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「チッ、いつまでレミリア様をお待たせするつもりだあのヘタレ魔王め……!!」
私は村……いやすでに街と呼ぶべき広さになった領地内の視察に向かったレミリア様を見送ると内心で大きく舌打ちした。
近々魔国とこの国の間での公式の国交樹立を記念して、と親善を兼ねた夜会が開催される運びとなっている。
魔国の王である魔王は当然招待されている。そのアンヘル殿はパートナーにレミリア様を指名しておきながら、自分の思いを一切伝えていないせいでレミリア様自身には「魔国の魔術素材や魔道具の輸出や取引に関してのビジネスパートナーとして選ばれた」としか思われていない。
アンヘル殿の弟のクリムト殿やミザリー殿も私と一緒になって何度も「さっさと恋人同士になってしまってください」と伝えているのだが。
その度に
「今のレミリアは祖国の件で手一杯だろうから、片付いてから話してやりたい」
「もしその時レミリアが元婚約者への思いをまだ心に残していたら、俺の事が枷になってしまう。彼女には自分が心から望む相手と幸せになって欲しい」
などと言って逃げている。
なぁ~にが「今はタイミングがちょっと」だ! 決心がつかずに二の足踏んでるだけではないか!!
仕事の時はまともに話せるくせに、プライベートになると意識しすぎてぎこちなくなってもじもじして告白どころじゃなくなってるせいだと私達は知ってるんだぞ!!
「それでいて他の男は遠ざけて、独占欲丸出しのドレスを贈るんだから言ってる事とやってる事がおかしいと思わないか?! クリムト殿!」
私はドン、と拳でテーブルを叩いた。酒瓶とコップがその衝撃で少し揺れる。
街の中には酒場もあるが、レミリア様の側近である私と、魔王の弟妹であるクリムト殿とミザリー殿が人前でクダを巻くわけにはいかない。ここは魔国大使館として使っているこじんまりとした屋敷の一室だ。
「いやぁ、本当にスフィアさんの言う通りですね。我が兄ながら惚れた女性に対してあんなに臆病になってバレバレの言い訳を繰り返すとは思ってもいなかった」
「でもうちの兄はあのドレス、何と言って渡したの? レミリアさんは恋人になってくれとすら言われていないのによく受け取ってくれたわね……」
私は、レミリア様が嬉しそうに見せてくれたドレスの事を思い出していた。
華やかな美しさを持つレミリア様に負けない、目が覚めるようなデザインの濃青のドレス。贈り主のアンヘル様の御髪と同じ、裾に行くにつれて更に色が濃くなって黒へと変じるグラデーションが特徴的な一着。所々にアンヘル様の瞳と同じ色の金糸で細かい刺繍が施されており、華美な装飾は無く素材の良さとデザインで仕上げられたものだった。
レミリア様の好みを理解していて、最高に似合ったドレスを用意できているのがまた腹が立つ。
「レミリア様は……『恋人同士が瞳と髪の色を贈り合う』という習慣が魔国には無いと知って、あれが魔王の色である事については偶然だと思っている」
「嘘でしょう?! いやでも……レミリアさんのあの純粋さならありうるかしら……」
「兄さんが何も言わずに渡すから……」
お二人が特大のため息をつく。私も全く同じ気持ちだった。
私達の国では恋人や夫婦同士で「お互いの色を身に付ける」という文化があるが、全員が黒髪か茶髪か、似通った色を持つ魔族には当然そんな風習は無い。瞳の色も、魔力の強い魔族は魔法発動の際に色が変じたりしているからな。
ああ、魔王アンヘルは青から黒へと変わる特徴的な髪色をしているが、あれは余程魔力が強いせいで生じた例外だそうだ。
またレミリア様自身の髪が金色で、瞳が青いため自分で納得されてしまったのだ。「わたくしの瞳と髪の色に合わせて同系色でドレスを用意してくれたのかしら」と。全体的に黒がベースなのは魔国らしさを出すためだと思ってらっしゃる。
瞳と髪の色の代わりに、魔国ではプロポーズの際に自分で作った魔晶石を贈る文化がある。プロポーズの時だけでなく、家族間なら気軽にアクセサリーに加工して贈ったりするそうだが。
魔国で「自分の色」と言ったらこの魔晶石の色だそうだ。髪の色や瞳の色とも関係なく、本当にその人それぞれの色が出る。透き通っていたり、マーブル様に層が出来たり、不透明だったり本当に様々だ。
何より魔族はその魔晶石を見れば「誰が作ったか」「どのくらいの強さの魔族が作ったか」が分かるそうだ。伴侶や家族に贈るのに最適な品だな。……そう、本来ならば。
「ちょっと待って、逆に、兄さんは自分で作った魔晶石をアクセサリーにしてレミリアさんに渡してたわよね? こちらの文化でプロポーズの時に行われる……」
「そちらについては……最初レミリア様はその文化を知らなかったのは確かなのだが。後から魔族の女性達にどんな意味なのかを教えてもらって……」
「教えてもらって?」
「文化が違うのを分かってて何も言わずに渡したんだから特に意味は無いんだろう、って……」
私達は無言になった。いやレミリア様は悪くない。確かに恋愛ごとに関して鈍くて、魔国の瘴気問題が解決した後魔族の男性に何度言い寄られても、それを何度アンヘル様が独占欲丸出しで(恋人では無いくせに)あからさまに牽制しても……口説かれていた事にすら気付かないレミリア様は悪くない。そんな、自分に向けられた好意に疎いところもあの方の魅力だ。
そう、口に出して言えないくせに既成事実だけは作ろうとする情け無いあの男だけが悪い。しかもレミリア様が鈍いのを分かってて、明言しないままあれやこれやプレゼントして周りの男に対する虫除けをしている所すらある。これは卑怯者と罵られても仕方がない行いでは……と私は思っている。
「大体……こっちが見てて分かるくらいに、レミリアさんも兄さんの事好いてくれてると思うんだよね。自覚はしてないみたいだけど」
「そこ。ほんとそこなんだよな」
「まったく、何で臆病になるのか分からないくらい相思相愛なのに……何故私達がヤキモキさせられなきゃならないのかしら」
私達は三人揃って、再度ため息をついた。
「……私は、レミリア様に幸せになって欲しいだけなんだ」
「! それは……俺もだ。兄さんには……今まで魔王として誰よりも苦労を背負い込んできた分、幸せになって欲しい」
「レミリア様を心から愛している事はもちろん。レミリア様を誰よりも幸せにできる存在……そして何より、その相手はレミリア様が愛した者でないとならない……っ」
「わかる……! 兄さんには誰より幸せになって欲しいし、そのお相手は兄さんが心底惚れててお互いどう見ても思い合ってるレミリアさん以外考えられない……!!」
そう、私達はただ囃し立てているのではない。大好きな人に一刻も早く幸せになって欲しく、それ故にすぐそこに見えているハッピーエンドが待ち遠しくて仕方がないだけなのだ。
「クリムト殿! 話が分かるな……よし今日も飲むぞ! 夜会のエスコートまでにアンヘル殿を焚き付けるための作戦会議と行こうじゃないか!」
「そうですね! 兄さんは臆病が過ぎるんですよ! さっさと幸せになって僕らを安心させてもらわないと……」
真っ直ぐに兄を慕うクリムト殿とミザリー殿は眩しくも羨ましい。……私にも、アンヘル殿の様な兄がいたら良かったのに。
家族仲の良い彼らは私の理想の兄弟だった。
「レミリア様は尊敬対象であり、認められてない者が慕情を向けていいお方ではない……良い事を言うじゃないか。貴殿は本当に素晴らしい人だな……」
「当然じゃないですか、魔族と兄さんを救ってくれたレミリア様には感謝こそすれ、分不相応にも思いを寄せるなんてもっての他です。うちの兄さんぐらいになってやっと隣に立つ事が許されるレベルだと思うんですよね」
「そう! それをわきまえずにレミリア様の心を射止めようとアプローチする男の多い事。大変けしからん!」
私達の作戦会議は白熱した。夜会までには何としても……!
三人の目的は一つだった。あの、レミリア様の無実を信じず断罪した薄情な王太子が付け入る隙なんて一切与えないくらいにラブラブな様子を見せ付けてやって欲しい!
議論は夜が更けても続いたが、有意義な意見交換ができた私はその夜……レミリア様が幸せに微笑まれる良い夢を見つつグッスリと眠った。
この夜話し合った様々なプランを用いても、アンヘル殿のヘタレを矯正することが叶わないという事を、良い気分で眠っている私はまだ知らなかった。