表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/46

騎士は誓いを失う

4話いっぺんに投稿してます。2話目

 


 婚約者の事は最初から気に入らなかった。自分には既に守りたいと思う少女がいるのに、と。ただその少女は既に……出会った時から親友でもある王太子の婚約者と決まっていて、王命を覆す事など出来ず、彼女への想いが芽生えた瞬間から秘めたまま墓まで持っていくと決めていた。

 思えばずいぶんスフィアには失礼な態度をとっていたと思う。ただ彼女の方が3つばかり年上なおかげもあっただろうが、とても出来た女性だったため「無理やり結ばれた政略の縁だ」と反発していた俺に付き合ってくれていただけだった。今なら分かる。


 彼女も騎士を志す人間だったため、婚約者と言うよりかは友人のように過ごすことが多かった。年下の女性からは同じ女であるのにスフィアの方が人気が高く、練習試合のたびにファンに押し寄せられて黄色い声援を向けられているのを見て……ほんの少しだけ羨ましいと思っていたがこれは誰にも言っていない。

 婚約者として過ごした記憶はほとんどない。狩りや遠駆け、手合わせをしていた思い出しか。幼少の頃は歳の差もあって負けを喫していたが、男女の性差は大きくそのうちすぐに俺の勝ち星の方が多くなる。ただ、技巧派であり女性騎士の中では随一の実力を誇るスフィアに俺は敬意を払っていた。

 その婚約者相手に、俺はずいぶんレミリアの話をしていたと思う。秘めた思いにすると言いつつ……今思うと我が事ながら呆れる行いだ。

 しかしスフィアはレミリアの話を楽しそうに聞いてくれていた。誰も思いつかない目から鱗のアイデアで作られた魔道具に、レミリアの開発した非殺傷の生活に役立つ魔法や、投資した福祉事業が軌道に乗ってパトロンなしに雇用と利益を生む事に成功している話。

 将来の国母にふさわしい方だと、レミリア嬢が王妃になり、自分がそれに仕える女騎士になるのが楽しみだと目を輝かせていた。俺が「婚約者に悪いか」と遠慮して話題に出さないでいると「レミリア嬢の新しい話はないのか」と催促されるほどだった。


 だから、自分より知った顔をする彼女を疎ましく思ってしまったのだ。「レミリア嬢はそのような事をする人間とは思えないのだが」と言われて。

 ……王命により星の乙女の面倒をウィリアルド殿下達と共に見るようになって……気が付いたら彼女はいつも俺達と一緒にいるようになっていた。最初は社交の場で媚びを売りながらまとわりついてくる輩達と同じ……いやそれより積極的であからさまな態度に嫌悪しかなかったはずなのに。

 当時の話はスフィアにもしていた。「参るよ」という愚痴として、姉のような兄のような気やすさの彼女はそれに対して「剣の世界で地道に築いた力なら、持ち主は謙虚であることが多いが……天から授かった才能というのは運であるから持ち主の資質とは関係ないという奴なのか」と呆れたように言っていた。

 ただ……その時。俺達に媚びを売り体に触れてくる星の乙女を見て、不安そうにするレミリアの様子に胸の奥に熱いものを感じてしまったのは黙っていた。


 そのうちピナに近くに寄られるとイライラするのに、何故か突き放すことが出来なくなっていた。嫌いなタイプの女だったはずなのに拒絶することに罪悪感を覚えるようになる。いや、ピナが俺達の周りにいると悲しそうに、不安そうにしているレミリアの瞳が悪かったのだろう。あんなに中毒性があるなんて。

 騎士として既に身を立てているスフィアと、婚約者との時間を持つとしてこれまで通りのように会っていたある日彼女から言われた。


「デイビッド、君ちょっとおかしいんじゃないのか?」

「何を……」

「何故そんな、ピナ嬢……星の乙女の味方をする? 傾倒しているようにしか見えないが」

「だって、彼女はレミリア嬢に虐げられていて……」

「それもおかしいんだよなぁ。君は最初の頃ピナ嬢のはしたない振る舞いに怒りを感じていたはず。聞いている限り、それと同じことを今もしているじゃないか。何故今はピナ嬢の行いを受け入れてるんだ?」


 指摘されてグッと詰まる。彼女をそばに置いていればレミリアが嫉妬してくれるから。あの悲しそうな瞳で自分を見てくれるから。だなんて言えない。ピナから伝えられるレミリアの言葉にも夢中になっていた。「あなたみたいな女性はデイビッドに相応しくない」だなんて、政略結婚で縛られた身ながら密かに俺のことを気にかけてくれているみたいで。


「……実際一緒に過ごしてみるとピナ嬢も悪い子じゃなかったし……それに、レミリア嬢から守ってやらないと……」

「そこ、一番違和感があるんだ。レミリア嬢はそんなイジメなんかをする御仁だったかな? 淑女として評判が高く、福祉も率先して行う。たしかに最初は可愛い嫌がらせから始まっていたが、今は怪我をしてもおかしくないものばかり。私にはレミリア嬢がそんな事をするとは思えないのだが」


 その言葉に。レミリアがピナの頬を打って泣きながら「デイビッドは私の幼馴染みなのに! 今まで一緒に過ごしてきたの、ポッと出のあなたが奪わないでよ!」と怒りをぶつけた話を名指しで否定された気になった。……そのくらいレミリアに、密かに思われていると思って優越感はたしかに抱いていた。「彼女がそんなにお前を想ってる訳が無いじゃないか」と聞こえた俺は、一瞬で火がついて「目撃者がいる」「証拠も」「何より頬を打たれておいて泣きながら俺に謝罪するピナを疑うのか」と激昂していた。

 やれやれと言った顔のスフィアはその日の顔合わせを辞して……次のまともな面会は無いまま、それを疑問にも思わずに時間は過ぎていった。あのレミリアを断罪した夜もその中にあった。最後まで「私はそんな事やっていない」と否定されて、俺に嫉妬した事実も認めない彼女に……思い出すだけで怒りを感じてしまう。

 ピナと過ごす時間がさらに増えた俺は、今日も「レミリア様にこんな事をされたこともあったわ、よほどあたしがデビーのそばに居るのが気に食わなかったのね」と麻薬のような言葉を聞いて悦に浸っているうちに、貴族籍から抜ける事で強引にスフィアから婚約解消をされたと実家から報告で聞いた。この時だって、レミリアがウィリアルドから婚約破棄された今、俺がフリーになるのは都合がいいなとしか感じなかった。



 だが特に何も行動を起こせないまま……ピナからそうして離れられずにズルズル低い方に流れてきてしまった。鍛錬は欠かしたことがなかったのに、ピナに「一緒にいて」と言われるとその願いを何を置いてでも叶えなくてはと思ってしまう。

 和解したと思えた兄とも疎遠になった。いや俺が避けているのだ。軽蔑されているのが分かってて、それを突きつけられるのが怖くて。


 魔界との国交開始1年を記念した夜会でも、どうしても出たいと言うピナのワガママを俺達は抑えきれずに「絶対に問題を起こさせるな、お前達の責任になるぞ」と陛下から厳命された上、また周りからの評価を落とす羽目になってしまった。

 マナーの出来ていない彼女を国賓の前に出すのは無理だ。なのに拒絶できない。俺だってピナの振る舞いは度々「無い」と嫌悪を未だに強く感じる……なのに、何故かピナ本人を嫌いになれないし、一緒に居るのをやめられない。離れないと、このままではもっとダメになると分かっているのにピナに「嫌われたくない」と思うと身動きができなくなる。

 

 夜会の場ではクロードとステファンと一緒に、監視を兼ねていつもこうしてピナを囲んでいる。王太子であるウィリアルドは、さすがに公式の場では正式な婚約者でないピナと一緒に居るわけにはいかないから。

 なんで彼女を突き放せないのか。何故こんな女に自分は好意を抱いてしまったのか……きっかけなんて無かった。レミリアに恋をした日ははっきり覚えているのに、ピナにはいつの間にか毒を注がれるように恋慕が芽生えていたから。

 乾杯にと配られた、魔族からの貢物だと言うリリン酒が手元に来る。それを飲み干した途端、ピナと過ごすうちに俺の胸に巣食っていた「呪い」は消えていた。


 どうして。


 俺が信じてすがっていたものはガラクタだった。何も根拠の無い幻。レミリアは誰かを悪意や嫉妬で傷つけるような女性じゃない……知っていた、知っていたはずなのに……

 あの時1人で抱えて1人で悲しんで傷付くような優しい人で……そんな彼女を将来支える騎士になりたいと誓ったのに。心の中で誓ったのに……


 魔王の横で腰を抱かれるレミリアは直視が躊躇われるほどに美しい。彼女は俺の知っていた、俺を心配して森に迎えにきてくれた少女と何一つ変わっていなかった。

 変わったのは……俺だ。変わっていて欲しいと願って、胸に秘めて……それだけで彼女を支えていけると思っていたのに。そうであって欲しい、とピナの言葉を信じてしまったのは俺だった。

 レミリアを最後まで信じていれば。

 魔王の横に立つ彼女の傍に、騎士として控えていたのは俺だったはずなのに。


 聞いた話だけで惑わされずに正解に辿り着いたスフィアが心底妬ましい。あの女が……あの女が俺に呪いなんてかけなければ。

 呪いが解けた俺の中には、そこそこの長い時間を一緒に過ごしたあの女への情も残らなかった。自殺を禁止された上で鉱山で一生労働を課されると聞いても「自業自得だ」としか思えない。「もっと重い罰でもいい」そう思う自分すら居た。


 後悔をしてももう遅すぎる。俺は騎士として誓いを立てたのだから、最後まで……この目で見るまでレミリアを信じる、それくらいの覚悟が必要だった、なのに……

 子供の頃に自分が立てた騎士の誓いは自分自身が汚して、気がついたときには壊れていた。壊したのは、自分だった。


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ざまぁの小説を読みながら飲むお酒は美味いですな ガハハハハハッ
[一言] やっぱ王も無能だな 国賓の前に出る許可出したの王自身なのに何かあったら責任は王子たちって無能上司の典型すぎ
[良い点] スフィアの出番は多くはないですが、存在感が抜群でとても素敵な人柄を持つ人だとすごく伝わります。人気投票があったら一番投票したいです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ