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52.判決の後


 控室に戻ったころ、裁判長の宣言どおり、検察が起訴を取り下げ、公判は無効になったという報告を受けた。

 弁護士である私としては、この裁定に対し、特段、不満はなかった。


「結局のところ」井出ちゃんが口を開く。「伏木さんは何がしたかったのでしょうか?」そう疑問形で言いながらも、「人類に甘い【TEN】はデュラハーンの製作を禁じない。なので、事件を起こし、事を大きくして、人類に、つまりは『エイチ・アイ・ティー・オー』に禁じてもらう――要するに、デュラハーンの技術を独占するのが目的だったのでしょうか?」と続けた。

「それも動機のひとつかもね~」私は返す。

 あるいは伏木本人が言ったように、『不可能犯罪』にして、医学の進歩を促そうとしたのか。

 または万里崎が言ったように、官憲の【エイリアス】の使用範囲を拡大させようとしたのか。

 それら複合か。

 どうでもいい、と言えば、まあ、どうでもいい話だ。

 動機なんぞ、そんなもんだ。


 ぽんっとフラボノが現れる。

 雪だるま型の彼は、頭部と身体を離していた。「当然、私は含めませんが、いわゆるデュラハーン状態の人間は、現在全世界に257名いるようです」

 井出ちゃんは驚いた顔でこちらを見た。

 私はフラボノに言う。

「やなこ」

 

 さて、フラボノはもちろん、【TEN】は原則、殺人事件に介入しない。


 では、殺人事件とはなにか?


 『人が殺された案件』のこと――ではない。


 かつての人類の代表者たちが『刑法』のなかで定義し、現人類が『異論を唱えない』ことで結果として踏襲している形となる、法的な『犯罪の名称』あるいはその手続きのことだ。


 ありていに言ってしまえば、『殺人事件』とは、事案が発生した行政区を担当する官憲が、当事者や事象をかんがみて『これは殺人事件だ』と決定する、極めて独断的な、恣意しい的な事柄だ。


 この官憲の決定を提起に、裁判所が立ち上がり、殺人事件として捜査がなされる――とは行動記録にも記述したとおり。


 あくまで『官憲の決定』が原初だ。


 それを踏まえてもう一度。


 【TEN】は、殺人事件とは人類が独力で解決すべき課題である――と捉えており、その解決や解消に尽力しない。不介入を貫く。

 

 今回の案件が『人が殺されていなかった殺人事件』であることを黙っていたフラボノは、たしかに「やなこ」ではあったかもしれないが、ウソつきではない。


 彼の名誉のためにそう申し開きしておこう。

 


 さて、ふりさけみれば、確証はともかく、サクラが『シロ』だという『理屈』は早い段階で構築できていた。

 【エイリアス】の判定により、サクラを除いたゲストには、賽形きゆぶを殺せないし、その頭部も持ち運べない。つまり、頭部を外へ持ち出せたのは、サクラか、その時点では存在するかどうか不明だった『裏ゲスト』だけ。そこへ万理崎から、たとえ切断した頭部であっても死後3時間以内なら脳波が出ているという、【TEN】公認の情報がもたらされた。

 つまり、もしサクラが犯人だったとして、彼女が切り取った賽形の頭部を持って、敷地の外へ出ようとしたら、ログが残ってしまう理屈になる。そういうログがないのだから、サクラに頭部は持ち出せない。

 それで、私たちは、サクラが犯人ではないようだ――と、ひとまず楽観的な判断をくだせた。

 というのも、頭部を持ち去ることができたのは『裏ゲスト』だけとなり、あべこべに、その存在が裏づけされた――と思ったのだ。そして、裏ゲストがいるなら、その『出自しゅつじ』からしても、真犯人に相応ふさわしい(という決めつけは、非論理的だが……)。

 まあ、脳波は3時間以上経てば『む』から、それまで『石』になって捜査をやり過ごしたのだろうと、そう、楽観的に考えたのだ。


 けれど、思いのほか、警察の捜査には漏れはなかった――どころか、盤石だった。


 いくら探しても、そんな裏ゲストの気配など見つからなかったのだ。

 並行して『事故』や『自殺説』、『共犯説』なども検討していたのだが、こちらもかんばしくない。

 正直、困ってしまった。

 追い詰めたはずが、思いがけず、袋小路におちいってしまっていたのは私たちのほうだった。

 それはまるで予期せぬ陥穽かんせいだったが、その闇が、私たちに一条の光を示すこととなる。

 もがくだけもがいて時間稼ぎしようと考えた初公判。

 その最中、脳内に駐屯させていた『貴方』の気配が遠くなったのだ。

 それで、私は悟った。

 事件の真相ではない。

 『貴方』からの、言わば『読者からの挑戦』が突きつけられたことにより、私は、この事件が『解けるもの』だと悟ったのだ。

 解ける、ゴールがある、と分かれば、事件に対する意欲が変わる。

 そうなれば、賽形の頭部をどうやって外に出すか? いや、そもそも存在していなかったのではないか――真相にたどり着くのは時間の問題だった。

 『貴方』が読んだ私の『行動記録』を読み返せばいい。

 さらに言えば『貴方』の気配が薄くなった地点も大ヒントだった。

 

 閉廷後、さっそく、バトル専門サイトの予想フォーメーションが更新された。

 サクラをワントップにえたものが大半だったが、サクラと一本木こずえレイの二人のロックピッカを前線に配した、前代未聞のツートップ・フォーメーションを推すものもあった。実用性は定かではないが『右近のタチバナ、左近のサクラ』という見出しが、やはり秀逸に思えた。


 帰路――裁判所の通路を行く傍聴人の群れは、誰も私たちを気にしなかった。

 話しかけられもしなかったし、サムズアップを向けられることもなかった。

 裁判の思わぬ結果。

 ほまれ高き代表選手に選ばれたサクラ。

 それに付き従う美しき二人の女性弁護士。

 目を惹く要素は数多あまたあるのだが、それはそれとして、人々は行動している。

 そのことをセンゾに指摘されて、私は、この心地よい無関心さに気づいた。

 彼らの興味は『審判』からバトルカップ――『世界』に移ったのかもしれない。

 そんなわけで、些事にかかずらわされることもなく、私たちは2階通路を闊歩した。

 ふと見ると、向こうから、稲原裁判長と櫛引くしびき検事がなにやら言葉をかわしながら並んで歩いてきた。

 やはり、彼らも私たちには無関心だった。

 遅れて駆けてきた廷吏らしい男性が、櫛引検事に「娘さんの代表選出おめでとうございます」と声を掛けた。検事は彼から「ボス」と呼ばれていた。そのまま三人は私たちの視界から消えた。


「私たち、またかつがれたのでしょうか?」そちらに視線を残しながら、井出ちゃんが言う。

「かもね」

 櫛引検事は、まるで別人のような晴れやかな表情だった。

 もしかすると、私が『貴方』にさせたことを、彼らは私たちにさせたのだろうか。

 半円型のスペースに出る。

 やはり、『月』は満ちたままだった。


「どうして逃亡なさったのですか?」大階段を降り、テミス像に背を向けて出口に向かう最中、井出ちゃんがサクラに訊く。「もしかして、溺川さんをかばうためですか?」

 まあ、そんなところだろうな、と私は思った。


 バトル世界では、21世紀人みたいに気持ちが揺れ、高ぶる。

 そこで自分を負かした相手に、サクラは尊敬というか、恋心にも似た感情をいだいたのかもしれない。

 それは、待ちに待ったバトルカップをフイにしてもいいほど、かつ、代わりに『殺人者』の汚名を着せられてもいいほど、心地よく酩酊めいていした感情だったのだろうか。

 あるいは、もっと冷静に――

 死に際に自分にガンブレードをたくしてくれた敬愛すべき『師匠』が、殺人などという、つまらないことを犯すはずがないと考え、当然、出張でばってくるであろう私が真相究明するために時間稼ぎしていたのかもしれない。 


 原則、体感型のスポーティなバトルゲームだが、ほかのことをしながらでも、脳内で想像するようにプレイができる。


 私の頭に、ふと、あのときサクラと戦った、死に装束しょうぞくの溺川が、実体のない、単なる『脳波』であったのでは? という考えがよぎった。


 脳波は死後3時間は出る。

 天寿により、その時間が拡張していたら――


 サクラは――とみると、彼女はニヤニヤした顔のまま、軽く視線を伏せ、投げかけられた井出ちゃんの問いに答えず、私の隣を歩いている。


 さて、もちろん、法廷で指摘したとおり、溺川が犯人でないのは子供でも分かる自明な論理だ。

 さすがのサクラも、そんな初歩的な勘違いをして逃げ回っていた、などと白状するのは恥ずかしいかな、と私は気を回し、「レベルを上げるためでしょ?」と代わりに答えてやった。


 実は、その主張にも一理ある。


 というのも、一般のバトラ向けの『殺人容疑を掛けられ、バトル世界に逃げ込んだサクラを拘束する』という『討伐イベント』は、彼女のがわからしてみれば『逃亡イベント』である。『イベント』となれば、そこで動く『経験値』は倍加される。事実、彼女のガンブレード熟練度は、この29時間足らずで、もう『Bマイナス』まで上がっていた。これは破格である。この短期間で、これほどの熟成など、通常なら考えられない。


「違うよ」


 サクラの否定の声で、私は改めて彼女を見た。

 彼女もこちらを見ていた。

 はじめて彼女と会ったときと同じく、幼げな顔だった。


「伝説の魔女と戦うため」

 サクラはそう言って、口元を――表情をほころばせる。「強かったあ~」

 【エイリアス】に掛けたくなるくらい屈託くったくのない笑顔だった。

「強かったあ~、なんて言えるくらい、善戦した?」私は意地悪く言う。

「私に善戦させるくらいじゃ、強いって言わないよ」

 フクロウ型が来て、『可』の表示を出した。

「これ、また借りるね」サクラが右手を枝にすると、そこにフクロウ型がとまった。ハヤブサ型に変化する。「気に入った」

「自分でつくればいいじゃん」

「アンタの使い魔のほうが優秀なんだもん」

「呼んだか?」と、センゾとフラボノ、それと、ちゃっかり、やもめんまで現れた。

「あの……」おずおずと井出ちゃんが訊く。「伝説の魔女って……、ニビィのことですか?」

 サクラは、井出ちゃんを親指で示して、私に笑いかける。「鈍い」

 ポイントは入らなかった。




次の投稿は、本日の15時を予定しております。

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