49.ウミヤマセの行動記録
ウミヤマセの行動記録
2332年 11月8日 午前10時02分
魂型となった斧使いが「こいつ、錬金術じゃねえぞ!」と叫ぶ。
不染井がトリガーを前に倒すと、ブレードが纏っていた光が、彼女の身体へと吸い込まれた。
その一瞬の隙にウミヤマセは、ひそかに腰の辺りで構えていた弓から矢を放った。
「おっと!」
不染井が半身になって、ひらりとかわすと、その背中側――死角をついてウミヤマセは突進する。
もう彼は弓ではなく、『三銃士』が使うような細剣――レイピアに持ち替えていた。
それで斬りつける。
ウミヤマセが間断なく打ち込む刺突は、さすがの不染井でも『まとも』にはかわせないようだ。
そういう『見切られている』という気配はなかったのだが、どういうわけか、思ったほどの手応えが得られない。
(こっちの足の位置で間合いを測ってる……?)
そう予想し、緩急や変化をつけたウミヤマセの攻撃を、不染井はガンブレードで防がず、ステップワークとバク転、あるいは、ひねりを加えた空中回転の複合でかわす。いや、かわす――というか、そもそも攻撃範囲に入らない、という戦略のようだ。
それでもウミヤマセが執拗に、がむしゃらに突進すると、彼女はあざ笑うかのような優雅な後方伸身で大きく距離をとる。
そこを『弓』で狙った。
『速度低下』のスキルを込めた矢は、不染井の左肩を掠めた。
「お~、ダブルブートかあ!」
不染井はニヤニヤ顔で心底楽しそうに叫びながら、得物をレイピアに戻したウミヤマセの追撃をかわす。
そこから先は、やはり同じような光景。
細剣で間合いを詰めて、彼女が大きく離れようとしたら、『矢を番えた状態の弓』をダブルブートで即時生成し、狙う、という形。
そのようにウミヤマセは、まったく防御を考えないやたらめったらの攻撃にもかかわらず、不染井は反撃しない。逃げの一手。
だが、速度低下の矢が効いたのか、徐々に彼女の身体から『血飛沫』を表す白い花びらが舞い始める。
「おーい……」斧使いがおっかなびっくりの声で声をかけてくる。「カウンター、大丈夫かあ……?」
ウミヤマセはお構いなしに突っこむ。
不染井が反撃しないのをいいことに攻めまくる。
面白いのは、軽い単発攻撃は当たるが、威力のある固有技や刺突から横薙ぎなどの強烈なコンビネーションはいくらモーションがトリッキィで速くても、不染井には、きっちり、かわされてしまうこと。お陰で決定的なダメージを与えられなかったが、何度か足に――それは切り傷程度のものだったが――傷を負わせることができた。剣捌きにまぎれたさせた『減速矢』も一度だけ掠らせることができた。不染井の動きが、わずかだが鈍くなっている。自動防御プログラムを一時的に外して、身体能力向上プログラムに入れ替えていたことも功を奏したようだ。
ウミヤマセの聴覚に補助音声が『残り5秒』と伝えた。
それは不染井が斧使いの首を刎ねてからカウントを始めていたものだった。
(もう一回ぐらい行けるか)
ウミヤマセはレイピアを構え、不染井に突っこむ。やはり逃げが遅い――と一歩踏み込んだ途端に、彼女がアマレス選手のように、こちらに向かってきた。不染井は、手刀での突き、と見せかけて、レイピアを掴もうとしてきた。ウミヤマセは慌てて、剣を引っ込め、前屈みだった上体をボクサーのように起こす。一瞬の間。彼女は深追いしてこない。彼はそれでようやく手刀がフェイントだったことを察する。思わずサムライがしてくるような組み技を警戒してしまった。
(1秒無駄にした)
ウミヤマセは切り替え、前進する。
不染井の動きは遅い。
いや、彼女の速さにこちらの目が慣れてきたのか。
何度か刺突で布石をつくってから、彼女の体勢を崩し、満を持して、自身最速の固有技で彼女の心臓を狙うと、捌ききれないと思ったのか、不染井は剣を背後に捨て、焚き火にでもあたるかのような手つきで、胸のまえに両手を掲げた。
(お、掴む気?)
ウミヤマセは、その大胆な発想に笑いそうになる。
(まあ、もう、織り込み済みだけどね)
彼は刺突が彼女の両手にかかる寸前で技をキャンセルして、手首を返して、勢いそのままに不染井の左膝を狙う。斬り落とした――と確信した瞬間、彼女の足が消えた。
しかし、そこには斬撃の手応えがない。
事態を理解するまえに、顔面に打撃を食らう。
文字どおりのカウンターパンチ。
不染井の右手が自分の鼻面を打った。
これで時間切れ。
すぐさま自動防御プログラムをセットする。
うかつだったという反省は、不染井がガンブレードを防御に使わなかった事実――自身の予測が当たっていた、という嬉しさにかき消された。
その合間に、セーウンが、仲間たちに、ちゃっかり解説している。
彼曰く、不染井の手刀は、レイピアを掴もうとしたわけではなく、ウミヤマセが自動防御プログラムを外しているかどうかを確認したのだ、とのことだった。一方的に攻撃するつもりなら、合理的な敵はプログラムを外すかもしれない、と不染井は予想し、試したのだ、と。もちろん、時間稼ぎも兼ねて。
「あー、面白い」素直な感想が、ウミヤマセの口をついた。
「趣味の悪いことを」対する不染井は、ニヤついている。「無抵抗の人間を斬りつけて」
「いや、そうじゃなくて、この、なんだろ、駆け引きっていうか……」
不染井は足を囮に使った。プログラムを使って自分を操作するのではなく、相手を操作したのだ。ウミヤマセにはその差異に感慨をおぼえた。
「心理戦」
ニヤニヤ笑いながら彼女が使った言葉に、ウミヤマセは納得する。
「そっか、心理戦か……」秘密を暴いて優位に立とうという気はなかったが、仲間たちがしつこく要求するので、彼は解説する。「彼女は『錬金術』を使ってないよ。フェイクを使ってただけ。相手の首を斬る瞬間にホンモノを生成した」
そんな単純なことで彼女はプログラムを無効化させたわけだが、この一連の技を使用するためには、一度得物を仕舞わなくてはならない。そして、一度仕舞った得物は60秒間生成できない。だから先ほど彼女は反撃できなかったのだ――とウミヤマセは説明した。
「じゃあ、なんで俺のとき、フェイクにプログラムが反応したの?」盾使いが訊く。
「斬撃だけじゃなくて、彼女の物理攻撃全般に対して反応するから」彼は返す。
「そういや、俺んとき、最初、ブレードじゃなくて裏拳で殴られるかと思ったんだっけ」
味方の質問責めが終了すると、どういうわけか、ウミヤマセは言いし得ぬ優越感をおぼえた。きっとこの世界ならではの感情だろうと、彼は辟易半分に思いつつ、合掌するようにレイピアを構えると、手品みたいにふたつに割った。金色と銀色の部分が分かれて、それぞれ同型の小剣になる。右手に持った金色の剣で、銀色の剣を握った左手の手首を切断した。左手は、上から糸で吊られ、操られるようにふわふわとウミヤマセの肩に乗ると、その手に握られた銀色の剣はぐにゃぐにゃと蛇のように彼の首に巻きついた。さらにウミヤマセは地面を踏み叩き、靴底を減らし、足裏の感覚を活かす。そして、改めて、構える。『金と銀』(サンアンドムーン)と口の中で呟く。
「左手は自動防御プログラムだな」セーウンが推定する。「おそらく首限定の」
「保険だよ」事情を知っている盾使いが応える。「もう、間合い是正プログラムは実装されてる。不染井さんの攻撃は、もう、当たんないよ」
ウミヤマセは、不染井に向けて笑う。「なんで昔の漫画っておしゃべり屋さんが多いのか、やっと分かったよ、あれって、心理戦だったんだ」
「じゃあ、こっちも奥の手を使わせてもらうよ」と不染井が伏し目の笑顔で、中途半端なバンザイを見せる。今まで彼女がフィッシュテールで遊ばせていた剣が消えた。
彼女の代名詞でもあるエア・ムーブかな? とウミヤマセは、ひそかに心躍らせた。
不染井は視線を上げ、彼を見つめながら、へらへらとした表情で語り始める。
「私さあ、最近まで『門前の小僧習わぬ経を読む』って、『若い奴は覚えがいい』って意味だと思って使ってたんだ。恥ずかしいでしょ?」そう言った不染井は実際、頬を赤らめていた。彼女は甲高く長い悲鳴をあげ、首をふった。そしてタタンと足音を鳴らしたかと思うと、こちらに突進してくる。
「速い!」盾使いが叫ぶ。
「いや、こんな速く動けるわけねえ!」斧使いも続く。
「テンションが上がって、いつも以上の力が出てる、ってことだろ?」
セーウンが冷静な声で解説を入れる。
ウミヤマセの目はきちんと不染井の姿を追えていた。いかに奇跡的に速く動こうが、エアパネルを駆使した三次元挙動で、どんなに攪乱して切り込んでこようが、ドンピシャのカウンターだろうが、この『間合い是正プログラム』は破れない。そういう次元の設定ではないのだ。
――と、不染井の左腰に生成エフェクトの光が生じ、一瞬でガンブレードとなる。
だが、その美しい刃は見えない。ガンフォルダを模した鞘に納まっているのだ。
彼女は走りながら、侍のように、『青十字』の刻印がある柄頭に右手の指を掛けた。
そのしなやかに反った長く細い指。
「まさか……」彼は自然と声を出していた。
「神速居合は――」セーウンの、電子ピアノみたいな声が頭の中に反響する。「原則として、すべての防御スキルを無効化する。プログラムだって同様だ」
「はったりだ」斧使いの声。「気にする必要は――」
「なるほど、不染井、考えたな」被り気味にセーウンが声を重ねる。「剣速の足りない部分は自らの速度で補おう、って算段か」
「ブラフだね」と、盾使いの声。「神速居合なわけがない」
ウミヤマセは思考に直接響く、第三者のコメントを非表示にした。
よくよく考えれば一対一の真剣勝負に狂言回しを入れるなんて失礼な話だ。神速居合でないならプログラムにより攻撃はかわせるし、万が一、神速居合だったとしても、あの技は極端にリーチが短い。発動するまえにカウンターで潰してやればいい。簡単なことだ。金色の剣を構える。
剣を鞘から抜かず、柄に手を掛けたまま不染井が、彼の間合いに足を踏み入れた。
ウミヤマセは後方に重心を置いたまま、ノーモーションで刺突を放つ。
それは不染井の胸に刺さり、貫く――いや、貫けない。
いつの間にか取り出したガンブレードが彼女を守っている。
彼女の腰の、剣を差したままのガンフォルダが、今さらながらに消えるのが見えた。
(やはり、そちらがフェイクだったか……)
ウミヤマセの刺突に押され、回転ドアのように不染井の刃が回った。
――と同時にこちらの懐に不染井がもぐりこんでくる。
彼女はガイドしてくれたガンブレードを手綱のように御して、攻撃姿勢に入った。
その奇跡的な所作に対し、自動防御は機能しない。
完璧なカウンターだったわけだ。
けれど、その代わり、間合い是正プログラムが発動する。
ウミヤマセの身体が、今度は後方へと、猛烈な勢いで引っぱられた。
今までに感じたことのない強烈な力。
背骨や肋骨が背中から抜けてしまいそうで、楽しい。
これが日本代表に選ばれるような人間の速さか、と彼は感心する。
「間に合うか?」他人事のように、呟いた。
ウミヤマセの鼻先を、不染井の剣の先端が掠める。
7センチは余裕があった。
間に合った。そりゃあ間に合うだろう、と彼は思う。
回避を確信し、反撃の準備を始めたウミヤマセは、見た。
不染井の剣、柄の部分に生じたトリガーを。
鼻先を掠めた剣先はこちらを向いたまま留まっていた。
ガンブレードの名前の由来を、彼は思い出す。
剣先が青く光る。
次の瞬間、彼は仰け反って、視界は上空を映した。
撃たれた。
眉間が熱い。
全身が痺れ、硬直した。
力が入らない。
しかし、彼女のほうも銃撃の反動で後方へ吹き飛んだはずだ。
こちらの体力はまだ半分以上の余裕がある。立て直せる。対策を講じようとしたウミヤマセの耳に『鉄製のサイの角にゴムまりが勢いよく当たった音』が届いた――と、間髪いれずに、彼の眺めはフィギュアスケーターのスピンのような、目まぐるしい横回転になる。自分の頭がフライングディスクみたいに横回転しながらどこかへ飛んだようだ、と彼は理解した。
回転する視界が、一回転ごとに、遠ざかる自分の頭部なしの身体を捉えた。
何度も何度も。
なんて光景を見せるんだ、と思って笑いそうになった。今笑ったらドップラーで声が変化して、めちゃくちゃ滑稽だろうな、と空想し、本当に笑ってしまいそうになった。
回転する頭の片隅で、不染井がいつ刃にエネルギィを蓄えたのか考えていたのだが、師匠よろしく腕組みし、うんうんと頷くセーウンの姿が目に入って、得心がいった。
不染井がトリガーを前に倒し、彼女と剣が光ったからといって、本当にエネルギィを吸収処理していたかは分からない。
そもそも彼女は『フェイク』を使えるのだ。
心理戦――
彼女の言葉が、声色が、耳に蘇る。
結果、不染井は、まえの敗戦時と同じ状態だったのだ。
神速居合や錬金術どころか、新しいスキルなど、なにひとつ、習得していなかった。
エアパネルも前回と同様1枚だけ。
言ってしまえば、1ナノも成長していないのだ。
それなのに、今回、正反対の結果が出ている。
(面白い……)
そこでウミヤマセは魂となった。
首を斬られても、ヒトはわりと生きているのかもしれない、と彼は空想した。
ともあれ、全員が魂型になった。
これで全滅。
彼らには時間がなかった。
儀礼的な、あるいは、心からの賞賛を省いて、ウミヤマセは尋ねた。
「ガンブレードの使い方、誰に教えてもらったの?」
「賽形球殺しの真犯人に――」やはり不染井は笑っていた。「かもしれない」
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