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38.それぞれのモチベーション


 いったん気分転換することにする。

 私が立ち上がると、服は、ぱりぱりに固まった。硬化した襟元に指を掛け、引っ張ると『女弁護士』風の衣装が気持ち良く、すべて剥がれた。床に落ちた巨大な抜け殻のようなそれは、なんとも言えない充足感を私に芽生えさせた。未来人の裸体を、センゾはどう評価するだろうかと期待したが、彼は、「実の娘みてえだ」と、すぐに引っ込んでしまった。それはそれで興味深かったりもする。

 部屋をバスルームに変化させ、風と光を浴びる。足よりも目を使ったらしく、ひと風呂浴びて一新した私は、眼球が冷たく動きもスムーズになった気がした。自分でも惚れ惚れするくらいの『日本的な美肌』に、惹きつけられるように【マシン】がくっつき、衣服になった。他人から見れば『女弁護士』という格好を選択する。まだ今日の仕事は終わっていない――どころか本番はこれからである。冷水のような【フィッティ】を入れ、さて、では腰を据えて、戦略を練ろうか、というところで井出ちゃんから動画が送られてきた。

「ここ数分で、異様な再生回数を叩き出してます」21世紀でいう、『テレビ電話』みたいな方式の通信で、井出ちゃんは興奮気味に語った。「まずはご覧になってください」


 動画は、バトル・フィールド有数の落雷多発地帯であるベネズエラ・エリアのとある湖畔で、一人の女サムライが怪物たちと戦うという内容だった。驚きなのは、通常、直撃すればダメージと痺れを生じさせる雷に、彼女はいくら打たれても平気なこと。まるで被雷など、どこ吹く風という感じで、次々と襲いかかる異形の怪物を、ズバッ、ズバッと一刀のもとに伏していく。その光景は神々しくさえあって、すっかり惹きつけられてしまった。

 かように開始1秒目から『斬りまくり』の飽きさせない動画は、再生を始めて、10秒ほど過ぎたころだろうか、その映像に合わせて、「自分に『電撃』に対する完全な耐性があることが分かったのは5才のときです」と女サムライらしきナレーションがかぶった。

 先のとおり、わりと真剣に動画を観ていた私だったが、それで吹き出してしまった。夢心地から覚めてしまった。説明はできない。感覚的に、なんかダサい、と思ったのだ。

 そんな恥ずかしい演出とは別に、やはり女サムライの動きには目をみはるものがあった。雷が通用しないのは前述のとおりだが、自らに落ちた雷を刀身に移し、その青白いアークをまとった刃で怪物を斬る、という芸当は、あたかもアラビアンや南極人が使う『魔法剣』に似ていて、やたら格好がいい。彼女は音声で、自分の刀には、かの戦国武将、立花道雪たちばなどうせつの異名とされる『雷切らいきり』の銘を授かったことを明かした。本来無銘である刀に『銘』が打たれたということは、つまり『神速居合しんそくいあい』を会得している、ということだ。バトル事典を参照するまでもない。知る人ぞ知るサムライ限定スキル『神速居合』の前では、自動防御プログラムを含め、あらゆる防御スキルは意味を成さない。これはたいへんに重要だ。というのも、宿敵スウェーデンを始め、西欧列強は、壁役として自動防御プログラム実装者を組み込む傾向が高く、その研鑽けんさんに研鑽を重ねたプログラムの打開には、どこの強豪国も苦慮するところである。ところが『神速居合』なら、それら人類英知の結晶たる障壁しょうへきをいともあっさり無効化することができる。そのような点から言っても、彼女は、それら強国への対策、ないし、『新生』を標榜する日本代表のシンボルとして、これ以上ないキャラと言えた。本人も「代表に選ばれたら、勝利に貢献できるよう専心して頑張りたい」と謙虚に語り、意欲もあるようだし、ほとんど対外試合をしないサムライがどこまで世界と渡り合えるのか、個人的にも楽しみな部分もある。そしてなにより彼女は美しい。上品な整った顔立ちもそうだが、185センチはあるだろうか、袴姿の長身、背筋に一本、軸が通ったような佇まい、そこから崩れない所作が優雅だ。猫のように身を屈め、飛んだり跳ねたり、なにかとせわしないサクラとは、また別の意味で画になる。

 ――と、実は喜んでばかりはいられない。彼女のファイトスタイルは、いわゆるロックピッカ(解錠師)タイプ。俊敏性を活かし、敵陣に潜り込んで、堅牢な守備網を内側から切り崩したり、相手方のエースを釘付けにしたりする役割を担うのだが、これがポジション的にはサクラとモロ被りなのだ。しかも、タレント豊かな中距離攻撃者をようし、彼らを戦術の主軸とする日本チームにとって、敵陣に味方をまぎれこませるこの陽動戦術は、攻めあぐねる戦局を打開する期待感がある反面、潜んだ味方を誤射する危険性もあって、決して相性が良い戦術とは言えず、歴代のチームを見ても、ロックピッカは一人置くか置かないか。

 サクラにとって、その狭き門に、競合相手が現れた。それも、全国民が打倒を願ってやまない因縁の『霹靂』擁するスウェーデン対策として、うってつけの――しかも、これみよがしに日本的な意匠いしょうを身にまとったキャラクタ。

 『一本木』と書いて『こずえ』と読む。

 一本木レイ。17才と、まだ若い。

「いいタイミングで出てきたなあ」呟きが私の口から勝手にこぼれた。ランキングの順位こそ87位だが、ピッカとしてはサクラに次ぐ。動画を見る限り、もっと上位でもおかしくはない実力に思えたから、控えメンバとして選出されても不思議ではない。

「彼女の素性を知っても、そう言えますか?」

 と、画面の井出ちゃんは真顔だった。「彼女は、櫛引くしびき検事のご息女です」

 その数分後、バトルカップ日本代表監督の『鴛鴦 説生』(おしどり せっしょう)が出したコメントの断片がネットニュースの見出しを飾った。

 それは要約すれば、『選考は通例どおり(ランキング上位順)。だが、犯罪に関わった者を(誇り高き国の代表に)選ぶことはない』というものだった。

 法曹に関わる者の立場から解釈すれば、現時点でグレイなサクラには代表に呼ばれる資格がある、と読み取れるのだけれど、市井しせいの理解は逆のようだ。さっそくバトル専門サイトは記事を更新。サクラではなく、『雷切』こと、一本木レイをワントップに据えた陣形――その状況別バリエーションを、詳細な解説と胸が躍るような展望を交え、世に提示した。

 その反響たるや凄まじかった。客観的に見ても、かのシステムは少なくとも対スウェーデンにおいては、絶大な威力を発揮しうるように思えた。

 だがそう思えただけだ。

 所詮しょせんは机上の空論。

 こればかりは実際にやってみないと分からない。

 それが、サクラがバトルをゲームではなく、スポーツと捉えている理由のひとつだろう。ネットでも同じように考える層がいるようで『ニビィなら雷なしでもなんとかしてしまうのではないか』という意見も数多く挙がっていた。この国はむしろ彼女のファンが多い。

 個人的には、フォーメーションの内容よりも、それに名づけられた見出し――立花道雪に引っかけた『断ち桜』(タチバナ)という見出しが、秀逸に思えたのだが、まあ、たしかに、奇縁というか、妙な符合ふごうを感じずにはいられなかった。

 サクラの親友である私が弁護人に選ばれ、一方では、サクラの有罪を立証すれば、身内が誉れ高い代表になれる検事がいる。

 もちろん、検事がどこまで熱を持って我が娘の代表入りを望んでいるかは分からないが、傍目はためには、本気同士の裁判に思えるだろう。

 まさしく【TEN】の配剤。

 いや、裁判には【TEN】は、ノータッチか。

 となれば、誰か『人間』が操作しているわけだ。

「あ~、やだやだ」さして嫌悪をおぼえたわけでもないのに、そう言いたくなった。

 初公判の開廷時刻まで、あと1時間もない。

 『貴方』の気配は、まだ、あった。




次の投稿は、土曜日なので早めに、午前6時ごろを予定しております。

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