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45.初公判を終えて



 波戸絡子の行動記録

 2332年 11月7日 午後9時40分


 初公判をなんとかしのいだ私たちの、控室での話題は、もっぱらサクラの敗戦のこと。

 それを知ったのは公判の最中――ちょうど、井出ちゃんがダイイングメッセージで時間稼ぎしているころだ。井出ちゃんの戯言たわごとを何食わぬ顔をつくって聞いていた弁護人席の私のもとへ、サクラに貸していたはずのハヤブサ型が戻ってきたのだ。

 ほどなくして世上に『不染井敗北の動画』が出回った。それも2本。

 サクラが斬りかかってから、敗れて、ハヤブサ型が身代わりになるまでの10秒ほどのものと、そのあと、すぐに仕切りなおしの一戦が行なわれたが、やっぱりサクラが苦戦して、絶体絶命になったところをセーウンに助けられるまでの1分ほどのもの。

 動画の投稿主は、去年強化試合でサクラを倒したという大学生たちで、彼らは偶然、サクラと会敵し、胸を借りるつもりで挑んでみたら、期せず、またしても勝ってしまった、ということだった――が、結果の改竄かいざんはともかく、こういった前フリでの『ウソ』は、ジョークとして許容される風潮である。さらに戦闘後に『軟弱な僕らが勝てたのは、このプログラムのお陰なのです!』と自作の製品告知が入っていた。要するにCMを兼ねたオフザケ動画だったのだが、バトルの内容はノンフィクションだ。全国のバトルフリークにとって衝撃的な結末だろうし、私としても、結果は重要だった。


 敗戦したはずのサクラは、なんだかんだで、まだ逃亡生活を続けている。


 サクラにも多少の油断があったのだろうが、私もすっかり油断していた。彼女が負けて捕まる、という可能性をまったく考慮の外に置いていたのだ。

 改めて、サクラが【TEN】と交わした契約を確認すると、彼女は敗北した瞬間に、その時点でしかるべき場所――たとえば、それが審理中ならば、負けた瞬間に証言台へと送られ、何事なにごとにも優先して【エイリアス】を用いた尋問を強制されることになっていた。そうなった場合、黙秘はできない。もし、彼女が真犯人なら、そこで終了だ。もちろん、シロが出ても、やはり終了なのだが、それは彼女にとって不本意なのだろうなあ、と想像する。なぜなら、彼女が逃走し続けているから――だ。

 ともかく、今回の負けは、私が貸していた使い魔が肩代わりしたようだ。本番のバトルカップでも、試合中一度だけなら復帰できる。それにならったのだろうか。いま、ハヤブサ型は、私の目の前で、素知らぬ顔で毛づくろいをしている。

 さて、私が、公判中に帰還したハヤブサ型に与えた復帰初の仕事は、セーウンに連絡をとることだった。もちろん、その時点で、学生たちと戦っているサクラの救援要請のためだ。

 通話のまえに、依頼内容は文面で送っておいたから、「なんで俺が、そんな知りもしねえ女の助けになんか行かなくちゃいけねえの?」セーウンの第一声はそんな感じの、いきなり、やる気のない声だった。

「親のカタキをとってあげたでしょうが」私は言う。

 先々月、この東京で起きた殺人事件。その被害者は、セーウンの実の父親である『清雲 鉄生』(きよくも ぢばん)だった。その公判で、無辜むこの依頼人を助け、真犯人をあぶり出したのは、なにを隠そう、この私だ。

「借りがあると思うんだけど」恩着せがましく私が付け足すと――

「あれ? でもアンタ、最初、俺のこと、真犯人に仕立てあげようとしなかったっけ?」

 失念していた。痛いところを突いてくる。というか――

「なんで笑ってんだよっ!」セーウンに怒られた。

「だから、そういう意味での、借りだよね?」

「アンタのほうが俺に借りがあるってこと?」

「だからこそ、仕事を斡旋あっせんしてあげてる、っていう」

「言ってる理屈がよく分からん。俺がバカなだけかもしれねえが――」

「バカなんだろうね」私は被せる。「サクラ、アンタのファンなんだから、早く助けに行け」と通話を切ってやった。

 公判中の、その私用通話を櫛引検事に見咎められたわけだ。

 消極的な態度を見せていたセーウンだったが、声には笑いがこもっていた。通話終了の1秒後には、スキル『おっとり刀』で現着。目論見もくろみどおり、三人組を追っ払っている。

 けれど、それも文字どおり、単なる延命だったとなる可能性はある。

 というのも、かの一戦は、セーウンの強権的な介入による停戦扱い、しかもサクラの足には鎖が掛かっていた――となれば、自動的に再戦契約が結ばれたことを意味する。もちろん、敗者であるサクラには、一方的にそれを反故ほごにする権利が与えられているが、代表選出まで時間はない。なにしろ、三人がかりとはいえ、無名の大学生に、ほとんど何もできずに、いいようにあしらわれたままでは心証が悪い。それに加えて『バトルワールド』でのサクラの性格。

「リベンジすると思う?」私はハヤブサ型に尋ねると、彼は重心位置を維持したまま、その場で、べろりと後方一回転。着地したときにはもう、本来のフクロウ型に姿を変えていた。

 フクロウ型のまんまる目玉は、私をしっかりと見据えていたのに、ウトウト、ゆっくりと閉じると、そのまま眠ってしまった――ようだ。

 ネットを覗けば、敗北動画配信後7分もせずに、私が信頼を寄せるバトル専門サイトが、来春のバトルカップを控えた日本チームへの提言記事を出していた。それは、日本の伝統であるワントップ式のフォーメーションをやめて、ゼロトップ式――今回、サクラを凌駕した『自動防御プログラム』を採用し、それを実装した盾役を前面に配置するというアイディアで、つまるところ、サクラのような『切り込み役』を置かずに、壁をつくり、その後方から、粒揃つぶぞろいの中距離攻撃手で、チクチク削ろう、という新戦術の提案だった。

 まず、フォーメーションに付けられた『首無し』という見出しが秀逸に思えた。

「これ、意外に面白そうです」井出ちゃんが言う。「この布陣、ハマれば、強力です」

「どんな戦術でもハマれば、強力でしょ」私は返す。「結果論だよ。調子いいよね~。勝てば、戦術がハマってた――って言って、負けたら、それまでどんなに試合を支配してても、こっちの戦術はハマってなかった――とかって言うんだから」

「『我々が主導権を握っていたのではない。握らされていたのだ』ってやつですね?」

「言いわけとしては最低だよね~」

 前回大会の三次予選、初戦のスウェーデン戦のショックを引きずったまま臨んだカンボジア戦だったが、試合展開としては悪くなかった。二戦連続でスタメンに名を連ねたサクラの、面目躍如の活躍もあって、カンボジア代表を圧倒。99パーセント勝利を手中に収めていたはずだった。それが最後の最後で敵アタッカに独走を許してしまう。あとから考えてみれば、ここで出し惜しみせずに捨石を使って確実に――肉を切らせて骨を断てば良かったのだけれど、忍者出身である、当時の前・日本代表監督は『完璧な勝利』にこだわってしまった。おそらく初戦の悪夢を払拭したかったのだろう、少しでも多くのポイントを稼ぎたかったのだろう。一刻も早く倒したいけれど、それ以上に、被害を出して余計なポイントを奪われたくない。そんな葛藤に陥って、どっちつかずとなった守備網では、決死の特攻を止められるわけもなく、あっけなく突破を許すと、指揮系統は、いよいよ混乱を極める。それが伝染したのか、完全に浮き足だってしまった守備陣は、スウェーデン戦と同様に、対近接戦闘のもろさを見せ、屈辱の三タテを喰らう。もちろん、そのまま拠点を落とされ、痛恨の大逆転負け。向こうにしてみれば、痛快この上ない逆転劇だ。

 かくして歴史に残る大失態を招いた我らが指揮官は、敗戦後、こう、のたまったのだ。


「我々が主導権を握っていたのではない。握らされていたのだ」と。


 今、現実世界に身を置いた状態で思い起こすと、もはや可笑おかしさすら感じられるその一言、もとい、もはや懐かしさすら感じられるその一件は、バトルワールドの世界ではいま瑞々みずみずしい悔恨の記憶のままである。向こうでは記憶は特殊な体系に従う。一日千秋の逆というか。時間の流れが早く、けれど、数年まえのことも数秒まえの体験のように鮮明で、21世紀人みたいに感情がたかぶる。それに時期も時期だ。私ですら、あちらに行けばきっと悔しさで身悶えるに違いない。これが当事者ともなれば――。

 サクラは近いうち、三人組にリマッチを申し込むだろう。

 停戦契約後、敗者側からの再戦要求は強制力がある。三人組に拒否権はない(その代わり、再戦日時は彼らが指定できる)。代表に生き残るためには、そのリベンジの達成は絶対条件だし、なによりこの一年、身も裂かれるほどの悔しさに絡めとられているであろう彼女は、この最新の屈辱にまみえたままの我が身をよしとしないだろう。


 果たして、三人組は再戦日時を公表した。


 翌日――11月8日の午前9時59分55秒。


 それは大相撲の千秋楽――もとい、翌日の第二回公判の真っ只中の時間帯であり、代表選手発表記者会見の開始5秒まえだった。

 それについて大学生は、以下のような音声コメントを出している。

「私たちの誰かが代表に選出されるなどということは、夢にも思っておりません。まかり間違っても、それはあり得ないことです。ただ、日本国中、誰にも期待されていなかった私たちが、今回、不染井桜さまをお相手に善戦できたことが、選者の皆さま並びに国民の皆さまに、なぜかこの国では不当に過小な扱いを受けている『自動防御プログラム』を見直していただけるひとつのキッカケになれば――と存じます。さて、話は変わりまして、皆さまからのご質問で、再戦日時をどういう基準で決定したのか、というものが多く散見できましたので、この場を借りて、お答えしたいと思います。単刀直入に申し上げると、前回の対戦で事実上6秒で不染井さまを打ち負かすことができましたので、次は1秒縮めて、5秒で、と欲をかいた次第です。もし私たちが5秒以内に――つまり、代表選手の発表中に不染井さまを再び倒すことができたなら、発表の途中でも、プログラムの有用性を再考していただけるかなと、選手選考に反映していただけるかなと、つたなく思った次第でございます」

 ウソつけ、と私は毒づきたくなる。5秒という制限時間は、むしろ、サクラにとっての心理的な足枷だ。まあ、実際、発表記者会見は、前置きが長くなるのが通例なので、最後のメンバを発表するまでには、数分の猶予があるだろうけれど――

「きな臭いな~」

 私は、閉廷の提案をあっさり了承した検事の態度を思い出していた。


次の投稿は、明日の午前6時を予定しております。

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