テスト
初執筆のテスト投稿です。カテゴリー上、ヒューマンドラマに区分されていますが、ヒューマンドラマ要素はそんなにありません。カテゴリーの住み分けや文中の言葉遣いがなっちゃいないかもしれませんのでご指摘いただければ幸いです。
―いつしか紙と向き合う機会は減った。
中学最後のテスト用紙と向き合いながら雄太はそんなことを考えていた。
3時間目の国語は物語・評論・古文・漢文と高校入試を想定した構成になっている。しかし、今自分が抱えているであろう謎はどこにも載っておらず、昨日行われた社会でもそんなことはどこにも触れられていなかった。
つまり、今全く関係ないことを自分は考えていた。
―本は読む、でもそういうことじゃないんだ。
この安物っぽいテスト用紙とは長い付き合いだ。初めて見たのは小3のときの「なつやすみのすごしかた」の紙だったかもしれない。いや、きっとそれ以前にも見続けてきたはずだ――と記憶の海に自分を潜らせると、幼稚園のときに「おゆうぎかい」の紙を飛行機にして友達と遊んで、先生に怒られた記憶がふと蘇った。
なぜか雄太はシャープペンを持ったまま、右手で藁半紙を撫でた。知り合いの家の子猫にそっと触れるように撫でた。しかし紙は何も物言わず「早く解け」と言わんばかりに文字を羅列してくる。国語は苦手だ。目の前の友達の気持ちなら分かるが、そこにいない作者の気持ちなど理解できない。同じ紙でも理科なら得意なのに、と不思議に考えていた。それに―
―あと15分か。
古文までは辿り着いても、その先の漢文へ行けないことは明白だった。第一どちらもよく分からない。こんなもの大の大人でも分からないに決まっている。ただ、今までのことを考えれば多少悪い点を取ろうが、今期の成績に響かないことも彼には明白に分かっていた。ならば、この事柄についてはっきりと自己完結させるべきだ。と雄太は国語の試験問題の指示を宙へ放り投げ三度考えだした。
――きっと高校になれば今よりももっといい紙を使えるだろう。
と雄太は想いを馳せた。
―市内トップクラスの学校だ。消しゴムで消してもビリっと破れないし、耐水性もあるやつだ。小学校のときの算数で使ってたあの紙の上位互換だ。きっと小指に跡も残らなければ、間違った数式の跡すら綺麗に消すことができるいい紙だろうなあ。
などと思っていると、今目の前にしている試験問題が印字されたこのわら半紙がひどく哀れに思えてきた。それと同時に、体験したことはないが長年の付き合いのある友達との別れのようにも思えた。自分の仮説が正しければ、この紙と向き合うのは今日で最後なのだ。
―あと10分か。
不意に雄太は今まで執着してきた想像を捨て、問題と向き合った。
―これが最後なら、最後は少しでも丸をつけてやろう。この用紙に花を咲かせてやろう。
それが雄太の結論だった。
難しい問題と向き合いながら、雄太は何か自分が良いことをしているかのような錯覚を感じた。難しい問題を解くことは嫌いではない。よく見れば「だから」や「なので」といった言葉は数式のように法則性があるではないか。なんか面白い―と感じて雄太はふと奇妙に感じ立ち止まったが、すぐに思い直し、思考とペンを走らせた。
しばらくして終業のチャイムが鳴った。試験監督の教師のペンを置けーという指示と同時に周りでは「疲れたー!」「難しかったー!」という声に混じって、黒髪の才女の一仕事終えたかのようなため息や、ギャル系な女の子のマジ退屈だったといった顔が見えた。自分が好きな内田はショートヘアの髪を自分で撫でながら、疲れた表情に笑顔を浮かべ後ろの席の女の子となにやら話をしている。かわいい。
「おう」と突然横から声をかけられた。声の主は幼稚園の時に紙飛行機を飛ばして一緒に怒られた播磨だった。
「ずいぶん熱心だったな」と信じられないものを見たかのように播磨は話しかけてきた。「お前が時間ギリギリまでテストやってるの初めてみたわ」
「なんか最後だと思うと ちゃんとやろうと思って」「あー『有終の美』的なやつか 分かる」
そう播磨から言われて雄太は「ちょっと違う」という言葉を口にしようとしたが、飲み込んだ。しかし有終の美は迎えられた。最後にあの紙に花丸をつけられることができたはずだ。仮にできてもできてなくても、魂を乗せて書き込んだあの藁半紙のテスト用紙がとても上質な紙に自分には見えた。
名残惜しく思い、目を瞑って今更な伸びをしていると、今度は前から「おい」と呼ばれた。見ると前の席の江本が「早く取れ」と紙をパタパタさせている。驚いて一言詫びを入れ、すぐさま後ろに回し、疑問を感じた。ふと数分前感じていた手触りを右手に覚えたからだ。
その紙にはわら半紙で「卒業式について」と書かれていた。いや、雄太にとって衝撃的だったのはその文字ではない。紙だ。
雄太は絶句した。ここが断崖絶壁なら躊躇なく叫んでいただろう。自分の考えていたことは全くの無駄だったのだ。今生の分かれの数分後に会ってしまったのだから。それを知った雄太は勝負もしていないのに敗北感を得たと同時に急に恥ずかしくなった。
式の日取りが書かれたわら半紙の文字たちは厳粛とした文体できちんとした文字列をしているにも関わらず、自分に対してニヤニヤとドヤ顔をかましているように雄太には見えた。すごいドヤ顔だ。雄太は負けじとその無機物に対して青筋を立てながら、片方の口の端をあげて、精一杯のドヤ顔をし返した。しかし胸の敗北感は以前拭えなかった。
―こいつは紙飛行機にしよう
そう思い直し、雄太はもうペンのない拳をギュッと握った。その右手の小指には当たっていないであろう記述問題の跡が黒く残っていた。
読んでいただきありがとうございました。テスト投稿と思わせといてのダブルミーニングがしたかっただけです。(笑)
書きながら考えたので、あまり推敲はしてませんが、少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。