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夜会当日、一人で下級貴族に混じって会場に先に向かうレミリア様のお背中を見ながら私は歯痒い思いをしていた。
ああ、今はどなたも従えていないと言うのに、なんて凛とした佇まいだろうか。その背中に寄り添う事がこの瞬間は叶わない事がとても悔しい。
はぁ、それもこれも全てこのヘタレ魔王のせいである。なんとこの男、とうとうレミリア様に思いを伝えられずに今日この日を迎えてしまったのだ!! なんてていたらくだ!
通された、外国の王族を通す一番格式の高い客室を控えの間としてひと息つきながら、今夜の流れについてさっと確かめる。当然この国の使用人は下げてあるし、ミザリー様が盗聴や覗き見を防ぐ術を張り巡らせてからの事であるが。
そうして元々決まっているセリフや大筋の最後の確認を行うと、話は自然と今夜の「メインイベント」の話となった。
そうすると、我々三人はアンヘル様の事をじっとりした目で見つめてしまう。
「……三人とも、何をそんなにつむじを曲げている。これから大事な夜会になるのだぞ」
「その夜会にレミリア様をパートナーとして伴えなかったのはどこのどなたですか!!」
「仕方ないだろう……誘いはしたんだぞ! でも……レミリアが、この国から自分は良い思いを抱かれてないから、魔国の陣営に表立って出る姿を見せると反発を招くと言って譲らなくて……」
「そんな建前ではなく、結婚を前提とした相手として自分のパートナーになって参加して欲しいとお伝えしたのですか?! してないでしょう!」
私がそう言うと、アンヘル様はばつが悪そうに目を逸らした。
「はぁ……そうして本当の目的を伝えないまま魔晶石やドレスを贈るのは卑怯ではないのですか?」
「……それはその、虫除けで……事が終わるまでレミリアを煩わすものから守ってやりたいと思っただけで。それに俺はレミリアの選択肢を狭めるような事を伝えたくなくて……」
「またそんなこと言う。兄さんのそれは臆病が過ぎて失礼ですよ。確かに真実を知ったらここの王太子はもう一度言い寄るでしょうが。レミリアさんが、ほんとにあんな見る目のない元婚約者の今更な言葉に絆されてしまうと思うんですか?」
「…………う」
そして形勢が不利だと悟ると、アンヘル様は黙って席を立つと窓際に行ってしまった。腕を組んで、思案顔で窓から日の落ちた庭園を見下ろすその姿はとても絵になる。
会話が終わったからと部屋に戻したこの城の使用人が見れば、強大な力を持った魔王が憂いを帯びた表情で一人佇む光景にため息をつくだろう。
我々に舌戦で負けて逃げたなんて一切思わずに。
まったく……夜会にはお二人にはパートナーとして絶対出て欲しかったんだがな……。レミリア様のお言葉も分かるが、でもウィリアルド王太子殿下がレミリア様に対して「まだチャンスがあるかも」とか思ったりするかと考えるだけで身が捩れるほど腹が立つ。
アンヘル様がレミリア様をこれでもかと愛している事、レミリア様がどんなに正しかったかを見せつけて、付け込む隙がある……とカケラたりとも思わせないで欲しかったのに。
もう、もう、あの素晴らしいレミリア様に冤罪で手酷い仕打ちをしておいて、恥知らずにも「まだ自分に許される余地がある」なんて彼らが思うかもしれない、それだけで許せないのだ。私の元婚約者だった男含めて。あんな都合良く「嫉妬される自分」に酔っていた彼らの事だ、絶対に都合のいい事を考えるだろうからな。
初手で「レミリア様は冤罪だと信じて愛してくれる伴侶がもういる」と見せ付けて絶望させたかったのだが。チッ
私と夜会についてこっそり何度も話し合い、星の乙女の罪についてつまびらかにして断罪する計画を嬉々として立てていた悪魔のような無慈悲な男と同一人物とはまったく思えんな。
夜会が始まると、他国の大使や王族までも駆け付けている中、私達は魔国の一団である最賓として一番最後に招き入れられた。我々臣下が先に扉を開け、左右に分かれて礼の姿をとる。その中から威厳たっぷりに現れた魔王陛下の姿に、少しでも魔法の素養のあるものは思わず膝をつきそうになって、何とか堪えて歓迎を示す程度に頭を垂れるまでにとどめているのが見て取れた。
気圧されたのだろう、この国の王が招いた魔王に対して歓迎の旨を口にするが、どこか顔がこわばっていた。かつての私は陛下の事を冷酷な面もあるが偉大な王だと思っていたが、仰ぐ主人が変わると感じ方も変わるのかな。それとも実際に陛下が変わってしまわれたのかもしれないが。
視線を動かさないで意識を巡らせると、私の顔が分かるらしい者達が、入場の時の混乱のままざわついているのが分かった。おや私の家族だった者達も、夜会の警備中だと言うのに会場内を油断なく警戒する事を忘れているな。
でも持ち場を離れる事は出来ず、私に顔を向けて固まっただけになっているが。
他の数多くの貴族達と同じように、リリン酒に向ける視線を隠せないまま、浮ついた気分を感じる魔族の王への歓迎を伝える言葉が響いていた。他の年寄りと違って、あからさまにギラついた視線をしていないだけまだ王らしいか。
狡猾な老人だと、誰もに恐れられている宰相でさえもリリン酒の寿命や持病に対する効果については欲望を隠せていないからな。
ちなみにこの効き目の高い特別製のリリン酒もレミリア様が開発に関わっている。聖女であり素晴らしい領主であり、魔術師としても一流で発明も出来るとは流石としか言いようがない。逃した人材の素晴らしさを悔いて一生後悔して欲しいものだな。
私も配られた一杯を手に持って、グラスを軽く回してみる。最初の一杯だけはその効能もあり、会場にいる者だけではなく城の使用人や警備の者達にも振る舞われる。来賓が振る舞い酒を申し出る事はよくある話だが、慣例のように職務中だからと誰も断る事は無かった。当たり前だな。この話にはあちらさん側は大歓喜したそうだ。ご自分を裏切った国になんて大盤振る舞いをされるんだレミリア様……
魔国の目玉商品のひとつになるから、と味と香りにも拘っていた姿が浮かんだ。きっと希少な美酒としても求める者が後を絶たないだろう。
格式高い、という名の長い挨拶が終わると乾杯へと移る。会場の皆が待ち望んだ金色をひと息に呷り、体内の魔力が多く体に不調があった者達はシュワリ、と炭酸泉が沸くような音を立てて淡く体の一部が光る。
きっとそこに持病があったのだろう。持病が重く高い魔力を持つ高位貴族達を中心に、その顕著に現れた効果に歓声が上がった。
そのリリン酒の効果に驚くこの国の王に、アンヘル様が自慢げに話す言葉までは予定通りだった。そう、ここまでは完璧に私達……というかアンヘル様が立てた計画通りに話が進んでいた。正直それが大きく崩れて私だって驚いた。
だって何パターンか想定はしていたか、こんな事になるとは思わないじゃないか、いくら何でも!
「魔王陛下!」
そのとても嬉しそうな顔と声の調子……私はどんな勘違いが彼女の中で起きていたのか察した。
先程リリン酒の効果で呪いが解けた王と王子は、「不自然に持っていた好意が消えていないか、それは呪いで植え付けられていたものだ」と告げられたのだ。それで二人とも、同じ人物を思い浮かべたのだろう、星の乙女とやらの方を見たのだ。
ああ……多分彼女の中では「魔王陛下が自分に目を留めて、王に何かを告げた」とでも思っているのだろう。都合の良い話と勘違いしているのが手にとるように分かって、私は天を仰ぎたくなった。
さらにその後アンヘル様が嫌味で言った「良いお飾りだな」という言葉に対して「いやですわ、飾りたいだなんてそんな」などと恥ずかしがってまでいる。
さっきまで私はこの女に対しては怒りだけが湧いていたのだが、今はそこに哀れみと居た堪れなさが確かに混ざっていた。
そしてやっとお伝えできるお知らせです……!
書籍化されるこちらの作品「悪役令嬢の中の人」ですが、コミカライズも決まってます!!
続報をお楽しみに!!