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27.帷


 さて、続いては呼び出したのは『帷 百足』(とばり えり)。81才。

 門下生組だから、やはり袴姿はかますがたに見える。

賽形きゆぶさんですか? いえ、まったく、話らしい話はしていません。六日囲碁だけ……。まあ、六日囲碁の打ち筋こそユニークでしたが、だいたい、天寿を研究してるって言ったわりに、溺川おぼれがさんが天寿をまっとうする際にも立ち会わなかったし……、そもそも、あの不染井そめないさんのバトルも生観戦しませんでしたし……、よく分からない人でした」

 刑事の話では、賽形の研究対象はあくまで『天寿達成数時間後』であり、その『直前』や『直後』あるいは『なりかけ』の状態は、興味の範疇外だったのではないか、とのことだった。

「たしか天寿まっとうの4時間44分ぐらいあとに、溺川さんの天寿体から、微量、細胞やらなんやらを採取するとかで……、だから、帰らずに滞在している、みたいなことを」

 帷が、賽形とかわした会話はそれくらいのものだったらしい。

「犯行時間帯は、何をなさっていましたか?」井出ちゃんが尋ねる。

「部屋に一人でした」それだけだった。

 他の者との交流や、興味があるはずの六日囲碁についても、言葉少なだった。

 当然――というか、御神刀も最初に見ただけ。

 私は、井出ちゃんに攻め方を変えさせる。

「ところで話は変わるのですが、バトルは、なさいますか?」

「ええ、まあ、そりゃあ、人並みに」帷は最初、警戒するような顔つきだった。

「得物はどのようなものでしょう。差し支えなければ、ぜひ拝見いたしたいのですが」

「構いませんよ」

 帷は、ミゾオチの辺りから金色に輝く玉を取り出すと、握り潰す。

 次の瞬間、押し返されるように開かれた彼の手には、棒があった。20世紀の歌手が使うハンドマイクぐらいのサイズだ。キジ・グリーンの光沢が美しい。

「ヘビですか?」井出ちゃんが尋ねる。実際、そのような意匠がほどこされていた。

「龍です」

「たいへん失礼いたしました」井出ちゃんは、すっと頭を下げた。

 ――が、彼女が間違えるのも無理もない。それは西洋的なドラゴンではなく、東洋的なヘビ型の龍だった。先ほどハンドマイクと表現したように、胴体部分が短く、太い。私にしか見えないセンゾは「ツチノコみてえだな」と謎のコメント。

「いや、太古の時代から、杖と言えばヘビですからね」帷は満足そうに鼻息をこぼした。

 一般に、得物の性質を間違えられるというのは、使用者冥利みょうりに尽きる、してやったりなことなのだ。

「杖なのですか?」それにしては短い、と井出ちゃんは言いたげだ。

「試しますか?」帷は、すっかり機嫌が良くなっている。「――と、もう少し歳を重ねていたら、私も、お誘いしたのですが」

 誘うには、何かしらの格が足りない、というようなニュアンスだが、世代間ギャップのせいか、よく分からない。

 分かるのは、帷が『杖』とにおわせた龍型は、実のところ、ムチのグリップである、ということ。今は正面を睨んでいる龍の頭が上を向き、口を開けると、火炎が飛び出す仕掛け。この火炎が『ムチのヒモ』になるわけだ。さて、ムチと表現したものの、ヒモとなる炎の太さ長さは自在だし、重心を変化させて、任意で『しなり』を操作できるから、サンセツコンのように複雑な軌道を描かせたり、火炎をまっすぐ、ぴんと立ててつるぎのようにしたり、射程こそ短いが、ラグビィボール状にして、放出することも可能なようだ。生成武器としてはフレキシブルな部類に入る。ただ、火炎は精霊由来のものらしく、純粋な意味での『魔法』ではないので、威力は、たかが知れた。

「まあ、どのような性能かは、ご想像にお任せします」帷はうそぶき、得物を仕舞ったが、己のうかつさに気づいていない。見ただけで機能に見当がつくような特異とくいな人間がいるとは夢にも思っていないのだろう。

 とはいえ、この得物もサクラに影響を与えたようには思えない。

「話が前後しますが」頃合いと見たか、井出ちゃんが切り込む。「帷さんは、賽形さんの遺体の第一発見者です……。その辺りのことをおうかがいしたいのですが……」

 結果から言えば、大した話は聞けなかった。

 天寿後も溺川宅に居続けた理由、泊まった理由、六日囲碁に参加した理由、あの時間に帰ろうとした理由などについては「まあ、なんとなく」だし、死体を発見した際は「それは驚いた」と月並みな意見。こちらとしては、そういうものかなあと納得するしかない。

 その対応で気づいたのだが、帷は『容疑者扱いされ、口が重い』のではなく、『あのときは、ほとんど即興的な行動だったので、理由を訊かれても困る。むしろ、期待に応えられないのが残念だ』という困惑と申しわけなさの裏返しが、不機嫌に見えた原因であるように思えた。

 終わり間際、こちらの不躾ぶしつけを詫びると、彼が恐縮したことでも、それが察せられた。

 帷が消えたあと、次の面談まで時間があったので、ここで、いったん休憩。

 軽めの反省会ののち、井出ちゃんは、一人で考えたいことがある、と部屋から出て行った。


 私は【プロペ】を呼び出し、ネットの様子を覗く。情報収集のつもりだったが、いやあ、なんというか、それが醍醐味だいごみだと承知はしているものの、まあ好き勝手言っている。

 それは『釈明をせずに逃亡を続けている人間を、国の代表として選出するのはどうなのよ?』という真っ当な『意見』もあれば、彼女を殺人犯と決めつけ、その人格を全否定するような『悪口』もあった。『意見』に対しては大小さまざま、議論を巻き起こすものもあったが、『悪口』に対しては、それが面白ければ、笑うだけ――の寛容な世の中だ。

 そもそも今の時代、どんなに口汚くののしられても、悪感情をおぼえない我々である。『悪口』への心理的反射が必要なくなってしまった世界とも言える。それが進化なのか退化なのか、やたらと【TEN】が、今のままじゃダメですよ、とばかりに人類のひとり立ちを希求し、催促しているから、なんとも言えないのだけれど。

 さて、『意見』のなかで、私の興味を引いたのは、賽形が『天寿研究家』であることを踏まえ、あの夜、天寿した溺川の遺体をいじっているときに、なにかとんでもない発見をし、それが【TEN】にとって都合の悪いものだったため、目を焼かれ、殺害され、【エイリアス】に掛けられれば証拠となる『脳』を頭部ごと消滅させたのではないか、という【TEN】罰説。これはちょっと面白い。いや、この説の実現可能性などはさておいて、これだけ恩恵にあずかっている【TEN】に対し、そんな不遜なことを考える人類の、良く言えば、柔軟さ、悪く言えば、節操のなさが、なんだか妙に、私の琴線に触れたのだ。

「俺らの時代でも、あんだけ電化製品に囲まれてんのに、幽霊信じてる奴いたよ」と、センゾが、よっこらせ、と出てくる。「幽霊が存在するなら、幽霊が存在しないことを前提につくられたスマホは何が起きてもおかしくないくらい危ねえから、まずそれを捨てろって話だよな」

 どういう理屈かは分からなかったが、たとえの『ズレ』が興味深い。

 なるほど、人間というものは、話の流れに優先して、自分の言いたいことを言うのだな、と。

「俺としては――」センゾは、私の思考を読んだのか、話を戻すように、「こっちの説もいいけど」と、【プロペ】に表示されたネットの意見を全身で指し示した。

「どれどれ」

 私がその『見出し』に目を向けると、文章が脳内を駆け巡り、一瞬で『内容』が読めた。

 念のため断っておくと、あくまで、読める『だけ』である。『理解』や、それに付随する『読解』はまた別の話。読む手間が要らない、省略された、というだけのことだ。

「なるほど」私は脳内で咀嚼そしゃくしながら、感想を述べる。「天寿体だけを調べても意味がない。それと比べるための『普通の死体』が必要だった、という説ね」

「皮肉が利いてるのは、その比較するべき、普通の死体が、当の本人ってことだな。なにしろ、今の時代、天寿体よりも普通の死体のほうが貴重だっていう」

「面白いと思うけど、う~ん……、私が知りたいのは、動機じゃなくて手段なんだけど」

「手段に関して云々うんぬんしてる奴はいねえなあ」センゾは頭からコードを出して、【プロペ】に繋げている。おそらく『検索中』を示すパフォーマンスなのだろうが、有線というのが、まあ、なんとも前時代的で、味がある。「未来のヤカラも大したことねえなあ」

「まだ、本気になってないだけだよ」

「まだって、いつ本気になんの?」

「いつだろうね」

 ネットの記事を信用するなら、目下もっかのところ、サクラは逃げおおせているようだ。さすがに『まだ捕まんないの?』と『バトル界の政府』をなじる声も大きくなってきたが、それに匹敵するくらいに『今の彼女なら、来年のバトルカップでのリベンジが期待できるかも』という意見も増えてきた。


 実のところ、サクラの逃走がうまくいっているのにはタネがある。


 明日、この国でも代表選手が発表される、年に一度の、国別対抗団体バトル競技――通称・バトルカップ。そのレギュラは1チーム31名で構成され、そのうち14名は専門職――つまり、拠点防衛・回復補助・特殊工作員等に割く決まりになっている。なので戦闘員枠は残りの17名。先に述べたとおり、これがレギュラ枠だから、控えを合わせれば計26名くらいか。

 今夏、個人ランキング戦を棄権したサクラの国内順位は20ランク後退して、37位。

 選考基準を通例どおり、『ランキングの上位者から選ぶ』とした場合、今回は残念、サクラはあぶれてしまう――ように思えるのだが、ランキングの上位を占めるサムライ勢には、メンツを保つ目的か、『上位4名は、四天王と定義し、対外試合を禁じる』という独自の『おきて』がある。これで4名が抜け、さらに前述したとおり拠点防衛者は別枠だ。サクラより上位なのが5名。それと確実に辞退するであろう者が3人いるから、サクラの選考序列は実質25番目。これが追跡側にとって隔靴掻痒かっかそうよう、絶妙な順位となる。というのも、当然ながら、この追跡戦の結果もランキングに反映されるため、上位者は今、サクラと事を構えてもリスキィなだけだし、サクラより下位の者でも、欠員枠も合わせれば、代表候補枠は30近くまで膨れるだろうから、余計なことはしたくないはずだ。レギュラ争いは選ばれたあとの合宿で行なえばいい。もちろん、サクラの有罪が決まれば、労せずにひとつ枠が空くことになる。あるいは、上位者の中には、チームプレイに適さなかったり、来夏開催の『個人戦の世界大会』を主眼に据えていたり、そもそも団体戦に興味がないことなどを理由に召集を辞退する者が、わりといる。となれば、積極的に追跡チームに参加するのは50位くらいからか。しかも彼らがランキングに変動を起こすためには、ソロでサクラと戦い、これを打ち破らなくてはならない。事実上国内トップ20に入る彼女に勝つのは至難のわざだ。ランキングは対数表示ではないものの、順位が20も違うと、実力差は、かなり際立つ。よほどのことがない限り、サクラは不覚を取らないだろう。


徒党ととうを組まれたら?」センゾが分身して4体になり、騎馬戦の騎馬をつくる。

「まず個人がそこそこ強いのが前提」私は答える。「あとは戦略と相性だね」

「つーか、サムライ、バトルカップに出ねえなら、不染井討伐に参加すりゃいいのに」

「たしかにサムライは厄介やっかいだね~。とくに白刃戦は『剣道三倍段』みたいに、三倍強くないと勝てないって言われてる」

「三倍強い、っていうのが、もう、イメージ湧かないわ~……」センゾは分身を吸収してタテヨコ三倍の大きさになる。「あっ! わざと負けて、ランキング操作すれば?」

「【TEN】がそんなこと許すと――いや、見抜けないと思う?」 

 手加減や八百長などの人為的な順位操作は難しい。

「ふ~ん、で、アンタは何位なんだよ?」センゾは元のサイズに戻っている。

「ランキングに参加してない。観るのは、わりと好きなんだけどね~。でも動くの嫌いだから」

「じゃあ、不染井とやったら――」

「もう全然相手にならないね、瞬殺だね。自信あるよ」

「そんな自信あってもなあ……。つーかさ、今の説明だと、不染井も危うい感じだけど」

「っていうと?」

「そのサムライ四天王はランキング変動怖くないんじゃねえか? だって、わざとじゃなくても、正々堂々戦って、たとえ負けて順位が下がっても、そんときは開き直ってバトルカップに出られるぞ――って。そういうチャンスに思う奴がいるかもしれねえし」

「まあ、そう考える人はいるかもしれないね」

「しかも別にタイマンでやる必要もねえ。集団で潰せばいい。『お尋ね者を捕まえたとは、さすがはお侍さん』って名声も上がるだろうし」

「おー、さすが。サムライの本質を突いてるね。彼らにとって名声アップは重要」

「あ、じゃあ、逆に名声ダウンには、かなりナーバスってこと?」彼は唸る。「まあ、たしかに大勢で襲いかかって、全滅したら面目めんぼく丸つぶれだもんなあ。俺なら笑っちゃうね」

「でも、まあ、実際、四天王の誰か一人でも動いたら、サクラはあやういだろうけどね」

 ちなみに四天王は、国内ランキングのトップ5に全員が名をつらねている。

 むしろ、4位に、ちゃっかり、今回も日本代表の主将と目される『名塚 旺司』(なつか おうし)が食い込んでいるのが、兄貴肌の彼のキャラクタと相まって、頼もしく思えたりもする。

「じゃあ、お侍さんが動かないよう、祈っておかないとな」と両手を合わせたセンゾだったが、「――って、幽霊信じてねえのに神様信じてんのかい!」と自分自身で、つっこんで、うはは、と笑った。

 その絶妙な間と声の抑揚。

 24世紀生まれの私には高度過ぎる。



次の投稿は、明日の14時を予定しております。


※謎解きには無関係な箇所の訂正。

今回の第27話・本文にあるとおり、バトルカップは年に一度開催です。

(1次リーグが前年12月から始まり、年明け、2次、3次を経て、決勝リーグおよびトーナメントが翌年3月に行なわれます)


どこかの場面で書いた

『去年の初め、ザンビアで行なわれたバトルカップ――』は、

『今年の初め、ザンビアで行われたバトルカップ――』の間違いです。

(もう修正しました)


「場面によって、バトルカップの開催期間が違うぞ?」「時間錯誤トリックか?」と目をつけた方々には申しわけありません。


単なる『ミス』です(笑)


もし、気にしていた方がいらしたら、お詫びして、訂正いたします。



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