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21.狙撃手ヨシダの行動記録


 狙撃手・ヨシダの行動記録 

 2332年 11月7日 午後5時18分




「すげえ……」ヨシダは、そう笑うように呟いた息で、愛銃の排煙を逸らす。

 当初は、スコップで地面を掘り、削り、左官屋が使うようなコテでならした上にシューティングシートを広げ、そこに腹這はらばいになってスナイピングライフルを構え、隠れるように狙撃していた彼だったが、何発撃っても、たかだか60メートル先にいる不染井そめないに当てられない。

 なので、開き直って、自分が最適だと思う射撃体勢で――つまり、シートを放棄し、『穴』のふちギリギリに片膝をついて屈み、身を乗り出すようにして、『底』にいる彼女を狙っているという状況。

 上底が100、下底が60、高さが20メートルの台形ドリルを回転させてつくったような、すりばち状のクレーター。

 その底面中央に不染井はいた。

 右足に足枷をつけている。

 対するこちらは、ヨシダを始め、クレーターの円周に沿って並んだ113名と、モグラのように崖面を掘って『真横』から狙う87名の、総勢200名のガンナー部隊。

 それぞれ弾道に白いエフェクトをつけて、一斉掃射すれば、その画は立体アミダクジのようで逃げ場なく思えるのだけれど、中心にいる不染井はかわすのだ。

 撃った瞬間、弾幕の外へと逃げているわけではない。

 弾幕の中にいて、その隙間をっているらしい。

 というのも、不染井がブレードで弾丸をはじくと――つまり跳弾させると、弾道は青いエフェクトをまとうから、その瞬間は、彼女のおおよその位置が分かるわけで、それを見る限り、不染井は弾幕の中にいると推定できる。青いエフェクトは、だいたい数本程度発生する。だから信じられないことに、彼女は大半を避けている、という理屈になる。

 いや、それだけではない。

 ガンナー隊もガンナー隊で、彼女の死角を狙うべく、お互いの銃弾をわざと跳弾させているのだが(こちらは緑色の弾道になる)、それもどこ吹く風とばかりに避けている。とんでもないアジリティだ。

「さすが日本代表……!」

 感動すらおぼえる彼女の芸当は、自分も鍛錬を積めばあのように動けるようになるかもしれない――という期待にも繋がり、ヨシダの心はおどった。

 百聞は一見にかず、だが、一見と一戦とでは、まるで実感が違う。銃口を向けているだけで何かに気づけそうな予感に心をされたのか、彼は、時折、むせ返りそうになった。

 もちろん、冷静に考えれば、不染井は代表チームでは『ロックピッカー』(解錠師)の役割を務める、『この手』のシチュエーションのスペシャリストだ。

 前方からは、世界トップランカーの相手が、背後からは味方がつくる弾幕、あるいは、それら双方が生み出す『予期せぬ跳弾』をも避けつつ、最前線で仕事をこなす役目を担う彼女にとって、この程度の芸当は、造作もないことなのかもしれない。いや、それにしても、鮮やかだ。いったい、どういう空間認識をしているのだろう。彼女にはどう見えているのだろう。ヨシダはそれを想像する瞬間、自分もその境地にいたれるような、なんとも言えない浮足立った、くすぐったい気配に溺れそうになり、また小さくあえぐのだ。

 これが不染井より国内ランキングが上位の――たとえば、おそらく今回もバトル日本代表のキャプテンに就任するであろう、名塚なつかが相手だったら、この弾幕は効果を成すだろう。もちろん、彼の代名詞的な防御スキル『立ち往生』のまえでは、たとえ100発全弾命中したところで、ほとんどダメージを与えることはできないだろうが、間断なく射撃することによって、その場に釘づけにすることは可能なはずだ。

 代表のエースに対しても、そういう目算というか自信があったので、今の状況は、純粋に驚きであり、畏敬だ。単なる『相性』では片づけられない凄味がある。


「やっぱ、全然、角度、足らねえ」ヨシダの隣、三脚の上からの声が揺れた。「せめて真上から弾幕張れれば、どういう位置取りで避けてんのか分かんのになあ……」

 上空では、不染井から放たれたハヤブサ型が優雅に弧を描いている。先行した20名のスカイヤー(巨鳥や飛竜などに乗ったガンナーの総称)は、あのハヤブサ型に幻惑されたらしく、コントロールを失い、墜落したり、どこかへ飛んで行ったりしてしまった。試しに一度、地上にいるガンナー隊で鳥型を撃ってみたが、ものの見事に全弾反射される始末。ある意味、あれは不染井より凄い――いや、タチが悪い。ハヤブサ型は制空権確保と上空からの情報支援がメインらしく、こちらから手を出さなければ危害は加えてこないようだった。

「誰か、盾役呼べねえ?」リーダーからの通信が耳に届く。

 そろそろ中央で不染井を引きつける盾役が減ってきた。盾役がいなくなれば、不染井の足に繋がれた鎖は外れてしまう。そうなれば、彼女はこの場から去るか、あるいは、こちらにやってくるか。ガンナーは基本、近接戦闘に向かない。不染井に掛かれば、電子制御された花火のようにテンポよく首が飛び、あっという間に全滅の憂き(うれ)目にあうだろう。けれど、心のどこかで、それを望むような気持ちも湧きあがりつつあるのが不思議だ。『伝説』に加担したい、という心理だろうか。ヨシダは、そう自己分析して、口元がゆるむ。

「盾20、はいれます」しばらくして別働隊からのメッセージが来た。

 投入のタイミングはガンナー隊のリーダーが決定する。

 まもなく、中央の盾役隊は一けたになるだろう。これまでの不染井のペースから推測すれば、一桁になれば、1分も、もたない。

「新しい盾、そろそろ、れるよ」

 リーダーが予告すると、不染井の頭上、10メートルほどの高さに、まだ『戦闘状態』と認められていない、『ヒトダマ』のように、ほのあおい炎を身にまとった盾役が登場した。

 それは20名の、小学生だった。

「あんなガキどもで大丈夫かあ?」周りで、嘲るような声があがる。ヨシダも同じ気分だったが、誰かに伝えるほどの価値がある、気の利いたコメントが思い浮かばなかった。

 心配をよそに小学生たちはすぐにフィールド中央――あの台風のように凶暴な不染井のテリトリィに放たれた。

 実体化する。

 鎖の所有者名義が変わった。

 これでこの小学生たちを倒さない限り、不染井はこの場から去れない。

 とりあえずの時間稼ぎにはなるだろう、とヨシダは己の酷薄さに口の端を歪めた。

 急遽召集されたガンナーたちの武器は主に長筒系。洋の東西を問わず――どころか、タネガシマからレールガンまで、『さあ、銃愛好家の皆さんいらっしゃい』と無差別に誘ってしまったような、統一性のない、悪趣味な展示会めいた様相を呈していたが、弾丸を装填する際の機構音には共通する耳心地の良さがあった。リロードが完了してもなお、しつこく耳の中にこびりついていたヤマビコのような残響音がようやく消え、辺りに静けさが戻るのに比例し、集中が深まる。引き金に掛けた指と目の奥だけが熱を持った理想的な状態。今のところ、盾役が不染井に両断された瞬間が一番、命中できそうな期待感があった。

 いきなり動きがあった。

 小学生の一人が、盾を構えず、ほとんど無防備に不染井に突っこんだのだ。

 こちらから仕掛け。

 しかも、まさかまさかの体当たり。

 不染井はひらりと避けて、無慈悲に剣を下ろす――が、思いがけず、カン、と音がした。

 なんと小学生は見事に盾でその死角からの残撃を防いだのだ。

 ヨシダを始め、ガンナーの大半は思わずその光景に泡をったようで、トリガーを引くのを忘れてしまったのだが、何人かは引けたようだ。まばらな白い弾道、その一本が赤く染まった。

「よっしゃ来たー!」コメントが表示される。「すっげ、一気にレベル2個上がった!」

 一拍遅れて、小学生への賞賛コメントが雨あられ。

 コメントが雲のように繋がると、宣伝バナーがポップアップされた。


 『対不染井用自動防御プログラム完成しました。絶賛発売中』

 『国内ランキング五桁以下、または13才未満のプレイヤには無料進呈キャンペーン中です』


 プログラムとは、スキルポイントを消費して、換装することにより、誰も無条件に、任意の効果を発揮できるスキルのことだ。作成者がその効果を自由にカスタマイズできて、バトル世界では、他に競合きょうごうする用語もないため、単純に『プログラム』と呼ばれる。

「なんだ、プログラムかよ~」脱力めいた悪態をついた声が方々(ほうぼう)であがったが、誰も彼もライフルを構えたまま、照準から目を離さなかった。ヨシダは仲間たちのその現金さが好きだった。防御に成功すると、攻撃側に硬直――わずかな隙ができる。シューティングには、まさにうってつけな好機だが、不染井の硬直時間は極めて短かった。

 ただ、告知によって、プログラム実装の事実が不染井にも知れたはずだからどうするのかな、と思っていた矢先、彼女のほうから小学生へと突っこんだから、おいおいおい、とヨシダは驚いた。自動防御をまったく意に介さないほど素早い接近。そこからの――

 いや、照準の範囲から消えてしまった。

 見失ってしまった。

 慌ててライフルを下ろし、肉眼で確認。

 不染井は大きく移動していた。

 今日一番の、彼女が見せた速度だったが、しんにヨシダを驚かせたのは20メートルほどだろうか、不染井が移動した『経路』沿いにいた小学生9名の頭部が切り取られていたことだ。

 まもなく、頭部を失った彼らの身体は地面に膝をつき、石になり、砂になり、消滅する。

 何が起きた、と周りがざわついた。

 ヨシダは体感時間を極限まで引き延ばしてリプレイ動画を呼び出し、確認してみる。

 小学生に突進した不染井は攻撃の途中、剣を止めた。

 自動防御プログラムにより、小学生が出した盾にぶつかる直前だった。

 このフェイントに何人かのガンナーが引っかかってしまった。

 勇み足で放たれたガンナーの弾を、不染井はそちらを見もせずに刃で受け、小学生の顔面へと跳ね返した。

 プログラムが適用されるのは不染井の斬撃のみで、跳弾には対応していないらしい。

 被弾した小学生がダメージリアクションで痛んで(厳密には痛みはなく、鈍い接触感や疲労感だが)、硬直しているあいだに、不染井は跳弾の反動を利用してコマのように回転し、勢いをつけて、小学生の首を斬っている。しかし、それで終わらない。そうやって切断した頭部を、今度は蹴り、近くにいた小学生の顔面へと命中させた。またしてもダメージリアクションで自動防御を強制無効化させているあいだに、ガンブレードにまとったエネルギィを後方へ放出することによって、吹き飛ぶように接近し、その勢いのまま首を斬り、また次の小学生へと蹴る。その淀みのない連続――。

 仕組みは理解できたが、なによりヨシダの心を震わせたのは、不染井が『それが可能かどうかを試さずに一発目で動いたこと』だ。大胆に思えるが、それが代表に選ばれるような人間の思考なのだろう。浮かんだ直感を迷わずに選べる自信と、それに裏打ちされた技術。さらに言えば『一度試してしまえば、二度は同じ手は使えないだろう』と考える用心深さも、だ。

 彼は、いよいよ自分が何かを掴めるような予感がしていた。


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