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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第11話 嫁ごはん レシピ11 アワビのステーキ肝ソースとかぶの丸焼き (過去編)
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カブの丸焼き

 エヴァプールは、首都ファルスから20キロほど離れた町。ここはウェステリアのものづくりの拠点の町である。金属製品や革製品、木工などのありとあらゆる製品を作る大小の工場が集まっている。


 この町に工場が集まるのは、海へと続くエヴァ川の水運と首都に近く、労働力が確保できること。また、昔から職人の街として栄えていたことがある。

 

 ここに駐留部隊として配備されているのが、第6竜騎兵大隊。それを指揮するのはトマス・ヴァリアーズ中将。爵位は伯爵である。トマスは片目に眼帯をあてた老人で、顔には戦場で刻まれた傷跡が残る。


 彼はいわゆる猛将と呼ばれるタイプの人間で、過去には軍団を預かる軍団長であった。65歳を超えて一時退役。それでも軍隊が忘れられず、70歳に達する身で大隊長として復帰。


 今も戦いの先陣を駆ける竜騎兵の大隊長として職務を全うしている。自分が死ぬのは、馬上だと豪語する老人である。老人とは思えない鍛えられた体で、背筋もピンと伸びている。兵士たちはそんな老人を『鬼の大隊長』と畏怖し、また敬愛していた。

 

 そんな鬼の大隊長の自分に面会を求めてきた少年がいると聞いて、トマス・ヴァリアーズは微笑んだ。予想された人物だったからだ。老人は人払いをするとその少年に会った。


「そろそろ、来る頃だと思ったよ」

「ヴァリアーズ中将閣下。初めてお目にかかります」


 訪ねてきた少年はルウイである。襲撃を受けてから、2日が過ぎていた。この大隊本部は、首都から馬に乗れば1時間とかからない距離だが、2日をかけたのは追っ手の目をくらますため。


 一応、ルウイは火の中に身を投じて死んだことになっているが、それが確認されるまで都からの交通が遮断されていたのだ。屋敷の燃え跡から、ルウイの持ち物が発見されて、公式には死んだことになり、追及の手が緩んだところで脱出してきたのだ。


「都では大変な騒ぎと聞いた。サヴォイ事件と名付けられて新聞紙上を賑わせておる。人の噂も大変なものになっておるわい」

「はい。父も母も殺されたと聞いております」

「気の毒に。アルバートはこの国の将来になくてはならない男であった」


 そう言いながら、トマスはルウイを値踏みするように眺める。父親のアルバートとは親子ほどの年齢差がありながらも親友関係であったが、その息子とは初めて会う。


「父、アルバートは手紙にこういう事態になったら、あなたを頼れと指示を遺していました。それに従い、こうやってお目にかかっているわけです」


「なるほど……。確かにアルバートはこういう事態を予想していた。賢い男よ。その賢さを自分のために使えば良いものを、国家のために家ごと犠牲にするとは賢いが馬鹿な男でもある。その馬鹿な男の息子が目の前にいるわけだが……」


 そう言ってトマスは目で合図した。短銃を持った副官がルウイの後ろに立つ。首を少しだけ傾け、それを横目で感じ取るルウイ。慌てた様子は少しも見せない。


「ほう……。なかなかの少年だな。肝が据わっているのか、単に状況が理解できない馬鹿なのか……」

「そのどちらでもありませんよ。ヴァリアーズ閣下のお考えが分かりますから」


「ふふふ……。気に入ったぞ。確かにアルバートとわしは友達だった。こういう状況になった時に、息子を頼むと言われた。だが、コンラッド公に逆らうのは得策ではない。わしも滅ぼされたくはないのだ。君を突き出すというのが身を守るためには一番の策だろう」


「僕もその考えには賛成です。人間は普通、リスクを回避するものですから。しかし、あなたはそんな方ではない」

「はっははは……。これは思っていたよりも大物だ。君は15歳だろう。その余裕はどこから来るのだ?」


 トマスは右手で自分の髭を撫でる。ルウイに興味をもったようだ。少年との会話を楽しんでいる。


「閣下は安穏とした生活を楽しむお方ではないと思いましたので……」

「うむ。確かにわしは危険に自ら飛び込む悪い癖がある。だが、その癖もそれに見合う価値がある時だけだ。わしも軍人。勝算のない戦はしない」

「僕を試すというのですね」


「ますます気に入った。そこまでわしの考えを読むとは。いいだろう。わしはアルバートから君のことを頼まれたが、君が助けるに値する価値のある人間だと認めたら助けよう。そうではない、ただの貴族のお坊ちゃんならコンラッド公に突き出す」


 そう言うとトマスはルウイを兵士たちのところへ連れて行く。駐屯地の広場に火が焚かれ、ちょうど、兵たちは食事の準備をしているところであった。


「近頃、平和すぎて兵士どもに活気がない。この兵士たちの士気を上げてみろ。君が見込みのある人間なら、それくらい朝飯前だろう」

「活気ですか……。いいでしょう。ここにあるものはなんでも使っていいのでしょうか?」

「ああ、いいとも。1時間で兵士どもの活気を取り戻してみよ」


食料庫の前の樽にカブ(ベブ)が山と積まれている。スープの具材にする野菜だ。鶏がらで取ったスープに刻んで入れる素朴な野菜スープだ。


(よし、これを使おう)


 ルウイは水でカブを丁寧に洗う。葉のところまで泥をきれいに落とす。そしてソルをまんべんなくすり込む。それを濡らした新聞紙に幾重にも包んだ。


「おいおい、カブを丸ごと焼くのかい?」

「そんな料理見たことないぞ!」


 料理番の兵士たちはみんなルウイのすることを不思議そうに見ている。この隊の兵士は100人程。ルウイは50個ほどのカブを濡らした新聞紙で丁寧に包んだ。


「それを一体、どうするのだ?」

「こうするんですよ!」


 ルウイはそう言うと包んだカブを豪快に炭火の中に放り込む。そして、その上に炭をさらに乗せる。葉は紙に包んだまま、外へ出す。葉は直接火にあてなくても、カブから出る蒸気で蒸されるのだ。


「そんなんじゃ、すぐ丸焦げになってしまうぞ」


 そう料理番の兵士は心配したが、濡らした新聞紙は意外と熱に強く、適度な熱をカブ全体に与えながら一枚、一枚と燃えていく。新聞紙はカブの焦げ付きを遅らせるためのものだ。


「多少、焦げた方が美味しそうに見えますから」


 しばらく焼けるのを待っていたルウイは、焼き頃を見計らってカブに金串を刺した。火が充分に通ったカブに金串は少しの抵抗で刺さる。ちょうど中心がレアな状態で軽い抵抗があったあと、向こうへ突き抜けた。


「いい焼き上がりです」


 そう言うとルウイは炭火からカブを取り出した。そして、包丁を借りると表面が少し焦げた熱々のカブを豪快に半分に切っていく。


「さあ、召し上がってください」

「何だ、なんだ?」

カブ(ベブ)丸ごと焼きって、豪快な料理だな」

「そんなもん、うまいのか?」


 兵士は思い思いにカブにかぶりつく。そして、一挙に笑顔に変わった。


「な、なんだ、これは!」

「甘い、甘くて塩がいい塩梅で、これは美味しい!」

「うめえええええっ!」

「ただのカブ(べブ)を焼いただけの料理がこんなに美味いとは!」

  

 ザクリザクリとかぶりつき、汁をしたたらせながら、カブにかぶりつく兵士たち。いつも同じような具材のスープと固くなったパンでうんざりしていた兵士たちにとって、この体験はテンションが上がる。


「なるほど。兵士の士気を上げるために食事に注目したのか……。しかも、カブ(ベブ)の丸焼きとは、素朴ながらも豪快さが心を躍らす。ルウイ君、君はなかなかの逸材と見た」

 

 そう言いながらもトマスはカブにかぶりつく。そしてその美味さにため息をつく。手が込んでいないのにこれだけの美味さとは、ルウイがただの貴族のお坊ちゃんでないことがこれだけで分かる。


「ルウイ君、このトマス・ヴァリアーズ。君を匿い、君の後見になろう」

「ありがとうございます。ですが、ヴァリアーズ閣下。もし、僕が合格点に達しなくても、きっと助けてくれたのではないですか?」


「ククク……。優秀すぎる子供も困ったものだ。この老体がどうなろうとも、親友の頼みは死んでも守るわい。コンラッドのような器の小さい男に擦り寄るほど、わしは落ちぶれてはいない」


 ルウイは分かっていた。父親が信頼して自分を託した人物が、自分を売り渡すようなことはしないと。カブの丸焼きはそんな豪快で素朴なトマス・ヴァリアーズをイメージして作った料理なのだ。


「これからよろしくお願いします」


 ルウイはそう言って頭を下げた。老将はルウイの扱い方をずっと前から決めていた。まず自分の屋敷にルウイを匿うと言った。その屋敷は首都ファルスにある。


「首都ファルスですか……」

「心配するな。木は森に隠せと言うではないか。ただ、君は死んだことになっている。今から別人となるために、名前を変える必要がある。ルウイ・サヴォイの名はここで捨てなさい」


(名を捨てる……。ルウイの名を)


 名前を捨てることくらい、何でもない。実際にサヴォイの家は滅んでしまった。それにルウイには自分が別世界の生まれ変わりである記憶があった。その世界の名前の方がしっくりとくる。


「新しい名前はどうする?」

伊達二徹だてにてつ

「だてにてつ? 何だ、それは変な名前だな」

「正確に言うと、二徹・伊達です。名前が二徹。姓が伊達」

「うむ。いかにも外国人という名前だ。東方の小さな国から来た貴族ということにしよう。戸籍の登録は任せておけ。つてがあるものでな」


 こうして、ルウイは二徹という名前に改名した。明日から別人として生きるのだ。


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