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4.24世紀の日本って?

 

 さて、ついでなので、もう少し説明を。


 『こちらの世界』の大陸や島は標高0メートルで統一されており、海はあるし、21世紀同様、空には月が浮かぶが、潮汐はない。

 大陸などの位置や大きさは『21世紀』のそれを参考にしているものの、形状は簡略化しているため、やたら真っ直ぐか、あるいは、カクカクしている印象を受けるだろう。

 たとえば、この24世紀の東京は、タテヨコ5:10の長方形型だ。

 四辺を、緯度経度にそれぞれ平行になるよう合わせてつくられているそれは、南北方向に50キロメートル、東西方向に100キロメートルとデタラメに広大で、当然のごとく、21世紀の東京23区エリアをすっぽりと覆い、北東の端を旧千葉県香取市に、南西の端を旧神奈川県厚木市にまで展開している。隣県もだいたい同じように長方形型だが『県境』を示すように広い川が阻む。まあ、川と言っても、その上を、人も車も『滑って渡る』ことが出来るので、やはり『県境』以上の価値があるとは思えないが。


「なんで、文京区が狛江にあるんだよ!」センゾはまだ文句があるらしい。

「まあ、リニューアルしたからじゃない?」私は答える。「このプレートって、タテヨコの比率が『5:10』の長方形でしょ。つまり、50個の正方形で区切ることができるのは分かるよね? 日本で50個と言えば五十音。だから、あいうえお順なの」

「なにが?」

「プレートの上にある地名――エリア名が」と私。「プレート上の住所はどこも『東京都〇〇区』だけで、あとは後ろに番地――座標を示す数字がつくんだけど、この〇〇区ってのが500個もあってさ、ふつうに憶えるのたいへんでしょ? だから、せめて、おおよその位置とか現在地からの距離が直感的に分かりやすいように、あいうえお順に並べたの。『板橋区』から『北区』なら、『い』と『き』だから隣り合ってるから近いな、みたいな」センゾの反応は芳しくない。「ええと、プレートの北東の端、俯瞰で見て右上から、青山区、赤坂区、って。分かる? 秋葉原区、浅草区……、ちょっと飛ばして、荒川区っていうふうに」

「……あー、そういう意味?」ようやくセンゾは不満げに返す。「新しい東京が長方形になっちまったから、行政区画も将棋盤みたいにしちまったわけね。で、馬鹿みたいに分かりやすく、並びを、あいうえお順にしちまったと。だから狛江の上が文京区なわけね。セチガライわー……。つーか、青山『区』とか赤坂『区』とか、みんな、区に『昇格』しちまったんだな?」

「そこのヒエラルキィはリセットされたみたい。なにしろ500個だからね」私はネットで由来を調べる。「ええと、『旧東京の地名に限らず、プレートの下敷きにされた旧首都圏の地名からも当時市民の要望が高かったものが区名・エリア名として採用された』だって」

「ん、待って。秋葉原の次が、浅草……?」何かに気づいたかのようなセンゾ。「え、あきる野市は? 言った? 俺の故郷なんだけど……」

「え?」私は【プロペ】を見る。「だから、当時市民の要望が高かったものが……」

「てめー、コノヤロー、ふざけんなよー!」

 と、性懲りもなくセンゾが憤ったので、私は彼の頭をむんずと掴んで、地面に叩きつけた。

 センゾは水風船のように潰れ、液体状になった。

 液体は50×100センチの長方形型に広がると、分かりやすく砂色になる。

 砂色の液体は、一瞬にしてプラスティックのような板、固体に変わった。

 そうして出来た板――右上の端に数センチ平方の面が2枚、生じた。文字が刻んであるが、小さくて見にくい――と思ったら、平面は10センチ平方にサイズアップした。平面はさらに見やすいように、私の腰の高さまで浮かんだ。


 ええと、『秋葉原エリア』と『浅草エリア』だ。


 その合間に割って入るように『あきる野市』と頭に銘打ったセンゾが、タケノコよろしく、なんとか生えようとしている。

「ドコンジョーダイコーン!」と、謎の呪文を叫びつつ、センゾは頑張るが、奮闘むなしく両エリアに締め出されるように沈められ、姿を消した。

 ――かと思いきや、プレートの中央が突起し、ぷかーっと、今度は『中央区』と頭に記したセンゾが浮かび上がる。

「中央区は、プレートの中央にあるのね?」

 その、センゾの、うって変わって落ち着いた声に――

「そうそう」私は笑ってしまった。「50個の正方形で区画するって言っても、どうしてもさあ、『や・ら・わ』行の地名は少ないから、全体的に左にずれちゃう――っていうか、まあ、最初から『中央区エリアを、文字どおり東京の中央へ』っていう狙いがあったのかもね。国の重要機関が集中する千代田区エリアもほぼ中央だし」

「『あ・か・さ』行が多いなら、我があきる野市も!」そう宣言した途端に、センゾは、『秋・浅エリア』へと引き寄せられる。「わー、すんません! ウソです! 冗談です!」

 よっぽどひどい目に遭うのだろう、彼の声は逼迫ひっぱくしている。最初こそ、その滑稽ぶりを面白がっていた私だったが、臼歯のようにうごめく『秋・浅エリア』を見ていると、なんだかセンゾが不憫に思えてきて、『両エリア』を叱りつけるように指で叩いて、追っ払った。

「じゃあ、事件現場へ行くよ」私は言い、歩きだす。

 天敵がいなくなった『ミニ東京』をセンゾは気に入ったようだ。悠々と平泳ぎしながら、板ごと、私のあとをついて来る。「現場はプレートの上かぁ?」

「うん、浦安」

「うおおお~い!」センゾがイルカのように跳ねる。「浦安、東京じゃねえわ。間違ってんぞ、やらかしてんぞ、未来人、おい! ひさしを貸して母屋を取られるとはこのことだろ。ものの見事にのっとられてんじゃねえか、どうすんだよ、これ」と憤っている。「いやいやいや、つーか、だったら、そこ、あきる野でいいだろ。改名だよ、改名。改名改名」

 途端に『秋・浅エリア』が再び目覚め、あっという間にセンゾを吸い込むと『ミニ東京』ごと消えた。あとには、波打ち際にうち捨てられた軍手のように、センゾが倒れていた。

「ぐ……、軍手とか、この時代にねえのに……、知ってんだな……」

 私の思考――いや、『行動記録』を読んだのだろう、センゾはそう言って、傷ついたボクサのように、よろよろと立ち上がった。

「軍手くらい知ってるよ。焼きイモ持つための道具でしょ?」


 さて、【TEN】は『【TEN】を含めた人工知能は、芸術作品を創作しない』と表明している(TEN法第7条)。それが理由なのか、今の日本では、20世紀後半から21世紀中ごろに人の手で製作された創作物――映画やドラマや小説やゲームや漫画やアニメなどを現代のテクノロジィで復刻させた『リバイバルモノ』が盛況だ。なので、24世紀に生きているはずの私が、『貴方』やセンゾもびっくりな、前時代的な用語や概念、事柄、風習を知っていたりする場合があるかもしれないが、まあ、気になさらないよう。


 折よく、『庶民の足』こと、ラピズラズリ色の真球型自動車――【カプセル】が、ふらふら徐行していたので、呼び停めて、乗り込む。

 センゾが「新車のニオイ」と表現した独特の【フィッティ】は私をワクワクさせた。気の置けない仲間たちと完璧な装備のキャンピング車両で、極地めいた豪雪地帯へと冒険しに行くような気分。

 さて、黒を基調とした車内には、座席がひとつだけ。それに腰をかけると、肘掛けやら足置きやら、ヘッドレストやらが、にょきにょきと生え、想定していたものより、ワンランクは座り心地のよい形状や感触になって、私をさらに満足させた。

 目的地を伝えると、いつの間にか発車している――どころか、すで時速300キロで定常運転している。もちろん自動だ。 

 センゾが「運転する楽しみが完全に潰えた!」と嘆いたが、『運転の義務から解放されている』というのが、現代の一般的な認識だろう。運転した結果、他人を傷つけ、決して償えなうことができない罪を背負ったり、罰を受けたりする危険性があるというのは不条理極まりない。

 もちろん、これも、センゾたちが現役だったころに彼らを苦しめた、過度で過剰な『情報』や『責任』――その低減化方針の一環だ。ちなみに、現実と遜色のない仮想空間で、非自動な車を操縦することは可能である。


「公判の流れは? どうなる?」

 そう、虚空に向けて私が問うと、ちょうど視線の先に、3Dアニメ風のキャラ――メガネをかけた雪だるまをモチーフにした『フラボノ』が現れた。我が事務所が誇る『法務助手』的な人工ペットだ。よくよく見ると、センゾに似ている。二等身だし、白っぽいし。このように24世紀人は知能だけではなく、創造力も貧困だ――とはさすがに自虐か。まあ、だからこそ、リバイバルモノが人気なのだが。

「被告人不在のままでも公判を進めることは可能です」彼は答えた。

「そのまま――いや、要するに、被告人不在のまま、有罪になるんだっけ?」

「いえ、弁護側が検察側主張をくつがえせなかった場合のみ、冤罪防止の目的で、強制的に被告人を召喚し、【エイリアス】を用いた尋問を行なう機会が与えられます」

 【エイリアス】とは、簡単に言うと『絶対に間違えないウソ発見器』のことだ。

「つまり、検察側主張を覆すことができれば、被告人は【エイリアス】に掛けられなくてもいいってことね?」私は訊く。

「従来の理屈ではそうなります。ただ、人が判断することなので……」

 現在でも、この点は前時代からの原則が引き継がれており、すなわち『刑事事件の弁護とは検察側の立証を崩すだけで良い』と認識されている。けれど、今は【エイリアス】が存在するのだ。『疑わしきは罰せず』という言葉には『ただし【エイリアス】による判定は済まさなければならない』と注釈がつく――そのようにみる法学者は多い。

「まあ、そうなったらそうなった、だよね」私はことさら楽観的な口調で応え、自分の感情を操作した。「被告人が【エイリアス】を受けなくても無罪になる可能性がある、というルートが存在するのは大きいよ。これ、さりげな~く世の中に広めといてくれない?」

「すでに、ほとんどの大手マスコミはそれを考慮、あるいは懸念するような報道をしています。扱いの軽重には差がありますが」

 フラボノが私に提示した【プロペ】には、重くみたほうの一例――国民に実施したアンケートの内容と結果が表示してあった。

 意見の大半が『早急に法改正し、被告人の【エイリアス】判定の義務化を望む』という真っ当なものであったけれど、『身柄を確保していない被疑者を尋問もせずに起訴してよいものなのか』という意見もわりあい多く見られた。用意された選択肢での回答ではなく、筆記あるいは口答、または思念による回答法なので、システムのあり方を疑問視した『そもそも論』が蔓延はびこる形となったわけだ。このアンケートを企てた者たちの思想が透けて見える感じだが、まあ、それでも『勢力闘争』としては21世紀とは比べものにならないだろう。こっちはどこまで行っても『ごっこ遊び』なのだから仕方がないが。 


 そんなうちに、井出ちゃんの【カプセル】と合流する。これはまさしく、走行中の【カプセル】同士が合体し、ひとつになるのだが、その際の物理学的な不都合が、少なくとも私たち乗客には皆無に思えるのが感動ものである。もちろん、それは【カプセル】が【マシン】で構成されているからこそできる芸当だ。

 さて、そうやって久しぶりに顔を合わせた後輩だったが、かわした会話は挨拶程度。きちんと近況を報告しあう間もなく、現場に到着した。


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