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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第11話 嫁ごはん レシピ11 アワビのステーキ肝ソースとかぶの丸焼き (過去編)
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もうひとりの挑戦者

 二徹は特設されたリングへと上がる。正直、拳闘術なんてやったことはない。だが、ニコールと結婚するためには、この男は倒さねばならない。


「ふふふ……。勇気だけは認めてやろう。貴様が負けたらニコール嬢には手を出すなよ。金輪際、彼女に近づくことは許さない」

「それはあなたも同じですよね」

 

 二徹はそう大きな声で確認する。周りで見ている多くの貴族に念を押す意味でも、はっきりさせることだ。これだけの貴族の目の前での宣言。しかも貴族典範に従う決闘である。勝敗は法に基づく決定となる。敗者は二度とニコールに近づくことはできない。

 

 リングに上がった二徹は、侯爵のように上半身裸にはならない。上着を脱いだだけである。白いシャツはそのまま。野獣のような肉体のパラディール侯爵と並び立つと、闘牛のマタドールのようである。


「二徹様。侯爵のグローブ、同じもののようで、あれには拳の打撃部の緩衝材が抜いてあります。恐らく、代わりに鉄も仕込んであるようです。先ほどの兵士のダメージが尋常ではありませんでした」


 上着を受け取り、さらに二徹の両手にグローブをはめるジョセフはそっと二徹に伝えた。この歴戦の勇士である家令は、今も常に二徹と共にある。


「大丈夫ですよ。侯爵のパンチは当たりませんから」

「そうでした、二徹様。出過ぎた真似をしました」

「ううん。いいよ、それを聞いて安心したよ。これで侯爵を心置きなく殴り倒せる」


 平民を残酷に殴り倒した侯爵。そしてグローブの細工。ニコールを手に入れるためのあざとい演出。これに対しての制裁を加えなければならない。


(こんな男がニコちゃんに近づくのは許さない!)


 やがて、二徹の両手にグローブが装着された。こちらのグローブはダメージが軽減されるように詰め物がたっぷりと入っている。だが、二徹には関係ない。むしろ、侯爵に大怪我させないためには、これくらいのハンデがあった方がいい。


 パラディール侯爵は、二徹がそのグローブをはめたのを見て、ほくそ笑んだ。合図を待つ時に見せ顔。それは絶対的な勝利を確信している表情であった。


「さあ、宴の時間だ!」


 合図と共に、侯爵がそう短く叫び、突進してきた。一撃で二徹を殴り倒す気だ。


(顔の形が変わるくらい、ボコボコの惨めにしてやるぜ!)


 侯爵は自分の勝ちを疑っていない。二徹はそんな侯爵にためらうことなく、正義の鉄槌を下すことにする。


「はあ……。ごめん、侯爵、瞬殺させてもらいます!」


 『スタグネイション』が発動される。それは時間を止める力。そして、二徹はもうひとつの力、加速する力の『エクサレイション』も使う。


ボカボカボカ……ドスッ。


 一秒間に50発のパンチを超加速付きで顔面に叩き込む。そして51発目は腹にボディーブロー。上半身が倒れ掛かったところへ全力のアッパー。

 

 人々は一瞬でパラディール侯爵が宙に舞い、リングから飛び出してテーブルの上にあったケーキの中に顔をうずめた光景を見た。一体、何が起こったのか分からない。


ムギュッ……。


 白目をむいて気絶する侯爵。慌てて付き人がケーキに顔を突っ込んで、クリームだらけになった侯爵を引き剥がす。完全に失神している。


顔はボコボコで腫れあがり、端正な顔立ちが台無しである。そのブサイクな顔に、心配して近寄っていた令嬢たちがキャーッと言って侯爵の周りから離れていく。


「ふう……。僕の勝ちだね。約束通り、ニコちゃんには近づかないでね」

「おおおお!」

「すごいいいい!」

「きゃあ、素敵!」


 割れんばかりの拍手と歓声があふれる。パラディール侯爵は鼻血にまみれ、歯が数本折れて気を失った状態で運ばれていく。二徹を同じ目に合わせるつもりが、わずか一秒で自分がそうなってしまった。


 ニコールがタオルをそっと二徹に差し出す。大して汗はかいていないが、せっかくなので顔を優しく拭ってもらう。その間にジョセフが二徹の両手からグローブを手際よく外していく。


「いつ見ても見事だな。どうすれば、あんな動きができるのだ?」

「僕はニコちゃんのためなら、これくらい火事場のバカ力でできるんだよ」

「本当に不思議な奴だ。そういうところが好きなんだが……」


 そう言ってニコールは頭をコツンと二徹の胸に付ける。もうお姫様を救い出したハッピーエンドの光景だ。


「ち、ちょっと、待て!」


 パラディール侯爵が脱落したのを見届けて、もうひとりの青年が名乗りを上げた。このまま、二徹とニコールをくっつけたくないという必死の思いが込められている。


「僕も貴様に勝負を挑む。貴族の名誉にかけた決闘だ」


 もうひとりの候補。ベルナールである。先ほどの一方的な試合を見たのにもかかわらず、挑戦するとは身の程知らずだと二徹は思ったが、そうではなかった。彼の提案した決闘方法は、一見、公正なようで巧みに自分に有利なものであったからだ。


「いや、誤解するなよ。今のような野蛮な方法ではない。知的な勝負でニコールちゃんをかけよう」

「知的な勝負?」

「そうだ。ニコールちゃんはステーキが好きだろう。それで勝負だ」

「ステーキ?」


 二徹は振り返って、ニコールを見る。いつの間にかベルナールの部下が、皿に焼きたての牛肉のステーキを持ってきている。それがジュウジュウと音を立てて、ものすごく美味しそうなのである。


「確かに、私はステーキが好きだが……」

 

 フォークを差し出されて、思わず受け取ったニコールはそのひと切れを口に入れる。たちまち、顔がほころぶ。二徹が作った料理を食べる時の顔だ。ベルナールがにやりと笑った。


「さあ、みなさんもどうぞ!」


 ベルナールの合図で、焼けたばかりのステーキが客に振舞われる。それだけではない。中庭では雇われたシェフが肉の塊から客の注文どおりに切り分けて、炭火で焼くという余興を始めたのである。


「これは美味しい!」

「軟らかいわ~」

「口の中で溶けるよ」


 試食した客たちは口々に褒める。二徹もニコールから分けてもらって試食する。


(これは肉がいい。いわゆるブランド牛肉の最高級部分を上手に炭火で焼いてある。焼き方はレア。味付けは塩とコショウのみだけど、却って肉の味を引き立たせている……) 


「ふふふ……。僕が挑むのはステーキ対決だ。勝負は二日後。この会場で行う。君と僕との1対1の勝負だ。料理はステーキ。材料は各自で用意すること。どうだ、この勝負、受けるか?」


 そうベルナールは声高らかに挑戦してきた。ニコールは小声で二徹に忠告する。


「この勝負、何だか、奴の姑息な罠があるように思う……」

「うん。たぶん、そうだよね……」


 二徹は少しだけ考えた。ベルナールの家は肉の流通業で財産を築いた家だ。肉の仕入れに関して有利な立場である。この勝負は圧倒的にベルナールが有利なのだ。だが、そうであっても、答えは同じである。

ニコールに近づく者を排除するには、受けて立たないといけない場面だ。


「二徹、私はやめた方がいいと思う……」

「ニコちゃん。心配しないで。どんな不利な状況でもニコちゃんと結婚できるなら、僕はどんな困難にも打ち勝つよ。それにこれは料理勝負。僕の得意な分野だし」


 ニコールはその言葉を聞いて、ぷいと右斜め上に視線を向けた。ちょっと、顔が赤いところを見ると照れているようだ。


「も……もう……二徹……好き……好き過ぎる……」


 二徹はベルナールに向かって、この勝負を受諾することを告げる。ベルナールの顔が意地の悪くゆがむ。ニコールが金だけの姑息な男だと看破していたが、どうやらそのような性格のようだ。


「くくく……。かかったな! お前はもう死んでいる。今宵、提供した牛肉ギュッにくは、ランク10の最高級品。これ以上のものを手に入れることはできない。つまり、君はどうあがいても負けということだよ!」


「あ、そう。それは予想していたよ。で、聞くけど、料理法がステーキなら何でもいいんだよな?」


「もちろん、いいとも。だが、ステーキはギュッの肉が一番だ。これを越える肉などありえない。特に食べ比べれば一目瞭然だ」


(ああ……。予想していたけど、やっぱりそうだね……)


 これは二徹も予想していたこと。材料で大幅なハンデがあるから、このベルナールという男は勝負を挑んできたのだ。一応、材料以外の条件を確かめることにした。


「一つ、確認していいでしょうか」

「なんだ?」

「肉を焼くのは、ベルナールさんご自身でしょうね?」


 これはちゃんと確かめておくべきこと。この最高の肉を雇った一流のプロのシェフが焼いたとしたら、さすがの二徹も苦戦が予想される。だが、材料の差でもう勝った気になっているベルナールは、自信たっぷりにこう答えた。


「当たり前だ。このベルナール・アルボー。自ら、この最高の肉を調理してみせるさ。ニコールちゃん、僕と結婚すれば、毎日、このステーキを食べさせてあげるよ」


 そう言ってベルナールは会場に飾られていた花を一本抜くと、それを口にくわえて片目を閉じた。キザな仕草もここまで来ると滑稽である。


「うげっ……なんか、吐き気がしてきたぞ……」

「ニコちゃん、大丈夫?」

「それにアイツもムカつくんだ。私のことをニコールちゃんとか呼ぶのは馴れ馴れし過ぎる。二徹、この勝負に勝って、奴に二度とちゃんづけできないようにしてくれ」


「ニコちゃん、了解」


 勝負は2日後である。


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