音は堕ちた、あるいは
4話いっぺんに投稿してます。3話目
最初に「あなたの弾くヴァイオリンが好きよ」って満面の笑顔で告げてくれたあの子が僕の初恋だった。「魔術師にならないといけないと思ってこっそり練習していたの? じゃあ私がファン1号ね!」僕の夢を応援してくれて、でも周囲の期待にも応えたいって優柔不断な僕を笑うのではなく「ステファンは頑張り屋さんだからきっとどっちも実現できるわ」ってまじめに話を聞いてくれた。
夢の中で聞いた曲を「世の中に出さないのか」と言った時も「この曲を本当に作った人に悪いからそんな事しないわ」って言っていた。レミリアの言う事にはたぶん妖精か精霊か、人の住む世界じゃない別の世界に作曲者がいるらしい。どれも素晴らしい曲なんだから、そんな正直に言わずに公表してれば莫大なロイヤリティが手に入るのにと思ったが、心が綺麗なレミリアの前で言うのは気が引けて黙っていた。
この子頭は良いんだけど真っ直ぐすぎて将来騙されたりしないか心配だ。音楽家、って夢だけ後押しされたのなら迷う事なく魔術の道には足を踏み入れなかっただろうけど。「好きな子を笑顔にする」ためと「好きな子を守る力を得る」ため、両方欲しいと思ってしまった僕は強欲なのだろう。
でもレミリアはもっと強欲だ。ウィリアルドと幸せになった上で、国の人間全てが……飢えることなく犯罪や戦争被害に怯える事もなく、不当な仕事で搾取されずに家の中で眠れるような豊かな国にしたいんだって。そんな欲張った事をまじめに言う人なんて貴族に見た事無い。
でもしょうがないから、僕はその夢を手伝ってあげる事にした。王太子の婚約者であるレミリアには本当の理由は伝える事はできないけど、「夢を応援してくれたお礼に」って事にして。君の隣はウィリアルドのものだから、僕は友人としてレミリアの一番になろう。
そう思っていたのに、いつ間違えたんだろう。未亡人からちょっかいを出されることの多い僕は、サロンで学んだ対人スキルを使って星の乙女からのらくら逃げていた。真面目なウィリアルドがあの女の餌食になっている事が多くて、クロードとからかっていたのに。
いつの間にかまとわりつかれている内に、ウィリアルドの態度は「嫌いなのに何故か惹かれる」とピナ嬢を見る目が変わっていた。何か魔術でも使ったのか、でも王族が身に付けている魅了を防ぐアイテムに反応はない。王太子の側近として僕もクロード達も魅了を防ぐ何らかの手段はもちろん取っている。最近はデイビッドもピナ嬢に話しかけられてもそこまで嫌そうにしてないように見える。
クロードと星の乙女の伝承について調べたりもした。過去にいた星の乙女はやはり複数の男性から求められて当時ゴタついたりもしていたと記述はあったが、星の乙女の力を求めてのことと判断が付かず保留になった。状態は不明だがさすがに王家に進言してピナ嬢を隔離しようか? とクロードと話したのだが、「いくらなんでも殿下がそこまで間違う事は無いだろう。信じられないのか?」と忠誠を疑うような話をされるとそれ以上強く提案できなかった
僕はヘラヘラしているフリをして観察を続けていたが、そこにレミリアから内密にと相談があった。呼ばれて個室に行くと、もちろん侍女に護衛はいるが久しぶりに2人きりというシチュエーションに少しドキドキしてしまう。
案の定、レミリアはウィリアルドとピナ嬢の仲を心配していた。好きな子からの恋愛相談って、何年もされてるけどやっぱりちょっとつらい。
今のウィリアルドは確かに「不可思議な力」でピナ嬢への好意を突然持ったように見えるが、それを考えると十分抵抗しているように見えるし……悔しいけど、あいつはレミリアを僕と同じくらい大切に思っている。星の乙女とはいえあっちを選ぶ事はないだろう。むしろ、伝承の存在の星の乙女だから人を惹きつける見えない力があるのかもしれない。それならいくら調べても分からないけど。
だから、僕はそう伝えてレミリアを安心させてあげようとしたのに……不安そうに、僕を頼ってこの場にいる彼女を改めて見て、思ってしまった。あの女がウィリアルドにまとわりついてレミリアを不安にさせてる間は、僕を頼ってくれるんだ。
……そのぐらい、いいよね? だってレミリアの1番の友人は僕なんだから。相談を受けて頼られるくらいは当然だ。
僕にちょっかいかけようと企む年上の女性達も、「妻を不安にさせる夫が悪いのよ」って言っていたし。ああ、もちろん僕はそんなのに引っかかったりしないけど。
ウィリアルドが不安にさせて悲しむレミリアを慰めるのは友人として当たり前だよね。
王宮魔術師長である父にこの時相談していたら未来は変わっていたかもしれない。僕にも、ウィリアルドにもこの時すでに呪いの楔は打ち込まれて、それはジワジワ大きさを広げていた。
いつからかピナ嬢……ピナの訴えにはレミリアが僕への想い故にピナに嫉妬の矛先を向けた話も混じっていて、それを聞くのが楽しみになってしまっていた。あの、妖精の歌を世間に公表する話でさえ「私が作った曲じゃ無いから」って固辞していた真っ直ぐなレミリアが、ピナに嫉妬を向けて危害を加えるほど僕を大切に思ってくれていたなんて。そう思ってしまった。
ピナの言うことを信じて……「嫉妬されていたい」と信じたかった僕は愚かにもレミリアにピナへの嫌がらせをやめるように言うほどだった。そしたらすぐに、僕に相談してもくれなくなって……当然の事なのに、僕は頼ってもらえなくなった事を不満に思ってレミリアに文句まで言っていた。
「そうやってピナを虐めるからウィリアルドも君に愛想を尽かしはじめているんじゃないか?」
今思うと見当違いも甚だしい。
あの頃の僕は、本当に……心の底から、「確かにピナはマナーも知らないし僕から見てもイラッとする言動が出てくるけど、それでイジメを行うのは違うだろ」って思っていた。レミリアがピナをいじめていると、それが事実だと信じていたのだ。証拠も、証人も揃ってて……疑いの余地のない事実だって……そうだとしか、思えなかったんだ。ああ……全部言い訳だ。ピナを……悪魔を利用して、レミリアに頼られて彼女の「1番になりたかった」、それが最初だ。
魔王がもたらした霊薬の酒で呪いが解けた僕らを襲ったのは絶望と深い後悔だ。謝罪はしたけど、当然許されるものではない。レミリアも、許す許さないの話ではなくただ悲しくて受け入れることすらできないと泣いていた。
あんな事を願うんじゃなかった。レミリアを傷付けて満たされる自分の欲なんて無視するべきだった。あの女をすぐ引き離せば良かった。王太子の側近が声を揃えて城に訴え出ればきっと通っていたのに。
僕は初恋の女の子と、音楽家としての初めてのファンと、1番の友達を同時に失った。それを悲しむ資格は、僕には無い。