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ザカリー自伝  作者: ラム
1/1

1, 5月1日 合否発表

 誰しも、昔はなにかしらなりたいものがあったと思う。

 所謂、将来の夢ってやつだ。


 子供の頃なんて特に、プリンセスだとかヒーローだとか、果てには神になる!なんて豪語する子もいたっけ。…神は、極稀にだけど。でも、小さい頃はそんな叶いもしなさそうな夢が当たり前のように叶うと思っていたわけだ。


 そして、そんな子供たちを見た大人は、自分にもそんな時代があったなと微笑ましく見守る人もいれば、そんな夢叶うはずがない、馬鹿らしいと一笑に付す人もいる。


 後者の人間は、年齢を重ねるごとに増えるわけで、高校生にもなれば、プリンセスだとかヒーローだとかになると本気でいっている人達は嘲笑されて終わる。

 もはや、誰にも相手にされない。


 そういう状況で、夢を持っている人達はある分岐点に立たされる。

 夢に向かって突き進むか、すっぱり諦めるかだ。

 基本的に大部分の人は、周りからの目に耐えられずに後者に流れる。

 そっちの方が、どう考えても楽だからだ。


 俺の周りの友達も、みんな早々に夢を諦めていた。

 理想的なことを考えるより、現実的なことを考えていた方がよっぽど身になると思ったんだろう。


 それでも、どうしてもなりたい――諦めきれない夢というものもある。

 周りにいくらバカにされようが、白い目で見られようが、なりたいという強い意志で夢をもぎ取っていく人もいる。


 俺も、そういう類の人間だ。

 夢は、大統領になること。


 小さい頃から、俺のなりたいものは変わらない。

 ああ、もう散々馬鹿にされてきたから、これを読んでいる君達に今更いくら愚弄されようが気にしないさ。そんなことにいちいち構っていたら身がもたないしね。

 笑いたかったら、大いに笑ってくれたまえ。


 馬鹿らしい夢だというのは重々承知だ。


 それでも、一度夢見てしまったらそう、あっさりとはその夢を捨てることはできないんだ。

 ――人間っていうのはなかなか諦めの悪い生き物でね、

 あんまりにも出来ないと言われると、逆にそれをバネにして頑張ろう!ってなるんだろうな。


 それがなかったら、今の俺はいないと思う。


 ここまでダラダラ書いちゃったけど、要約すると、これは今まで馬鹿にされてきた俺が大統領になるという夢を掲げて、努力したって話になるのかな。


 それでは、物語はこう始めるとしよう。

 定番の”Once upon a time “だ。


 Once upon a time〔昔々〕、って言ってもそんなに前のことじゃないんだけどね。

 何年か前、俺は人生の転機を迎えていた。


 まっさらな封筒。

 この中に、俺の今後の人生を大きく左右する紙切れが入っている。

 “Congratulations〔おめでとう〕!!”で始まる紙切れなら、最高だ。

 素直に喜んで、この後趣味の料理に勤しむことができる。


 だが、もし…そうじゃなかった場合、俺のこれからの暮らしは今までとはうって変わって、地獄のようなものになるだろう。


 恐る恐る郵便受けの中に入っている封筒を手に取る。

 今日来たのは、これと新聞だけ。


 さて、どこで開封すべきかと思考を巡らせる。


 普通に、家の中に入って心の準備をしてから開けるべきか。

 いや、でも家の中だと父さんがもし起きていた場合、先に中身を見られる可能性が高い。

 それは避けたい。


 ならいっそのこと、ここで開けるべきか。

 だが、もしここで封を開け近所の人が通りかかった場合に、中身を見られでもしたらと思うと…。

 それはそれで、精神的ダメージがでかすぎて、そもそも学校に行けなくなりそうだな。


 やはり、家の中で開けるのがベストか。

 父さんが起きるのは、いつも決まって8:00。

 今はまだ7:00だ。

 この時間帯なら、きっと気づかれずに自室まで行けるだろう。

 自室でこっそり開けて、結果がどうあれさっさとこの紙切れは捨てよう。


 そう決意した俺は、玄関を開け、リビングを抜け、ジュージューと美味しそうな匂いと音で充満しているキッチンを視界の端に入れながら、自室へと向かう階段を登った。

 いや、正確には登っている途中で異変に気がついて足が止まった。


 それは、ある疑問が浮かんだからだ。

 とても素朴な疑問、それはーー。


 待てよ、なんで無人のはずのキッチンからいい匂いがするんだ?というものだった。


 そう思ったと同時に、朝から清々しいほどの大声で俺は呼び止められた。


「おう!!おはよう!」


「ああ…おはよう。」


 一瞬たじろいだ俺に声をかけてきたのは、エプロンをつけ、フライ返しを持ちながら笑顔で仁王立ちしている、父さんだった。

 なんで、今日に限ってこんなに早く…。


「えっと…、今日は起きるの早いんだね。」


「おう!ザカリーの行きたい高校、合否発表今日だったろ?だから、こんな大事な日くらいは早起きしないとと思ってな!」


「そ、そうなんだ。」


 なんて余計な気遣いを…。

 いや、ここまでしてくれる親なんてなかなかいないし、素直にありがたいと思う。

 確かに嬉しい――が、これで不合格だったときのことを思うと、なんとも言えない複雑な気持ちになってしまう。


「ん?手に持ってるそれ、スター高校の封筒じゃないか?」


「え!?なにそれ?知らないなぁ。なんのこと?」


 手に持っていた封筒を咄嗟に背中に隠す。

 辺りをわざとらしくきょときょとと見渡してみるが、どうやら父さんの目はごまかせないらしい。


「なんで隠すんだよ。その白い封筒、スター高校のだろ?ん?」


「いやいやいや、これはあれだよ…。バイトしようと思って!そのバイト先からの採用かどうかの手紙じゃないかな!!」


「お前、もうちょっとうまい嘘をついたらどうなんだ?端っこに、スター高校の校章のマークついてるぞ。」


 俺の背中から少しはみ出していた封筒に目ざとい父さんが赤いマークが付いているのを見つけるのにそんなに時間はかからなかった。

 ギクッとして、一瞬全ての動きが止まる。

 父さんはその隙を見逃さなかったようで、俺からサッと封筒を奪い取った。


「ほら!やっぱり、スター高校の封筒じゃんか!」


「ちょっと!」


 俺は取り返そうと手を伸ばすが、父さんはそれをサッとかわす。


「なんで隠すんだよ。まさか、俺に見られるのが嫌だったのか?」


「That’s right 〔その通り〕!!すごいね父さん。ご名答だよ!」


 俺が少し怒りのこもった声でそういうと、父さんは急にしゅん…としおらしくなってしまった。

 心なしか、目元も潤んでいる。


 やばい。

 ちょっと言いすぎたかもしれない…。

 息子に手紙見ないでよ!と言われるのがそんなにショックだったのだろうか。


 思春期の女子が洗濯物を父親のものと一緒に洗うなと言われてしょげているような、まさにそんな顔をしていた。


 そういえば、父さんって相当ナイーブな方だった。

 しかも、結構勘違いもするタイプの。


「ごめんって。冗談だよ。父さんのこと嫌だとかは思ってないから。」


「…本当か?」


「本当だって。」


「俺、嫌われてないのか?」


「うん。父さんのことは一生嫌いにならないよ。」


 って、なんだこれ。

 なんで俺、父さんと付き合いたてのカップルみたいなことしてるんだ。


 だが、父さんには効果覿面だったようで。

 パァァッと子犬のように顔を輝かせた。


 ――相変わらずチョロいというか、可愛いというか。


「そうか!いや〜、父さんちょっと心配になっちゃったよ。一人息子に嫌われちゃったら、もう立ち直れないところだった。」


「杞憂だから安心しなよ。」


「じゃあ、手紙開けてもなんの問題もないな。」


「えっ!?いや、それとこれとは話が別..。」


 俺がまごついていると、父さんは大きなため息を1つついて、少し腰をかがめて俺に目線を合わせてきた。


「お前な、もう高校生だろ?こんなことでいちいち悩んだり、くだらない嘘つく暇があったらさっさと結果見て遊べ!学生の本分は遊ぶことだぞ!?」


「いやいやいや、学生の本分は勉強なんじゃないかな。そもそも、父さんが珍しいタイプなんだって。普通は、もうちょっと宿題しろとか勉強しろとかいうもんだよ。」


「だってお前、俺が言う前に宿題も勉強も済ませちゃってるじゃないか。」


「いやまぁ、そうなんだけどさ。俺の記憶の中でで父さんに勉強しろって言われたことないと思うんだけど。」


「あー、俺はあんまりガミガミ言いたくないからなぁ。」


 そういうと、父さんはちょっと考えた後に腰に手を当ててドヤァッ!!としてから


「それが俺の生き方だからな!お前も俺のように好きなことして、自由に生きろ!」


 と、だいぶざっくりとした人生のアドバイスを言ってきた。


 もう、本当になんなんだこの人。

 まぁ、こういう人だっていうのは昔から一緒にいるし、知ってたけど。

 良く言えば大胆で男らしい。平たく言えば、大雑把だ。


「わかったよ。お前が開けられないなら、俺が開けてやろう!」


 そう言って封筒の口をビリビリと破き出した父さんを見て、俺は大慌てでそれを止めようとした。


「ま、待ってよ!自分で開けられるって!!返して!」


「いーや、返したらどうせまたうじうじ悩むんだろう?なら、ここでスパッと開けた方がいいに決まってる!」


「そんな横暴な…。」


 取り返そうと必死にジャンプするものの、身長190mもある父さんにはてんで届かず。

 サッと軽快な身のこなしで俺の手を振り払うと、中身をスッと抜き出し、もぬけの殻となった封筒を床に投げ捨てた。


 あーあ、だから嫌だったんだ。

 こんなことなら、ジャケットの胸ポケットにでも入れておけばよかった。

 でも、まさかあんなに寝起きの悪い父さんが、今日に限ってこんなに早起きするなんて。

 そんなこと99.9%ないと思ってたんだ。


 口をビリビリに割かれて、よれっとした封筒を拾い上げる。

 結果によっては、俺の人生もお前と同じでくたびれたものになるよ…。


 そう封筒に語りかけてから、手紙を今にも読もうとしている父さんにキッと睨みを効かす。

 じっとりとそれでいて鋭い、嫌な感じの睨み方だ。


 すると、流石の父さんもそれに気がついたのかこちらに向き直った。

 やっと返してくれる気になったか...と俺が手を出したのも束の間、


「そんなに睨まなくても、読んでやるって。お前もせっかちだなぁ〜。やっぱり結果気になるもんな!」


 とかなんとか、全く見当違いのことを言い始める。

 はい、出たよ!

 父さんのミラクル勘違い!!

 いい加減、そろそろ治してくれよ。


「ち、違うって。そういうことじゃなくて…。」


 言い終わるより先に父さんの手が動く。


 まずい。

 まずいまずいまずい…。

 もう間に合わない。

 手紙を読まれるのは必然。

 ならば、せめて合格であってくれ!!


 俺が心の中で祈っていると、手紙をカサカサと開いた父さんの手が止まり、目線が下へ行くにつれ顔が引きつっていった。


 お、おい。冗談だろ?

 まさか…。


「ねぇ、結果は?Congratulations 〔おめでとう〕!から始まってた…?始まってたよね?」


 恐る恐るそう聞くと、父さんは少し気まずそうにしながらゴホン!と1つ咳払いをして、手紙を俺の顔の前に広げた。


「あー、その、始めはUnfortunately 〔残念ながら〕だ。」


「えっ…。」


 そこには、真っ青な文字で綺麗にFailure 〔不合格〕と書かれた手紙があった。

 俺は、フッと全身の力が抜けそうになったが、なんとか耐え抜き、ギリギリの精神状態でこう思った。


 俺が不合格?

 いやいや、まさか、そんなことはあり得ない。

 確かに、さっきまで不合格になるかも〜みたいな素振りをしていたが、正直あれははったりみたいなもんだ。

 万に1つでも、落ちるとは思わなかった。


 1つ。

 もし仮に、その万に1つの要因があるとすれば、俺と究極的に反りが合わない数学講師のキャディールだ。

 俺がひどい風邪で学校を休んだ日に限って小テストをやり、しかもそのテストは数学の成績の8割分に相当するとか言い出した。


 …普通ありえないだろ!

 小テストで成績の8割を決めるなんて。

 しかも内容がすごく簡単だったらしく、俺以外のみんなはほぼ満点を取ったようなので、いくら俺が抗議しても誰も味方についてくれなかった。


 まぁ、もういい。

 終わったことをいちいち語っていてもキリがない。

 キャディールだって、そんなに悪気はなかったんだろうし、ここは許してやろう。


 ん?待てよ。

 やっぱり俺が不合格なんていうのはありえない。

 ってことは、何かしらの不手際なんじゃないか!?


 例えば、これは他の人の結果で間違ってうちに届いたのかもしれない。

 そう言うことなら、きっと後日きちんとCongratulations pass〔合格おめでとう〕って書かれた手紙が届くはずだ。


 生気を取り戻した俺は、意気揚々と封筒に書かれた住所と名前を見る。

 ザカリー・キング。

 アメリカ合衆国ネバダー州サンライズスター…。


 どうやら違ったようだ。

 間違いではないらしい。

 名前も住所も俺のものであっている。


 なら、こういうのはどうだろう!

 もしかしたら、俺が受けたのはスター高校じゃなく、もっとレベルの高い学校で、だから学力が足りなくて受からなかったとか。

 落ち込む暇があるなら、1%の可能性だって信じるべきだ!


 封筒と手紙を改めて舐め回すように凝視する。

 えーっと、なになに。

 手紙には――スター高校からって書いてあるな。

 でも、万が一ってことがあるからな。

 封筒の方も見てっと――うん。

 スター高校のマークが付いてる。


 …そりゃ、そうだよな。

 そういえばさっき、父さんとここにマークついてるだろって話ししたっけ。


 しかも、もっといい学校で学力足りなくて落ちたってなんだよ。

 ここら辺で一番頭いい学校がスター高校だよ。

 俺は馬鹿か。

 馬鹿なのか。


 …とすると、なんだ?

 俺は本当に落ちたのか?

 あの、数学以外全部 A+の俺が?

 運悪く落ちちゃいましたってか?


「Jesus〔ジーザス〕!!」


 ガクンッと全身の力が抜ける。

 今度こそ支えようがなくて、文字通り膝をついてうなだれた。


 そしてこう思った。


 Bullshit〔クソが〕!!

 キャァァァディィィルゥゥゥゥ!!!!

 あのクソ野郎め!!

 お、お前のせいで俺は…。


 あいつに悪気はなかったって?

 あったに決まってんだろぉ!!

 小テストで8割決まるってどこの世界にそんな非常識なことする奴がいるんだよ。

 いや、確かにいるから怒ってるんだけどさ。

 明らかに俺に対する嫌がらせじゃないか!!

 あんな奴が教師をやっているだなんて、信じられない。

 というより、信じたくない!


 まぁ、ここは許してやろうだって?

 んな言葉、取り消しだ取り消し!!

 断じて許すまじっ!!

 普通に考えて許せるわけねーだろうがよぉ!


「お、おい…。大丈夫か?」


 俺のテンションの落差を目の当たりにした父親が、何かやばいものを見てしまったような目をしながら、俺に手を差し伸べた。

 その手をしばらくじっと見つめていたが、父さんのちょっと汗ばんでいる手をいくら見つめたところで俺の不合格が合格になるわけじゃないので、諦めてその手を取った。


「大丈夫なわけないでしょ。落ちちゃったんだから…。」


「でも別に、行くところがなくなったわけじゃないだろ。公立のミーディオ高校があるじゃないか。」


「それじゃダメなんだって。」


「なんで?」


「なんでって、わかるでしょ?」


 俺は察してよという顔をしたが、父さんは相変わらずぽかんとしている。

 頭をボリボリ掻いて、


「わからんなぁ〜。」


 などと言って、にししっと笑う。


 本当にこの人は…。


「まじでわかんないって言ってんの?」


「お前もしつこい奴だな。わかってたら、わざわざ聞かないだろ。」


 そりゃそうだ。

 諦めて、俺は解説に入る。


「じゃあ、改めて父さんにもわかるように説明するね。僕たちが住んでるのはどこかな?」


「ネバダー州サンライズマナーだな。」


「近くには何があるの?」


「特に何もないなぁ。」


「そうだね。じゃあ、ミーディオ高校の偏差値はいくつか知ってる?」


「確か、32とか…。」


「はいっ!そこ!!」


 父さんは一瞬ポカンとしてから、


「?どこだ?」


 と至極真面目に聞いてきた。


「いやいやいや、わかるでしょ。」


「ん?」


 落ちたショックに加え、この父さんの対応をするには骨が折れる。


「ちょっと、冗談は程々にしてよ。僕の夢は大統領になることだよ?」


「それが?」


「大統領が高学歴なんて基本中の基本でしょ!」


「そうか?だって、昔は大学出てない大統領もいっぱいいたぞ?」


「昔は昔、今は今!今時いい大学出てない大統領なんてなかなかいないよ。」


「うーん。でも別に、公立高校でも大学には行けるだろ?」


「いいところにいかなきゃ意味がないんだよ!」


 父さんと話してるとたまにイラっとすることがある。

 それが今なんだが…まぁ、ここはぐっとこらえよう。


「じゃあ、ミーディオ高校へ行っていい大学の勉強をすればいいじゃないか。」


「いい大学は私立高校じゃないとなかなか行けないよ。公立じゃ、全然対策とかしてくれないもの。」


「そうかぁ…。ま、落ちちまったもんはしょうがないじゃないか。」


「そりゃそうなんだけどね…。認めたくないなって話をしてたんだよ。」


 俺は大きなため息を1つつく。


 だが、確かに父さんの言うことは正論だ。

 感情論では理解したくもないが、理屈で言えば100%の答えだろう。


 そう。

 つまりは、バカ高校に入ろうが進学校に入ろうが、勉強を頑張って、いい大学へ行き、この街を抜け出せばいいだけのこと。


 たったそれだけのことだ。


 こんな、アメリカ一治安も頭も悪いところから絶対に抜け出してやる…。

 そして、世界に俺、ザカリー・キングの名を轟かせるんだ!


 ――だが、やはり高校で進学校に行けなかったというのはでかいな。

 何かいい方法を考えなくては…。


 俺が床をじっと眺めながら、考え事をしていたからだろうか。

 それをショックで口もきけなくなったと勘違いした父さんは、俺の背中をスパーン!と一発叩き、


「そんなにしょげるなよ。ほら、朝ごはんはお前の好きなものだらけだぞ!!沢山食って元気出せ!な?」


 と、温かい言葉をかけてくれた。


「あ、うん。ありがとう。」


 時間差できた、背中の鈍い痛みに少し顔をしかめながら、テーブルにつく。


 すると、キッチンからフライパンを持ってきた父さんが、俺の前で腰をフリフリして、笑顔で言う。


「ザックは〜、パンケーキ何枚食べるぅ〜?」


 危うく、口に含んでいたミルクを吹き出しそうになったが、既のところでそれを飲み込んだ。

 きっと、父さんなりに励ましたいるつもりなのだろう。

 それがどうして、キャピキャピ女子を演じることに繋がったのかは謎だが。

 仕方ないな。


 その好意をありがたく受け取り、俺も茶番に参加する。


「え〜、ザックゥ〜、ダイエット中だからぁ〜、少なめでパンケーキ3枚にしちゃう〜!」


 すると、やってくれたのが相当嬉しかったのか、身長190センチの割とマッチョな父さんが、これまた犬のような屈託のない笑顔で続ける。


「やだもぉ〜。ザックちゃんたら、それじゃダイエットにならないわよぉ〜。」


 と言いつつ、俺の皿に3枚の焼きたてふわふわパンケーキを乗っけてくれた。

 甘い、美味しそうな香りが鼻腔をくすぐる。


「じゃあ、あなたはいくつ食べるの〜?」


「私も〜、ダイエット中だからぁ〜20枚にしちゃう!」


「--父さん、ダイエットの意味知ってる?」


 俺が笑いをこらえながらそう言うと、ちょっとムッとした父さんがそれに答える。


「もちろん知ってるぞ!いつもなら30枚のところを20枚にしたんだ。充分ダイエットだろう?」


「まぁ、父さんは体についてるそれ、全部筋肉だもんね。体動かすんだし、食べても太らないならいいんじゃない?」


「だろ?」


「急に倒れたりしたら困るから、ちょっとはバランスと量を考えて食べて欲しいけどね。」


「だって、ザックはパンケーキ好きだから朝飯に出さなきゃだろ?でも、これだと食べた気がしないんだよな〜。」


「それにしても食べ過ぎだと思うよ。父さん、警官やめてフードファイターにしたら?」


「いや〜、俺はいっぱい食べるけどそんなに早くは食べられないし。何より味わって食べたいから、誘われてもやらないかなぁ。」


「ま、俺は父さんが警官なの実はちょっと誇らしいから、別に今のままでいいけどね。」


 そう言うと、エプロンをくしゃっと握り、涙目で


「ザックゥ〜!!」


 と言いながら、俺に抱きついてきた。


「あー、ほら。わかったから。早くしないと朝食冷めちゃうよ?」


 そう言うと、コンマ1秒で席に着いた。


 ――今、残像しか見えなかったぞ。

 相変わらず、冷めた料理嫌いなんだな。


「それじゃあ、《いただきます》。」


「《いただきます》。」


 これは、日本の言葉だ。

 昔、ホームステイとして日本人の子を迎え入れたことがあったんだけど、その時に言ってた言葉が父さんのハートに響いたらしく、それ以降うちでは食事の時は《いただきます》と言うことになっている。


 さて、それでは今日の朝ごはんを確認していこう。


 まずは、こんもり生クリームとたっぷりフルーツの乗ったパンケーキ3枚、卵料理はチーズの入ったオムレツ、それからサラダにウインナー、ハッシュドポテト、飲み物はオレンジジュースとミルクに、コーヒーだ。


 相変わらずホテルの朝食並みに出すな。

 今日は特にだけど。


 だが、どんな状況であれ、やはり好物が出て嬉しくないはずがない。


 好物の甘ったるいパンケーキを口に運びながら、父さんと当たり障りのない話をする。


 俺が、ミルクを飲んだ後オレンジジュースに手を伸ばすのを見て、父さんは悪戯っぽくニヤッと笑った。


「ザック〜、お前まだコーヒー飲めないのか?」


「うるさいな〜。苦いのは苦手なんだよ。」


「こんなに上手いのになぁ。お前に大人の味は、まだ早いかな?」


 そう言われるとこちらも黙っていられない。


「わかったよ。そんなにいうなら飲んでみる。」


 少しムッとした俺がマグカップにコーヒーを注ぎ始めたのを見て、父さんは急にあたふたとし始めた。


「お、おい。冗談だぞ?別に無理しなくても、飲めないやつなんていっぱいいるだろうし、そりゃ、父さんはお前の年の頃にはもう飲めてたけどな?でも別に無理しなくても――。」


「父さん!コーヒーくらい飲めるよ。」


「本当か?だってそれ、すっごく苦いんだぞ〜。シュガーもミルクもなしに飲んだら、舌がうげげーってなっちゃうぞ〜。」


「もう、何歳だと思ってるの。」


 そう言って、俺は黒光りしている液体を口元へ運びつつ、一瞬躊躇する。

 昔はダメだったが、今は飲めるようになっているんだろうか。

 恐る恐る1/3程口に含み、舌の上で転がす暇も与えずに、喉へと流し込んだ。


「どうだ…?」


「――まぁまぁだね。」


 そう言った俺の顔は、酷く歪んでいたと思う。


 なんて苦さだ。

 これを美味しいという人の気がしれない。

 間違えて原液で飲んでしまったティーみたいな味がする。


 よっぽど面白い顔をしていたんだろう。

 くしゃくしゃに歪んだ俺の顔を見るなり、父さんは大笑いし始めた。


「HAHAHA〔はっはっは〕!やっぱり、お前はまだまだお子ちゃまだったな。」


「そ、そんなこと…。」


 事実故にそんあことないとはっきり反論できないのが悔しい。


「お前はそのままでいいよ。」


 そういうと、父さんは俺からコーヒーを取り上げ、それを一口で飲み干すと代わりにコップにオレンジジュースを並々に注いでくれた。


「ありがとう。」


「シュガーやミルクを入れて飲むか?」


 もう一杯別のコップにコーヒーを注ごうとしている父さんを見て慌てて止める。


「いや、美味しかったけど、もういいよ!そんなに飲んだらお腹タプタプになっちゃうし。」


「そうかそうか。」


 そう満足げに笑った父さんを視界の端に入れながら、俺は遠くを見て、少しの間考え事をしていた。


 あんなもの、いくら甘くなったところでもう一度飲まされてたまるか。

 コーヒーを最初に発明した人ってどんな神経をしていたんだろう。


 その後はまた、近所の犬の話や、この前見たボクシングの試合がもうちょっとで勝てそうなのに負けてしまった話などをし、30分程度で朝食を切り上げた。


「Thanks for the nice meal〔美味しいご飯をありがとう〕。」


「美味かったならよかった。もっといっぱい食べてもいいんだぞ?」


「父さんと違って俺はそんなに食べられないよ。」


 俺が笑いながら言うと、父さんは少し残念だったみたいだ。


「そうか〜。貧弱な奴め。もっと食って運動して、筋肉をつければいいものを。」


「俺は警官にならないんだからいいんだよ。そういうのは、ボディーガードがやってくれるの!」


「そういうもんか。」


 父さんは説明がわかりやすかったからか、割とすぐに納得してくれた。


「じゃあ、俺部屋に戻るね。」


「おう。皿は置いといていいぞ。」


「わかった。ありがとう。」


 父さんが片付けやすいように、ちょっとだけ皿をまとめる。

 そのあと、俺は1時間前に登りかけた自室へ続く階段を再び登り始めた。


 ――ただ1つ違うのは、あの時よりもずっと状況は悪いのに、清々しい気分になっていたことだろう。


 Be out 〔出かけています〕と、父さんのキャピキャピした字で書かれた看板をひっくり返し、In the room〔部屋にいます〕にしてから部屋に入る。


 部屋に入りドアを閉める。

 ドアに寄りかかってからズルズルと体を滑らせ、そのまま床に座り込んだ。


「はぁ…。」


 1つため息をついて、部屋の中を見渡す。

 部屋の中は、4ヶ月後には高校生になるとは思えない子供らしい代物が所狭しと置いてある。


 フローリングの床には、青くて丸いカーペットを敷き、壁には好きなヒーローのマークを陳列させ、天井にはあるポスターを貼っている。


 机のそばの本棚には、よく読む本の他にヒーローもののフィギュアや昔から遊んでいたおもちゃなども置いてある。


 友達には絶対に見せられない部屋だ。

 でも、ここは俺の聖域。

 誰にも邪魔されずに、ここだと自分をさらけ出すことができる。


 俺はゆっくりと立ち上がり、ベッドの上に身を預ける。

 ボフッという心地よい音がすると、次第に体が吸い込まれる。


 まるで、このまま存在自体をも吸い込んでしまうかのように。

 あー。

 このまま時が止まっちゃえば楽でいいのになぁ。


 そう思いつつ、諦めて体を仰向けにする。

 天井のポスターを眺めながら、


「あーあ。落ちちゃった。」


 というと、その言葉が100スクエアフィートほどの空間で反響し、倍の重さとなって自分に返ってきた気がした。


 認めなきゃいけない。

 落ちてしまったという事実を。


 だが、どうしても実感が湧かなかった。

 むしろ、受験したと言うことさえ忘れてしまいそうになる。

 それは、あまりにも父さんの食事が美味かったからなのだろうか。

 それとも、愛情に溢れていたから…?


 だが、あの封筒もその中身も紛れも無い事実だ。

 変えようがないのなら、望んだ状況じゃなくても頑張っていかねばならない。


 高校生にもなれば、特に学校で権力を持っている奴とそうじゃない奴に分かれてしまう。


 もし仮に、いじめの対象にでもなったら大変だ。

 大統領になるどころの話じゃない。

 出来るだけ目立たないように、地味に暮らし、勉強だけをしていい大学に入れるように頑張ろう。


 都会と田舎じゃ随分違う。

 やっぱり、誰だって砂漠地帯みたいなところとニューヨークのような煌びやかなところだったら、都会をとるに決まってる。


 その為にも、色々考えなきゃな。


 入学4ヶ月前の俺はそう思っていた。

 だが、入学後俺は自分が想像していた以上に偏差値30台とは凄まじい領域なのだと知ることになる。



ザカリーとザックは同一人物です。

ザカリーの愛称がザックみたいな感じです。

また、ちょこまか英語を加えているのはより海外らしさを重視した為であって、ミスではございません。

ところどころ、口が悪いところもありますが、ご了承願えるとありがたいです。

不快な気分になった方は申し訳ございません。

楽しんで頂けると嬉しいです。

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