24.センゾの疑問に答えましょう
波戸絡子の行動記録
2332年 11月7日 午後5時25分
ではさっそくゲストたちと面談――とはならない。
向こうにも都合というものがある。
とはいえ、これだけ通信技術が発達した現代だから、わざわざお宅へお邪魔する必要などない。
私たちは、都内にある川越エリア(またセンゾが暴れた)の『空き地』に【カプセル】を停めて、そこに【マシン】で一軒家をつくり、ゲストとの面談会場とした。
井出ちゃんは今、別室で、ゲストたちと面会スケジュールについて交渉している。
なので、そのあいだ、私は、センゾの相手をすることにした。
「じゃあ質問すっぞ!」センゾがぐるんぐるんと腕を回した。「まずは、この【TEN】の【TEN】【TEN】うるせえ問題について」
「【TEN】がどうかした?」私は、訊き返す。
「それ! それだよ!」センゾが、もお~、と、身もだえする。「なに、その音」
それで私は、ぴんとくる。「あ~、【エコー】ね」
「ほら、また~」
本来、人類の力だけでは手に入れることができなかったであろう科学技術には――その名称を声にする際、【エコー】と呼ばれる特殊な【サウンド・エフェクト】が掛かって聞こえる決まりだ。なので【TEN】と、天や点や、あるいは英語のtenとは『音』で区別がつく。ちなみに、私の行動記録を『読んで』いる『貴方』の目には、それらは【○○○】というふうにカッコ付きで表記されていることだろう。説明が遅くなってしまったかもしれない。
ちなみのちなみに、【TEN】が『世界および地球』を管理運営するにあたり、その権力の範囲を明文化した『TEN法』は法律文――つまり『文章』扱いされるため、【エコー】は付かない。
「要するに、【TEN】がつくったモンとヒトがつくれるモンは明確に区別されるってことかあ?」と、センゾ。
これも遅ればせ――かもしれないが、【TEN】は『創作活動』同様に、自分で見つけた物理法則や数学の証明など『広義科学技術』を人類に教えてくれない。それは人類が独力で解くべき課題か、あるいは『楽しみ』である、と認識しているらしい。もちろん、演算ツールなどは貸与するが、ろくにヒントもくれない。おかげでまだ数学的難題は3つも残っている。
「なぜにそんなことを?」妙な日本語でセンゾは訊いてくる。
「そりゃあやっぱり、人類に身の程を思い知らせるためじゃない?」私はテキトーに返す。
「ふ~ん、なるほどな。【TEN】の支配下から脱却しようと目論む、人類の思想勢力が存在して、そいつらに『独立してもいいけど、めっちゃ不便ですよ~』って、それとな~く、知らしめてるってことな?」
「半分正解」私は宙に【マシン】で丸を描いて、半分に割ったのをセンゾの頭にぶつけてやる。「もう、根幹が違うの。なにより人類のひとり立ちを希望しているのが【TEN】自身だから」この話題は、ちゃんと説明しようとすると長くなる。なので、「ちなみにアンタには【エコー】は、どんなふうに聴こえる?」と話を変えた。
「言ってみて」センゾは頭にシールのようにくっついた半丸を短い腕でなんとか剥がそうとしながら、こちらに注文する。
「【TEN】【TEN】【TEN】【TEN】……」連呼してやる。
「なるほど」言った瞬間、センゾの身体が輝き、頭の半丸が粘着力を失ったように剥がれ落ちる。「ええとな、【TEN】っていう言葉と同時に遠くの池でコイが跳ねる音がして、プラス、爽やかな風が吹いたあとみたいになって……、う~ん、表現が難しい。とにかく、単純な音だけじゃねえ感じ」
コイが跳ねる音か。
私としては、水で出来たピアノの響きに似ている、と思う。
知り合いには、そうではなくて、電子木魚に猫が手を置いた音に聴こえる、という者もいる。
サクラは『セーウンの声』に似ている、と言っていた……。
「好きな曲は?」私はセンゾに訊く。
「なんだよ、いきなり」
いいからいいから、と私にせっつかれて、彼は21世紀初頭に日本で流行った男性バンドの曲名を口にした。
「じゃあ、それ」すでに私の意志を察してか、【プロペ】に『音楽プレイヤ』のソフトが立ち上がっている。「ボーカルだけ、セーウンに代えて」
すると、まるで眼前で演奏がなされているかのような臨場感でギターリフが始まる。
「おおお! 未来じゃん!」と、興奮気味だったセンゾは、セーウンの歌声が流れると、すぐに『耳』の辺りを塞ぐ。「なんじゃいこりゃあ!」
「どんなふうに聴こえた?」
「うへ~、なんか気色悪い」センゾは『試すように恐々手を離してはすぐにまた耳栓』を繰り返す。「や~、やっぱ、やだ~! なにこの声~! バカじゃないの~!」
「どんなふうに?」私はまた訊く。「黒板を爪で引っかいたみたいに嫌?」
「なんか、新しい扉開いちゃうみたいなあ~」センゾはさっきから、いわゆる『オネエ言葉』だ。「取り返しつかなくなっちゃうみたいな~」
あれ、嬉しがってる? 評価が分からなくなった。
「どことなく、【エコー】っぽく響いてない?」私は誘導してみる。
「そこはかとな~く、な」耳からうっすら手を放しながらセンゾは言う。「それは分からんでもない。ちょっと神々しすぎて妊娠しそうだわ」意味不明である。「やめて」
と、センゾが最後に冷たく諭すように言ったので、私は吹き出した。
「あー、やめたほうがいいんだ?」【プロペ】ごと、ソフトを消してやる。
「セーウンだっけ、さっきの」センゾは、少しは落ち着いたようだ。「そいつが、今の日本を代表する歌手ってこと?」
「日本を代表する、というか」私は一瞬記憶を検索する。「日本で唯一のプロ歌手?」
「唯一?」
「プロの歌い手は、日本に彼しかいないってことだね」なにかと厳密でありたい私は、言いながら、『日本 プロ歌手 一覧』で検索をかけた。もちろん、セーウンだけだったので安心して続ける。「なにしろ私的使用に限れば、『ショパンが24世紀の東京をテーマに作曲。それに24世紀に生まれた樋口一葉が歌詞をつける。歌うのは24世紀の歌唱テクニックを習得した織田信長』でオリジナルの曲が出来ちゃうからね」
「想像つかんわ!」頭を抱えたセンゾが気づく。「あ、今流れてる曲? これ信長なの? いや、めっちゃ滔々と歌ってっけど……」
どうやらセンゾのイメージを壊してしまったらしい。彼は「信長、敦盛、1560」と言って、曲目を変えてしまった。「あ~、こりゃあいい、身が引き締まるようだわい――とはなんねえけどな、俺は。21世紀の人だから、言っても」
なんだか知らないが、彼は、いきり立っている。
いや、でも、まあ、気持ちは分からないでもない。彼らの想い出のミュージシャンの、あり得なかった『最新曲』を、現代人は、なんのありがたみもなく聴けるのだ。『それってどうなのよ?』とか『そんなのニセモンじゃい!』的な、彼の憤りも、ごもっとも、と言えば、ごもっとも――に思える。
もちろん、曲だけではなく、完結しなかった小説や漫画を完成させることも――
「え、ちょっと待てよ!」センゾは叫ぶ。「もしかして、いわゆる『絶対に死なない男』の最新作をつくらせて、しかもノザワ先生に吹き替えていただけるってこと?」
「できるだろうね」
「イピカイエ~」センゾは、ぐったりと倒れたが、「いや、今のは使い方が違った。テキトー過ぎだわ」と立ち上がる。「じゃあ切り替えて【エイリアス】の説明でも聞こうか」
「もともとは【TEN】から人へのギフト」私はすぐに応える。「脳科学の発展のために与えられたものらしいけど、副次的にウソ発見器機能が見つかって」
「あ、そういうのな」センゾは諦めたように頷いた。「んで、どんくらい正確なんだ?」
「それにはまず深層記憶の説明をしなくちゃいけなくて」
「深層記憶、な」センゾは、ノートとペンを出し、メモを取る準備をする。「どうぞ」
「深層記憶は――ていうか、私たち、24世紀人は、生まれてこのかた今まで、自分の身に降りかかったすべての出来事を正確に憶えているの」
「すべて? 正確に?」センゾは、いきなりメモどころか両足を投げ出して、「ウソくせえ~」と悪態をついた。
「それは私たちも同じ。というのも、深層記憶は本人ですら、意識できない器官で。今のところ、脳のどこにあるかすら分からなくて。【エイリアス】を介して、間接的に『あ~、なんか、あるみたいだな』って。まあ、お決まりの【TEN】が『ある』というのだから、あるのでしょう、きっと、みたいな」
「なるほど、【TEN】によって植えつけられた新たな器官かもしれねえってことか?」
「定番の陰謀説だね。もしかしたら、アンタたち21世紀人と私たちとは見た目は同じでも、生物学的には異なる系図を辿っているのかも――っていう説があって、『猿の惑星』ならぬ『惑星の猿』説って言われてる。たぶんジョークなんだろうけど」
「あれ、待って。【TEN】はこの世界を監視してるんだろ? だったら【エイリアス】なんて茶番で、【TEN】が逐一の映像記録を検索して判定してるだけなんじゃねえの?」
「それも陰謀説に入るね。陰謀説が軽んじられる理由は、仮にそうだとしてもワレワレ人類にはどうしようもできないから、だろうね」
「社会――てか、世界か……。世界に文句を言っても始まんない、ってことか」
「それとね、記憶だけではなく、五感も拡張されてる、って言われてて。拡張された五感で感知したものは、拡張された記憶――深層記憶に収まるから、やっぱり私たちには認識できないって理屈」
「拡張五感」センゾは両手を上げた。「全然想像がつかんけど」
「『暗闇殺人』ってエピソードがあって、たとえば、たくさん人が詰まった真っ暗な部屋で殺人鬼がマシンガンをぶっ放したとするでしょ? すべてが終わったのち、この殺人鬼を【エイリアス】に掛ければ、誰を、どの順番で、計何人撃ったかが、正しく分かるの」
「え? なんじゃそりゃ?」センゾはさすがに納得いかない声だ。「マズルフラッシュのストロボで見た、ってこと?」
「今のマシンガンには、マズルフラッシュはありません」
と、フラボノが出てくる。「ですが、この場合、『拡張した視覚では、暗闇での出来事が見えていた』という理解でよろしいでしょう。けれど本人には『見えていた』という自覚はありません。拡張した五感で得た情報は拡張された記憶野――つまり、深層記憶に収納されてしまいますから」
「それをこじ開けられるのは【エイリアス】だけ、ってね」私は話を横取りにする。「深層記憶は『真相記憶』って語呂合わせがあるように、間違いないわけ」
「なら、やっぱり監視してる【TEN】が逐一判定してる説が説得力あるけどなあ」センゾはちゃんと話についてきた。
「さっきも言った、ヒトが新しい器官を植え付けられた説とか、【TEN】に関する陰謀説はさまざまあるけど、どれも現実性という点では横並びに等しい、っていう仮説がある」文字どおりか分からないが、この手の話題に関しては、私のほうが一日の長がある。「まとめると、我々24世紀人は体感として見聞きしたことはもちろん、普通なら見えていない聞こえていないこと、たとえば、背後で行なわれていることとか、寝ているときに周囲で起きていたことすら明確に記憶している、と……。自覚はできないけど、『完璧な形』で深層記憶に入っている、と……。で、【エイリアス】はそれを参照する装置だから正確。間違いなし、と」
センゾの学習意欲が低下しているようなので、尋問規則の説明へと移ることにした。
「じゃあ、間違い探しだと思って聞いてね」
と、クイズ式に仕立てておいて始める。「【エイリアス】を用いた聴取は、人権の関係上、通常、ワンクエスチョンだけ。深層記憶の中に刻まれた被害者と画像の人物が同一だと確認してから、『あなたは被害者を殺害したか?』と訊く」
「ああ、そんな感じだったな」遠い目でセンゾ。「ただ、ちょっと引っかかるんだよな」
「どこが?」
「名前って常に正しい情報なのか? 芸名使ってたろ、誰か。偽名を使ってた場合は?」
「おー、鋭いね。記憶には深層記憶と表層記憶があるんだ」
センゾは再びメモをとる体勢になった。
「繰り返しになるけど、深層記憶には、私たちが体験した出来事がそのまま入ってる――どころか『拡張された五感』が得た情報も入っているから、正確無比、以上なわけ。で、一方、表層記憶は、私たちが、ふつう一般的に実感する『記憶』のこと。経年劣化しやすくて、出力の際、雑多な情報で肉付けされるから信憑性に欠けるの。学習して得た情報や伝聞情報もこちらに入る。『そう誰々から聞いた』っていうエピソードは実体験なので、深層記憶にも入るけどね。たとえるとね、白仮面の本名Aさんに『私の名前はSです』って自己紹介されたとするでしょ。それで【エイリアス】に掛けられて、『白仮面の男の名はAですか?』と問われて、『いいえ』って答えたとする。すると? どうなると思う?」
「被験者の深層記憶の中には、白仮面の本名を特定する情報は……、ないよな? だから、【エイリアス】は被験者の表層記憶を参照する……。だから……、シロ?」
「そのとおり」
「じゃあ、間違いじゃん」センゾが抗議する。「【エイリアス】は間違えないんだろ?」
「【エイリアス】が間違えないのは、あくまで『判定』だから。『判定』は絶対に正しいから、それが『実情』に合うように我々人類が解釈するわけ」ちなみに、先ほどの例で言えば、『被験者は、白仮面の名前をAと認識していない』と文章できちんとフォローしつつ、【エイリアス】はシロを出すはずだ。この判定は『間違い』ではない。お分かりだろうか?「じゃあ、それを踏まえて殺人事件における聴取なんだけど、これが巧妙で、『この画像の人物をあなたは殺害しましたか?』って尋ねる形式になってる。つまり『深層記憶』だけを参照するように仕向けてるの。そこで使う画像は、現場にあった死体か、今回のように欠損がひどければ、【TEN】に人物照合を依頼して、生前の画像を取り寄せたものを使うから、錯誤や、つけ入る隙もない、と」
「う~ん……」センゾは唸った。「現場にあった死体を示して、『これを殺ったのはお前か?』って深層記憶に尋ねる。表層記憶には行かない……、深層記憶は間違いなし……」
「抜けは、なさそうでしょう?」
「そうだなあ。……てことはさ、犯人は不染井なんじゃねえの?」
「でも、もし彼女を【エイリアス】に掛けて、シロが出たとしたら、どうかな?」
「家の認証に穴があるか、外から殺す方法があるか、【エイリアス】を騙せたか、あとは、しつけえようだけど、【エイリアス】がウソついたか、かな? まあ、21世紀の感覚で言うと『外から殺す大仕掛けがある』が一番面白いけどな」
「ふ~ん」たしか井出ちゃんは、20世紀後半から21世紀前半の本格ミステリは誤読を誘導するトリックが隆盛を極めました、と言っていたが。
それを伝えると――
「誤読ねえ……」センゾは吐き捨てる。「誤読も何も、【TEN】は非協力なんだろ?」
「それはまあ、そうなんだけど……」彼の思考には、どことなく深みがあった。
答えに窮したわけではないのだが、センゾはペンで頭をかいて、まあいいや、とぶっきらぼうに呟くと、「あと、ロボット則ってなんだ?」と率先して話を変えた。
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