に思いを交わした愛する人に贈る時はハート型にするのよ」
「レ゙ミ゙リ゙ア゙……!」
感極まった俺は、さっきエミにもらった方と合わせて嬉しいのとじっくり味わいたいのと食べるのがもったいない気持ちがいっぺんに溢れて来て思わず涙を滲ませていた。俺は世界一の幸せ者だよ……!
「それとね……お兄ちゃんと、ニコラスにも! あとクリムトおじさまとスフィアおばさまの分! それでね……これは、ママにあげるお菓子……ママ、いつもありがとう」
「まぁ……! ママにハート形のをくれるの⁈ とても嬉しいわ……エミ、ありがとう」
大喜びするレミリアを見て、俺も次は……いや来年ではダメだ。今日中にハート形の食べ物を何か用意することを強く決意した。代わりに作ってもらうのも、ましてや買ったものを渡すのも却下だ。仕事を急いで片付けて、クリムトに頭を下げて教えてもらえば日付が変わる前に何かしら作れるか……?
さらにこの後、アンリとエミもレミリアからハート型の焼き菓子をもらっているのを見て「俺にだけじゃないのか」とほんの少し寂しく思ったのをクリムトとニコラスに散々からかわれるのだった。




