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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第11話 嫁ごはん レシピ11 アワビのステーキ肝ソースとかぶの丸焼き (過去編)
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道化の侯爵

 先に動いたのはパラディール侯爵。パチンと指を鳴らすと部下たちが、パーティー会場に大道具を運んできた。

 それは手際よく組み立てられていく。四角い柔らかい床。四方には支柱が立てられて、3本の収縮のあるロープが張られる。まるでボクシングを行うリングである。


 肉体派のパラディール侯爵は、自分の格闘技の力量を見せ、自分の強さをアピールしてニコールとの婚約を勝ち取ろうと画策していたのだ。


 だが、その方向性はニコールのことを理解していない愚策。ニコールは基本、守ってくれる強い男は嫌いなのだ。強い自分をそっと支えてくれる男が好きなのだ。それでいて、ここぞという時には強くて頼れるそんな男が好きなのだ。


 そんなニコールの好みを知らないパラディール侯爵。さらにドツボ街道(ふられる)をドヤ顔で突き進んでいく。


「さあ、皆さん、そして今宵のヒロイン、ニコール嬢に男の強さというものをお見せしよう」


 パラディール侯爵は上半身の服を脱ぐ。よく発達した筋肉が美しい。それをピクピク動かすものだから、筋肉好きのマダムや年若い令嬢がキャーキャーと大騒ぎする。


「ニコちゃん、あの人、格闘が強そうだね」

「ああ。拳闘術という殴り合いの技に長けている。一応、魔神弾流とかいう流派があってな。彼はその流派の師範級の腕だそうだ」


「ふ~ん」

(拳闘術って、もろボクシングだよね)


 この世界ではボクシングに流派があるようだ。世間一般には知られていないので、ひどくマイナーな武術である。ニコールに言われるまで二徹も知らなかった。


「一応、怪我をしないように両手に衝撃緩和用のグローブを付けるんだ」


(完全にボクシングだ。グローブはちょっと小さめだけど……)


 グローブは白色で牛の皮でできたもの。打撃が加わる部分には綿が詰められていて、ダメージをいくらか軽減するようになっている。二徹はこの武術がボクシングによく似ていることは分かったが、自分がそれをできるわけではない。あくまでも転生前に世界タイトル戦を何度か見たことや、スポーツ漫画での知識程度しかない。

 

 確かにパラディールは薄手のグローブを従者に付けさせ、盛んにシャドウボクシングをしている。身のこなしからして、かなり練習を積んでいるし、実戦慣れをしていそうだ。


 これだけで会場の女性客が盛り上がる。男たちはちょっと不愉快気味だ。女性客の視線を独占されているから当然だろう。しかし、肝心のニコールはもう死んだ目になっている。


「あーっ。背中に寒気が走る。女はみんな男の筋肉を見て惚れるものだと勘違いしているのが、たまらなく嫌だ」

「まあ、ここの会場に来ている女性は好みみたいだけどね」


「ふん。貴族の令嬢というものは、珍しいものに興味を持つだけだ。世間知らずだからな。あれをモテると勘違いする奴がいるのだ」

「女心は難しいね」

「それにだ、それに……」


 ニコールは両手で自分の肩を抱くとブルルルッ……っと身震いした。


「それにあの胸毛。ゾワゾワしてじんましんも出てきそうだ」


 確かにシャツを脱いだ鍛えられた上半身だが、胸毛がすごい。さらにへそからズボンに向かっていくもじゃもじゃの毛は好き嫌いがあろう。どうやら、ニコールには生理的に受けつけない体のようだ。


「でも、あの人、年の割には、鍛えられた体をしているよ」


 ここまで嫌われるとちょっとかわいそうなので、二徹はフォローしてみた。侯爵が道化みたいで哀れに思ったのだ。だが、ニコールの心はもう二徹だけで占められている。


「わ、私は……お前のスベスベの肌が好き……」


 そんなことを思わず口走り、我に返ってかあ~っと顔が赤くなるニコール。いつ見たのかは二人の秘密である。そんなイチャラブの最中。道化の侯爵はヒートアップしている。


「皆さんに余興で拳闘術というのをお見せしよう。さあ、私の顔に1発でもパンチを浴びせられたら、1発に付き、金貨10枚を与えよう」


 金貨10枚に釣られて、会場に要人の護衛に来ていた兵士が名乗りを上げた。侯爵よりも体が大きく、腕っ節に自身のありそうな男だ。


「侯爵閣下、本当に1発当てれば金貨10枚ですか?」


「ああ。あてるどころか、私をダウンさせれば金貨100枚だ」

「それでは、遠慮なく!」


 兵士は両手にグローブを付けると、開始同時に襲いかかる。腕を振り回すようなパンチ。それを上半身の動きだけで華麗にかわす侯爵。その動きに観客も大いに盛り上がる。


(ウィービングとスウェーだな)


 二徹はそう冷静に分析する。ボクシングについて初期レベルの知識しかもたないけれども、防御の基本技は知っていた。横から振り回すパンチには、上半身を三角形を描くように屈んでかわして体制を整える。真っ直ぐに来るストレートパンチは、体を反らして避ける。


 全く無駄な動きがない。そして、同時に軽いパンチを浴びせる。ジャブである。2,3度頭が跳ね上げられるが、兵士はめげずに突っ込む。それを今度は軽い足さばきでかわす。


「ふふふ……ニコール。我が将来の妻よ。男とは強さ、女を守れる強さだよ」


 パンパン……強烈なストレートパンチが2連続で兵士の顔面を捉える。頭が大きく跳ね上がる。だが、兵士も必死だ。必死の反撃で繰り出されたパンチ。


 思わぬ反撃に侯爵は首をひねってかわす。パンチは受けなかったがグローブが僅かに顔をかすった。新品の革の摩擦で皮膚が僅かに切れた。

 

 今まで余裕のあった侯爵の顔は強ばった。笑顔が完全に消え、目が据わっている。どうやら、こちらが侯爵の本性らしい。


「この野郎、お前のような下郎がよくも私の顔を傷つけたな!」


 形相を変えた侯爵の強烈なストレートパンチが兵士の顔面を捉える


 ムギュッ……。顔にめり込む侯爵の拳。それだけにとどまらない。さらに二発目、三発面と叩き込む。口から血を吹き出し、視線は上に力なく向けられる。


「死ね! 死ね! 死ね!」


 侯爵の悪態と攻撃は容赦がない。まるで羅刹のように兵士を蹂躙し、最後は顎を跳ね上げるアッパーパンチを放った。大男の兵士はその場に崩れ落ちる。


 凄惨な場面に女性客の中には悲鳴を上げる者、平民階級の兵士に対するやり過ぎな行為に不愉快になる者もいたが、残念ながら、侯爵の豪快な技に盛り上がる貴族の方が多かった。


 ニコールと二徹は眉をひそめた。特にニコールは元々、侯爵のことをよく思っていなかったが、この光景を見てはっきりと大嫌いになったようだ。下品な野獣を軽蔑の目で見る美少女という構図だ。


そうとは知らない侯爵は、白い歯をキラキラと光らせて、ニコールに向けて右腕で筋肉を作ってアピールする。


「クズだな……。完全なるクズだ。二徹……私は死んでもあのおっさんの嫁にはならない」

「そうだね。そうならないように僕が守るよ……」

「に、二徹……」


 きゅっと二徹の上着を無意識に掴むニコール。それを見たパラディール侯爵は、怒りの表情を隠さない。二徹に向けて敵意を示す。


「さて、ウォーミングアップはここまでだ。どうだね、そこの君。私と勝負といかないか」


 パラディール侯爵はそう言って、右手を二徹に向けて突き出した。当初の目標どおり、二徹に対して誘いをかけた。二徹をボコボコにして、恥をかかせようという算段だ。それでニコールに対する自分の株をあげようという愚かな行為であった。


「あの男、許さん。私がやっつけてやる!」


 この挑戦に対してはニコールの方が怒っていた。そして、先ほどの兵士に対する態度。平民を見下し、圧倒的な力を見せつける野蛮な行為。力の差が歴戦としているのに、手を抜かないで殴った残酷性。パラディール侯爵は、株を上げるどころか、ニコールに決定的に嫌われたことに気がつかない。


 二徹はそっとニコールの肩に手を置いた。


「ニコちゃん、君が出て行ったらパーティが大変なことになるよ」

「しかしだな……」

「君のお母さん、伯爵夫人が驚いて倒れてしまうよ。お見合いパーティで花嫁が婿候補を倒したとなると、都中の評判になってしまう。それに侯爵の指名は僕だよ。この挑戦を受けるのは、僕の当然の権利。正式にニコちゃんをお嫁にするアピールになるからね」


 そう言って二徹は右目を軽くつむった。ニコールはニコッと笑みを浮かべた。戦闘に関してもニコールは二徹のことを信頼している。


「そうか……そうだな。私は王子様の勝利を信じて見ているよ。今日はこんなドレスを着ているからな。おしとやかに未来の夫の強さを鑑賞しようとしよう」

「うん。すぐ終わらせるからね」


 ニコールと二徹が何やら話しているのを見て、ますます気を悪くした侯爵は挑発を繰り返す。


「どうしたのだ、受けないのか。東方の小国の貴族とかいうが、どこの馬の骨とも分からぬ男に未来の我が妻を渡すものか。この勝負、貴族の名誉にかけた決闘だ。結果については、貴族の法に基づき、恨みっこなしだ」


「受けましょう」


 さあ、二徹の時間だ。 


フラグ立ちっぱなし。侯爵……すでに死んでいる。

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