元婚約者の悔やむこと
クソ男達のざまぁ&懺悔のターンについては何日も続けるとストレスになるので今夜いっぺんに投稿してます
5/26ここが1話目です
僕の婚約者は何でも出来る人だった。もちろん、普段は淑女にふさわしいふるまいが出来るのに気を抜くとちょっとしたミスをするようなおっちょこちょいの可愛い一面もあったので欠点が無かったわけではない。
ただ、婚約者になった時から……常にあの子と比較されて。レミィの事を自慢に思う一方、常に心の何処かにその才能や発想を羨ましく思う自分がいた。
魔術師としても一流で、生活に役立ついくつもの魔法を開発し、常識離れしたアイデアで貴族から庶民までこぞって買い求める商品の開発も手がける。誰も聞いたことのない制度を提案して解決した社会問題だって一つや二つではない。
もちろん自分だって、と奮起はした。彼女にふさわしい王になろうと学び、励んで、目立たないながらもいくつか功績は立てている。ただそれは周囲の貴族から見るとレミィと比べて見劣りするものだった。自分でもそれは分かっている……理解しているけど。誰よりも、そのささやかな功績を褒めて自分のことよりも喜んでくれるのはレミィだったのが嬉しくて、同時に……悔しさを感じてしまっていた。
奔放な発想のできる彼女を頭の固い僕が真似をしようとしても無理な話だ。それに僕はレミィと同じことがしたいんじゃない。後を追いたいのでもない。あの四阿で語った日、得意な事が違うからお互い補い合っていこうと約束したのだ。レミィはそれをずっと胸に、国や僕のためにとたゆまぬ努力を続けている。もちろん僕もレミィに恥じないよう様々に勉めているが……レミィより政治の分野に秀でていても、歴史に精通していても、「堅実に成果を出すことに秀でている」と周囲から評価されても……僕の中のレミィへの劣等感は無くなることはなかった。
誰よりも好きなのに、誰よりも羨ましく思ってしまう。
学園に上がってよく聞くようになった「さすがは王太子様の婚約者」という言葉もプレッシャーになっていた。レミィは僕のために「さすが」と思ってもらえるように頑張ってくれてるのは分かってたけど、レミィの中の僕はどれだけ素晴らしい人間に見えているのだろう。王太子という肩書を除いたら、僕はレミィの婚約者に選んでもらえなかったんじゃないか、その予想は大きく外れていないと思う。でもそのレミィ本人は……何より僕が好きだから、僕のために頑張ってくれている。そう思うと少し心穏やかになる、それに依存してしまっていた。
星の乙女、とその言葉を聞いたのは王国の歴史を学んでいた以来だった。この国を作った勇者と、同じパーティーで仲間として戦い、その勇者の妻となり初代王妃として建国を支えた女性だ。世界が大きく乱れるときに現れるとされていて、戦闘中味方を守り仲間の能力を強める力を持っている。「星の力を借りて仲間の才能を引き出す」とされていて、今ある力を高めるだけでなく眠っていた才能を目覚めさせたりまた戦闘時以外に人の生産能力を高めたり農地の実りを豊かにしたりといった力も持つ。魔力で同じ事をしようとしたら宮廷魔術師が100人集まっても出来ないだろう、そういった規格外の力を「星の祈り」と呼ばれる特殊な力で叶えてしまう女性のことを「星の乙女」と呼ぶ。
平民の中から強い魔力を持つ少女が見つかり、伝承の通り「魔力を使わずに仲間の能力を高める事が出来る」という力が観測されたと王城に連絡が来たのだ。何ぶん王族の自分ですら伝承でしか聞いた事のない人物だ、当然対応の指針など残っているわけもなく受け入れには混乱を極めた。だがしかし市井に放っておくわけにはいかない、力のコントロールを学んでもらうと同時に悪意をもって星の乙女の力を利用しようとする輩から守らなければならなかった。
ただ、星の乙女である少女の身柄を国が保護する際、旅商人の父親からは「可愛い一人娘と離れ離れにされるんだから」と言いながらまるで身売りのように高額な金銭を要求されたわりに、「もし星の乙女とやらの力が使い物にならなくてもこれは返さないぞ」などと言っていたらしく、彼女の身柄を引き受けて王都まで共に来た役人が憤っていた。
それをその星の乙女……ピナという少女はひたすら恐縮していて、見ていて哀れになる程だったと言う。市井で暮らしていたところを、特殊な力があるからとこちらの都合で貴族に混じって学んでもらうのだ。覚悟をして望んで入学する特待生とは別に気遣いが必要だと父である国王にそう言い含められ、学園内で実際手を貸す事になる、自分とレミィ、クロードを含めた側近3人と、クロードとステファンの婚約者が星の乙女の庇護に携わることとなった。デイビッドの婚約者は年上、すでに騎士として身を立てているため日常の学園での出番はないが、学園外では同性の彼女を護衛として伴う機会が多いだろうと聞いている。
星の乙女の力を考えると将来彼女は確実に軍……国防に関わる事になる。守ると呼んではいるがこれは囲い込みだ……。しかし実質それ以外の対応ができない申し訳なさに「せめて星の乙女にとって楽しい学園生活になるように皆で手助けしよう、特異な力を持った存在である前に彼女もこの国の民だ。民の生活を守るのは僕達王族や貴族の義務だからね」と仲間達に声をかけた。レミィだけは何だか不安そうにしていて、初対面の人ともすぐ仲良くなるレミィが人見知りをするなんて珍しいこともあるのだな、としか思わなかった。
「なぁ……ウィリアルドはどう思う?」
「どうとは?」
「星の乙女のあの子……なんか迎えに行った役人の話と印象がだいぶ違うなって……」
「確かに! ……なんか、僕のことを変な目で見てる未亡人とかにサロンに呼ばれる事がたまにあるんだけど、その人達とすごい似てるんだよね……声とか目とか、偶然装って触ってきたり……」
「私達全員にそれをしているからな、星の乙女と聞かされていなかったら娼婦と間違えていたところだ」
その触られたらしい腕をステファンがこすっている。娼婦とは……クロードの言葉に思わず彼を見ると、「勉強の一環にと義父に連れて行かれて。実際に相手をしたわけじゃないですよ」と食えない笑顔で言ってのけた。
星の乙女との初対面は好印象……とは言えなかった。茶会などに出ると正妃となるレミィには勝てないまでも側室や妾を狙って寵を求めてまとわりついてくる存在は多い。もちろんそんな女性に引っ掛かったりはしないけど、そんな彼女達よりあからさまで積極的で……何というか引いてしまったのだ。
ちなみにレミィ達は、「親睦のために」と用意されたお茶会の最中から星の乙女の振る舞いにイライラしていたクロードの婚約者のアドリアーナによって、星の乙女が引っ込んだ直後「口直しをしますわ!」と女子だけで茶会をやり直しに行ってしまった。我々男性陣は放って置かれている形だ。
それにしても、さっきのレミィは不安そうで可愛かったな。普段パートナーとして社交に出る時、僕が媚を売られている所なんて何度も見ているはずなのに。建国以来現れた星の乙女は王の伴侶になる事が多かったという話を気にしてるのだろうか。ちょっと嬉しいと思ってしまった自分がいる。
「控えめで、でも芯は強い印象。勉強ができるようになるのを楽しみにしていて、教養や知識はほぼ無いものの頭は悪く無い。一般市民としてはマナーは十分、自分のできる限り礼儀正しくしようという姿勢の見える好感の持てる少女……って事だったよな?」
「……慣れない場所を不安に感じて少しでも気に入られようと頑張ってはいるが、その見本にしている人が良くないのかもしれないね。まぁ学園に入る前に王宮内で正しい教育をしたら多少解決すると……思うよ」
「相変わらず殿下は模範的なお考えをお持ちのようで」
「役人が虚偽の報告をしたのか? でも何のために……賄賂が使えるような経済状況の子じゃないし、まさかハニートラップ……? 役人が少女趣味だったのか……」
「……まぁ……要経過観察ってことで。何にせよ、彼女が星の乙女である以上将来的にも僕達……国から離すことが出来ない立場になるわけだからね」
「ヘソを曲げて自分から他国に行かれちゃあたまらないからな、かと言って国に縛り付けていると分かる形で繋いだら外国から横槍が入る」
うちは侵略を仕掛ける気はないが、伝承の通りの力を持つなら磨いたその力の効果は国の兵士全体に及ぶ。彼女の身柄を外国に取られて、戦争に使われたらたまらない。
彼女を学園に入れるのは、適当な貴族の次男以降とくっつけて貴族社会に組み込んで国に取り入れるためだ。あのままではまともな貴族子息は敬遠する、力を合わせて彼女の教育をしないと難しそうだな。
この時は全員が、彼女に対してあまり良い印象を抱いていなかった。しかもなんと彼女は周りに他の女性がいるのを嫌がって、レミィ達を遠ざけるよう僕を飛ばして庇護を与えている王家に申し入れたのだ。もちろん聞き入れるはずもないが、これを聞いてレミィやアドリアーナ達僕らの婚約者の方から星の乙女に近付かないよう避けるようになってしまった。
どうやら親切にマナーを指摘する彼女達を「意地悪を言う」と涙目になって拒絶したらしい。それを機にアドリアーナは「ピナさんが私たちの指導の意味を理解しようという姿勢になるまでは同席は難しいようですね」とレミィを含めた3人でこの輪から抜けてしまった。城側も波風を立てるよりかとそれを許している。やれやれ、本音で言うと僕も抜けられるなら抜けたい。
もう少しまともなマナーが身につくまで学園に通わせるのはやめた方が、と王に進言もしてみたが「将来国で手綱を取るべき人材をこの程度御せないでどうする」と却下されてしまったし……どうやら星の乙女は僕やデイビッド達がいないとまともに学ぶ様子も見せないらしく、なら僕らと一緒に学園に通わせた方がマシなのではと教育係達がさじを投げたらしい。確かに一応学園では授業中は机に向かっているけど……教育係と2人きりだとそれも難しいと報告にはあった。もう寮にも移ってしまったし、今更王城に戻すのは色々勘ぐられるから避けたいと言う理由もあった。僕の花嫁としての教育じゃないかとか、そっちに勘違いされるぞと脅されたと言ってもいい。
星の乙女の教育係の中には父上が苦手とするマルガレーテ叔母さまも入っていたから、父上が言うことを聞かせやすいほうに押し付けただけではないのかと言う気がしないでもないが。
ただ当分この苦労が続きそうで、男4人で励まし合いながら
「ピナ嬢、前にも言いましたが男性の腕に触れていいのは家族か婚約者だけですよ」
「きゃっ! すいませんあたしったら……平民ではこのくらい普通だったから、まだクセが抜けなくって」
と、何度目になるか分からないやりとりを毎日のように繰り返してうんざりする事になっていた。本一冊暗記しろと言ってるわけじゃない、「男の体にむやみに触れるな」くらいの事が何故すぐ覚えられないのか。
未亡人達にアピールを受けることの多いステファンは「あれわざとやってるよねー」と呑気に言いつつ、彼女の餌食になる事が一番多い僕を他人事のように見ていた。自分じゃないと思って、恨むぞステファン。最近は鍛錬を理由に逃げがちなデイビッドもだ。我関せずといった顔で本を読んで会話に参加しないクロードも同じく。
星の乙女は常に僕らと一緒にいようとする。そもそも「何かあったら頼ってくれていいよ」程度の庇護だったのが、休み時間や放課後などこちらが拒否しない限りは必ず混じっている。
友人は作らなくていいのかと聞いても「あたしが元平民だから皆さんは気にくわないみたいで……」と言うが勉学や魔法、騎士見習いなどの各分野で特待生がクラスに3、4人いるこの学園ではその説明に違和感しか無い。他の平民の生徒からは星の乙女が言うような「平民を理由とする排斥」は訴えとして上がってきていない。そもそも学年もクラスも違う僕らにずっとくっついていたら友達も作りようが無いと思うのだが……
たまには星の乙女から離れたい、と僕らがローテーションで1人の時間を持っていると何処からともなく現れて話しかけてくるし。脈絡もなく変な受け答えをすることもあって話しているだけで疲れる。いつの間にか背後にいるし、言葉は喋るけど話は半分通じないし、生きてる人間じゃなかったら怖い話に出てきそうだ。
なので星の乙女が「今日の放課後は少し用事が、せっかく毎日お誘いいただいてるのにお茶会には参加できません、ごめんなさい」「今日のお昼はちょっと他の方と過ごします」なんて言い始めて姿を現さない時間が出来てから僕らはほっとしてしまっていた。
だから、深く考えなかったし、考えようともしなかった。いつの間にか彼女から常に甘い香りがするようになったのも、その香りは鼻に付くほど強いのに何故か不愉快と感じる事が無いのも。あれだけ周囲から疎まれていた星の乙女がいつの間にか大量の友人にいつも囲まれているようになったのも、ある日僕らが求められるがままに彼女のことを「ピナ」と呼び捨てにしだしたのも。
毒味をしているとは言え、手作りのクッキーなんかを受け取って目の前で食べてしまっている自分の頭の中と感情が乖離していて気持ち悪かった。
なんで自分は今まで嫌っていたピナ嬢をこんなに好ましく思ってしまうのか。彼女がとった行動の一つ一つには嫌悪感を抱くのに、ピナ嬢自体を拒絶できない。腕に触られて、頭ではその行いが女性としてよろしくない事だと判断できるのに、胸には喜びが溢れる。気持ち悪い。
「ウィリアルド殿下……なんかちょっと呼びにくいなぁ。ねぇウィル殿下ってお呼びしていい?」
「ああ、いいよ」
愛称は家族と婚約者にしか許してないんだ、と答える前に口が勝手に喋っていた。横にいたクロードが信じられないものを見るような目を向けてくる。僕自身が自分の今の行動が何より信じられない、……今、僕は何を……?
思考と本能のちぐはぐさに吐き気を感じて動けないでいる僕の腕をとって「やったぁ」とはしたなくピナが喜んでいる。頭の中では「拒絶しなければ」と思っているのに、まるで好きな人に腕を取られたときのような……レミィをエスコートするときのような心からの歓喜を覚えて。僕は何かの間違いだ、と自分に言い聞かせるように少しでも落ち着かせようとピナを貼り付けたままなのも忘れて紅茶に手を伸ばす。
そしてこれは僕はまったく気付いていなかったのだが、サロンの入り口からレミィが一部始終を見ていたそうだ。
頭ではおかしいと分かっているのに、ピナと過ごしていると何故か心が喜びに湧く。信頼できる父上の側近に、他言無用とした上で「その女性の振る舞いや言動はどう考えても嫌悪を覚えるのに、何故か感情は勝手に喜びを感じてしまう、この不可解な現象に心当たりはないか」と聞いても期待していたまともな返事はない。「思春期に好きな相手ができると多かれ少なかれ皆そうなる」なんて微笑ましい目で見るだけで、王家の僕が身につけている守護を潜り抜けて魅了や心を操る魔術を使われた可能性について聞いても取り合ってもらえなかった。
だっておかしい、こんな……1人の時はレミィを恋しく思うのに、ピナといるとピナ以外どうでも良くなってしまう。自分の感情が自分のものでないみたいで、怖い。
当初は学園中から遠巻きに見られて「常識のない人」と言われていたピナが、今では学年問わず人気者だ。中には、僕らと居ても近寄ってきて「星の乙女の加護が欲しい」とピナにサインを求める人もいるほど。不自然すぎる。
「ねぇウィル殿下……レミリア様ってあたしの事嫌いなのかな」
「何故そんなことを言う?」
「だって……いえ、大好きな婚約者の横にあたしみたいな元平民が居るのは気にくわないみたいで……」
「何か言われたのか?」
「ん? ……ううん、きっとあたしの気のせいだから、大丈夫」
自分から話をふっておいて、歯切れ悪くそこで会話を終わらせる。これが他の相手の話だったら「何が言いたいんだ?」と詰問していただろうが。
大丈夫、と言いながら手に触れてきたピナに思考力が削がれたような気がした。これはどっちに僕は喜んでるんだろう。……いや、レミィが嫉妬してくれたのを嬉しいと思ってるんだ。レミィが、嫉妬するくらい僕の事を好きなのだとそれを知って僕は喜んでしまっているんだろう。けっして、ピナに手を握られたからじゃない。
あの完璧な淑女と呼ばれ、才能にあふれたレミィにもどうにもならない事があるんだ。国の仕事で相手をしているだけのピナに妬くなんて、普通の女の子みたいですごい可愛い。
この時に、「レミィに相応しい王にならないと」と思っていた心の重圧が少しだけ軽くなっていたのには気付かなかった。
僕はこの時受け入れてしまっていた。「ピナに嫉妬をする公爵令嬢レミリア」を。喜んでそれを真実だと、認識してしまったのだ。
次第に聞こえてくるレミィの嫉妬が苛烈になっていって……目撃者も何人もいるものだから、僕もクロードを含めた側近達もそれを事実だと疑わなくなっていく。
何度も仲を取り持とうとしたがレミィは頑なに「自分は何もやっていない」と認めようともしない。レミィの友人達からは「実はこんな事をしていた」「こんな事を言っていた」と、ピナの証言を裏付けるような話があるのに、だ。
将来の王妃が、勇者と並ぶ建国の象徴である星の乙女と仲違いしていると言われるのは外聞が悪い。何とか解決しようと動いていた矢先、階段でピナがレミィに突き落とされると言う事件が起きた。
レミィは……人が集まってきても手を突き出したまま何も言わずに立っている。謝罪をする様子ひとつないことに苛立って、声もかけずにピナを連れて救護室へと移動した。
足を捻って何箇所か打撲を作ったらしいピナはしきりに「あたしが悪いんです、レミリア様を差し置いてウィリアルド様に寵愛をいただいてるから……」そんな事を言いながらカーテンの向こうで治療を受けている。彼女を手当てしている魔法医は、たびたびこうしてレミィ関連で怪我を負って救護室にやって来るらしいピナに同情的だった。
事故では、でも事故だったら何で謝罪の一つもしないのか。レミィを庇うようなそんな事をぐるぐる考えていると、治療が終わったらしいピナ嬢が僕の腕に縋り付いてきた。
「お可哀想……ウィル殿下……あんな人が婚約者で……!」
「あんな人……?」
公爵令嬢を、養子に入ったとは言え子爵令嬢が「あんな人」呼ばわりとは。頭の中ではそれがひどく非常識で不敬に値する事だと分かっているのに何故か叱責する気は起きない。ずっと、ずっとピナに「嫌われたくない」と無意識下で行動に制限がかかっている。
「ウィル様がいくら好きだからって、こんな事を……酷すぎます……!」
「レミィが、」
僕を好きだから、こんな事を。
そう呟きながら僕は喜びを感じていた。今までレミィがこっそり……本人はこっそりやっているようで少なくない目撃者や証拠の残っている嫌がらせは把握していた。本人は認めていないが、それも僕への抵抗だと思うと可愛くも感じる。さらに、レミィがこんな事までするほど僕を愛していたなんて。
心の中を押さえつけていた「優秀すぎる婚約者」という重荷はいつの間にかなくなっていた。
星の乙女に嫉妬をして加害を行うような次期王妃は不適格とされてしまうだろう。
今までのレミィの功績があるとは言え、それ程の瑕疵は無かったことには出来ない。学園外でも、親世代の貴族を中心にこの醜聞は出回ってしまっていた。
僕が手打ちの場を整えて、レミィが星の乙女に公式に謝罪をする。このくらいやれば周りも納得するだろう。……そうしたらレミィは僕に感謝する。感謝するしかない。
だがその後どんなに素晴らしい王妃だと賞賛を浴びても、この一件はレミィの功績に影を落とすだろう。今後手放しで評価されることはない。有能だが少し人格に問題が、なんて言われるようになるかもしれない。「あの時はごめんなさい、ウィルが好きすぎてどうかしてたの」って数年後、結婚式の前に謝罪をされる様子を想像してしまう。
……そうだね、ちょっとどうかしてるくらいが僕程度の凡庸な王太子には相応しいよ。
ああ、レミィが僕のいるところまで堕ちてきた。やっと対等になれたね。
今までみたいに言い逃れができないように、とクロードが率先して証拠や証人を整理して手筈を整えていく。これを全て突きつけてもまだ罪を認めないようなら更生の可能性はない、その時は如何なさいますかと問われた。
考えてもいなかった。さすがにここまでされても往生際悪く否認するとは……レミィは頭のいい女性だったから無いと思うけど。クロードはレミィの意識を一度変えるために罰として婚約を取りやめるのもアリだと言う。曰く「姉さんはそのくらい、一回意地張ったら頑固になりますから」と。
「そうだね。そしたら……実際婚約破棄を行うよ。ただ彼女は優秀な女性だったから、田舎に引っ込むことになってもその発想と手腕ですぐに功績を作って、もう一度貴族社会に帰って来ることなんて容易いと思う。その時に改めて、禊が済んだとして国内貴族の反発も無くなってるだろうし王家に迎え入れるよ。婚約破棄がなってしまったら、万が一レミィが腐って閉じこもったりしないようにクロードが発破をかけておいてよ」
「私にあの姉さんの手綱が握れますかねぇ」
僕はこの時疑ってもいなかった。さすがに言い逃れを諦めたレミィは形だけでも頭を下げる、対外的なアピールはそれで終わり。卒業式まで学生時代の思い出を作り直して、学園を出た数年後にはレミィと結婚できるのだと。今までのようにどこか卑屈な思いを抱える必要はなく、レミィの瑕疵を許したことで対等な関係になれるのだと、そう……思っていた。
まさか最後まで彼女が強情を張ると思っていなかった。「頼む、認めてくれ」って小さい声で話しかけたかったのに、ピナが腕に張り付いていたらそれもできない。
いつもよりピナからはあの甘い香水の匂いがして、ピナが求める事は叶えないとと、王太子として培ってきたはずの思慮を無視した態度になってしまう。
レミィは何一つ罪を認めようとしない。まるで、本当に心当たりが一切ないようだった。ピナに危害など加えていないと言うその言葉が真実に見えて。「嫉妬なんてしてないわ」って、僕への思いも否定されてるようで……腕に張り付いたピナから酩酊感が伝わる中……気が付いたら、万が一としか考えていなかった婚約破棄を口にしていた。
でも……この状況だって考えていたんだ。レミィだったらあの田舎だって目に止まる街に興して見せるだろう、その功績をもって婚約者に復権させる。大丈夫。レミィは過去のあやまちを償い心を入れ替え、僕はそれを迎え入れる、十分に美談になるし、民の受けも良いだろう。
グラウプナー公爵が予想よりもはるかに強くレミィに失望していて、住民が1人もいない廃村を領地として与えて分籍までしてしまっていたけどそれくらいじゃ諦めない女性だって僕は知っている。だって……だってレミィはあんな事をするほど僕が好きだったんだから。だからこんなことで僕への想いを捨てたりしない。
最初は良かった。レミィは何もないところから頑張ってる話だけが聞こえてきて、僕の横に戻るためにそんなに一生懸命になってくれていると優越感すら抱いた。さらにあの後学園を卒業したピナの元に各地の貴族から依頼が舞い込む。星の乙女の後見という立場で各地を巡りながら、痩せ細った農地に力を与えたり、衰えてきた水源を復活させたりとその度にピナや僕らも喝采を受けていた。
しばらくするとピナは外国に……それも魔物討伐の旅に行きたがって、それは出来ないと却下し続けるとどんどん態度が悪くなっていった。周りからの反感を買い始めて、「貴族に染まってない星の乙女」として多少の無礼が許されていたのが「貴族に名を連ねて1年以上経つのにまともなマナーも身についてない愚か者」に変わるのは早かった。
それでもたまに星の乙女としての力は求められるけど、どうやら伝承にあった描写よりピナの星の乙女としての力は大分弱いらしく、落胆されるような反応は多い。そうするとピナはさらにむくれて癇癪を起こすのだ。
「あたしの力が弱いのは鍛錬に付き合ってくれないウィル達のせいなのに!!」
王太子としての執務があると言ってもピナには通じない。こうして依頼された仕事の道中魔獣狩をするかと聞いても「こんなとこ名前も出てきてないし、イベント起きないからいい」と意味のわからない理由で拒否される。
何度も、「なら女性騎士を交えて数日がかりで行くといい」と言っても女性が混じるのは嫌なのだと。候補とはいえ体面上、異性だけとの外泊なんてどんな理由があっても許すわけにはいかない。そう言っても納得してくれずにピナは憤る。毎度この繰り返しだった。
ピナの相手に疲れた頃。僕が予想していたよりもかなり早く、レミィの功績は評価され始めた。それに反して僕の直轄地は少しずつ衰えていく。……少し離れたところに栄えて発展し始めた街があれば、一時的な雇用の急増でこのくらいの人口変化は起こる、許容範囲だ……
そう考えても、とっくの昔に克服したと思っていたレミィへの嫉妬は再燃する。ああ……やっぱり、君は何をやらせてもすごいな。自嘲するような乾いた笑いしか出ない。
ピナも、学生の時はもっと可愛いと思えてたんたけど。わがままだって、イライラしつつも「しょうがないな」って聞いてあげようと思えていた。だってこの子は安心して愛せるから……レミィみたいに、自分の方が惨めになるような思いは絶対になくて、そこが何も考えずにのめりこめたのだろう。きっと、だから僕はピナを好きと感じるのだと思う。レミィが僕の元に戻ってきたら、満更でもなさそうな彼女を側室か妾にしても良いと思ってたのに。だってピナが居てくれたらレミィは嫉妬をしてくれるだろうから。ああ、当然、僕の後援の貴族に言われてたみたいに彼女を妻にする気はなかった。でも将来そばにいて欲しいと思うくらいには好きだったはずなんだけど。
今は、どう考えても常識から外れた要求をねだられるたびに苛立ちから大きな声が出そうになる。バカだなって、愚かな所も自分より劣ってるってそこも可愛く思えてたのに、今は犬より覚えが悪くてイライラした。
魔族との貿易が軌道に乗り始めると、その魔族との交流の立役者になったレミィの名前が外交の担当者から上がってきた。レミィは分け隔てなく街で行き場のない者を呼び寄せて自分の村に住まわせていた、その中にかなりの数の魔族が含まれていたそうだ。人間が気付いていなかっただけで魔族は人の社会の中でひっそり生きていて、それを救って生きる術まで与えたレミィを向こうの長が気に入って、この度の交易が開始されるにいたったらしい。魔族の取引商品に並ぶ品は、ほとんどの病の治癒を行う霊薬の材料となる薬草やこちらの魔獣には存在しない高品質の魔石やそれを加工した魔晶石、他にも他所の国に持っていかれたら戦争の元になりかねない品目がずらりと。
こんな、国勢を左右するような話にまでレミィは携わっているのか……
もう良いだろう、と「この功績をもってレミリアを婚約者に復権させたい」と父上に伝える。しかし、それは承諾されなかった。何故だと思わず声を上げると、呼び立てる術が何も無い、と。
王家の婚約者を決めるためには手紙1通出してそれで終わりと言うわけには当然いかない。今回の禍根を考えると、王家……例えば僕自身がレミリアの元を訪れて婚約の了承を取るような下手に出て見える真似も出来ない。それは分かる。
しかも、レミィはあの一件で公爵家から籍を抜かれていた。貴族としての籍はあるが、分籍という形で親子の縁を切られてグラウプナー公爵家とは別の独立した家として存在することになっている。なので伯爵家以上だったら適用できた登城令は使えない。
通常の書状として登城を命じるものの、王国法にて一定の基準を満たす僻地などに領を持つ貴族は登城指示を拒否することが許されるという一文を出されてすでに断られているらしい。……登城資金も捻出できないような田舎の貧しい、名ばかりの貴族家を守るための法であるが今ばかりは疎ましいと感じてしまう。
罪を問うなどの登城命令は拒否できないが、今回のこちらの目的では使えない。
「魔族との交易の架け橋となった立役者である、この功績を元に今の準男爵であるレミリア嬢は来年子爵に陞爵を予定している」
「では……!」
「ああ、その時に婚約者の復権について打診してみよう。彼女も貴族社会だけでなく商人の真似事もして、女性として成長しただろうからな」
「陛下、ありがとうございます」
陞爵となれば登城を避ける事はできない。
その時に、レミィとは全て元どおりに……いや、自分の願った通りの良い形におさまるのだと、僕は心の底から信じていた。
なのに、これは、何だ?
レミリアは魔族との親睦会に現れた。人ならざるもののゾッとするような美貌の魔王の色を全身に纏って……魔王の髪色と同じ、黒から青にグラデーションのかかったドレスが絶望するくらいに美しいレミィに似合っていた。
それから次々明らかにされるかつての真実。僕が信じたものは、信じたせいでレミィを傷付けた拠り所は全部全部ニセモノだった。
……レミィは、嫉妬で人を傷つけるような真似、一切してなかったんだ。
「お前ぇええ!! お前が全部仕組んだんだろ!! このクソ女! クソクソクソ!! あたしが幸せだから妬んで! 自分がバカだったせいだろ!! 逆ギレしてんじゃねーよ!!」
自業自得と言うのにピナがなりふり構わずレミィに飛びかかる。それを魔王が叩き落として、安心させるように彼女の頭を撫でていた。
「確かに身に覚えのない罪を着せられて、誰も信じてくれなかったのは悲しかったけど、わたくしは今幸せだもの。ピナさん……お金で買収して、自分の体を使ってまでわたくしを悪人に仕立て上げたけど……そんな事したってピナさんは幸せになれないのよ……? わたくしを貶めても、呪いで人の気持ちを操っても、ピナさん自身が愛される訳じゃないのに……こんなことって、すごく寂しいしピナさんが可哀想で……」
レミィは、誰も恨んだりしてはいなかった。ああ……知ってたんだ。僕の横でほがらかに笑っていた、僕の心も救ってくれたあの子はそんな事したりしないって。
ピナにさえ情けをかけるレミィは、子供の頃から何も変わってなくて……星の乙女に酷い嫉妬をして苛烈な嫌がらせをしたと聞くたびに「こんなに僕が好かれているんだ」と仄暗い愉悦に浸るとともに「レミィがこんな事をするなんて」と失望していた自分を恥じた。レミィは、最初から何もしていなかった。
夜会の数日後、父上……国王陛下に頭を下げてレミィとの謝罪の場を設けてもらった。デイビッドもステファンも、クロードも僕と同じ申し出をしたそうだ。ピナは星の乙女ではなかった。正確には、星の乙女の中に悪魔が入っているのだそうだ。国の、星の乙女への信仰が揺らぐからと「悪魔が星の乙女の名を騙った」ということになっており真実は伏せられている。
謝罪をしたいだなんて、自分が楽になりたいだけの自己満足。僕も、彼らもレミィなら断らないと知っている上でつけ込んだようなものだ。
実際に会って明るい下でレミィを見ると、輝くような美しさの濃い金髪に海のような鮮やかな水色。その瞳は悲しげに僕を見ている……ピナへのイジメについて追求するときも同じ目をしていた、なんでもっと彼女の言い分を聞かなかったのか……後悔は時間が経つほど湧いてくる、自責で潰されてしまいそうなほど……。
「さようなら、ウィリアルド殿下」
謝罪をする、それだけのはずだったのに、レミィを前にして僕はみっともなくすがって言い訳を始めていた。いや、みっともなくたって良かったんだ、惨めでも、優秀すぎる婚約者に劣等感を抱くことになったって、レミィと一緒にいられたなら……。
手を取ろうとした僕から逃れるように席を立って、レミィは四阿から出て行く。背景に、幼い頃のレミィと遊んだ庭園が見える。花は移り変わったが景色はその時と重なって、そこに立つレミィは残酷なくらいに美しかった。
「ウィル!」
幼いレミィの声が聞こえる。分かってる、これは幻聴だ。実際には花の咲き誇る庭園の真ん中で、魔王がレミリアを抱きしめてそっと口付けを落とす……物語のハッピーエンドみたいに美しい光景が見えていた。
僕も、あなたみたいに嘘がわかる目が欲しかった。そしたらあの女に騙されて、レミィを傷つけたりしなかったのに。
この期に及んで嫉みを胸に抱えて過去を悔やむ自分がどうしようもなさすぎて救いようがない。
いっそ死んでしまいたいが、僕が死んだらレミィは悲しむ。これは願望ではなく、優しいレミィは確実に、幼馴染みだった僕のために泣くだろう。これ以上彼女に傷を与えるわけにいかない。
この想いを抱えながら一生を生きるなんて。
罰を与えて欲しかった。いっそ死を望むほどの重い罰を。僕が犯した罪に相応しい重罰を。でもそれは自分が楽になりたいだけの身勝手な願いで……この、胸に抱えた気が狂いそうになるほどの後悔から逃げたいだけだ。誰か殺してくれ。そう叫びそうになるくらい。
「レミィ……レミィ、」
代わりに、耐えきれずに自分の口から彼女の名前が溢れた。全部……全部僕は持っていたのに、素晴らしい婚約者も、その婚約者からの愛情と信頼も。全部……。
幸せそうに魔王の腕の中で笑う彼女を眺めながら、僕は失った幸せの大きさを嘆いて嗚咽を漏らす事しかできなかった。
「魅了」については
ポケ◯ン戦闘中の状態異常としての「メロメロ」を防ぐのが「魅了を防ぐ魔道具」
課金アイテムで強制的に上がるのは「なつき度」でシステム的に別物って感じ