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28.伏木


 井出ちゃんが戻ってきた。

 刑事にならうわけではないが、『推理』の進捗しんちょくは訊かない。

 そもそも、そんなもなく、次のゲストの登場だ。

 『伏木 広大』(ふせぎ ひろし)。67才。

 溺川おぼれがの門下生だが、国内の医師会に所属する彼は、コートふうの白衣を羽織はおっているように、私には見えた。

「私にバトルで勝てたら、なんでもお答えしますよ」

 たまにこういうテアイがいる。

「では、不肖ふしょうわたくしめがお相手しましょう」井出ちゃんに任せる。

 彼女たちはバトルワールドに入った。

 私は現実世界からそれを観戦する。

 あー、これも言い忘れたか。バトル世界も『異軸世界』だが、『現実』からは『バトル世界』の様子が分かるのだ。なぜかと言えば、この世界――というか、この『時代』最大のエンタテインメントである『バトル競技』を『現実』にいながら観戦したいという民衆の要求が強く、それに【TEN】が応えたためだ。


 さて、弓使いの井出ちゃんに対して、伏木の得物は、刀。

 現実世界で溺川おぼれがに師事していた伏木は、バトルワールドでもサムライだった。

 刀は購入品ではなく、生成したものだが、無銘。実在した『名刀』や『剣豪』の名を冠していない。つまり『神速居合しんそくいあい』すら習得していないということだから、もしサクラと戦ったとしても敵ではなかっただろう。

 時間無制限一本勝負は、なんとか井出ちゃんの勝利に終わる。

「約束どおり、なんでもお答えしますよ」伏木は、両手を広げ、そう快活かいかつに言った。

「では行動記録を見せてください」勝利の余韻か、井出ちゃんの目は爛々らんらんと輝いていた。

「お断りします」

「え?」

「お断りします、とお答えしたのです。さあ、どんな質問にもお答えしますよ」

 そういう意味ね。「賽形きゆぶさんと何か話しましたか?」私は訊く。

「ええ、サシで少し話しました」

「どのような?」

「いやあ。大した話は」

「皆さんで、六日囲碁をなさったのですよね?」と、井出ちゃん。

「ええ、最初は、安田君とね、せっかくブースがあるんだから、対局しようか、と……。それで、試しに賽形さんたちを誘ってみたら、オーケーがもらえて」

「賽形さんとは六日囲碁だけですか?」私は尋ねる。「バトルは?」

「ええ、お察しのとおり、こんな性格ですからね」伏木は欧米人のように皮肉っぽい笑顔を見せたが、さりとて嫌な感じはしない。「バトルには興味がない、と一蹴でした。そもそも、あの人はソメナイ・オボレガ戦にも立ち会いませんでしたし。今どき、奇特なかたです」

 井出ちゃんは頷きながら、こちらに笑みを送ってきた。私もその口だ。いや、本当は、観るのは人並みに好きなんだけれどね。あえて誤解させたままにしている。理由はない。

「では、不染井女史とはバトルを行ないましたか?」

 私はさらに問いを重ねる。

「いえ、さすがに」吹き出して首を横にふる。なにかとケレン味たっぷりの伏木だったが、このときばかりは心からの挙動のように見えた。

「彼女が他の方と戦ったところはご覧になりましたか? 溺川さん以外で」

「いやあ、だいたい、私でさえ彼女と手合わせしようとは思わなかったほどでしたから」

「なぜですか?」

「なんとなく、けがしてしまうようで……」口の片端を上げながら、目を伏せた感じが少年のようだった。「なんと言いますか、溺川さんと不染井さんの戦いの余韻をいつまでも引きずっていたい、というような」

「けれど賽形さんは誘ったのですよね?」つっこんでみる。

「ええ、それとこれとは別です」今度は一転、好々爺こうこうやのようだ。「私が胸にとどめておきたいのは、あくまで不染井さんたちの戦いの余韻ですから。ある意味、他の皆さんも同じような心境だったのではないでしょうか。だから、彼女たちに対し、誰も挑戦しなかった」

 その感覚は分かるような気がした。

「では、誰か、他の方とバトルをしましたか?」すっかり質問役の私が問う。

「ええ……」伏木は眉間にしわを寄せて、苦笑いを浮かべる。「ですが、その問いは、不染井さんの無実を証明するのに、なにか役に立つのですか?」

「分かりません」私は素直に答える。

「いや、失敬。愚問でした。私などには考えもつかない深遠な思慮があるのでしょう」皮肉か冗談か分からないが、伏木の笑顔は自然だった。「と言っても、一戦だけです」

 具体的には、天寿まっとう後、午前0時四43分に、同じくサクラのバトルに当てられた安田と戦ったそうだ。その対戦の流れで六日囲碁大会に移行したらしい。

「あるいは溺川さんの脳機能を再生すればすべては済む話かもしれません」伏木は言う。

「どういうことでしょう?」井出ちゃんが尋ねる。

「世の中に『天寿は【TEN授】』の言葉遊びがあるのはご存知でしょうか?」

「はい」井出ちゃんが応える。「天寿を迎える際、森羅万象、【TEN】が持つすべての情報を知ることができるから、『終わり』が怖くない、むしろ楽しみ、という話ですよね?」

 あるいは、死んだら【TEN国てんごく】という究極の異軸世界に行く、という説もある。

「ええ、拡張五感の最たる現象――締めくくりに相応ふさわしい現象です」嬉しそうに伏木が言う。「事件当時、溺川さんのご遺体は犯行現場と目されるポイントの真上。【TEN授】となった溺川さんならば、床一枚へだてた向こう側の様子を感知するなど、容易たやすいはず」

「人は死んでも、なんというか……、外部からの情報を読み取り続けると?」

「ええ、拡張五感、拡張器官は、精度だけではなく、長さも拡張している、ということです」彼は両手を揺らす。「どちらも容量の問題ですしね」

 死んだ瞬間、五感の容量が拡張されるなら、魂の容積が分かるかもしれない。

「考えてもみてください」脱線した思索しさくたわむれる私を、戸惑い、と受け取ったらしい。伏木は説得するような言い含める口調だった。「120年も生きていたのです。死後に迎えた、せいぜい数時間程度の記憶を、拡張して憶えていてもおかしくはない」

「その場合、死ぬ、という言葉の定義があやふやになりそうですね」私は言ってみた。

「いや、極めて単純ですよ。『死』とは、出力ができない状態です」

「将来的に『死』とは、『一時的に出力ができない状態』になるわけですね?」

「人類医学の大願でしょうね。まあ、一足飛びで行ける境地ではないのでしょうが」伏木は腕を組む。「ただ、問題なのは、人類にとって、それがどのような意味や価値観の変化をもたらすか我々自身が無頓着むとんちゃくである、という点でしょうかね」

 死者がよみがえる世界。

 エネルギィを始め、あらゆる物質的な問題が解決した今、その恐ろしく画期的なルールが導入された新世界は、けれど、特段、問題のない眺めに思える。

 なにしろ【TEN】がいる。

「内部犯なら――」井出ちゃんの声で、私は夢想から戻る。「わざわざあそこを現場に選ぶ必要はありませんよね? 伏木さんのおっしゃるとおり、そこは溺川さんのご遺体の真下。ご遺体の見学は、常時、誰にでも許されていたわけですし、デメリットだらけです」

「弁護士さんは、この世界で殺人を犯そうとする意味を、どう捉えますか?」

「分かりません」井出ちゃんは首を横にふる。

「私もです」彼は微笑む。「けれど、殺人者は何かしらの意味を見出みいだした……。彼――または彼女は、それで充分、目的を果たしたのではないでしょうか?」

 犯人の目的は『殺害』であり、それが果たされれば、たとえ、すぐに逮捕されても問題はなかった、という意味だろうか。もしそうだとしたら、犯人にとっていまの状況はどのように映っているのだろうか。

「もし、不染井女史が犯人でないとしたら、真犯人はどのような方法で犯行を成しえたと思いますか?」私は切り替えて尋ねる。

「なるほど、それは面白い思考だ」彼は言ったきり、しばらく黙った。「そうですね」と、ふっと笑いを含んだ声で言い、まいった、とばかりに首をふる。そして、「賽形さんの頭部が残っていれば、犯人が分かったのですが」と口の端を上げた。

 そのほか、いくつかの確認事項(これは刑事から得た情報の裏付けみたいな些細ささいな用件だ。ちなみに伏木もまた御神刀を一度しか見ていないそうだ)を済ませ、礼を述べ、伏木には消えてもらう。次のゲストまでは時間があった。


 そういえば、伏木のジョークで気づいたのだが、犯人が頭部を持ち去るメリットが――それはデメリットを塗り潰すことによって浮き彫りになる、見かけじょうのものであるが、たしかに存在する。簡単なことだ。頭部を残したままでは、誰かが胴体にくっつけて、『蘇生』させてしまう危険性があるのだ。首を切り落とした状態を【TEN】が単なる『大怪我だ』と認識するならば治療は許されるだろう。

 現に、TEN法第12条1項によれば、負傷者を【マシン】で治療して完治させたり、欠損・摩耗した部位があるなら【マシン】で補填したりすることも可能だ。だが、これはあくまで『生きている者』に限る。なので、対象の死さえ確定すれば、頭部を残しておいても問題はない。対象が『本当』に死んだかどうかは【プロペ】でモニタすればいい。

 けれど、もし何らかの事情によって、それができなかったとしたら? たとえば、犯人が賽形の首を切断した直後に、不意に誰かがやってくる気配がして、その場を離れなくてはならなくなったとしたら? その際、持ち去る頭部は、『蘇生を防止するため』という防衛術であると同時に、ちゃんと対象の死が確定したかを知るツールとなる。

 これが、犯人が頭部を持ち去るメリットだ。

「それはおかしいです」井出ちゃんに話してみたら、即座に異議を申し立てられた。

「どこが?」

「首を両断した瞬間、ヒトの死は確定するはずです」

「そうだっけ?」

「常識的に考えてそうです」

「フラボノ」水掛け論になるのが目に見えたので、私は呼んだ。

「『首を両断されたヒトが、厳密には、いつ死ぬのか?』という謎は人類が独力で解決すべき課題です。ただ、たとえ首を両断されたとしても、『直後』ならば【TEN】に依頼し、元どおりにすることは可能です」

「ギロチンによる首両断マジックは、いまや、単なるアクティビティになっちゃったわけですね」井出ちゃんが、やれやれ、とばかりに首をふった。

「『直後』っていうのは曖昧あいまいだなあ」私は、そちらが気になった。

覆水盆ふくすいぼんに返らす程度の余裕は与えてくれるでしょう」フラボノは煙に巻く。「ただ、施術の際には頭部と胴体、それぞれ両断面を漸近ぜんきんさせておくぐらいの配慮は欲しいですね」

 『切り落とされた首よ、戻れ!』と唱えた瞬間に、頭部がフワフワ~っと胴体に向かって飛んでいくさまは、たしかに気持ちの良いものではない。いや、グロテスクというより、リバイバルモノに出てくるCGのようでダサいという意味だ。さらに、今まさに接着する瞬間、双方のあいだに見ず知らずのおじさんが挟まったりしたら、それこそ怖い。

「……キン肉マンのサザンクロスみたくなるね」私は想像して言う。

「単純に頭部に用があった、というのはどうでしょう」と井出ちゃんが話を変える。「脳は特別ですから」

 ネタバレ禁止主義の【TEN】が大いに譲歩し、人類科学の独力発展のために与えた100個のヒント集――いわゆる『【TEN】の絶対則』には、次のような一文がある。


 《ヒトの『主たる部分』は、あますことなく脳に宿る》


「なので、犯人は、研究のための頭部を持ち去った、と」

「でも、脳の解剖は誰にでも、できるよね?」私はつっこむ。

 わざわざ殺人を犯してまで頭部を手に入れなくても、『研究対象としての脳』は【マシン】で容易に再現できる。一般人でも、誰でも気軽に、休日の趣味として、脳科学の研究者になれる。『日曜ドック』という言葉もあるくらいだ。

「じゃあなんで犯人は頭部を持ち去ったのでしょう?」井出ちゃんが訊く。

 堂々巡りになったところで、ちょうど時間と相成あいなった。



次の投稿は、明日の14時を予定しております。

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