26.安田
さあ、『貴方』も覚悟してほしい。怒涛のゲスト連続面談の時間だ。
口火を切るのは『安田 教』(やすだ ごくひ)。33才。
溺川に剣術を習っていた門下生。
センゾは意外に思うのかもしれないが、彼ら門下生同士もあの日が初対面だったらしい。
「もちろん、兄弟子の存在は存じておりましたが」現れた安田は、私の目には、袴姿に見えた。「顔を合わせたのは初めてですね」
「手合わせ、みたいなことはなさらなかったのですか?」質問役は井出ちゃん。
「同門対決は禁忌です。クセがついてしまいますので」安田は、ハキハキと答える。好青年という感じだ。「完成された、師匠相手の稽古は別ですが」
ひとくくりに『門下生』と言っても、実際は溺川による個人レッスンが唯一であり、横のつながりはなかったそうだ。ちなみに、その剣術は溺川のオリジナルのもので、今回、帷と伏木に免許皆伝、継承された――とのこと。安田は今度からは伏木に師事するらしい。
「お師匠様の溺川氏が天寿を迎えるにあたって、あの日、すべての門下生が集まった、ということですね」井出ちゃんがまとめる。「ご友人の万里崎さんはどのような経緯で?」
「なんとなく話したところ、天寿に興味をもちまして。ぜひ連れていってくれ、と」
「ご友人のあなたの前で言うのも憚られますが、かなり奇特な方のようですね?」
そのように私が水を向けると――
「ええ」予想どおり、安田は愉快そうな顔になった。「奇特ではありますが、優秀な人間です。彼以上に頭の良い人間を見たことがありません」
ほう。
「被告人の無実を主張している、とか?」井出ちゃんが話の軸を戻す。
「ええ」安田は吹き出すように頷いた。「ですが、その根拠や理由は教えてくれません」困ったという顔をつくる。「そういう奴なので」
興味があるなら、と安田は、万里崎のプライベートアドレスを教えてくれた。
のみならず、私たちと会ってくれるよう、ひと肌脱いでくれるらしい。
「殺された賽形さんのことなのですが――」と井出ちゃん。「どのような方でしたか?」
「天寿達成者のコレクターですよね」安田も語尾を伸ばす。「溺川さんのお客さんとのことでしたが……」当然、賽形とも、あの日が初対面だったそうだ。
「何かお話はなさいましたか?」井出ちゃんが訊く。質問事項は打ち合わせ済みだった。
「え、賽形さんとですか?」安田は上を見た。私たちには見えない【プロペ】を出して記憶の検索を掛けているのかもしれない。「ん~、いえ、とくには。まあ、あいさつ程度ですね。あ、話ではありませんが、六日囲碁をしましたね。伏木さんたちと一緒に総当たり戦を」
溺川の天寿まっとうを見守ったあと、さっさと帰宅すればいいのに、伏木を筆頭に数名が残って、所有者がいなくなった建物で、おのおの夜を明かすことにしたそうだ。
曰く「気まぐれです」だそうだ。そして、その理由が通る世の中である。
溺川が天寿を達成し、表で、根岸による『式』が始まったころ、せっかく六日囲碁の専用ブースがあるのだから――と、彼らはそのような流れで対局を考えたらしい。提案者は安田と伏木。けれど二人だけでは味気ないと思ったそうで、サクラを含めた邸宅に残っている全員に『お誘いのメッセージ』を送ったところ、賽形と帷から『オーケー』がもらえた、とのこと。
改めて、メンツは、賽形に、安田に、伏木に、帷の四人。
総当たり戦だから、計6試合。
最初に対戦順を決めておき、決着がつくと、まず勝者が去る。
敗者は【プロペ】を介して次の対局者たちに連絡してから、去る。
そうやってブースをいったん無人にして、箱の中にこもった対局の熱――というか『想い』を冷ます時間をおいて、2分後、次の対戦者がブースへ。この繰り返し。
自分の対局以外は、他のメンバと和気あいあいと歓談――などということはなく、2階フロアの部屋で、おのおの趣味に没頭して、時間を潰していたそうだ。現代人の生活スタイルからみて、これらゲストの行動の中で不自然と思える箇所は、とくに見当たらなかった。
「ちなみに対局中はどのようなお話を?」井出ちゃんは『知らない者』の訊き方だった。
「対局中は――いや、終局後もですが、ゲームの進行に必要な声以外発さないのがマナーですから」やんわりと安田は答えた。「当然、終局後に感想――なんていうのもご法度です」
さて、とくに参考になるかは不明だが、対局順は次のとおり。
ちなみにすべて2332年11月7日午前のことである。
午前1時00分から1時13分まで 賽形VS伏木
午前1時16分から1時30分まで 賽形VS安田
午前1時33分から1時42分まで 伏木VS帷
午前1時45分から1時57分まで 安田VS帷
午前2時00分から2時10分まで 安田VS伏木
午前2時13分から2時26分まで 賽形VS帷
さすがに勝敗は教えてもらえなかったし、こちらも、尋ねるなどという無作法は控える。
対局時間は9分から長くて14分くらいか。
この数値も、別段、おかしなものではない。
「この対局周辺の行動記録を見せていただくことは?」井出ちゃんが切り込む。
「いやあ、それは……」と、断られたら、それ以上の請求は非礼極まりない世の中だ。
というか、まず、相手に『拒否の言葉を述べさせた』ことが礼を失している――と評価されてしまうくらいに『行動記録の開示要求』の話題は禁忌だ。
「では、もうひとつ、お願いがあるのですが」井出ちゃんは心証の回復を兼ねて、話を変えた。「安田さんの『得物』を見せていただけますか?」
「ええ、そちらは構いませんよ」安田は嬉しそうに顔をほころばせる。
次の瞬間、彼の両手には、棒型の農具のようなモノが握られていた。
黒檀めいた全長1800ミリの細長い棒の先に、鎌のような刃物がついている。異様に刃の部分がこぢんまりとした死神の鎌、みたいな感じだろうか。鎌の部分は貝殻のように白いが、刃の部分はキラキラしている。強度のためにダイヤモンドがまぶしてある、と【プロペ】が詳細を表示した。店で売っていない、自力でつくった、いわゆる『生成武器』だから、名称などはなかった。このように『得物』自体はバトルワールドに入らなくても、生成することができる。ただし、これは、あくまで『フェイク』であり、当然、殺傷能力などは備わっていない。だから、たとえ、もし、これで人に斬りつけたとしても、身体をすり抜けてしまうこととなる。ちなみにこの得物が正真正銘、安田のオリジナルであること――今、この場で、でっちあげたものでないことは、私が保証する。
「美しいですね」井出ちゃんは嘆息した。
「ありがとうございます」
『美しい』は得物を褒める際のフェイバリットなフレーズだ。たとえお世辞だと分かっていても、ついつい、にんまりしてしまう、赤子の笑顔のごとき威力がある。
「その得物を不染井女史に見せましたか?」私は訊く。「あるいは彼女とバトルを――」
「いやあ、まさか!」安田は笑みの残る顔で、大げさに首をふった。
「では、彼女の見ている前で、ゲストのどなたかと試合をなさったりは?」
「さすがにそんな恥ずかしい真似は……」安田は力なく微笑む。私が、そうですか、と考えるフリをすると、「なぜ、そのようなことを?」と訊いてきた。
「いえ、彼女が得物をガンブレードに変えた理由が気になりまして」私は、彼の心に疑問の種を宿そうと企てる。「もしかしたらゲストのどなたかに着想を得たのではないかと」
「なるほど」安田は感心したような他人事の声だった。「推理とはそうやるのですねえ」
「なにか、お心当たりは?」私は再度、彼の『探偵心』を焚きつけようと試みた。
「いやあ、私の知る限りは」と否定の手振り。そして、こちらの次の言葉を待つような顔になる。
「実際、彼女が犯人だと、お考えですか?」単刀直入に訊く。
「う~ん、そう来ますか……」安田はやっと考える顔になった。「まあ、たしかにそうですねえ。来月にはもうバトルカップの一次予選が始まりますし、不染井さんは、こんなことがなければ、明日――もう、発表は明日ですね……、順当に代表に選出されただろうし……、言われてみれば、たしかに、こんなことをするメリットは……」
「では、もし彼女以外に真犯人がいるとしたら、どのような方法で賽形さんを殺害したと思いますか?」畳みかける。
「いやあ、見当もつかないですね」安田はサジを投げた――というよりは、ジェントルにサジを置いた、という感じだった。「私を含め、不染井さん以外の容疑者は全員『シロ』判定でしたし……。ほかに誰か、溺川さんの家に入れた人間がいれば――ですかねえ」
私は、井出ちゃんにしか聞こえない『通信経路』で「なにかある?」と訊いた。
「蒸し返すようですが」井出ちゃんは安田に問う。「天寿を見守ったあと、自宅に帰るのを渋ったのには、なにか理由でも? 先ほどは『気まぐれ』ということでしたが」
「いやあ、本当に特別な理由はありませんよ。余韻に浸っていたかった、という感じなのでしょうか。自分でも、ちょっと、不思議な感覚でした。まあ、強いて理由を挙げるとしたら、『式』を施している建物の中にいるというレアさに惹かれた――のでしょうかねえ」
センゾの声が頭の中に響く。「洗車機の洗うさまを車内から見る――みたいな感じか?」
彼に倣って下品にプロファイリングするならば、久々に生身の人間に会ったため、このまま別れてしまうのが惜しい、という気持ちが芽生えたのではないだろうか。現在の日本、いや、世界の総人口を教えたら、センゾは、ひっくり返るかもしれない。
このまま別れるのは惜しい、という己の発想に喚起されて、「安田さんは、事件発覚後、御神刀のありかを気になさったり、ブースの中を覗いてみたそうですね? その理由をお訊きしても構いませんか?」興味はなかったが、そう尋ねてみた。
「御神刀は単純に、首を斬るのに使用されたのじゃないかと思っただけですが……、ブースは……、そうですね……」安田が躊躇を見せたので、私はひそかに諦めかけたが、「実は――」と彼は続ける。「賽形さんが対局中、『断頭台』を使ったのを思い出しまして……」
「断頭台?」井出ちゃんが訊き返す。
「ええ」安田は神妙に頷いた。
断頭台。
六日囲碁の戦法――というか『展開』のひとつであり、この展開になると、勝敗は『断頭台が完成するか否か』の一点に集約されることとなる。となれば、仕掛けられた側は好きなように打てなくなり、『フラストレーションを溜めるのでは?』と懸念する向きもあるだろうが、これがまったくの杞憂。下手の横好きである私が断言しておこう。『六日囲碁は、どのような展開になっても面白いのです』と。しかも『断頭台』は数ある展開の中でもとくにスリリングで、かつ、断然、断頭台を潰すほうが楽しいから、相手が狙ってくれるなら、それは願ってもないシチュエーションなのだ。
「賽形さんとの対局では『民衆』を呼ばれるところまで追い込まれて、万事休すかという局面で、こちらの『糾弾』が決まって、どうにか事なきを得ました」安田は誇らしげだ。
たしかに、その決着は、ちょっと、羨ましい。自慢したくなるくらいに劇的だ。
「よろしいのですか?」井出ちゃんが首を傾げる。「対局の内容を晒してしまって」
「感想を云々しないのは、当事者間だけです」安田は微笑む。
彼女の右隣にいる私が、したり顔で頷いているのを横目で見たのか、井出ちゃんは「私が六日囲碁を習得していないせいでしょうか。今ひとつ、断頭台と先ほどの問いとの結びつきが理解できないのですが」と言った。
「あー」安田は、ちょっとだけ恥じ入るような笑みを浮かべた。「実は、賽形さんと指した、他の方々も、私と同じように『断頭台』を仕掛けられたということでした」
「なるほど、あの夜、賽形さんはどうしても首を刎ねたかった、ということですね?」と微笑む井出ちゃん。「実際、そちらの対局では『断頭台』は決まったのでしょうか?」
「いえ、二人とも阻止したようです。そんなわけでビリは賽形さんです」
「ちなみにトップは?」
「伏木さんです」安田は肩をすくめる。「全勝です。圧倒的でした。私は3位」
「遺体を発見した安田さんは――」私は見当がつき、訊く。「賽形さんが対局中、『断頭台』にこだわったことを思い出し、ブースの中を覗いた、ということですか?」
「ええ」
「ブースの中に賽形さんの頭部があるかもしれない、と、お考えになったわけですね?」
「そういうことです」安田は、照れくさそうに頷く。「もちろん、そんなものはありませんでした。テーブルとイスと空気だけです」
『六日囲碁』の競技盤と駒は【マシン】製である。対局まえに【マシン】でつくり、終局後、勝者が去ったのを見送ってから、敗者が、跡形もなく崩して消す――というのが国際的なルールだから、ブースの中に競技盤が存在しないのは自然だ。
さて、ウソかホントか、『歴史の変遷をモチーフにした』といわれるこの六日囲碁――その競技盤は、戦況に従い、新しい盤を幾重にも上へ上へと重ね積みあげていくのが特徴で、この様相が、あたかも本が重なっているように見えることから、『本積み』と呼ばれたりする。
賽形の頭部がない死体を発見したとき、安田は何を思い、ブースへ向かったのか。
ひょっとしたら彼は、ブースの中に組まれた『本積み』の上――そこに、切り取られた賽形の頭部が置かれていると空想したのではないだろうか。
それは、まるで――
「檸檬ですね?」私は、安田に言った。
「レモン?」横から井出ちゃん。「それも六日囲碁の展開ですか?」
私は首を横にふる。「いや、梶井基次郎の」
「カジイモトジロウ……?」
自信なさげに呟いた井出ちゃんはともかく、安田は察したようだ。
「『断頭台』が完成すると、当然、切り落とした『頭』は、競技盤のテッペンに置かれることになります」彼は、こちらを見ながら、説明する。
「『本積み』の頂上に、ですね?」私は合いの手を入れる。
「ええ、対戦相手が日本人なら、それは黄色でしょう」
「爆弾になる、と?」
「お恥ずかしい話」彼は自嘲気味に笑む。「犯人は、そのような『見立て』をつくったのではないか、と……、まあ、ちょっとばかり、期待したわけです」
事件発覚後、奇想に駆られ、ブースを覗き込んだ安田が目にしたのは、20世紀初頭の小説家・梶井基次郎の短編『檸檬』に見立てたギミックなどではなく、テーブルとイスに空気、それと同じく目に見えない【マシン】だけだった、というわけか。
「爆弾となった賽形氏の頭部は、もう、木っ端微塵に消し飛んだ、という解釈はいかがでしょう?」私は言ってみる。「本積みの残骸も残らないほど、見事に消し飛んだ、と」
「う~ん」安田は唸った。「さすがは弁護士さんですね、面白い発想です」
「だとすると、犯人は、賽形氏と手合わせした中にいることになりそうですね?」
そう私は詰める。
「あ」と気づいた顔を見せたあと、安田は唇の端を上げ、目を細めた。「う~ん、どうでしょうね、全員、【エイリアス】をクリアしましたから」
私の視線を安田は受け止めた。数秒見つめあったが、彼は視線を外さなかった。
「ではもう一つだけ」私は右手で一本指をつくる。「最初に溺川氏に見せてもらったあと、御神刀を見ましたか?」
「はい?」安田は心底意外そうな顔をして、思い出す顔になる。「いえ……、一度実物を見ましたので……」
一度実物を見れば、刀のデータは行動記録に残るので、【マシン】で自由に再現ができる。
わざわざ実物を見直す必要はない、ということだろう。
もちろん、そんな『心理』は重々承知だ。
あくまで事件に対して興味を惹かせるためのテクニックだ。
まあ、我ながら、せこいが。
そのあと、刑事から伝え聞いた事柄の確認を済ませたのち、何か思いついたことがあればいつでも連絡してください、と言い添え、私たちは礼を述べて、安田を見送った――というか、『本来、別の場所にいる安田』の姿は消えた。
「梶井基次郎」二人きりになってから、井出ちゃんが呟いた。
「ミステリ作家以外、知らないでしょ?」私は、小ばかにするように言った。
「知ってますよ、梶井基次郎くらい」井出ちゃんは頬を膨らませる。「『桜の木の下には死体が埋まってる!』ってやつですよね?」言って、彼女は、はっとした顔になった。
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