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3.弁護士

 


 弁護士『波戸 絡子』(はと らんこ)の行動記録

 2332年 11月7日 午後1時53分





 友人の『サクラ』こと不染井そめないよしのあやが殺人事件の被疑者になり、かつ、逃亡した、というニュースを聞いて、私が手始めにしたのは、21世紀人の思考システムを再現した人工知能プログラムの製作だった。

 といっても、ほとんどの部分は【TEN】が提供するライブラリィから摘んできたものだから、私がやった作業と言えば、ごくごく些末さまつな性格設定くらいのもので、それらすべてを足し合わせても、ほんの数分程度の作業だったから、もの足りなさも手伝って、対話型と黙考型の二種類もつくってしまった。

 先々月、見事に決着をみた、およそ233年ぶりにこの東京で起きた殺人事件は、おそらく、『人類史上、一番知的だった』と言われる21世紀人の感覚をもってすれば、あっという間に解けたのではないか、と私に、1の反省と9の夢想をさせるのに足りるほどシンプルなものであったが、担当弁護人であった私を含めた24世紀人の知能退化のせいか、事件は公訴されあやうく有罪(第一審ではあったが)になってしまうところだった。


 その反省を踏まえての着手だ。


 要するに、私はサクラの弁護を引き受ける気まんまんなのだけれど、事件が発覚し、逃亡劇の幕が開けてから、もう、かれこれ9時間が経とうとしているのに、まだ彼女からの依頼はない。コンタクトすらない。親友のはずなのに。

 宙に【プロペ】を出して、サクラのアドレスを閲覧すると、私との『間柄』の欄に、ちゃんと『親友』と表示されている。

 これは日常風景や自動記録型の日記である『行動記録』から勘案して、【TEN】が客観的に評価したものだから、間違いはない。


 なのに――


 私は再三彼女に連絡を取ろうとしているのだが、不通。今忙しい、という旨の定型文が返ってくるばかり。

 彼女からの最後のメッセージは、事件発覚まえにアップされた『上には上がいる』というもの。

 おそらく彼女がご執心の『バトル』についてのことだろう。それ以降、いくら呼びかけても更新されない。わりと簡単に繋がりを断ち切れるものなのだな、と個人主義全盛の現代社会に、むしろ感心の念を禁じえない、そんな昼下がりだ。


「なんだそれ?」先ほど起動させたばかりの対話型21世紀人『センゾ』が訊く。

「これはね、【プロペ】」私は答える。

 地球上におびただしく存在する擬似原子こと、【マシン】が、人の要望に従い、結集し、任意の役割を備えて具現化したものを【プロペ】と呼ぶ。であるから【マシン】でつくった衣服やら料理やら家やらすべて【プロペ】と呼ぶべきなのに、一般に【プロペ】というと、宙に呼び出す形式の、電子画面型のデバイスのことに限定して指し示されるのが通例だ――と、まあ、このように思考で説明するのは、今、私の脳に駐屯して、私の『行動記録』を読んでくれているであろう、黙考型21世紀人こと、『貴方』のためだ。

 あー、『読み込み専門』である『貴方』のために、センゾのデザインも紹介しておこうか。

 形状は『人を模した』タイプ。サイズは、両手ほど――つまり、右手の拳を頭部に、左手を胴体と手足に見立てたぐらいの大きさ、太さだ。三頭身。色は全身、陽に当て過ぎた段ボールのようなくすんだ白系。質感はホワイトチョコを目指したつもりだが、オセロのコマのように、つるつるになってしまった。『対話できる』という特徴を表現するために、顔に、線で、簡素な目と口を描いた。そこで、あ、耳を忘れてる、と今さらに気づいた。


「要するに、空間投影型の、実体のないスマホってことな?」ふわふわ浮かびながら、センゾが言う。どうやら耳がなくても支障はないようだ。「なるほど、擬似原子で世界を満たしたわけか……、それなら、だいたいの問題にケリがつくな」

「ついたみたいだね」

 あらゆる不安と障害が取り除かれたこの世界は、創造主……、いや、管理責任者である【TEN】をして、『温室型のディストピア』と形容されている。

 あー、【TEN】というのはね、ええと、ネットから引用すると、『地球の運営を任された人工知能群のこと』だそうだ。21世紀終盤、自然災害を筆頭に、さまざまな問題が噴出し、もうどうにも立ち行かなくなった人類は、『神様』をつくって、そちらへ責任を丸投げした、という感じだ。【TEN】というネーミングの由来は……、面倒なので勝手に調べてください。ともかく、現在の地球には人工的だけど『神様』がいて、その奇跡めいた科学的な恩恵により人類はなんの苦労もなく生きている。まあ、理想世界のひとつの到達点と言えるだろう。


「でも【マシン】は擬似原子なんだろ? んで世界中を満たしてる」とセンゾ。「だったら、なんで、レイリィ効果で視界がキタノブルーみたくならないわけ?」

「そうならないように【TEN】が処理してるんだよ」

 これは現代の常套句である。

「なるほどねえ」センゾも察したようだ。「それが24世紀人の常識……、いや、処世術ってことか」

「情報量はかなり減らされてると思う。キミたちの時代の自殺者の多くは……、そりゃあ、遠因として、凄絶な自然環境の影響もあるだろうけど、実のところ、『情報過多で』ってことになってるんだよ」

「アンタのいう、『情報』には、人間関係も入るわけだな? ウソかホントか2030年に世界で一番観測された感情は『面倒くさい』だから」

「なるほどね」私は笑いそうになった。

「どうした?」と尋ねたセンゾを消す。21世紀の人は、たしかに面倒くさい。

 彼の設定を呼び出し、利口度を減らす。倍音から外れること著しいノイジィな声は悪くなかったが、もう少し聞き取りやすいように変える。出現頻度が『質問魔』だったので、こちらも『当意即妙』にした。以上の変更を反映させる。

 と、いきなりセンゾが登場した。「もう飽きてんじゃねえよコノヤロー!」

 そんな彼を遮るかのように、ハタ、ハタ、ハタ、と扇を思わせる美しい挙動で宙に【プロペ】が展開された。

 『三種の神器』の、八咫やたの鏡をかたどった――と言われるそれは、中央に『裁』の文字を刻んでいる。

 お察しのとおり、裁判所からの通達だ。

 中身を要約すれば、サクラの起訴が決まったため、私がその国選弁護人に選任された――とのことだった。 

「こくせん君じゃないの?」私は鏡型【プロペ】に尋ねる。

 人間がやりたくない仕事には、『代理』してくれる自律型ロボット(実体の有無は問わない)が存在する。『こくせん君』もその一種だ。

 ただ、由来不明の『ワトスン条件』という国際的な取り決めにより、人間の弁護士の平均より少しだけ低く能力をセッティングされているらしい。既得権益にこだわった先達の功罪と言えよう。

「刑事裁判における実績ないし被告人との関係性を勘案吟味して、波戸先生が適任だと判断いたしました」鏡型からは、中性的な音声が返ってくる。

 あ、『波戸先生』とは、弁護士である私のことだ。

 波戸絡子。ハトランコ。

 『絡子』と書いて、『ラクコ』ではなく、『ランコ』と読む。

 誤字ではない。

 まあ、この程度の『当て字』が24世紀の日本において、かわいいほうだと、『貴方』もひょっとしたら『桜』の読み仮名を見て、うすうす感づいているかもしれないが。


 さて、サクラ自身は、弁護人を指名しなかったようだ。

 そのあたりに彼女が逃亡している理由があるのだろうか。

 単純に、犯人だからじゃねえの、とセンゾなら言いそうなところだが、さすがに心の中を読むなんて破廉恥なマネはしないようだ――なんて思うと、心を読んでるのはそっちだろ、と言い返してきたりして――と、とめどなく妄想が広がっていって、もしかしたら、これが、サクラが私を忌避している理由だろうか、と思い至る。つまりはどういうこと? と妄想の中のセンゾが尋ねてきて、真相に辿りついちゃうのを恐れているってこと、と私が言うと、一拍置いて、じゃあ、やっぱり真犯人ってことじゃねえかよ、と絶妙な調子で、つっこんでくる――そんな想像をして、私は吹き出してしまった。

「一人で笑ってんじゃねえよ、気持ちわりいなあ」センゾが鏡型を乗り越えるようにして顔を出す。先ほどから、まるで当意即妙とは言い難いタイミングなのは少々気になるところではある。

「でも起訴したんだ?」私は切り替え、鏡型【プロペ】に訊く。

「そのようですね……」言葉の中に、まるっきり、人間のような『躊躇』があった。「申しわけありません。どうやら波戸先生のご期待に添えるようなお答えはできません」

 逃げるように鏡型【プロペ】は回転して消えた。

 ――かと思いきや、入れ替わるように、宙に『弁護士』を意味する三次元文字が、濃淡鮮やかなピンク色で描かれ、また違う【プロペ】が開かれる。

 今度は、後輩弁護士の井出ちゃんこと、『井出 悠香』(いで ゆうか)からの音声通話だ。

「お供します」開口一番、彼女はそう言った。

「なんの?」私はとぼける。

「これから現場へ捜査に出かけるのですよね?」

「耳が早いね」

「ええ」彼女は自信たっぷりの声だった。「ハッキングして調べたので」

「あ、資格とったんだ?」感心してみせたものの、私は、つゆほども信じていなかった。

「ええ、これで私もハッカーの仲間入りです」

 彼女は『ハッカー』と語尾を伸ばした。それがハッキング資格を得ていない証拠である。

 とりあえず現地集合の約束をして、通信を切った。

 身支度――と言っても、今の時代、衣服も髪もメイクも【マシン】で形成できる。なので、その組み合わせを選び、そよ風を浴びるくらいの気軽さで着替えさせてもらうだけだから、ほとんど一瞬で終わって、外へ出た。

 出た瞬間、街を彩る擬似樹から人知れず噴霧される香り成分――【フィッティ】のお陰だろう、思考はひんやりと鮮明になり、全身には、くすぐったくなるくらいに、やる気が漲る。素晴らしき世界を生きている。そんな奇跡的な感動でたまらなくなる。

 そんな私とは対照的な声色で――

「え、なに……、ここ……?」と、センゾが絶句気味に言う。

「なにって」私は答える。声が軽やかに高い。「東京だよ」

「え……?」とセンゾ。「……やぁだぁ、なんなのぉ、ここぉ……」

 すっかり気分が良くなっている私は、高らかに笑った。

 そりゃそうだ。

 2332年の東京は、見渡すかぎり、全面、砂漠色。

 まあ、青空はさておき、『プレート』と呼ばれる地面も、その上に設置された住宅などの建造物も等しくプリン色だ。

 しかも建造物は外観の意匠が省略され、平易な立方体型になっているから、ピラミッド建設の途中でストライキが起きたような光景となっている。

 もちろん、【視覚エフェクト】をオンにすれば、【マシン】が化粧を施して『見たい風景』が広がる。

 21世紀の東京はおろか江戸の街並みだって再現できるし、『選ばれなかった未来』的な機械都市や人工都市、西洋RPG風の魔法都市だって思いのまま。

 自分で考えるのが嫌ならば、誰かがデザインした風景も――それこそ【TEN】が用意した風景、いわゆる【TENプレート】を利用することもできる。自由だ。

 けれども、私は、この『ナチュラル』な風景が好きなので、そのような【視覚エフェクト】を掛けていない。

 こういう嗜好は現代社会において少数派だ。

 可哀想にセンゾも私と同じ風景を見ているらしい。

「これが未来の東京?」センゾが子供のような口調で訊いてくる。

「うん、東京……、文京区だね」私は興味が湧いて、【プロペ】を開き、古地図を検索する。「今いるところは、アンタが生きてた時代で言うと、ええと、狛江市だって」

「いや、わけ分かんねーし!」と、センゾは、ブリッジするように、勢いよく自らの頭部を地面に突き刺した。

 どうやら抗議のポーズのようだ。インドの『ヨーギ』に引っかけたダジャレになっているのだとしたら、私の手には負えない。ともあれ、センゾは今の『東京』に文句があるらしい。まあ、それを私に訴えてもせんなきこと、という感じだが。

 というか、実のところ、ここはセンゾや『貴方』の住んでいた『21世紀の東京』ではない。

 情緒的な意味ではなくて、物理的に『別物』という意味だ。

 『軸』が違うのだ。

 同次元の異軸世界とでもいうのだろうか。


 【TEN】は、『21世紀の地球』に重ねるように『新しい地球』をつくった。

 2100年の1月1日――つまり22世紀開始と同時に、人類は、そろって、そちらに移住した。


 簡潔にいうとこんな感じだ。まあ、『移住』なんて大げさなものではなく、ほとんどの『座標』は同じなので、瞬きするくらいあっけないものだったらしい。

 さて、デザインされた亜空間なので、『元の地球』と同様の物理法則が採用され、気候も再現され、住み心地は遜色ない――どころか、地震を始め、あまねく自然災害、エネルギィ・環境問題から解放されているから、絵空事のように理想的な世界となっている。

 見方を変えれば、【TEN】が登場する以前の『21世紀までの地球』は、摩耗しないよう大事に『保管』されている、とも言えるか。

 あるいは21世紀までの『世界』自体が『世界遺産』になってしまった、という感じだろうか。

 24世紀の神様である【TEN】は、いつか人類が自分を捨て、21世紀世界に帰還することを願っているらしい。

 ちなみに、今、サクラが逃げている『バトルワールド』も異軸世界だ。





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