忠義のメンチカツ
サヴォイ家(今はオーガスト家)の渋いおっさん、戦う家令ジョセフさんの物語。ここに完結。(本編じゃないですよ)
12:00 なぜか、投稿ミス(なぞ)で途中までしか反映されてませんでした。修正しました。
「さあ、ジョセフさん。約束通り、息子のルウイが作る『メンチカツ』を食べてください」
裁判が終わり、無罪放免となったジョセフはサヴォイ家に来ている。そこでは10歳の少年が慣れた手つきで『メンチカツ』なるものを作っている。その手際の良さ、無駄のない動きにジョセフは思わず見とれてしまう。
(この子ども、本当に10歳か?)
(まるでプロの料理人の仕事を見るようだ……)
ジョセフも戦いのプロ。料理と戦争という世界は違うが、プロフェッショナルな人間が持っている感性というのは共通のものがある。一つ一つの仕事にプロとしての誇りと技が込められているのだ。それがこの10歳の少年にはある。
(この子ども……ただの貴族のお坊ちゃんではない……。この子は将来が想像できないほど楽しみな人物になる……見てみたいものだ、この子がどんな大人になるかを……)
ジョセフはそう心の中で感嘆していた。ジョセフの熱い期待に応えるかのように、ルウイの作業はスピードを増す。
まずは玉ねぎとキャベツ、ピーマンのみじん切り。包丁1本で瞬時に刻まれていく野菜。細かい野菜の粒が、包丁の隙間から次々と飛び出し、山を築いていく。
そして、牛肉と豚肉の挽いたものを混ぜ合わせたもの。肉を見ただけで、それは選び抜かれた素材であることが分かる。
それはてらてらと輝き、今にも油がじっとりとにじみ出てくるような新鮮さ。実際にはしばらく寝かせて、旨味成分を増大させているのだが、食べて美味しい肉は、生の状態でも美味しそうに見えるのだ。
(こんないい肉をミンチにするとは……贅沢だ……。だが、これで作る料理……うう……これはたまらん!)
ジョセフはベテランの兵士。これまで世界各地の戦場を駆け巡り、いろんな美味しい食べ物に出会ってきた。そのジョセフが不覚にも食べる前から、もう期待に心を躍らせている。
ルウイは淡々と料理に打ち込む。用意した肉に油と塩を練り込み、野菜のみじん切りを投入する。そしてなにやら、黒い液体を入れる。
「坊ちゃん、その黒い液体はなんですか?」
ジョセフは思わずそう少年に聞いてしまった。もう口の中は食欲マックスの象徴たる液体にあふれ、その洪水を飲み込むしかない状態にある。そんなジョセフの問いにルウイ少年は笑顔で答えた。
「ジョセフさん、これはウスターソースです」
「ウスターソース?」
「はい。野菜ジュースや果物をソルや酢や香辛料で味付けしたソースですよ。僕のオリジナルなんです。味見できますよ」
そう言って少年は黒い液体を皿に入れて、ジョセフの前に差し出した。ジョセフはそれを指ですくって舐めた。
(ぐおおおおっ……。な、何という旨さ……酸味と辛味が融合し、最後にさらっとした甘みが舌に残る……。これは肉料理……いや、いろんな料理に合うソースだぞ……)
ジョセフは長い間、戦場を駆け回ってきた。いろんな場所のいろんな料理を食べてきた。50歳近い年齢まで得てきた経験はこの少年をはるかに凌駕するはずだ。
だが、そのジョセフでもこの少年が作ったウスターソースの味は知らなかった。こんなソースを隠し味に使う『メンチカツ』という料理は一体何なのか、もはや期待と脳内に発するスパークで、ジョセフは料理が出来上がる前から、メンチカツの魅力に心も体も支配されつつある。
「これを坊ちゃんが考えたのですか?」
「ええ。店では売っていませんからね。作るしかないんですよ」
事も無げに答える少年。答えながらもボールに入れた材料を掴むように混ぜ合わせる。そしてそれを丸い形にして真ん中を凹ませる。薄力粉とパン粉をまぶす。
「な、なんと……油で揚げるのか!」
少年はフライパンにかっきり6ク・ノラン(約3センチ)の深さに油を入れると中火で熱し、丸めたものを入れて揚げ始めた。表面が固くなったら、引っくり返し、今度は強火にして一気にこんがりと揚げる。その手際の良さにも感心するジョセフ。
「はい、ジョセフさん。このメンチカツは揚げたてを食べると美味しいです。まずはウスターソースを付けて食べるといいですよ」
少年はそう言って、揚げたてのメンチカツを紙に包んで差し出す。手で取ると熱い。だが、熱さよりもその香ばしさと旨そうな匂いにもう釘付けである。ドロッとしたウスターソースとやらに付けて、ジョセフは口を開けてほおばった。
パリパリパリ……。衣が崩れる音。そして、中から肉汁が飛び出す。ビュビュっと口の中を侵略する肉の旨味。噛む。噛むとまた肉のカプセルが潰れて肉汁が溢れ出す。そして、次に来るのが野菜の甘み。これが肉汁と絶望的に合う。
「ううううう……こ、これはたまらん!」
「はい、ジョセフさん、2つ目が揚がりました。次はレドラのソースを付けて、食べてください」
赤いソースのようなものは、少年が作ったトマトケチャップである。これも手の込んだものだ。これはウスターソースと違い、甘味と酸味がさらに襲いかかる。これがいけないのは、油を中和することで、口がさっぱりとし、先ほどの1個目を完食したことすら忘れてしまうことだ。
「ぐあああああああっ……。レドラの酸味と甘さが絶望的に合う! こ、これは死ぬ。食い物がうまくて死ぬなんてありえないが、これは死ぬレベルの美味しさ!」
「大げさですよ。ジョセフさん、じゃあ、3回死んでください。これがとどめです」
じゅうじゅうと音を立てながら、紙に包まれた3つ目の『メンチカツ』。この大きさのメンチカツを3枚というのは、普通の人ならもうお腹いっぱいであるが、ルウイのメンチカツはそれを忘れてしまう。油がしつこくなく、そして食欲をそそられてしまうからだ。
「はい、とどめの3つ目。今度はマスドソースを付けてみて召し上がってください」
黄色いのり状のものはカラシ。もはや、ジョセフは夢遊病者のように熱々のメンチカツにカラシをたっぷりと付けた。そして、大きな口を開けてそれをあんぐりと食べる。
「ぐああああああっ……。鼻がぶん殴られる~」
「そして、肉汁と野菜の甘みの総攻撃~」
「熱い、旨い、熱い、旨い……ハフハフハフ……」
「どうですか、ジョセフさん。うちの息子が作るこのメンチカツは……」
ニコニコしながらそうアルバート次官は、ジョセフに尋ねた。アルバート自身も口にトマトケチャップにウスターソース、マスタードの赤、黒、黄の色とりどりの印を付けている。有能な法律の専門家もメンチカツの攻撃に3度戦死したらしい。
「……脱帽です。これは旨すぎる。これが10歳の少年が作った料理だなんて……」
ジョセフは赤い髪の少年を見る。その緑の瞳は輝き、将来はとてもないことをしてくれそうな予感に満ち溢れている。ジョセフが最初に感じた期待は確信に変わった。
「坊ちゃん、あなた様の名前は……ルウ……」
「ルウイです」
ジョセフは真剣な表情で体ごとルウイに向けた。そしてゆっくりと名前を呼んだ。
「ルウイ様」
「どうかしましたか、ジョセフさん」
「あなたの将来を私は見てみたい……」
「ええ!」
ルウイは驚いたようである。それはそうだ。父親から戦争の英雄。すごい軍人がメンチカツを食べに来ると言われて、いつもの通りに腕を振るっただけで、その軍人が自分に仕えると言うのだ。だが、これは父親のアルバート次官も予定していたようであった。その証拠に自分から誘うつもりだった言葉を発したのだ。
「これで決まりですね、ジョセフさん。もう軍隊には戻りたくないでしょう。うちで働くということで」
「私は戦場生活が長く、とても貴族様のところで働くような人間ではありませんが、ルウイ様のため、アルバート様のため。この命、尽きるまでお仕えいたします」
「感謝します。この先、あなたの力が必要となってくることは間違いない。これからウェステリア王国内は荒れるでしょう。我がサヴォイ家もどうなるか分からない。しかしあなたがいれば、子供たちも安心だ。次期当主となるルウイ、そしてその妹のリーゼルを支えて欲しいのです」
ジョセフはアルバートとルウイを交互に見る。そしてルウイの作ったメンチカツを見る。そして、にやりと笑った。もう言われなくても心に決めていた。
「あなた様がいなければ、この命はありませんでした。アルバート様……いや、サヴォイ伯爵様。そしてルウイ様。今回の恩義、そしてこの絶品のメンチカツに、このジョセフは深く感銘しました。先ほど希望したとおり、我が残りの人生、このサヴォイ家に忠節を尽くす所存であります。今後共よろしくお願いします」
忠実で無敵、『戦う家令』の誕生であった。




