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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
幕間 ジョセフとサクサク、アツアツのメンチカツ
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司法省次官の視察

オーガスト家家令のジョセフさんの若い頃のお話です。

「中尉、ジョセフ中尉。敵の見張りは二名だけです」

「よし、いつもの通り、始末しろ。絶対に音は立てるなよ」

 

 アラスト大陸の西部。スパーニャ王国の戦場。スパーニャ王国は昔、世界を支配したと言われるほどの海運国で強国であった。しかし、今は国王の後継争いで内乱が勃発して弱体化。今も国王と反国王派との間で激しい戦いが起こっていた。

 

 国王のフィリップ四世は無能で病弱であった。それを補佐する宰相のゴルトバと母后のアルトレーゼが政治をしていたが、その治世は私利私欲が横行する悪政。反対する貴族連合が反旗を翻し、一時期は首都から国王を追い出し、共和国樹立を宣言したが、隣国のフランドルが武力介入して泥沼化していた。

 

 ジョセフはウェステリア大陸派遣軍の特殊部隊員。特殊な訓練を受けた兵士で構成される分隊を率いて、敵陣のかく乱、指揮官の暗殺等の任務を行っていた。


 ジョセフは中尉であるが、これは戦場での数々の武功によるものであり、彼個人の戦闘力を必要とする以上、多数の部下を指揮する指揮官ではなく、その身は常に最前線にあった。

 

 ジョセフの部下は忍び寄り、二人の見張りを素手で始末した。持っている武器は軍用のナイフだけであり、それは音を立てずに倒すためにもっとも効果的な武器であった。また、隊員個々の格闘術はすさまじいものがあり、敵からはジョセフの分隊は、『ウェステリアの悪魔』と呼ばれて恐れられていた。

 

 今の任務は小高い丘に陣地を築いた敵砲兵隊の無力化。夜間に陣地に潜入し、爆薬を仕掛けて、破壊するという任務の中でも非常に難しいものだ。だが、今回も手際よく陣地に潜り込み、爆薬を仕掛けた。


「誰だ!」

「敵か!」


 パーン。突然、発砲音が響いて 隊員の一人が倒れた。右足を撃たれたようだ。そして、三名の敵兵が銃を構えて襲いかかってくる。ジョセフは倒れた隊員をかばい、銃兵の前に立ちはだかった。


「任務は達成した。ニコライを運べ。ここはわしが引き受ける」


 信じられないことに銃兵に向かって素手で対抗する。


「撃て!」


 カンカンカン……。

 敵兵は信じられない光景を目にすることになる。ジョセフは軍服の下に鉄の防具を付けている。特に両腕に付けているのは鋼鉄製の籠手。銃弾を通過させない硬度と弾丸の勢いを逸らす曲面。そして弾丸の弾道を判断して弾く技量。全てが揃ってできる神業である。


 ドカッ、バキッ。


 そのままぶん殴る。銃声がしたので敵兵が次々と出てくるが、その時にはジョセフは既に姿を消していた。そして爆発。陣地が吹き飛んだ。



「中尉、今回も完璧だったな」

「部下の一人が負傷をしました」


 作戦を完了して基地に戻ったジョセフに上官が労った。ジョセフの部隊のおかげで砲兵陣地は爆破。翌日の戦闘で砲兵が使えず、敵軍を撤退へと追い込んだ。


「で、次の任務なのだが」


 そう言って上官は命令書を手渡す。ジョセフは命令書に目を通す。


「政府高官の護衛任務ですか」

「恒例の司法省と外務省、財務省の役人の視察だ」

「この時期にですか。もう一ヶ月は先かと思いましたが」

「既に到着していらっしゃる頃だ。すぐに迎えに行ってもらいたい」

「承知しました」


 このスパーニャの地での戦いは5年も続いている。政府としても膠着状態の状況を把握したいということから、関係機関からの視察が定期的にあるのだ。


 後方の基地から最前線を視察するのであるが、道中が危険ということで護衛が付く。場合によっては戦闘に巻き込まれる恐れもあるからだ。

 

 ジョセフは政治のことは分からないが、政府の人間が現場を見てくれることはよいことだと思っていた。戦場からはるか遠くに離れたウェステリアでは、戦争など遠くの世界と思っているのだ。また、長く続く戦闘で派遣軍の士気も落ちており、厭戦気分から軍規を乱す行為も目立つようになってきた。


(そういうところを見てもらい、さっさとこの戦争を終わらせてもらいたいものだ)


 ジョセフは歴戦の勇士であるが、平和を愛する一人の男である。常に戦場に身を置いていたために、48歳で結婚をすることもなく、家族もいない。私生活は寂しいものだが、後悔はしていない。


(自分の人生は国家に捧げたのだ。戦が終われば田舎でのんびりと暮らそう……)


 そんなことを思って、迎えに行く。高官が到着した港では、既に護衛任務を与えられた他の分隊も到着していた。


「君が私の護衛をしてくれるジョセフ・バリトン中尉ですか?」


 ジョセフに声をかけてくる男がいる。黒いフロックコートにシンプルな長ズボンに革製のブーツ。赤い髪には黒いシルクハット。典型的な役所勤めの格好の30代前半くらいの男である。


「初めまして、アルバート・サヴォイ。司法省で次官を務めております」

(次官だと? まだ若いな……)

 司法省の次官ということは、事務方のトップ。次期、司法大臣ということだ。その割には目の前の男は若すぎる。


(たぶん、出自が名門貴族なのであろう……)


 貴族が有利なこの時代。実力主義が広がってきたとはいえ、まだまだ、貴族というだけで出世できるところはある。恐らく、司法省もそうなのだろうとジョセフは思った。

 

 形式的に握手をすると、すぐ自分たちが乗ってきた馬車へと案内する。今日は司令部へ案内し、翌日は各部隊の視察をしつつ、最前線へ。1週間の日程である。

 

 よくよく考えると、この視察に次官級の人物が来るのは珍しいことであった。ほとんど、そこから3階級下。主幹級の役人が来るのが常である。


「中尉、食事は兵士と同じでいいですから……」


 アルバート次官はそう言って、他の高官が特別に手配したシェフによる食事を食べている時にも、一般の兵士に混じって玉ねぎとレンズ豆のスープと黒パンという食事をしていた。視察に来たからには、一般の兵士の状況を知りたいとのことらしい。


(政府高官にも変わった人間がいるものだ)


 ジョセフはそう思ったが、日々一緒に過ごすうちに、アルバート次官のことを見直し始めた。彼の視察は事細かで、前線の兵士の衛生状態、規律の様子、戦場の状態、特に食事について熱心に聞き取っていた。


 ある時、兵士がミンチ肉を使って調理し、何やら丸めて焼いているところへ出くわした。戦場では新鮮な肉が配給されることは滅多にない。


「中尉、あれは何という料理だ?」

「あれは前線焼きというものです」

「前線焼き?」

「明日、戦闘が起こるという時に肉が配給されるのですが、その量はわずか。仕方がないので兵士たちは、ブレド(パン)粉やミ・フラウ(小麦粉)を混ぜて焼くのです」


「こういっては失礼だが、あまり美味しそうじゃないね」


 ジョセフは焼いている兵士から、少し分けてもらうとアルバートに食べさせる。確かに肉質が悪くプーンと臭みがある。かさ増ししているので食感も悪い。


「明日に命をかけて戦う兵士には、少しでも美味しいものを食べてもらいたいね。そういえば、うちの息子がミンチ肉を使った料理を作っていたなあ……」


 そう思い出すようにアルバートが遠くを見た。それは祖国ウェステリアのある方向である。


「息子さんですか?」

「ああ。今年、10歳になるのだが料理に興味があってね。不思議な料理を次々と発明するんだ。父親が言うのもなんだが、変な息子なんだ」


「名前はなんて言うのですか?」

「ルウイ」

「いい名前ですね」

「まあ、これがある意味自慢の息子でしてね。年の割には大人のようにしっかりしている。それで料理が天才的にすばらしいのですよ」

「はあ……」


(貴族の坊ちゃんが? まあ、親バカは貴族だけではないが)


「それでね。ルウイが作ったミンチ肉の料理……なんだったかな……。ああ、そうだ。メンチカツって言う名前だった」

「メンチカツですか?」

「縁起がいいだろう。『勝つ』ってね。君がウェステリアに戻ってきたら、息子のメンチカツを食べさせてあげるよ」


「……それは恐縮です」

 

 そうジョセフは応えたものの、司法省次官で伯爵が自分などを真面目に招待するなどとは思っていない。


(社交辞令だろう……)


 だが、その1年後に思いがけない形でこの約束は実現することになる。


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