ニコールのお見合いパーティ
2年後。士官学校の卒業。そして、准尉への昇進。近衛小隊の副官に抜擢。
18歳になったニコールは順調に人生を歩んでいた。そして、今日はいつもの近衛女性士官の軍服姿ではなく、白を基調とした可憐なパーティドレスに身を包んでいた。
持ち前の美貌に加えて、18歳という初々しさ。清楚な佇まいが見る者を釘付けにする。普段は近衛士官をしているギャップもあって、パーティ会場に来ている男性客はニコールに見惚れていた。
このダンスパーティは、オーガスト伯爵家主催のニコールの社交界正式デビューをするためのものである。婿候補を始め、ひと目、オーガスト家の末娘を見たいという貴族で大盛況であった。
「ニコール、あの方がモーラン家ご長男のレイフさん、あちらがフランドル侯爵家のご当主、アレン侯爵様」
ニコールの母親、キャサリンはかなり興奮した感じでそうニコールに説明した。彼女はこの日を指折り数えて待っていたのだ。何しろ、こういうパーティは早くなら娘が15歳の時には開く。
18歳なら結婚していてもおかしくないのだ。それをニコールが士官学校に進むものだから、遅れてしまったという焦りだ。
ニコールの母親キャサリンは、ごく普通の貴族の奥様であり、その考え方は保守本流。ただ、娘に幸せになって欲しいという思いが強く、それが母親の義務として強く現れていた。
よく娘を見ていれば、娘には本命の相手がいると気づくはずなのに、それが曇って見えていない。いや、あえて見ないようにしていたのかもしれない。
ニコールの父親であるオーガスト伯爵はその点、娘のことをよく見ていた。かつての婚約者が死んだ時には、後を追って死んでしまうのではないかと心配したけれども、すぐに立ち直り、生き生きと生活していた。その姿は実に幸せそうであったので、すぐに好きな男ができたのであろうと思っていたのだ。
ニコールの様子を見ていると、その本命の彼氏がこの会場にもやってきているのは確実で、今日は妻の思っているような展開にはならないだろうとこの温和な人物は少しだけ、パーティの行方に興奮を覚えていた。
このパーティの趣旨はニコールの婚約者決め。すでに事前の申し込みが殺到し、本命についてはある程度絞っていた。まずは婚約者候補の筆頭は、パラディール侯爵。
年齢は42歳とかなり年上だが、陸軍大佐の地位にあり、まさに軍人という体躯をしており、年を感じさせない。格闘術が優れており、荒くれの兵士を力で押さえつける強さを兼ね備えていた。それでいて、エレガントな物腰で社交界でも令嬢から人気を博している貴族だ。
領地も持っており、経済状態も良好。3年前に妻と離婚して今は独り身という境遇で、年頃の若い娘を持つ母親は、侯爵の後妻に送り込もうと躍起であった。
そのパラディール侯爵がニコールを見初めて、是非、我が妻にと熱烈なラブコールを贈ってきたのだ。これにはニコールの母親キャサリンは大興奮で鼻高々であった。無論、パラディールがすでに3回結婚しているという事実と年齢差がありすぎるということが、若干、懸念することで決めきれていない。
2人目はアルボー男爵の嫡男ベルナール。アルボー家は男爵ということで家の格は落ちるが、経済的にはウェステリア王国でも有数の大金持ち。先々代が肉の流通業で財を築いた商人あがりの貴族である。
ベルナール自身は22歳でニコールとは年齢的にも釣り合うし、見た目も悪くはない。ベルナールもニコールとの婚約を熱烈に求めていて、毎日、オーガスト家に高価な贈り物が届けられていた。
「この2人が本命だけど、今日のパーティにいらした方々を見ると、それ以外にも候補はいるわね。王族関係の方もいらっしゃるし、公爵の家の方もいらっしゃる……」
母キャサリンの最低条件は貴族の嫡男であること。このウェステリア王国の貴族の家は定数があり、嫡男以外は爵位を継げない。一代だけはド・ルンヌという准貴族の称号を与えられるが、子供の世代は貴族ではなくなる。
だから、娘は貴族の後継のところへ嫁がせるのが条件なのだ。無論、数が限られているのでそれは狭き門である。
「さあ、ニコール、誰を選びます。最初にダンスを踊る男性があなたの本命となります。パラディール侯爵閣下ですか、それともベルナール様。それとも、もっとよい男性を選びますか?」
隣で囁く母親の言葉はニコールには、全く耳に入っていない。パーティ会場の入口で来客に対して一人一人挨拶をしているのだが、ニコールが待っているのはただ一人である。
名前を名乗り、手をそっと握る男たちとは適当に笑顔で挨拶して受け流してはいるが、その視線はまだ来ない待ち人を待っている。
そしてその待ち人はやって来た。ニコールの顔がパッと輝く。
「二徹・伊達様でございます。ヴァリアーズ伯爵家からのご推薦された方です」
そう受付係の者が紹介する。母親のキャサリンはその青年を見て驚いた。
「え、何、ルウイ君!」
「二徹・伊達です。東方の島国から来ました。よろしくお願いします」
そう二徹は呆気に取られてフリーズしている伯爵夫人に軽く礼をした。そしてウルウル顔のニコールの手を取った。
「約束通り、来たよ、ニコちゃん」
「あ、ありがとう……よく来た」
ざわざわと会場が騒ぎ始める。それまでの来場した男性客とは明らかに違うニコールの対応に、何かを感じたのだ。オーガスト家への事前のアプローチで、この婚約レースを一歩先へ進んでいたと思っていたパラディール侯爵と男爵家の跡取りベルナールは怪訝な表情を見せる。
パーティは男性客だけでなく、女性客も大勢招待されている。ニコールの婚約者を決める場ではあるが、花を添える令嬢たちには結婚相手を見つける場でもある。それぞれ、親の決めた許嫁がいるものも多いが、いい相手がいればそっちへ乗り替えることもよくあったからだ。
音楽が鳴り始める。ダンスの時間だ。本日の主役であるニコールが最初の相手に誰を選ぶか。人々は注目する。
ニコールと踊りたい男性は一列に並び、右手を差し出す。その前を静々と歩いてこれはとニコールが思った男性の手を取るのがルールだ。無論、最初のダンスの相手がそのまま婚約者というわけではないが、一歩リードしたことにはなる。
(さあ、ニコールはだれを選ぶか……)
(本命のパラディール侯爵か、ベルナールか……それとも……)
人々の予想は完全に覆された。ニコールは脇目も振らず、男性の列を突き進むと、列の末席で右手を差し出した青年の手を迷わず取ったからだ。
(な、なに~っ。この私を……侯爵の私を差し置いて!)
(だ、誰だ、あの男。ニコールちゃんとただならぬ関係なのか?)
本命の二人は握られることのかった右手をばつが悪そうに引っ込めた。思わぬ展開に屈辱で身が震える。自分たちが選ばれるとばかり思っていたので、この屈辱はかなりのものである。
しかも、ライバルと思っていた相手ならともかく、本日、初めて見た男に最初のダンスの栄誉を奪われたのだ。
「だ、誰だね、あの青年は?」
パラディール侯爵はそうパーティの受付係りに不快そうに尋ねる。受付係は急いで名簿をめくった。
「二徹・伊達様です。東方の国の貴族出身だそうで、名前が二徹。姓が伊達だそうです」
「なぜ、僻地の蛮族の国の人間がこのパーティに招かれているのだ?」
「それですがヴァリアーズ侯爵様が後ろ盾をされているとのことで、今日のパーティもヴァリアーズ侯爵閣下の名代としていらっしゃっているのです」
「あのじいさんか……」
パラディール侯爵は忌々しそうに顔をしかめた。陸軍でも重鎮の老将軍である。同じ、陸軍に属する者としては立てなければならない。
(なぜ、あのじいさんが後ろ盾を……。基本、こういう華やかな場は嫌いなはず。ましてや、色恋沙汰に関して加担するなどありえない)
パラディール侯爵は軽やかに踊るニコールと二徹を見る。そのダンスは美しく、見るものを惹きつけた。東方の異国の青年はエレガントな物腰で、ニコールをリードする。そういった意味でも、会場の注目を集めていた。来ている令嬢たちの熱い視線が注がれている。
(あの娘……絶対に手に入れてやる。我が妻にふさわしい。どんな手を使ってもだ……)
パラディール侯爵の目が妖しく光る。これはもうひとりの婚約者候補のベルナールも同様であった。
(来てくれた、来てくれた、来てくれた……約束通りに……」
「来てくれた!」
ダンスを踊りながら熱い視線でニコールは二徹を見つめる。そして心の中で連呼した言葉が、つい言葉に出てしまう。
「約束だからね、ニコちゃん」
「う、うん……。私はすごく嬉しいぞ」
「どういたしまして」
体を離すとくるりんと回転するニコール。そして、手を伸ばして二徹はニコールの手を握る。指を絡ませて引き寄せる。体をシンクロさせて揺らす。華麗にステップを踏む。
「クス……母上の顔を見ろ。あの驚いた顔を」
「ニコちゃん、お母さんが可哀想だよ。あくまでもあの方はニコちゃんのためを思ってやっているのだから」
「それは分かるが、父上のような柔軟さが母上にもあればと思う」
「オーガスト伯爵の人柄は宮廷一だからね。かつて僕の父も褒めていたよ。それよりも、ニコちゃんのお婿さん候補者の方が心配だね」
踊りながらも視線をパラディール侯爵とベルナールに向ける。どちらも不愉快な表情だ。それに何やら、巻き返しをしてきそうな雰囲気である。
「ふん。あのパラディールという男は嫌いだ。以前にも会ったが、自分の武勇を自慢する感じが嫌だ。力が全てというおっさんだ。それに42歳で3度の離婚。ありえないだろう。私はあんな野獣の嫁には絶対にならない。それに家庭で妻を泣かせる奴はやっつけてやる」
「おやおや、物騒だね」
「女の敵は許さない主義だ」
「それでもう一人の方は?」
「あのお坊ちゃんか?」
「うん。大変なお金持ちらしいね」
「金だけだ。それで本人は金以外に何もない姑息な男だ」
「辛辣だね」
「私は男を見る目はある。前も言ったが私の嫁はお前しかいない」
「ありがとうニコちゃん。だけど、このままじゃあの人たちは収まりがつかないだろうねえ」
確かに二人共、婿候補の名にかけて何かをやろうとしている。二徹はニコールを自分のものにするためには、まずはこの二人の挑戦を受けなくてはならないと覚悟を決めていた。




