48.いっぽうそのころ不染井は……(7)
不染井桜の行動記録
2332年 11月8日 午前10時
翌日、ウミヤマセたちとのリマッチの舞台は、邪魔の入らないように貸切にした、地上500メートルの塔のてっぺん。
円形闘技場。
もう、バトルカップの代表選手発表記者会見も第二回公判も始まっている。
時間が惜しいので、『盛り上げ』のための問答などはしない。
不染井は、フィッシュテールしながら三人に突っこんだ。
予想どおり、盾持ちが前に出る。
将棋の定石のように画一的だ。
彼女はフィギュアスケーターめいた、地面に波形を描くような進路で、敵に突進する。
そのスピードに乗った漸近からの斬撃は、完璧なタイミングで発動したはずの自動防御を越えて、盾持ちの首をあっけなく両断した。
不染井は、さも当然という顔で、盾持ちの肩口の上をハードルのように必要最小限の跳躍でまたぐ――ついでに、首の上にダルマ落としのように留まっていた彼の頭部を、斧使いへと蹴りつけた。
「え? なんで?」斧使いは、現実感に乏しい声で呟きつつ、飛んできた生首を避け、隣にいたウミヤマセに肩をぶつけるように接近して、彼を巻き込む形でバリアを張った。
一定時間、彼我の攻撃を無効化するバリア。
作戦タイムの必須スキル。
一度の戦闘に一回しか使えないので、むしろ、不染井にとって、願ってもないタイミングだった。
ちなみに、スキル発動中は、このエリアに居るプレイヤーだけ、体感時間が異様に伸びている状態なので、裁判の行なわれている現実世界は『ほとんど静止している』と言える。焦る必要はない。
(私のジャンピング・ナマクビシュートには『自動防御』は発動しなかったな)
――と彼女はニヤニヤしながら、背筋を正し、ブレードに宿ったエネルギィを吸収した。
その際、不染井の身体が輝いたことで、彼女の後方に控えたセーウンの姿が斧使いたちの視界に入った。
「あれ? まさか、神速居合?」斧使いがサムライのほうをねめつけて言う。「また、なんか、とってつけたように居るけどよー」
「どうなった?」ウミヤマセが宙に訊く。
盾使いは『魂』のような発光体となって、宙に浮かんでいた。
敗北した者は、味方パーティが全滅するまではこのように状況を観られるし、残された仲間に対して、アドバイスを送ることもできる。
「神速じゃないな」盾使いは、淡々と報告する。「剣筋、見えたし」
盾使いはリプレイを確認した。
動画で改めて確認すると、不染井は、剣というよりは裏拳で殴りつけてくるんじゃないか、というくらいに接近している。そこから彼女の身体は離れていき、ハンマー投げの要領か、代わりに彼女の手に握られた剣――斬撃が向かってくる。すでにプログラムは発動していた。けれど、不染井のブレードは盾をすり抜ける。あまりに速すぎて、すり抜ける瞬間は視認できなかった。
ここから導かれる推論は――
「自動防御に当たる瞬間に――」ウミヤマセが言う。
「ガンブレードをいったん消したかな?」盾使いが続きを入れた。
「そう、そんで、刃が首に掛かる直前――いや、首に掛かってる途中でまた生成した」さらにウミヤマセが引き取る。「そんなのされたら駄目よ。プログラム効かないよ」
「いやいや、得物消したら、再生成するのに60秒は掛かるだろ?」斧使いが不服げに口を挟む。
「ん~、消してすぐに生成できるスキルがあったような……」と盾使い。
「『錬金術』だね」とウミヤマセが【プロペ】片手に言った。「悪魔の力を借りた、ってわけだ」
「マジか……」斧使いは唸る。「じゃあ、でも、どうすんだ? 自動防御は、もう、効かねえってことだろ?」
「念のため、用意してたやつがある。常に彼女の斬撃が届かないポジションをとる『間合い是正プログラム』が」ウミヤマセと『魂』と化した盾使いのあいだに蛍光ブルーの糸が繋がっていた。「でも、まだデータ不足だね。もう一人殺されないと」
「殺されろって?」斧使いが自分を指差して、片方の唇の端を上げた。
「いや、俺が先に殺された場合は、そっちにプログラムが実装されるように設定してあるから」
「調べたけど、錬金術で生成した武器は脆いから、なんでもいいから攻撃当てれば簡単に壊れるらしいよ」盾使いが助言する。「しかも、いったん壊せば60秒は再生成できないって」
「つまり彼女はあのブレードで防御できないってこと?」
と、ウミヤマセが端的に解釈する。
「おっし」バリアを解いた斧使いが得物を掲げると、氷のように砕けて、サイズダウンした同型の斧になる。彼の腕からこぼれた小斧はふわふわと浮かんでいた。30本くらいあった。
「なにその技?」思わず、という感じでウミヤマセは笑った。
「分からん」斧使いも口元を歪めて笑う。「なんか、離れたまんま、めっちゃいっぱい攻撃しようと思ったら、勝手に、こうなった」
と仲間に答えつつ、彼は不染井めがけて小斧を投げつけてきた。
もちろん、不染井は刃で防がない。
かわす。
けれど――
「とととっ!」突如、彼女は声をあげた。
避けたはずの斧がブーメランのように戻ってきて危うく背中を削られるところだった。
鏡のように磨かれた刃に、後方映像を投影していなかったら、危なかった。
斧使いは帰ってきた斧を受け取らず、薪をくべるように、次々と新しい斧を投げてくる。
斧は一度だけではなく、振り子のように、何度も何度も不染井を襲った。
それが描く軌道はデタラメではないが、一定でもない。実にいやらしい。
彼女は、自分がすり鉢の底にいて、上から岩を転がし落とされているような想像をした。
持久戦は不利と判断し、試しに、回転しながら迫ってくる斧を横側から――回転軸のある面側から、左手で押してみると、簡単に軌道を逸らすができた。量産化したぶんだけ軽量化されている、ということだろうか。そんな想像をしつつ、不染井は左手で次々と斧を逸らす。だんだんと目が慣れてきて、1本、2本、3本、と弾いたあと、4本目は柄を掴んだ。それを斧使いに投げ返そうとしたところで手元の斧が破裂した。あー、これを狙っていたのかな、と不染井が思った矢先に、背中に斧が直撃した。ダメージは軽微だったが、バランスが崩れてしまった。前につんのめったところに別の斧が、彼女が握っていた剣に当たった。
「いったぁ! 武器破壊!」斧使いが雄たけびのように叫ぶ。
彼の言うとおり、不染井のガンブレードが星くずのような特殊なエフェクトを撒き散らして崩壊した。
「よっしゃ!」斧使いは散らしていた斧たちを手元に呼び寄せながら、不染井のほうへと猛然と駆けた。何本か回収しきれなかったが、彼の手元で再び巨大な斧になった。
不染井はその場から動こうとはしなかった。背中を打った斧か、それとも武器破壊の副次効果か、彼女の身体は麻痺している――斧使いはそう判断した。
どちらにしろ、反撃の手はない、と。
斧使いは斧を斜め上段に振りかぶりつつ、スノーボーダーのような体勢で、滑るように不染井に近づく。彼女の身体が斧の届く範囲に入ったところで、前足を踏ん張り、止める。そのまま慣性――重心移動を利用し、勢い任せに斧を振り下ろす。
斧の刃が達するまえ、不染井が顔をあげる。
目が合う。
彼女は笑っていた。
その口が開く。
「さすがにこれは受けきれないか」綺麗な声だった。
斧は空を切る。
いや、不吉な手応えはあった。
たしかに不染井の身体を斜めから『不染』と『井桜』に両断できる勢い、タイミングであったが、彼女の生成したガンブレードに受け流されてしまったのだ。
あらぬ方向へとガイドされた斧が地面にめり込むのと、不染井が斧使いの首を斬るのはほぼ同時だった。
斧使いは、先の戦いで、ウミヤマセが『完璧なタイミングでカウンターされたら、自動防御プログラムは間に合わない』と言っていたのを、走馬灯のなか思い出す。彼は素早く身体を捨て、魂化し、仲間に向け、思考入力で瞬時にコメントを表示した。
「こいつ、錬金術じゃねえぞ!」
次の投稿は、明日の14時を予定しております。




