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17.士別三日(男子三日会わざれば――)


「てか、歴史上一番初めに、ハンマ投げにさ、あの、コマみたいな、『全身の回転による投法』を取り入れた人ってさ、凄いよね」私は、話を横道に逸らす。「回ったとしても、せいぜい一回転じゃない? 二回転目以上は悪ふざけっぽく見えたろうし、当時は」

「ハンマー投げには『常識からの脱却』という意味が含まれている、ということでしょうか?」哲学的に解釈する井出ちゃん。

「だとしたら、うっちゃるハンマが『常識の暗喩』だよね? 常識を遠くに飛ばすには、非常識な発想が必要、みたいな」

「そうでしょうか」井出ちゃんは首をひねる。「回転体の加速度ベクトルは回転半径ベクトルに直交する、という事実が体感として分かったころ――戦争で発石車が発明されたころには、当然思いついても不思議はない投法だと思われますが」

 私は空想する。カウボーイの投げ縄みたいに、まだ腕だけ回して投げる方法しかなかったハンマ投げ大会で、初めて『全身ゴマ投法』を披露することになる英雄の登場シーンを。

 その英雄が小柄であるのは説明不要の要素だろう。

 それが物語に逆転劇というカタルシスをもたらすことになる。

 重いハンマを持つだけで転びそうになる小躯しょうくの英雄に群集の馬鹿にする言葉が飛び交う。

 そんな中、英雄はあの投法を始めるのだ。

 ぐるん、ぐるん、と。

 さておき――

「被害者が自力で頭部を刎ねて自殺するのは医学的に無理」私は、頭から妄想を振り払うように積極的に話を戻した。「でも、死ねるくらいの殴打ならできそう――かな?」

「う~ん、でもそこからが困難です。まず、誰か、自殺に協力してくれる人がいたとして、それがゲストでないことは【エイリアス】が保証していますし」

 事情聴取でも『あなたは賽形きゆぶさんの遺体に触りましたか?』という問いに対し、サクラを除いたゲスト全員が『ノー』と答え、シロ判定をもらっている。けれど、サクラが手伝ったとすると、実は、それはそれで問題なのだ。なにしろ、バトルカップの出場選手発表会見は、もう明日に迫っている。犯罪歴、前科は、代表選出に影を落とす。バトルカップ出場を重大視する彼女にすれば、それは望まぬ展開であり、ゆえに、そんなことはしなかっただろう、との予測もたつ。というか、それが、私が彼女の無実を信じる根拠のひとつだ。

「それならば、被害者自身が、自殺後に首を両断してくれるよう【マシン】に依頼していたのか、というと……」そう言って、井出ちゃんがこちらを窺う。

「それもダメだね」

「ええ。TEN法12条3項には《【マシン】はヒトの遺体を保存する》とあります」 

 『情報低減化』の精神をそのままに、簡潔が基本の条文だから、このようにそっけないけれど、要するにこれは、【TEN】がヒトの死体に対し、『今後行なわれるであろう、人による検死結果に影響を与えない程度に』出血や腐敗などを防ぎ、きれいな状態を保つ、という宣言だ。もちろん裏を返せば、返り血の危険を排しているわけで、耳にタコで恐縮だが『【TEN】が殺人者に優しい』という主張を支える傍証のひとつになっている。

「この『保存』という言葉には、切除や破壊などの『遺体加工』を禁じる意味も含まれています」という井出ちゃんの言葉に反応したのか――

「ちなみにですが」と、フラボノが補足に動く。「殺人者による遺体の加工は許されています。当然、限度はありますが。【マシン】を用いて、首を切断することぐらいは禁じられないだろう、という意味です」

 さっそく重ね重ねになるが、【TEN】は殺人者に優しい。

 さておき、こうなると、自殺後に第三者が首を切断し、頭部を持ち去った、という可能性はなさそう……、だよね? 


 『貴方』からの返事はない。


 けれど、存在の気配は感じられるから、まだ『読んで』くれてはいるようだ。

「一説によると――」と、井出ちゃん。「【マシン】の施す『保存』の範疇は、『もし、生き返ったとしたら、死ぬまえと遜色ない状態である』という立場もありますね」

 つまり、『保存』とは『死亡が確定した瞬間に、死体の時間を止めること』と解釈できるわけだ。もちろん、その後、人によって行なわれる検死のさまたげにならないように――とくに死亡推定時刻が正確に割り出せるように、細胞の一部はちゃんと『劣化』するらしい。

 さて、遺体は、葬儀を執り行なうことによって『消滅』するが、この『処理法』には火葬や土葬など様々なバリエーションがある。現在、日本では、遺体から『魂』を抜いて、それを【マシン】でつくった『墓石』に収納するというスタイルがトレンドのようだ。魂を抜かれた遺体は、星くずをき散らして消失する――そんな演出がなされるらしい。

 ちなみに、この『消滅』には【TEN】と人類の公的機関、双方の許可が必要なので、人知れず死体を処理することは不可能だ。『葬儀』の実行は、生前被害者に関係性が一番近い者に委ねられる。遠隔でも『執行』は可能だが、そのむねは、遺体の近くにいる、すべての人間に告知される。隣で『なんだ、眠っているのか』と思っていた人間が突然発光して消えるのだから、そりゃあ驚くだろう。当然の措置だ。ただ、自らの手で『執行』するのに抵抗がある人たちのため、その代行を【TEN】に依頼することもできる――のだが、記録上、それを選択した人間はいない。

 この手のエピソードに出あうと、私の脳裏には、決まって、中学のとき、国語の教科書に掲載されていた『ボタンを押したがる現代人』というエッセイが思い出されるのだった。

「被害者の葬儀はまだ行なわれていないようですね」井出ちゃんが【プロペ】を触りながら言う。「この裁判のあと、ということでしょうか?」

「いざとなったら、生き返らせて証言させるつもりかもよ?」私は小ばかにする口調で返したが、内心、名案だと思った。いや、『口』がないか。

「死者が生き返るなら裁判は必要ないと思いますが」

 と、フラボノがしゃしゃり出た。

「死者が生き返る世界なのに、なぜか殺人事件が起きる、という名作ミステリがあります」

 ここぞとばかりに井出ちゃんもアピールしてくる。

「あー、知ってる」私は記憶を検索する。「ええとね、ドラゴンボールだっけ?」

「違います」井出ちゃんは脱力した笑顔で首をふった。「ドラゴンボールって、胸に七つの星を持つ男が、七つの海を舞台に、七つの大罪を犯した七人の悪魔超人と戦って、七回死んじゃう、みたいな話ですよね?」

「一個も合ってないよ」力のない笑いが私の口からこぼれた。「もし、どんな願いもひとつだけ叶うとしたら、なんて願う?」

「男の人みたいなこと訊くんですね?」彼女は目を細め、口の両端を上げた。

「いやいや……」そういう流れがあったでしょうに。ただ、まともに返答しなかったことは褒めてあげたい。

「うーん、そうですねえ……」と天を仰いだ井出ちゃんが固まる。「あれ? 何もない?」

「むしろ、我に七難八苦を与えたまえ、みたいな?」私はふと思いつく。「【TEN】に『私を殺して』って頼んだらどうなるのかな?」

「どうにもならないと思います」フラボノは、にべもない。

「まあ、そうか、神様が人を殺したことなんて歴史上一度もないもんね。それは踏襲してるってわけね」

 自分で言っておいてなんだが、それは妙に腑に落ちる理屈に思えた。

「なんの話ですか?」笑顔の井出ちゃんは、声だけは怪訝そうに訊いてくる。

「ブースを支柱にする、というアイディアは潰しきってないと思う」私は話を戻す。ギロチンが駄目なら――「たとえば首吊りは?」

「難しいでしょうね」あっさりとフラボノが答える。「というのも、あのブースは、樹齢1000年を越える木材を、【マシン】で若返らせて建材として使用しています。【マシン】のアシストを外した瞬間に瓦解がかい――とは言いませんが、とても人ひとりの身体からだを支える強度があるとは思えません」

「あのブースは思わせぶりなだけで、使いようがない、ということでしょうか?」

 井出ちゃんはこちらに尋ねたようだが、ちょうど、ひらめいていた私は無視する格好になる。

「どうにかして建物上空に飛ぶ。そこから自作した斧を首に当てての『ギロチン』状態で落ちる」私は、けれど半分冗談の声で言う。「プレートに叩きつけられたときに、慣性のついた『刃』で首が切れるようにして……。要するに、自らをギロチンの装置の一部にしちゃうって感じで」

「たとえ、首尾よく上空に飛べたとしても、【プロペ】もガイドもありません」と、井出ちゃん。「空気の抵抗をもろに受けて、ぐるぐる回転してしまうのでは?」

「『高所からの飛び降り』は、自殺可能方法に入っていなかったよね?」私は、すぐに反論を思いつき、言う。「つまり、予期せぬ落ち方をした場合、『死なない』わけだから、【マシン】が着地のダメージを解消してくれる」

 婉曲えんきょくに伝えたつもりだったが――

「あ!」井出ちゃんが目を見開く。気づいたようだ。「成功するまで何度も試した、ということですか?」

「試したというか、試せたというか」あくまで可能性の話だ。「そして、成功した」

 高所からの飛び降りのダメージは【マシン】によって解消されるし、その際の、音を含めた落下衝撃も『なかったこと』にしてくれるはず。当時2階で休んでいた人間が気づかなくても無理はない。何度でも試せる。そのうち、うまく首が切り離せれば、自殺が成立。全身に受けた落下ダメージは無効化されるから、単なる首が切断された死体となる。

「まあ、面白い説ですが、実現可能性は、ほぼゼロでしょうね」先ほどまで感心していたような井出ちゃんは、突然、手のひらを返す。「その場合だと、プレートが、まな板の役目を果たしている気がしますし。やはり重力の影響が強すぎるような……」

「プレートもそうですが、そもそも、溺川氏の邸宅はすべて【マシン】で構成されていることをお忘れなく」フラボノがトドメを刺した。「自殺を含め、結果として殺人行為を手伝うような【マシン】の働きは『ロボット則』に反しますので」


 それをしおに『石』を解く。


 景色が溺川邸の1階フロアに戻る。

 笑顔の刑事がこちらに片手を広げ、出迎えた。

「なんですか、それ」井出ちゃんが笑って、彼のマネをして、片手を挙げた。

「いやいや」刑事は、さらに破顔する。「5秒でした」

 ちょっと面白い。

「男子三日会わざれば――の故事を思い出しました」私は最大級の賛辞を送る。

「ですから、5秒ですって」その返答は、くどいのでマイナス評価――だが、彼に対し、この上なく感心したのは、やはり『私たちの会議』の内容について一切触れなかったことだ。


 続いて案内されたのは、溺川が天寿を迎えた場所であり、かつ、天寿体となった彼が展示というか、供覧きょうらんされていた――という私室だ。2階フロアの中心。ジャンプして入る。

 そこは1階フロアのフラクタルみたいな円柱型の部屋。半径10メートルちょっとの真円型だ。高さは5メートルくらいあるだろうか。例によって、視界に加工を入れない私には、なんというか、陶磁器みたいな乳白色の空間に見えた。

「ここに――」刑事は円形の床の、中心を指さした。「溺川氏の天寿体が直立の状態で展示されてありました。今は警察が保管しています。裁判が終わったら、ご子息へ」

 私の視界の隅に小さく駐屯させておいた『密談用メモ』がワイプみたいに大きくなった。

 そちらには『考察はあとにしましょう』と井出ちゃんのメッセージが表示されていた。

 きっと何か考えがあってのことだろう。実は、私は二、三アイディアを思いついていたのだが、それで黙った。

 そして、まもなく、そのアイディアが、ごく初歩的な段階で破綻していることに気がついた。

 お~、口に出さなくて良かった、と後輩に感謝する。

「では、ここで、ゲストから拝借できた貴重な行動記録――この部屋の真下で行なわれた不染井さん対溺川氏の一戦をご覧いただきましょう」


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