第8話
俺達の担任となったガイルの突発的な考えで行われることになった模擬戦に、 クラス一同否応なく連れてこられた場所は、 この聖職業学校の5階に位置する戦闘訓練用のフロアだった。
ガイルが扉を開けると、 そこは殺風景で何も無く、 壁や天井は白い鉄のようなもので覆われていいる大きな空間が広がっていた。
「さぁて、 全員移動が完了した所で…今回の模擬戦のルールを伝えよう」
ガイルから伝えられた模擬戦のルールはこうだ。
①バトルロイヤル型の模擬戦。
②相手との戦闘の際、 先に降参させるか、
戦闘不能と見なされる場合により勝敗が決まる。
③1人で戦っていくも良し、 チームを組むも良し。 だが、 戦闘で勝利した際のポイントは、 相手の人数につき1ポイントなので、 3人で1人を倒した際のポイントは誰かに1ポイントのみ。
④相手が致命傷、 又は死亡する恐れのあるスキルの使用は一切禁止。
⑤最後の1組、 又は1人になった時点で模擬戦終了となる。
⑥最終的にポイントを多く勝ち取った者が優勝。
「──そして、 最後まで残った者には最優秀賞として学校長から特別ボーナスが支給されることとなっている」
ルール、 賞といい、 突発的な発想だとばかり思っていたが、 手際の良さからこの男は毎年この模擬戦を行っている事が伺える…。
「さて、 説明は以上だ」
一頻り話し終えたガイルが指を気持ちよく『パチン』と鳴らすと、 殺風景で何も無かった訓練所が瞬く間に幻影を映し出し始めた。
「こ、 これは…」
生徒達がざわめく中、 気が付いたら風景が密林地帯のような場所に変わっていた。
「今から10分後の俺の合図から模擬戦スタートだ。 今のうちに隠れるなりチームを作るなり好きにしておけ…では────解散ッ!!」
突然の状況変化に戸惑う生徒ばかりだが、 ガイルの合図の気迫に圧倒され、 散り散りに走り出し始める。
「…さて、 どうするモノ?」
「…愚問、 チームを組む方が…得策…」
「だよなぁ、 そこで、 だが…俺と一緒にどうだ?」
「…賛成…」
俺とモノ以外の生徒は散り散りに走り出してしまったので、 このタイミングなら2対1に持ち込めるので、 格段に勝率が上がる。
あとはこの10分間の間にどれだけの生徒がコミュニケーションを使いチームを組めるかによって戦況が変わってくるだろう…。
作戦会議を開く為、 ガイルの耳に入らない位置まで離れ、 俺はモノに確認をとる。
「今のうちに作戦会議だ。 俺の本当の職業はモノ以外知らないし、 使えるスキルも当然限られてくる。 モノが今回の模擬戦で使えそうなスキルをあらかた教えておいてくれ」
チームを組むならば、 パートナーがどんなスキルを使えるか知っておく必要がある。
俺が使えるスキルは『剣士』スキルの『斬鉄』、 『速剣』の2つくらいだろう。 あとはバレなければ『聖騎士』スキルである、 相手を死線の感覚に陥らせ、 硬直状態にする『相抜』、 ただこのスキルは同時に俺自身も動けなくなってしまうのが欠点だが、 その隙にモノがスキルを使用してくれればいい。あとは『拳聖』スキルの『完全回避』。 どちらも第六感なりで言い訳が可能だ。
そして、 モノが話してくれたスキルは氷属性スキル『アイシクル』、対象同士の位置を変換する『コンバート』、 錬成した鉄で相手を拘束する『捕縛陣』、 風景や物と同化出来る『迷彩』と、今回の模擬戦にはもってこいのスキルがわんさか出てきた。
「…あとは、 相手を呪い殺したり──」
「──却下だ」
その時、 訓練所内に設置されているスピーカーから戦闘開始を知らせるブザーが鳴り響き、 その瞬間辺りでも戦闘が開始されたようで、 爆音や破壊音が轟き出した。
「…よし、 俺達も行こう」
「…らじゃー…」
作戦はこうだ。
まず、 モノの『迷彩』を使用し、 相手からの探知を避けるよう近づき、 『アイシクル』で相手の足場を凍結させて動けないようにする。 その隙に俺が背後から峰打ちで気絶させる。
もし相手が敵探知系のスキルを持っており、 バレてしまった場合は『相抜』で動きを止め、 モノがアイシクルで全身を致命傷にならないよう配慮しながら凍結させる。
「… "アイシクル"…」
「っおい! 何だこれ!」
「わ、 分からねぇ…急に足が凍らされた!」
作戦通りに相手の足を凍結させることに成功し、 不意の攻撃にパニックになる相手。
その隙を見逃さない。
「今だ! 峰打ちっ!」
「うぐっ!?」
「がはっ!?」
じいちゃんから教わった剣術が生きている。
スキルを封じてくるスキルなんかもあるらしく、 スキルのみに頼っていては、 いずれ危険な目に会ってしまうというじいちゃんの心配性のお陰だ。
「よし、 これで俺達も1ポイントずつ獲得だ」
Sクラスの大まかな人数は20人前後、 つまり5ポイント程獲得していれば優勝の可能性もない話じゃない。他の生徒もポイントを稼ぐ為躍起になっている今のうちに、 足元を掬って俺とモノがポイントをかっさらって行く作戦だ。
「モノ、 次行くぞ!」
「…らじゃ… "迷彩"」
『狩人』スキル迷彩をもう一度掛け直し、 再び姿を消す…。
──────その頃。
「やったぁ! これであたし達も2ポイントずつだ!」
1体1の戦闘を終え、 友人であるスイレンの元へ駆けつけるクロム。
「さ、 流石クロムちゃん…私なにもしてないのに…ご、 ごめんね?」
現在のポイントはクロムもスイレンも2ポイントずつ獲得しているものの、 直接的な戦闘を行っているのはクロムのみである。 しかし、 クロムはしっかりと気づいていた。 『言霊使い』であるスイレンが、 戦闘中にずっとスキルを使用し、 クロムにバフスキルをかけ続けていた事に。
「なぁ〜に辛気臭い顔してんのさぁ〜…あたしの『変身士』はとてつもなく疲れるスキルなのに、 まだ全く疲れてないんだもんっ! それもずっと、 スイレンが補助スキルかけてくれてるのも知ってる! だから────」
「──おっと、 取り込み中だったかな?」
クロムとスイレンの会話を切り込んだのは、 クラスでモノに次ぐ2番目の実力者…そして選ばれし職業、 勇者のアランだった。
「…うげ、 よりによってアラっちと出くわすなんて…スイレン、 構えて」
「は、 はいっ!」
「"全変化・煉獄鳥"!!」
素早く戦闘態勢に切り替え、 アランの攻撃の出方を伺うクロム。
変身士が変化出来るのは、 大半は動物だが、 極稀に幻獣系への変化を可能とするものも存在し、 カインの赤龍もその一つだ。
変身士が全身を変化させる事が出来るようになるまで大抵の人は3年かかると言われているが、 クロムは職業との相性と、 その類稀なる才能から…なんと1週間で習得したのだった。
全身を炎の鎧で覆い、 背中からは焔翼を生成して宙に浮くクロム。
「職業を与えられてまだ間もないというのに…とてつもない才能だね、 クロム君」
クロムの習得具合に素直に賞賛の声を上げるアランだが、 クロムの戦闘態勢に合わせ、 勇者スキルを使用する。
「"顕現せよ、 エクスカリバー"」
右手の平を地面に翳しスキルを発動すると、 地面に魔法陣が展開され、 そこから黄金に輝く剣が姿を現した。
「…だが、 僕も勇者として負けられないんだ」
真の勇者にしか扱う事が出来ない伝説の宝剣、エクスカリバーを構え、 アランも戦闘態勢に入る。
「か弱い女の子だから力押しじゃアラっちには勝てないから、 スピードで撹乱していくよっ! お願い、 スイレン!!」
「はいっ! "速くあれ"」
言霊使いには明確なスキル名は存在せず、 ただ言葉を発することによってそれが事象として起こり得る職業だ。 だが、 言霊使いとしての経験が足りないと、 事象させるための力が足りずに発現しないのだ。
スイレンからの加速バフを受け、 目にも止まらぬ速さでアランを撹乱していくクロムだが、 その動きはアランの実力の前ではあまり意味をなさなかった。
「なら、 僕も行かせてもらうよ… "追撃"!」
「…えっ!? ア、 アランさんが消えた…」
「違うよ、 スイレン。 消えたんじゃなくて、 あたしのスピードに付いてきてる…」
今だ飛翔し撹乱し続けているクロムだったが、 今やその行動すら無意味だ。 クロムの発言通り、 とてつもなく速い動きで森を飛び回っているクロムの後ろから、 アランはピタリとその背後を付いてきている。
「『追撃』は、 1人の対象の動きと同じスピードで追いかけることが出来るスキルさ。 いくら相手が速くても、 僕には関係がない」
「チートじゃないかなぁ、 そのスキル!"焔壊弾"!!」
クロムは後方に灼熱の弾丸を繰り出すも、 それを難なく回避していくアラン。
「…そろそろ僕も反撃させてもらうよ、 "神速剣技・一色"!!」
「──っなぁ!?」
『追撃』により同じスピードで動いていたアランだったが、 それに重ねて高速の剣撃スキルを合わせることで、 攻撃を繰り出してきた。
その高速の剣撃をすんでのところで回避することに成功するも、 アランの剣技は止まらない。
「"神速剣技・三色"!!」
「──っあぁ!?」
『神速剣技・一色』は回避出来たとはいえ、 続けざまの三連撃を回避することは出来ず、 三撃ともまともにくらってしまい、 『変身士』の変化スキルか解けてしまう…。
「クロムちゃん!! "癒しあれ"…」
「…あ、 あっはは…やっぱりアラっちは強すぎ〜…ありがと、 スイレン」
変化のスキルが解けたことにより、 飛行が出来なくなってしまい、 落下してしまったクロムに、 すぐに回復スキルを使用するスイレン。
確かに、 今のアランの実力は聖騎士にも負けておらず、 学生の実力は遥かに超えていた。
「どうする、 クロム君…。 君はまだ戦えそうだが…」
剣をしまい、 治癒を施されているクロムの傍まで歩いてくるアランは、 戦闘を続行させるかどうかを問うてきた。
「あっはは! そう言われちゃあ、 やるしかないでしょう!!」
「────と、 言いたいところだが…そこの君、 隠れてないで出てきたらどうだ?」
「およ、 誰か居るのかい?」
突然のアランの発言に反応し、 クロムも感知系スキルを使用すると、 少しだけ離れた場所に2名の反応があることに気が付いた。
「──はぁ、 流石勇者様って所だな…モノの『迷彩』を難なく見破るなんてなぁ」
「…悔しい…」
木陰から姿を表したのは、 ゼンとモノだった…。