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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第11話 嫁ごはん レシピ11 アワビのステーキ肝ソースとかぶの丸焼き (過去編)
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サヴォイ家の滅亡

3分経過した。


 襲いかかった暴漢のうち、5名は近くのゴミ箱に逆さに刺さったまま、気を失っている。3名は近くの川に落とされて、2名は絡まって地面に横たわっている。銃を持っていた2名はお互いの腕を撃ち抜き苦痛で転げまわっているが、命には別条はない。


 これは全てルウイ(二徹)がやったこと。時間を止めるチート能力『スタグネイション』と時間を加速させる『エクサレイション』を組み合わせれば、10人程度の敵は瞬時に葬れる。葬るといっても、平和主義のルウイは命を奪うまではしない。戦闘能力を根こそぎ奪うだけだ。


「大丈夫ですか?」


 ルウイは撃たれた御者の傷を見る。腕を撃たれたようで血がだらだらと流れている。ルウイは、馬車の窓のレースカーテンを破ると止血をして応急処置をする。


「あ、ありがとうございます」

「急いで病院に行かなきゃな」

「私のことはいいです。それよりもルウイ様、お屋敷の方が心配です」

「そうだな……」


 自分までに刺客が向けられたのだ。父親のアルバート伯爵にも同じく向けられているだろう。そして、そちらはもっと念入りに最大戦力をぶつけているはずだ。ルウイは後継者として、こういう時の対処を父のアルバート伯爵から指示されていた。


(まずは屋敷に戻る。そこで態勢を立て直す……)


 父からの新たな指示もそこに用意されている。そこにはいざとなったら、開封するように言われた手紙があるのだ。



 馬車を走らせてサヴォイ家の屋敷に戻ったルウイ。幸いにもまだ屋敷に敵は手を出していないようであった。


「ルウイ様……よくぞ、ご無事で」

「ジョセフさん」


 家令のジョセフがルウイを出迎えた。だが、いつも冷静な老家令が今は少々、取り乱しているようにルウイには思えた。ロマンスグレーの髪をオールバックに決めて、隙のない身だしなみのジョセフが、オールバックの髪が1本、前に垂れていたし、胸に差したハンカチがずれて折られている。


「ルウイ様。大変なことが起きました。お父上のアルバート伯爵様が暗殺されました。奥様も一緒にお亡くなりになったということです」

「な、うそだろ……父上と母上が……」


 ルウイはジョセフの報告をにわかに信じられない。しかし、ジョセフの報告は正確だ。そこに疑う余地など微塵も存在しないことをルウイはよく知っていた。


「父上と母上の最後は……どんな風だった?」


 そう気丈に続けるルウイだったが、目には悲しみの涙があふれて、いく筋も頬を伝っていく。父のアルバートからはこういうことも有りうると聞いていたが、いざ、なってみるとショックで体が動かないものだと客観的に見る自分に気がついた。


「今朝、アルバート様は奥様を伴い、戦争遺児の暮らす施設に慰問に出かけられました。卑劣にもそこに爆発物が仕掛けてあったのです。アルバート様と奥様は、怪我をした子供たちを最後まで救出したのですが、建物が崩れ、火に巻かれて、亡くなったとのことです。立派な最後だったと聞いております」


「……そんな卑劣なことを実行したのは誰だ?」


「革新派が犯行声明を出したと聞いております。しかし、おそらく違うでしょう。このような卑劣な犯行を認めるのは賢い選択ではありません。私はコンラッド公爵が率いる血統派の仕業だと思います」


「父上もそう予言していた……」

「宰相のコンラッド公はアルバート様に国家に対する謀反の疑いがあると、軍の派遣を命じたようです。都を守る第1歩兵師団から1個中隊300がこちらに向かってきているとのことです」


 ジョセフの情報網は、家令のレベルではない。普段から親交を深めた、多彩な人脈のなせる業だ。これは父のアルバート伯爵にも言える。この第1歩兵師団の出撃はそこに勤める非番の兵士が、規律違反を承知で知らせてくれたのだ。


「たかが貴族の屋敷に1個中隊を派遣するって、コンラッド公爵は気でも違ったのだろうか?」

「恐らく、息のかかった部隊なのでしょう。お父上に全ての罪をなすりつけるのだと思われます。こういう時のために、これを預かっておりました」


 そう言ってジョセフがルウイに手渡したのが白い封筒。蝋で封印がされている。父が自分に託した指示書だ。急いで封を開ける。


我が親愛なる息子 ルウイ


お前がこの手紙を読むときは、私もママもこの世にいないだろう。

こういうことはある程度は予想していたが、我が家族にとっては不幸であり、歴史あるサヴォイの家がこれで断絶するのは悲しい。


しかし、これもウェステリアの国を生かすための犠牲だと私は思っている。だから、後悔はしていない。私の潔白と正義は後世で証明されるだろう。少々時間はかかるが、これに関しては確信している。


この愚かな行いを実行した陣営。恐らくは血統派だろうが。彼らはこれを契機として衰退していくだろう。彼らは悪魔の誘惑に負けて、不正義の行いに手を染めたのだから。


 そして、ルウイ。お前の人生はこれからだ。貴族としてのサヴォイ家は一旦、滅びるが、お前はお前の人生を生きていくこと。サヴォイ家の復興などしなくてよい。そんなことに囚われ、お前の人生が恨みで支配されることを私もママも望んではいない。


 それではお前にサヴォイ家当主からの最後の指示を行う。


1つ。屋敷は武装解除。使用人には屋敷内にある財産を分配して、暇を出すこと。そこにいては命を失う。誰ひとり、死ぬことのないようにせよ。


2つ。屋敷に火をかけて燃やせ。何一つ残すな。これは愚かな犯行を行った連中につけ込まれないようにするためだ。


3つ。お前は屋敷と運命を共にしたように見せかけ、別人として生きよ。これに関しては、エヴァプールに駐屯する竜騎兵大隊長、ヴィリアーズ中将を頼ること。


以上だ。お前のこれからの人生に幸あれ……。


「父上、母上……」


 じわりと涙がにじみ出る。ルウイは一歩も動けずにいた。しっかりしているといってもまだ15歳の少年だ。父と母が死んだと聞かされて、平常心でいられるはずがない。


「すまない。5分だけいいか?」


 ルウイはジョセフの胸に額を付けた。悲しみをこらえ、それを乗り越えるために精神を集中する。たった5分であったが、生まれてからここまでの両親と過ごした15年間が思い巡る。


(ルウイ……他人を恨んではいけないよ。恨みは正しい行いを狂わせる。だから、常に自分がすべきことをきちんと見つけ、それは誰が見ても正しい行いたるようにしなさい)


 優しい父親の教え。


(ルウイ……ニコールさんはきっといいお嫁さんになるわ。早く、可愛いお嫁さんと一緒に暮らしたいわ)


 お姫様育ちで、おっとりしているが、芯は強い母。ニコールとの婚約を喜び、ルウイが結婚する日のことを指折りして数えていた。


「ルウイ様」

「うん。もう大丈夫だ。父上の指示を実行します」


 悲しんでいる時間はない。ルウイは屋敷に立てこもって戦いましょうと息巻く使用人たちをなだめ、屋敷にある高価なものを分け与える。退職金代わりである。


 ルウイは使用人たちを何とか去らせると、遠くに歩兵中隊が近づいてくるのをベランダから眺める。これから一世一代の演技をするのだ。


「アルバート・サヴォイ伯爵の長男。ルウイ・サヴォイだ。隊長はどこだ!」


 近づいてくる歩兵部隊に声を張り上げた。


「ルウイ・サヴォイか。お前には逮捕状が出ている。おとなしく投降しろ。悪いことにはせぬ。今から屋敷内を家宅捜査させてもらう」

 

 隊長らしき男がそう名乗り出たが、その魂胆は分かっている。家宅捜査と言って屋敷内に侵入。外国と通じて、ウェステリア王国を売ったというでっち上げた証拠品を発見したと言ってサヴォイ家に罪を擦りつけるつもりであろう。


「すみません。それには応じられません。あなたはコンラッド公爵の名を受けて来られたのでしょう」

「そうだ。宰相閣下のご命令である」


「おや、これは不思議だ。ウェステリア王国の法では、軍の出動命令は軍務大臣しかできないと思いますが。いつから軍隊は宰相閣下の私兵となったのでしょう?」


 ルウイに言われて隊長は言葉に詰まった。ルウイの指摘はその通りなのだ。この出撃は法令上、説明のつかない違法なものなのだ。


「う、うるさい。国家の転覆を図る男の息子が、何を言っても悪あがきにしか聞こえぬ」

「おやおや、答えに詰まってそうきますか。隊長殿、軍務大臣バーモント侯爵の命令書を持っていますか。持っていないでしょうね。軍の私物化こそ、国家に対する反逆です。どうせ、家宅捜査と称してニセの証拠品でも紛れ込ませるのでしょう」


「ぐっ……」


 ルウイに論破されて答えが出ない隊長。副官を始め、他の士官が疑いの目で隊長を見る。ルウイに指摘された通り、この出撃は違法であり、その片棒を知らずに担がされているのではないかという目だ。


「お、お前たち、奴を逮捕しろ。これは宰相コンラッド公爵閣下のご命令である!」


 隊長はそう怒鳴りつけた。違法ではあっても政府の中枢で、未だに権力がある宰相の命令には替わりない。士官と兵士は疑念を抱きつつも、指揮官の命令に従った。


(まあ、これだけ印象づければいいかな……)


 軍隊の行動はどうあっても止められないとルウイは思っていた。狙いはコンラッド公爵の違法性を暴き、印象付けること。そして、今から起こす行動で自分の死を演じる布石にすることだ。


「仕方がありません。無念にも散った父、アルバート伯爵の意思により、サヴォイ家はここで終焉を迎えようと思います。皆さん、いずれ誰が正しかったのか明らかになるでしょう。その時に僕の言葉を思い出して欲しいです。それでは、ウェステリアよ、永遠なれ!」


 ルウイが目で合図するとジョセフが、爆薬に火をつける。屋敷の至るところから爆発、そして燃え始めた。ルウイはその火の中に消えた。


あまりの火の勢いで、やって来た1個中隊はそれをただ見つめるしかなかった。


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