貿易都市から見た眺め
レミリア様の話を聞きたいってのはあんたかい?
なるほど、あの方の半生の真実を本にするのか。確かに、今出回ってるものは全部創作が混じってるからなぁ。正しい歴史を残すのは必要だろう、それに波乱万丈で面白い上にみんながハッピーエンドを楽しめる話だ、世界中が読みたがるだろう。
この貿易都市が村だった頃から、村長役を任せられてた俺ならほんとにほんとの最初っから教えてやれるぜ。
あの方と最初に会ったのは俺がまだ王都で魔道具屋の店長をやってた時だ。店と言っても真っ当な営業許可なんて取れないし、捕まるわけにはいかないから客を選んでこっそりやるしかなかった。その少ない常連の紹介が無いと店すら見付けられない術をかけてるはずなんだが、レミリア様は道に迷わず扉を叩いたし、何故か符丁も知っていた。
突然現れた、不気味なお嬢さんにビビってた俺にレミリア様はこう言ったんだ……「無実の罪を着せられて追放された。追放先の土地を発展させて見返してやりたいから協力してくれ」ってな。
ん? 何だって? ああ、巷ではレミリア様は……あの悪魔の入り込んだ女に対抗する力を築くために魔族と共存する村を作ったって言われてるな。
いや、それは俺も事実だと思うぜ。レミリア様は俺の店の正体や俺らが魔族だって事情も含めてお告げで全部知っていて、その時すでにどうやって世界を救うか思いついていたからこそそう言ったんだろう。
当時の俺は人間の事をまったく信用していなかった。魔族である事も少ない客相手にすら隠していたのになぜか知られていて、最大限に警戒していたし。
そこで、「神のお告げを聞いたから世界を救うために力を貸して欲しい」なんて言われても俺は信じなかっただろうから、取引を装ったんだろう。
いや、怒らないでくれよ。しかたないだろ、その日俺はレミリア様と初めて会ったんだから。
今なら十分理解してるさ、あれは俺たち魔族の協力を取り付けるためにもっともらしい理由を用意しただけで……レミリア様はあれだけの目に遭っておきながら見返してやろうだとか、ましてや復讐をしようなんてかけらも思っていなかった。どこの神様だか知らんが、与えられた使命に従って、世界を救おうと一生懸命に駆け回っていたら結果的にあちらさんが勝手にギャフンと言っていたってだけで。
……レミリア様はそんな事しようと思ってもいなかったよ。
えーと……そうそう、村をおこした所まで話したっけか。
最初に村人になったのは俺の他はほぼガキしかいなくて大変だった。当たり前だな、「このままスラムにいるよりマシ」って連中にしか声をかけてないからな。
成人に見えるくらいの歳になれば冒険者としてそれなりにやっていけるんだが、ガキのうちはそれも出来ない。俺みたいな魔国から指示受けた連中が飯の世話や命の保証くらいは出来たけど、到底幸せな生活ってやつには程遠い。隠れて営業しなきゃならなかった分、店の売り上げも少なかったんだ。
けど「今と同じなら、魔族の事情をなぜか知っているその女の元なら人目を気にせず固まって過ごせる上に、正規の手段で戸籍や住居が手に入るし隠れずに商売が出来る」とアンヘル様はこの話に賭けてみると言ったんだ。
……何度も言うが、その時はレミリア様の為人をこちらは一切知らなかったんだからな。
最初疑っていた俺達は、どうして彼女が、俺達が魔族だと知っていたのか、その事実を知ってどうするつもりか、悪用する気は無いかを探るのと監視もするつもりだった。
ああ、そうだよ疑いなんてすぐ消えたけどな。疑った自分達が恥ずかしくなるくらい、すぐ。
偽善で人に優しくするやつだってそりゃいるだろうけど、レミリア様のあの姿は演技なんかじゃない。あの方は本物の善人だ。俺は一番側で見ていてそれが誰よりも早く、よく分かった。
レミリア様は追放としてこの地に送られて、自由になるような金なんてほぼ無かったのに。ここが人の住めないようなあばら屋しか残ってない廃村だからと、俺達を呼び寄せるための家を整備してくれた。
最初は畑からすぐ収穫できるわけじゃないから、食料も生活物資もあの人が用意してくれていた。全部、自分が冒険者として稼いだ金で、だ。
俺達はまともな戸籍も無い、日陰で生きるしか出来ない身だったから、居場所を提供しただけでもっと恩着せがましくしたって不当だとも思わなかっただろうに。
そんな義務なんて無いのに、命の危険もあるような冒険者家業で金を稼いでは村のために使って。投資だ、なんて建前は言ってたけど誰も信じてなかったよ。投資であんなに必死になって夜通し赤の他人の小汚いガキの看病なんて出来ないよ。みんなすぐにレミリア様に感謝して、他の連中も呼び寄せようと明るい顔になっていった。
当初はあの……王家から付けられた監視もいたんだけどな。そうやって心から村のために尽くすあの方を見て、だんだんと思う事があったようでな。追放に至るまでのあらましは国から聞かされていたようだが、村で過ごす姿や依頼先で人助けをするレミリア様を直に見ているうちに口には出さずとも「この人がそんな事を本当にしたのか」と思うようになったんだろうな。
その頃にはレミリア様の出稼ぎにもついて行かなくなっていたな。目的地のダンジョンの名前だけ聞いて、冒険者ギルドに受けた依頼と売却した素材を確認して終わり。
もちろんレミリア様をもう疑ってなかったからそうなったんだろうが、実際レミリア様が行くようなダンジョンにはもうついて行けなかったと思うぜ。
ああ、当然ダンジョンの奥まで監視する方法はいくらでもあっただろうよ。もっと腕の立つ奴を軍から連れて来たりな。それをしなかったのは……監視としてここに寄越された連中もレミリア様の事をきちんと理解していたからだよ。あの時嵌められたんだってな。
その頃だったな、ここが良質な肥料の産地として少しずつ有名になっていったのは。
今まで俺達魔族は魔法薬や魔道具なんかのそこそこ値の張るものを作って、それをこっそり各地で売ってたわけだよ。隠れてやってるからあまり数はさばけず、そもそもそんなに大量に作れるわけじゃない。
転送装置に使う触媒を考えると魔族の作る高品質の魔法薬や魔道具以外は採算が取れないから、仕方なかったんだがな。今まで歴代の魔王様やその側近達が色々商品を考えてそこに落ち着いたんだ。
魔力の少ない……魔国の外に送ってもらえる程度の俺みたいのが作ったもんじゃ普通にこっちで人間が作れるような商品と競合しちまって……まぁそれでも、必死に稼いだよ。過酷な魔界大陸から逃してもらった俺達の義務だ。瘴気の湧く土地ではまともに食べるもんを作るのさえ難しい。
暮らす場所は離れてても、魔族はそうやって助け合って生きてきたんだ。
レミリア様はすごいよなぁ、広い土地が使えて魔法に長けた魔族が大勢いる、ってそこからドンドン売るもんを考えてあっという間に商売を始めちまった。
本来は肥料を作るのは重労働になるんだってな、色々混ぜ込んだ土を時間を置いて何回もかき回して底からひっくり返して。戦闘は出来なくても、魔族だったら土をかき回して発酵を促進させて……そのくらいの魔法はガキでも使える。
レミリア様はそういった「強み」を生かした他に無い商品を生み出すのが天才的だった。魔法使いとしても一流なのにすげぇよなぁ。
他にも熟成までの時間を短縮させて作った貴腐ワインにチーズ、魔物の種を掛け合わせて作った既存の布より手触りの良い魔絹。魔族の持ってた加工技術を取り入れて、描かれた魔法陣の威力を上げる羊皮紙も開発した。
この辺の開発秘話は魔王様の妹さんのミザリー様に聞いてくれよ、俺は詳しい話は分かんねぇから。
何がすごいってよ、この発明全部、冒険者としてあちこち回って色々人助けをする片手間に作ったって言うんだからたまげるよなー。
更に村の運営までしていた訳だし。
ああ、この頃には魔族以外の入植者も大分増えてたな。つってもレミリア様があっちこっちで拾って連れ帰ってくる孤児や死にかけがほとんどだけど。あの人金に少し余裕ができるとすーぐガキ拾って帰ってたからなぁ。
ほんとお人好しだよ、あんな目にあったってのに……人に優しくするのを止められない、正真正銘のお人好し。
古代文明の遺跡から発見した転移装置も完成させちまってさ。神の啓示があったって言っても一から全部教えてもらえる訳じゃ無かったようだし、レミリア様が天才だったから出来たんだろうな。
あのままじゃこの世は全部瘴気に飲み込まれて魔国みたいになってたらしいじゃないか。そうなったら人は滅びてただろうな。本物の救世主だよ。
今の時代だけじゃなくて、この先もずっと語られるんだろうなぁ。
救世の英雄様が最初に作った村の村長って事で、俺も名前が残るかもなぁ。ははは。
「ほんと、遠い人になっちまったなぁ。魔王陛下のお妃様になるなんて」
そう言ってこの貿易都市の市議会長のソーンはほんの少し寂しそうに笑った。口の端から牙が見える。彼が魔族だと示す人との相違はそこだけだと自己紹介で言っていた。確かにこれなら深く社会と関わらなければひっそりと暮らす事が出来ただろう。
今は魔族への偏見はほぼ無くなり、角や翼、尻尾のある人もこの都市内にはたくさんいる。人間と結婚した魔族も多く、それは魔国にも慶事として伝わってきていた。
「もしかして、」
「ん、なんだい?」
ママの事……いや、レミリア様の事を好きだったんじゃないですか、そう聞きそうになって私は口を閉じた。
「伝説の夜会の後もしばらくはこの街の領主業がメインだったんですよね。その時に行われた政策と、当時の住民の声をうかがってもいいですか?」
「おう! いいぞ、ちょっと待ってくれ、当時の日誌を用意してあるんだ。えーと日付は……」
こんなプライベートな話を話題にするのは良くない。ただでさえ、私はただの作家志望だとペンネームを使って取材しているのに。
こうしてコソコソしているのには理由がある。私が「救世の聖女レミリア」を史実として功績と半生をまとめた本を出版しようとしているなんて知られたら恥ずかしがった本人からストップがかかってしまうからだ。パパは大丈夫って言ってたし、スフィアさんは全面的に協力してくれている。お兄ちゃんも当時の外国の新聞記事を調べるのも手伝ってくれたりしてるし。
これで本が出せる、ってとこまで来たら最後にママに許可を取る予定だ。私とお兄ちゃんでお願いすれば絶対いける、後は「やっぱりよく考えたら恥ずかしいわ」って言う前に発売してしまえばいい。
私ちょっと気に食わないのよね。もちろんお兄ちゃんやパパ、スフィアさんやクリムトおじさんも同じ意見だけど。
ママがやった事を過剰に脚色して、無駄に神聖視して、現在出回っている本や勝手に上演されている劇はどれもこれもママの事をちっとも分かってない。書いた人のせいで、ママのやった事が半分作り話みたいに思ってる人達がいるのも許せなかった。
私達のママはもっと素晴らしいし、本物の方が素敵だって分からせてやらないとならないのだ!
こうして着々と、当時を語るリアルな声が集まっている。音声を記録する事も了承してもらっているので、編纂した本も含めてこれらは歴史に残る大変貴重な資料となるだろう。
私は変装で着けている度の入っていない眼鏡をクイッと上げると、興味深い話を掘り下げて聞いていく。貿易都市の領主としてのママの話も素敵だわ……と、私は改めて世界で一番大好きなママの素晴らしさを実感したのだった。