42.弁護側証人尋問
不染井の首が両断される十数分ほどまえ――
波戸絡子の行動記録
2332年 11月7日 午後9時15分
注目の弁護側証人尋問。
証言台に立つは、『式』の根岸。
まあ、他のゲストは犯行を否認して【エイリアス】からシロをもらっているわけだから、この流れは必然か。
彼の首には、すでに、チョーカ型の【エイリアス・センサ】が巻かれていた。
「ええ、おっしゃるとおり、私は『式』の最中、二度ほど、溺川邸に入りました」
そう答えた根岸の頭上には、バルーン型の巨大モニタ。
そこには、呼び水になった井出ちゃんの問いと先ほどの根岸の返答とを意訳して、ひとつの文章に書き起こしたものが表示されていた。文字は廷内の誰にとっても視認しやすい工夫がなされているが、ただ一人、死角にいる証人には、眼前に浮かんだ【プロペ】でフォローされる仕掛けだ。傍目には、首を痛めたため、『鏡』を使って上方モニタを確認する『ものぐさな人』に見える。
バルーン型の下部には、証言台を照らす蛍光灯のように、半球型の【エイリアス】が埋め込まれている。
シロ判定の場合は、バルーン型も一緒に白く光って知らせる様式だ。
このように、法廷での証人の発言――とくに、ことさら重要だと思われる証言については【エイリアス】が真偽判定を行なう決まりとなっている。まあ、何をもってして『重要な証言』とするかは非常に曖昧な問題なので、人間側はノータッチ。【エイリアス】が空気を読んで決める。
ちなみに、判定対象となった証言については、ご丁寧にも『証人の発言内容は、西暦2332年11月7日。東京都浦安区96‐46番地の、当時、溺川過世氏が所有していた敷地内においてのこと』と錯誤が起きないよう、おおまかな日時と場所が明示されている。……あ、前もって『貴方』に言っておこう。以下、とくに断りがなければ、すべて『この日時と場所』で行なわれた『出来事』についての証言・判定です――と。
「まずは、式を開始してから一度目の休憩――邸宅に入った際に」井出ちゃんが尋問を続ける。「ゲストのどなたかとお会いしたそうですね?」
「はい。まあ、会ったというよりは六日囲碁ブースの隙間から、二人の足が見えたんです。一人は、靴に見覚えがありました。伏木さんです。もう一人は……、その時点では、誰なのか分かりませんでした」
巨大モニタには、先ほどの彼の証言が5つの文章に分割され、漂っている。最初透明に近かったその文字は、【エイリアス】が白い鈍い光を放ったのをキッカケに、すべて白く染まり、末尾に『。』というふうに句点が付く。これも『シロ判定』を示すサインだ。
「その時点では――とは、どういう意味でしょう?」井出ちゃんが詰める。
「ええと、私は、いったん、2階の溺川氏の私室へ向かいました。祈祷と『墨』の補充です。それで、時間で言うと、そうですね、3分後くらいですか、1階に降りると、ちょうどブースから賽形さんが出てくるところにかち合いました。伏木さんの姿はありませんでした。六日囲碁は決着がつくと、先に勝者が去る、というのが対戦マナーですので……」
【エイリアス】が光ると、モニタに新たな白い文字が漂った。
「その際、賽形さんとは何かお話を? なさいましたか?」
「賽形さんは『さっきまで伏木さんと六日囲碁をしていた』とおっしゃいました」
これがシロ判定。
『』の部分は伝聞なので、『根岸が賽形からそう聞かされたのは真実である』という意味だ。
「勝敗について詮索はしません。粋ではない、というか、状況からして、彼が敗者であることは知れたので……。あとは、そうですね、あちらが訊いてきたので、『式』の進捗を教えました。具体的には『あと1時間ちょっとぐらい掛かる』というような。交わした会話はそれくらいです。賽形さんが2階へあがり、私も作業に戻りました」
この証言も、シロ判定。
「その30分後、あなたは、もう一度、邸宅に入りましたね?」
「ええ、祈祷と墨の補充です」これもシロ。
「この、『30分間、邸宅の外で作業しては、5分間、邸宅の中で』という『式』のスケジューリングは、ゲストの皆さんはご存知だったのでしょうか?」
「はい」この返事に対し、まず、シロ。「ただ、今回は出来過ぎなくらいにスムーズにいきまして……」モニタは無反応。【エイリアス】は判定を拒否。根岸の証言にウソが含まれているか、あるいは、事件に関係ない事柄だからか。「ゲストの皆さんには、数分の誤差は出るかもしれないと、事前にお断りしておきましたが……」こちらはシロ。
「証人が二度目の祈祷――邸宅に入った際、また、どなたかにお会いしたそうですね?」
「はい、帷さんと安田さんです。私が溺川氏の部屋に向かおうとしたら、彼らはちょうど2階から……、あ、もちろん、それぞれ別の部屋から、ほぼ同時に降りてきました。目が合ったので軽く会釈を」根岸はその後、すぐに『墨』の補充作業を行なったと証言。もちろん、すべてシロ判定。「作業を終え、下に戻ったときには、彼らはブースの中でした」
最後のコメントは、『下に戻ると、彼ら(帷と安田)はブースの中にいました』と【エイリアス】が注釈を入れてシロ判定。
「それが、その日、証人がゲストと会った、あるいは見かけた、最後の場面ですか?」井出ちゃんが問いかける。「他にありませんね?」
「はい」もちろん、シロ。
これで、彼が犯行に関わっている、という疑義は霧散した形になった。
「裁判長――」今の今まで理想的な赤子のように黙っていた櫛引検事が挙手し、発言権を得る。「このまま弁護人の麗しい声を愉しむのも一興ですが、つまるところ、いったい弁護側は何を証明したいのか……、尋問の意図をもう少し明確にしてもらうよう、要望したいのですが」
私は肩の高さまで右手を挙げる。
「弁護人」裁判長が発言の許可を出す。
「もう少し明確に、とは、どういう意味でしょう?」私は検事に直接尋ねる。
「ですから、弁護側はどのような狙いをもって尋問を行なっているのか、はっきり……」
「いえ、何を問われているのか、それは明解に理解しています。ここで問題にしているのは、『もう少し』と『明確』という言葉の非親和性についてです。こちらとしては、尋問は『明確か否か』しかないので、『もう少し明確』に、などと曖昧なことをおっしゃられると――」
「あなたのような見目麗しい女性が、大衆の耳目を集めたいというのなら、もっと直截なやり方があると思いますよ」検事は肩をすくめた。
「……どういう意味でしょう?」と、訊いたのは裁判長。
「弁護人は、いたずらに審理を引き延ばそうとしております」検事は、叱責の声になる。
「弁護人、質問の意図は明確に」稲原裁判長は『公務』の声で言う。「それと検察官。あなたも。発言内容は簡素明瞭にお願いします」
発言内容を明確にしろ、とは、そのとおりだな、と妙に得心がいって、思わず私は吹き出しそうになったが、なんとか唇を噛んでこらえる。そのまま誤魔化すように軽く咳払いして、「そもそも検察側からのご提案でしたので、てっきり承知なさっているものと勝手に理解しておりました。その点に関し、至らない部分があったことは申しわけなく存じます」と、軽く頭を下げる。「弁護側は、被告人以外にも状況を再現できる人物がいる、その可能性を示したいと思います。これはそのための下準備だとお考えください」
「正直言えば、悪い意味で想像と違いました」検事も厭味ったらしい。「ありていに言えば、失望に近い。こちらが折れて機会を提供すれば、弁護人は、目からウロコの劇的な手法で、真犯人とやらを、ただちに提示してくれるものと期待していたのですが」
手元の密談用【プロペ】に『私が無駄が嫌いなのはご存じのはず』と表示された。思わず検事を見ると、彼は卓上の【プロペ】を、積もった埃でも払うかのように消すところだった。
そういえば彼もカタカナ語の語尾を伸ばしていない。
私はフラボノに命じ、侵入者を追い出させ、以降、入ってこられないよう、監視させた。
裁判長の視線を感じ、私は、真摯な顔をつくる。「私見を申せば、この世で一番忌むべき犯罪は『冤罪』だと心得ます」もちろん半分は皮肉だ。「まかり間違ってもあってはならないことです。そのため、足場固めに十全を期し、慎重になり、それが聡明な検事の目には遅々として映ってしまうのかもしれませんが、同じ法曹界で活動する『後進』のやることです。寛容さをもって見守っていただければと考える次第でございます」
「なんと言いますか」やれやれ、という調子で検事。「七面倒くさいことをなさいますね。『冤罪』をこの上なく恐れる――というなら、何度申し上げています、さっさと被告人を召喚し、【エイリアス】に掛ければいい。私には、弁護側の、かような消極的な公判態度こそ被告人がクロである何よりの証左に思えてならないのですが」
「そこまでおっしゃるなら試しましょうか?」私は言い、検事を見据えた。彼はほんの一瞬動揺したように映ったが、それは、こちらの希望的観測かもしれない。私は続ける。「――と申し上げたいところですが、正直のところ、弁護側にはひとつの懸念があるのです」
「……どのような?」櫛引検事が睨みつけてくる。
「もしここで中途半端に検察側立証を崩せないまま、審理を終わらせ、被告人を強制召喚し、シロが出るなら、まだしも――」
「クロが出たら、いけませんか?」検事は嘲る顔をこちらに向ける。
「いえ、クロでも構いません」問題発言だな、と自分で言って、思った。「弁護側が懸念するのは、もうひとつのルートです」
「まさか」検事は鼻を鳴らす。
「ええ、グレイが出てしまったら、困ります」私は検事を見据えた。「なにしろ、そのときには審理はもう完了しています。『弁護人は検察側立証を崩せなかった』という結論で完了しているのです。グレイが出れば、消去法的、かつ、なし崩し的に、クロに染まることでしょう。こちらにそれを止める術は――少なくとも法的な後ろ盾は見当たりません」
「グレイが出たら、そこは……、そうですね、便宜を図りますよ」いくぶん、トーンを下げて、検事。「審理を巻き戻して、新たな証拠調べ――証人尋問の機会を設けましょう」
「信用できません」被せ気味に言ってやる。
「なんですって?」検事は、無防備にびっくりした顔を向けた。
「信用できないと申し上げたのです」私はスタッカートを利かせた。「お忘れですか、そちらとこちらは構造的敵対関係なのです」
「……では一筆、したためましょう」
「ですから、そちらとこちらは構造的敵対関係なのです。なあなあになってはいけません」
「裁判長」心底呆れたというポーズをしながら、検事は助けを求める。
「もし被告人がグレイであるのなら」裁判長は、ゆっくりと口を開く。「すなわち、真犯人が別におり、被告人は無実である、という『余地』が存在する理屈になります。となれば当然、現在検察側が主張する被告人犯人説に何らかの瑕疵がある、と……。なので、それを証明するために弁護人が尋問・証拠調べをしている、と……。う~ん……、これは、今まさに、行なわれていることですね」稲原さんは一瞬だけ苦笑いを浮かべ、すぐに表情を引き締めた。「急かすようですが、現時点で弁護人は『アテ』があるのですか?」
「『アテ』という表現は僭越ながら適切だとは思いません。不染井女史が弁明の機会を与えられないままに起訴されてしまった今、『彼女以外に犯行が可能な者』がいるかどうか、それを吟味するのは本法廷のひとつの役割であり、逆に言えば、それが叶う唯一の場だと存じます」我ながら弁護士らしいレトリック。
井出ちゃんが『引き継ぎます』と伝えてきたので任せる。
「検察が『被告人はクロだ』と主張なさるなら、こちらは、そうではない可能性を検討し、提示します。双方により、吟味し尽くさなくてはなりません。それは被害者や被告人のためだけではなく、強いてはこの国のため――法治国家をまっとうするためです。それがこんにち、科学万能な『天下』にあっても本邦裁判形式がこのような、検察と弁護士による対決構造を主軸に据える意義だと心得ます」
「正直、二三、腑に落ちない表現がありましたが、弁護側の言いぶんには大筋で得心いたしました」稲原裁判長は穏やかな微笑をたたえていたが、声には仕事モードの怜悧な響きがあった。「しかし検察の言うことにも一理あります。審理を続けますが、弁護人は――」
裁判長の合図で、弁護席の真横に、私のホログラムが登場した。
彼女が私と同じ声で、「弁護側は、被告人以外にも状況を再現できる人物がいる、その可能性を示したいと思います」と、それだけ言うと、消える。
「弁護人は――」改めて稲原裁判長が釘を刺す。「このご自身の宣言に対し、誠意をもって、かつ、速やかに履行するよう、お願いします」
私としては、頷くしかない。
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