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37.W


 波戸絡子の行動記録

 2332年 11月7日 午後8時05分


「じゃあ、やりますか」

 自宅に戻り、たまっていた些事をこなしたあと、私は、そう、セルフコマンドして、やる気を出そうと試みる。

 井出ちゃんたちの手前、鼻をへし折る格好となるので遠慮したが、バトル世界には、例外的に生成武器を複数所持できるスキルがある。

 『ダブルブート』と呼ばれるスキルだ。

 まあ、熟練者だけが習得を許され、口外を禁じられる『隠しスキル』であり、そのような事情のため、使用者も巧妙に扱うから、彼女たちが存在すら知らなくても無理はない。

「条件があります」と、フラボノ。「たとえば、生成武器をふたつ設定したい場合、ひとつの武器に割り振ることができる生成コストは、生成限界ポイントの半分以下になります」

こまかい説明は要らないよ」私は省略してデータを呼び出す。どうせ、こういうのは、たいがい似たようなルールなのだ。「理解に間違いがあったら、言って」


 不染井そめないよしのあやの生成限界ポイント38 ガンブレードの生成コスト30

 

 簡単に言えば、左の数値が『所持金』で、右の数値が『生成武器の製作費』だ。

 サクラの場合、持っている38円で、30円のガンブレードをつくった、ということだ。

 ダブルブート――つまり、生成武器を二種類つくりたいなら、『所持金の半分』だからそれぞれ19円以下でつくらなければならない、と。

 この不条理な制限の設定理由について、バトル世界の創造主である【TEN】が、生成武器に関しては『一点豪華主義』なプレイヤを推奨しているため、と裏読みすることができる。

 ちなみに、サクラが過去に使っていた番傘は25ポイント、札は37ポイントのコストが掛かったようだ。いずれにしてもダブルブートの気配はない。

 改めてゲストの情報を呼び出し、比較してみることにする。

  

氏名     生成武器種名 生成コスト/生成限界P 登録後の経過日数

  

不染井 桜  ガンブレード   30 / 38     1日未満

安田 教   棒型鎌      20 / 24     4年以上

帷 百足   龍型ムチ     70 / 79     2年以上

伏木 広大  刀        31 / 31     1年以上

万理崎 鏡  糸        25 / 42    60日以上

根岸 州加散 拳法着      22 / 34    20年以上

 

 数値からは、こちらも『ダブルブート』の気配は読み取れなかった。

 生成限界ポイントは、原則として、もって生まれた固有値なので、プレイヤが勝手に数値を増減させることはできない。さらに言えば、伏木の除く全員が、限界ポイントめいっぱい利用した武器をつくっていないことから窺い知れるように、プレイヤがコスト値を操作することも難しい。

 サクラを例にとれば、「生成限界Pがあと8ポイントも残ってるのは、もったいないでしょ。なら、それ使って、もっとガンブレード強くしたら?」とはならない。逆に、ガンブレードから射撃要素をなくしても、片刃にしても、要求されるコストは、おそらく30のまま変わらないだろう。コストも固有値なのだ。プレイヤと武器との相性も数値に関係する。なので、安田の鎌がコストを20しか使ってないからといって、コスト70の帷のムチに性能的に劣るか、と言えば、そうでもない。もちろん、逆もしかり。

 余談だが、伏木が限界値ぴったりなのはワケがある。原則として日本刀をつくるには『すべての生成ポイントをコストとして算出する』という特殊なルールがあるためだ。刀が欲しいなら、全財産出せ、という感じか。


「ちょっと待ったあ!」センゾが出てきた。「ふたつの生成武器を同時に持てないってことは、二刀流もダメってこと? 右の太刀で防いで、懐に隠した短刀を左手で取り出して、ブスリって。堀部ほりべ安兵衛やすべえみてえな」

「どうしてもそうしたいなら、太刀と短刀、セットでひとつの生成武器として登録するしかないね。伏木さんの場合、太刀一本で頑張るスタイルなんでしょう」

 私の特殊な目は、得物をひと目見れば、その性質だけでなく、それとセットで登録している他の武器がある場合には、その存在を見抜くことができる。これは【TEN】のお墨付きの『能力』なので、間違いはない。

「じゃあ、生成武器の太刀と、お店で買った短刀使うのは?」センゾが尋ねた。

「ダメ。併用禁止」私は管理者みたいに断じる。「生成武器は嫉妬深いんだよ」

「つまんねつまんね」センゾは床に転がってジタバタする。「普段は普通の武器で戦って、ここぞっていうとき、見せつけるように、大本命の生成武器出してえよ~」

「それこそファイアーエムブレムみたいに?」

「違うだろ~、冒険王ビィトだろ~」センゾはジタバタ。

「てか、そういうスキルもあったような……」思い当たるフシがあった。

「一般に『ツータイマー』と呼ばれるスキルですね」フラボノが現れる。「ちなみにその一覧の方々の中で当該スキルを体得している方、あるいは過去に体得していた方はいらっしゃいません。生成限界値の数字の横に『2T』のマークが付きますので一目瞭然です」

 なおもツータイマーというネーミングに関してセンゾが文句を言って暴れたので、消す。

 私はさらに深くデータベースに潜って、ここ数日のあいだに使用武器を変更した者がいないかを調べてみたのだが、該当したのはサクラだけだった。今日の午前4時57分にカードからガンブレードへの登録変更を果たしている。

「午前4時57分っていうと?」私が訊くと――

「不染井女史が逃亡を開始する数秒まえです」フラボノが返す。

「素直に考えれば、逃げるにあたって、得物を変更した」

「なにゆえ、でしょうか?」

「大本命である『札』をバトルカップ本番前に見せたくなかったから……」

「もう惜しげもなく披露なさっているよう見受けられますが」

 そのとおり、むしろ相手が自分の得物を知っていてくれたほうが駆け引きができるから、サクラのような『読み』に長ける上級者ほど積極的に得物や戦術を見せたがる。バトルカップ直前の、全世界同時多発的な駆け込み披露会はもはやこの時期の風物詩である。

「やっぱり、誰かと戦って、そいつの影響で――っていうのが自然な流れかなあ」

「だとしたらどなたでしょうか?」

「可能性としたら、もう、被害者しかいないよね? となると、サクラが犯人に近くなる」

「犯人に近くなる、というのはダブルブートならぬダブルミーニングでしょうか?」

「ん? どういう意味?」

「いえ、僭越でした」

 それ以降、理由を訊いてもフラボノはかたくなに返答を拒んだ。

「サクラのバトルの履歴は?」私は追及を諦め、話を戻す。「どれくらいまで探れる?」

「こればかりは不染井様のご意向もありますので……」

 フラボノによれば、溺川おぼれがが天寿をまっとうした午前0時から事件が発覚し、警察が邸宅へと到着するまでの期間、サクラが誰と戦ったかは隠されていた。それ以前はオープンになっていたが、対溺川戦以前の、最新のものとなると、なんとその二日まえまで遡らなくてはならない。たとえ丸一日休んでも腕が落ちない、と見込んだわけだ。それだけ『札』の熟成には自信があったのだろう。けれど、彼女は、このバトルカップを控えたこの大事な時期にその信頼すべき『札』を捨てた。やはりこの時間帯に、なにかとてつもない出来事があって、ガンブレードに転向した、と考えるのが自然だ。

 私は、一度、ため息をついた。

 先のとおり、溺川戦のまえにサクラはゲストと戦っていない。

 とはいえ、あの一戦を観たあとに、彼女に挑むような気概のあるゲストが――人間がいたとは、常識的には考えられない。難しいだろう。二の足を踏むはずだ。逆説的に言えば、溺川戦を観戦していない人物ならば、無謀にもサクラに挑んだかもしれない。その可能性があるのは――

 賽形きゆぶだ。

 もし、隠された時間帯にサクラと賽形が戦っていたとしたら、やはり、サクラは真犯人に近いというほか――

「あ、そっか……」

 サクラが犯人に近くなる――私は、先ほどフラボノが濁した意味を見つけた気がした。

「ひょっとして、犯人が分かりましたか?」彼は、のんきな調子で言ってきた。

「口が裂けても『犯人が分かった』とは言えないよ。この解釈は? 何通りぐらい?」

「多くても、ふたつでは?」

 いや、もっとあるでしょうに。

 私は、フラボノを仕舞い、少しだけ、考えを巡らせた。何か掴めそうだったが、結局、形にならなかった。



次の投稿は、明日の14時を予定しております。

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