25.まだまだセンゾの疑問に答える
答えに窮したわけではないのだが、センゾはペンで頭をかいて、まあいいや、とぶっきらぼうに呟くと、「あと、ロボット則ってなんだ?」と率先して話を変えた。
「簡単に言うと、『この世界の機械は、人間を傷つけることができない』っていうルールかな?」
「なるなるほどほど、お前ブスだよな?」センゾは私を見た。「とかって言えないわけね?」
「21世紀の人は、たかが言葉で人を殺したりしたんだよね? 感受性が豊かというか、なんというか」
住む世界が違う、というのは一面真理をついているかもしれない。
「そういうことじゃあねえでしょ」センゾは両手を振り回す。「物理的に人を傷つけることができないってことだろ?」
「そういうこと」
「機械は人を傷つけることができない世界。なるほどなるほど」
「その機械には【マシン】も含まれる、っていうのは重要だね。というのも、ほとんどの人間は【マシンアシスト】を使ってる。最大の恩恵は筋力アシストだろうね。たぶん半日くらいなら全力で走っても疲れないと思う」
「半日? こっから箱根ぐらいまで全力疾走って?」と、センゾ。「汗は?」
「汗?」私は記憶を検索した。「心の涙ってやつ?」
「涙が心の汗だろ」
「いや、違うでしょ。涙は涙でしょ?」と私は、手のひら返し。
「も~!」センゾは悔しそうなりアクションをした――が、すぐに収まる。「いや、違う。そういう世界そういう世界……」
「なにそれ?」私は笑いをこらえて尋ねる。
「俺さあ~、たぶん、生身のまま、この世界にいたら、すぐ死んでると思う」
私は今度こそ笑った。具体的な理由は定かではないが、しみじみとしたセンゾの声色がなんだか面白く思えたのだ。
「要するに」センゾは絶妙に私の笑いがやむまで待ってから、仕切り直す。「人を殺すときは【マシン】のアシストを使えないってことね。あと【エコー】のつく道具はコロシには使えないと……。ちなみに、アシストがないとどれくらいの筋力なんだ?」
「ええと、今の10~70代くらいまでは、21世紀の20~30代と同じかな?」
私は【プロペ】で変換表を呼び出し、伝えた。
「お~、意外と強くなってんだな人類」
センゾは、漢字の『火』みたいなポーズをする。
「【マシンアシスト】を使うことによって、知らず知らずのうちに効率的に筋力を鍛えてる、ってことみたいだね」いつ、ひとり立ちして、火星に移住してもいいように。「で、70~90代は、健康な60代くらい。さすがに100才越えると年相応になると」
「100才からね……。じゃあほとんどのゲストに犯行はできそうだな。でも【エイリアス】の判定がネックか……、う~ん……、でも、これは、あれだなあ」
「なに?」
「分からんけど、21世紀の小説に出てくる『名探偵』ってやつなら、『不染井無実のトゥルーエンド』に、なんとなく目星がついてんじゃねえかな? そんな感じする」
「あ、やっぱり?」
私の思考を読んでいる『貴方』には、すでに真相が分かっているのだろうか。
「ただ、『断定するにはまだピースが足りない』っつって」センゾはおっさん口調で言い、へへへんっ、と鼻を鳴らして笑う。「そんなん言うのよ、あの人ら」
「指針があるなら、確認作業も楽だよね。士気があがるっていうか」
「なんかさー、俺思うんだけど」
「なに?」
「未来の奴って、もっと頭いいのかと思った」
「マサララーアビィの法則っていうのがあって、近代における人類のテクノロジィレベルと人類の最高知能の積は一定、らしいよ」
「はああ?」センゾは瞬時に不機嫌になる。「一定になるように都合よく変化する『年代係数』みてえなモンつくって、帳尻合わせてるだけでしょ、どうせ」
「いや、実際、現代人は馬鹿になってると思う。必要がないから――ん、違うな、質が変わったっていうか、知能は靴みたいに用途に合わせて気軽に選ぶ時代になったというか」
「お天道様が『人よ、愚かであれ』って望んだんだな」
「逆でしょ。人が『愚かでありたい』って願ったんだよ――なんて言わせたいの? さっきも言ったけど、この世界だと知能を向上させる意味がないんだよ」
「あの、なんだっけ、【マシンアシスト】だっけ? それで知能高めることできねえの?」
「できるよ。誰でも、ラマヌジャンの速度で考えることが可能だし」
ただ、それを『殺人事件を解決する能力』に反映させることは禁止だ。
同じように、創作作業に使うこともだ。この関連性は興味深いが。
「いやあ」と、センゾは『一言』あるようだ。「そこはアインシュタインじゃない?」
「21世紀の人は好きだよね~」私はちょっと小ばかにする感じで言う。「序列があるわけじゃないけど、今はポール・ディラックのほうが評価されてるね」
「ポール・ディラック? ――のほうが評価されてる?」センゾは固まった。「ということは……、いかんいかんいかん!」
私は吹き出した。「なにが?」
「どどどどえらいことが起こるでえええええええ」
「起こんないよ、【TEN】がいるし。あ、ちなみにモノポールなんて存在しないから」
「断言した! 嘘だろ! ねえのかよ! あれよ!」
「でも、つくれたんだよ。【TEN】が、だけどね」
「意味分かんねえ、存在しないのに、つくれたって、なにそれ? それが存在するってことじゃないの? し、死ぬ~!」
「なんで?」脈絡がなくて笑ってしまった。
「本来知るべきじゃなかった情報に侵される~!」
「あー、『悩殺』って言葉あるじゃん。あれ、私、最近まで、脳みそで『脳殺』だと思ってたんだよね。あまりにも魅力的で心奪われるなら、悩み殺されるより、脳が殺されるほうがインパクトあるし、『思考停止』という意味では、しっくりくるし」
もうセンゾは冷静になっている。「うんそうですね、って俺、何、求められてんの?」
「いや、アンタは話聞いてるだけでいいから」
「……未来の女も、変わんねえのな」センゾはしみじみ言ったあと、「あ、そういや、未来人の特徴、分かったんだけど」と話題を変える。
「未来人?」あー、私たちのことか。「どんな?」
「未来人って、みんな同じ顔してるな、って、とくに野郎」
「どこが!」私は思わず吹き出してしまった。
けれど、センゾは大真面目な顔をしている。
どうやら冗談ではないらしい。
少し興味が湧いて、【プロペ】を出して、ゲストの顔の画像を表示させてから、もう一度言った。「どこが?」
「いや、そりゃあ並べて比べちゃったら違うでしょうよ~」弁解するセンゾは、また私を笑わせた。「あれえ……、おかしいなあ、いや、でも、事情聴取んときは、マジでみんな似た感じに見えたんだけどなあ……」
「今と昔じゃ、目の解像度が違うのかもね」
「てか、みんな、美男美女だよなあ」やだやだ、とセンゾ。「ファイアー・エムブレムかっての」
「私、ドーガ、好きなんだよね~。両足にブーツに履かせて、グラディウスだけ渡して、敵陣に一人で突っこませる」
「それはまさしく神を――いや、カミュを冒涜する行為……。んなことどうでもいいわ。今ってみんな整形してるの?」
「今は、自由に好きな顔になれるんだよ」
「へっ?」
「まあ、ただ、実際変える人は少ないかもね。みんな、『最初』の自分の顔が好きっていうか」
「んんん? 今、聞き捨てならない情報が出たけど」センゾは、ひらめいた、という顔つきになった。「じゃあなに、誰かと同じ顔になれんの?」
「いや、『今、生きてる人』と『死後30年以内の人』の顔は、駄目。使用不可」
「あ、いやいや、『同じ』じゃなくていいや。双子みてえにソックリになれるんだよな?」
「う~ん」私は彼の言いたいことに見当がつき、一瞬、言葉に詰まる。「今はね、双子って、それこそ生物的な意味しかないんだ」
「どゆこと?」センゾは、ダチョウみたいに踊る。
「井出ちゃんの好きなミステリのルールにさ、『双子は出しちゃいけない』みたいなのがあるんだけど」
「知ってる知ってる。ノックスな」
「端的に言うと、今の人たちには、双子だろうが六つ子だろうが区別がついちゃうの」
センゾは驚かない。「……端的に言うと、それが現代人の特性ってことか?」
「そう」
「なんか――」彼は、けれどその続きとなる言葉を発しなかった。
「だからどんなに顔を似せても、私たちには、それが違う人間だって分かるの。【エイリアス】の世話にならなくてもね」
「珍しく断定したな。論拠は?」
「法律がある」
TEN法第13条1項を意訳すれば――
《同時期に、見分けがつかないほどの同じ顔は、二人以上存在できない》
あるいは、同条2項は――
《死後30年経過していない者と同じ顔に整形することはできない》
「【TEN】の決めたことは絶対――ということか」センゾはメモを取る。
「あるいは【TEN】が人類に『絶対』を与えた、という見方もあるね」
「え、じゃあ、もし、アンタがさ、顔を変えて、親とか身内に会ったら、分かるの?」
「分かるよ」有名な話だ。「もっと言えば、昔どんな顔だったか忘れちゃう、感じ?」
「えええー……、なにそれー……」
「身内じゃなくても一回会えば分かるね。『あ~、この人、顔を変えたみたいけど、あの人だな』って。なんかね、ワレワレは、心臓の鼓動音で個人を識別してるみたい」
「だから顔を変えても、平気ってことかあ……」短い足で座禅を組もうとしたセンゾが、お尻を地面につけた反動で、跳ね、立ち上がる。「ちょっと待った! 今、個人の識別は、心臓の鼓動音で――って言ったな? じゃあ、あの死体は本当に賽形だったんか? 心臓止まっちまったら分かんねえぞ。顔もねえし」
「うん、だから、刑事さんも、その点は【TEN】に確認したって言ってたよね?」
殺人事件の捜査に非協力的な【TEN】も、さすがに個体の識別ぐらいはしてくれる。
森岡刑事からもらった捜査資料にも『頭部を切り離された遺体、その全身から、まんべんなく30箇所ほどの『肉体的情報』を採取し、【TEN】に問い合わせたところ、『間違いなく、すべて、賽形球のものであると【TEN】が保証した』と明示されていた。重複のある稚拙な文章だが、その内容は【TEN】のお墨付きなので、間違いはない。
「う~ん」八方塞がりになったのか、センゾは唸る。
それで、ちょっとだけ、同情してしまう。
というか、それで困るのは、巡り巡って私なのだが。
「そっか、でも、まあ、そうだよね~、この状況、21世紀の人なら、頭部を切ったのは、『人違い』を起こさせるため、って考えるよね~」
私は、センゾを慰めるつもりで言ったのだが、自身の言葉に引っかかった。
それならば、どうして犯人は頭部を持ち去ったのだろうか?
なにか、持ち去る目的があったのか、それともやむを得ずだったのか。
あるいは第三者の介入があったのか。それがあたかも犯人によって持ち去られたかのように見えているだけなのだろうか。
なんだかんだで、糸口が掴めたような気がする。
まだ『貴方』の気配はある。
あれ、このぶんだと、私が先に『決着点』を掴める?
『貴方』は黙っているので、分からない。
そこで着信が入った。
通話を許可すると、あの井出ちゃんの飼っている犬型が現れた。
21世紀ふうの『郵便配達員』の帽子を被っていた。背中には、いっちょまえに郵便カバンを乗せている。犬型が短い前足で、カバンを開けてください、という仕草をしたので、開けてみると、パステルな封書があった。触れると、【プロペ】が立ち上がる。
「ゲストへのインタビューの準備が整いました。3分後から始まりますので、そちらに向かいます」画面に映った井出ちゃんが伝えてくる。「ただ、万里崎さんとはコンタクトが取れませんでした。ウチのやもめんも頑張ったのですが、猫型のペットに門前払いです」
見ると、犬型――やもめんは、口は逆三角形の笑顔のまま、豆粒みたいな目の上、眉毛を『ハ』の字にして、顔には『し』の字の汗をたらり、申しわけない表情をつくっていた。
「ネコに負けたの?」と、やもめんの帽子を奪うように脱がすと、予想どおり、頭頂部に大きな絆創膏を貼っていた。よく見れば、身体も、ところどころ傷つき、汚れていた。
やもめんは、いよいよ、恐縮してます、という感じで、胴体のサイズを小さくしたが、頭はそのままの大きさだったので、むしろ、図々しく見えた。センゾが「そんなときもあるよな~」と、ぺしぺしと犬型のオタフクみたいな頬っぺたを叩いて、慰めた。すると、『どうしました?』という感じで二匹の息子犬が現れたので、私は指を鳴らしてやる。
途端に、やもめんの傷は癒え、全身の汚れも解消した。
毛並みは、むしろデフォルトより、良くなったはずだ。
この我が身に起こった奇跡を、やもめんがどう理解したのか定かではないが、足元にじゃれつく息子犬を、器用に、下膨れのほっぺたをスコップのようにして、ぽんぽん、とすくい上げ、頭の上に乗せると、私に笑顔を向け、わずかに一礼、身を翻すと、部屋に『窓』をつくり、そこから飛び出て、どこかへ駆けて行った。
だんだん小さくなるその後ろ姿――
「それが、あの犬の最後の姿になろうとは、このときの私は想像もしなかった」
私がふざけて、そう呟くと、米粒サイズになるまで粘っていたやもめんが、ずっこけた。
後ろからドアを開けて、井出ちゃんがやってきた。
となれば、あの犬はどこへ向かって駆けて行ったのか、いよいよ謎だ。
それはさておき。
さあ、『貴方』も覚悟してほしい。怒涛のゲスト連続面談の時間だ。
次の投稿は、明日の14時を予定しております。




