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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第10話 嫁ごはん レシピ10 ベリーたっぷりのヨーグルトバーク(過去編)
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そうだ、ヨーグルトバークを作ろう

『ヨーグルトバーク』というデザートを知っているだろうか?


 これはアメリカのダイエッターたちから人気に火が付き、一躍有名になったデザートである。アメリカへ行く途中にテロで死んだ前世については、まだ記憶が十分に戻っていない二徹ルウイであったが、この『ヨーグルトバーク』は発祥の地アメリカで食べるつもりであったから、唐突にそのレシピが頭に浮かんだのだ。

 

 ヨーグルトバークは、作り方は難しくはない。水切りをして固めたヨーグルトにシリアルやドライフルーツ、ナッツなどを混ぜ込んで冷やして固めるだけである。見た目は合成着色料でごってりとしたジェリービーンズやアイスクリームの類によく似て、体に悪そうな感じである。


 しかし、ヨーグルトバークは低カロリーで栄養もあり、さっぱりとして体に優しいお菓子なのだ。


(きっと、隊長は病気で食欲がないだろう……。さっぱりして、栄養のあるものがいい……。レッドベリーとブラックベリーを使ってビタミンCたっぷりのヨーグルトバーク。それを持ってお見舞いに行こう)


 正式に会わせてもらえなくても、オーガスト家の敷地内にこっそりと入る道を二徹ルウイは知っていた。ニコールの部屋もである。8歳の時から一緒に遊んでいたから、ニコールに教えてもらっていた。


(まずはヨーグルトを手に入れる……)


 ヨーグルトはウェステリアでも一般的な食べ物だ。新鮮な牛乳と種菌を混ぜるだけ。それを室温で発酵させれば、温度にもよるが30~40時間ほどで完成する。種菌(乳酸菌と酵母)によって味が変わるので、市場へ行けばいろいろな味のヨーグルトが手に入る。


 お気に入りのヨーグルトにハチミツを入れ、昨日取ってきた『レッドベリー』と「ブラックベリー」を混ぜ込む。レモンの皮を刻んだものもアクセントで入れる。それを深さが3ノラン(1.5cm)の平らなトレーに注いだ。


(さて、これをどう冷やし固めるかだけど……)


 この世界には電気で冷やす冷蔵庫はない。あるのは氷温庫。金属や木製の箱の内側に、断熱効果のある樹脂をコーティングしたものだ。上のスペースに氷を入れれば、常に2,3度に保たれる。効果は3,4日。1週間に一度は氷を追加する。


 氷は冬の間に製造し、山に作られた貯蔵庫に保管されている。ここは天然の冷蔵庫で、気温は0℃以下。氷を扱う商人は注文を受けると氷温庫にあった形に切り出し、配達をしてくれるのだ。


 値段は1週間分で銀貨5枚。貴族や裕福な平民ならともかく、普通の人には贅沢品である。但し、この氷温庫を使っても食材を凍らせることはできない。ヨーグルトバークを凍らせるには、別の方法を使うしかない。


(となると……氷と塩かな)


 二徹ルウイはヨーグルトバークのトレーにふたをかぶせると、これを氷の中に埋めた。そこへ塩を入れる。量は氷に対して3分の1の量の塩。氷は溶けるときに周りの熱を奪うので、急激に溶かせばそれだけ温度が下がる。マイナス20℃まで下げることができるのだ。

 

 そうやって固めたヨーグルトバークのトレーを保温効果のある鞄に包んで、二徹ルウイはニコールの屋敷へと向かう。


「ううう……」

 

 ニコールは眼を開けた。いつもの天井。頭の下には氷枕。額には濡れタオル。あの冒険の後、不覚にも風邪をひいてしまい、発熱してしまった。幸い、熱は下がってずいぶんと体は楽になった。だが、ニコールの心は鉛のように重い。


 それは今回の冒険で、男子と遊ぶことを固く禁じられてしまったからだ。今までは末娘のニコールに甘い父親のオーガスト伯爵が黙認してくれたこともあったが、ニコールを素敵な淑女レディにしたい母親が口出しをしてきたのだ。

 

 貴族の娘は淑女レディとしての教育を幼少の頃から受け、12~15歳くらいの間にお披露目パーティをする。多くの場合、そこで婚約する相手を仮に決めるのだ。そこから交際が始まり、18歳から20歳までの間に結婚するというのが定番コースだ。

 

 もちろん、交際中に婚約破棄もありうるのでいったん決めたら、そのまま結婚と言うこともないし、本人同士の意志もある程度は考慮される。

 

 しかし、そこはやはり貴族。家同士の関係強化から、政略結婚も頻繁に行われる。さらに爵位は跡継ぎにしか継承されないので、次子はそのままでは、1代限りで貴族の身分を失う。よって、女子は爵位のある貴族に嫁ぐか、男子は婿養子に行くことが常であった。


 ニコールにはオーガスト家を継ぐ兄がいる。あと、姉が二人。一番上の姉は18歳でそろそろ、婚約者と結婚する時期だし、15歳の姉は先ごろ、お披露目パーティで婚約者が決まった。そういうこともあって、母親はニコールの行動に制限を加えてきたのだろう。


「いいですか、ニコールさん。あなたはレディなのです。ふつうは10歳超えたら、男の子とは遊びません。それにあなた、隊長とか呼ばれているとか。ああ……なんと嘆かわしい。オーガスト伯爵家の娘とあろうものが……」


 母親である伯爵夫人はそう言って、椅子にへなへなと座り込み、絹のハンカチを取り出すと涙を流して泣く。ニコールに受け継がれた美しい金髪のなかなかの美貌だ。田舎の農夫でもやっていそうな温和な感じのオーガスト伯爵はそれを見てオロオロしている。

 

 ちなみに父のオーガスト伯爵は、白髪の小柄な普通のおじさんという感じの風貌で、よくこの美人の奥さんと結婚できたと揶揄されるほど、見た目は不釣り合いなのである。


 しかし、人格的には人々の尊敬を集める大人物で、政府の主要な役職を歴任する有能な人物という面があった。そういった意味では、オーガスト伯爵夫人は夫の身分や財産ではなく、中身に惚れて結婚したと好意的に見られていた。でも、中身は違うとニコールはいつも思っていた。母は貴族の体面を気にする古いタイプの女性なのだ。


(お母様ったら、また嘘泣きして……)


 ニコールは伯爵夫人のいつもの作戦を見抜いていたが、この奥の手で夫であるオーガスト伯爵と結婚し、4人の子供を育ててきた経験には勝てない。ハンカチを目にあてながら、伯爵夫人はキリリと言い放つ。


「もうあの子たちとは会ってはいけません」

「そ、そんな……嫌だ!」

「あなたからも言ってくださいませ」


 いつもニコールに甘いオーガスト伯爵も今回は完全に妻の味方であった。それは遭難するという危険な遊びと、結果的に男の子と無断外泊したという事実が厳しい決定を下す要因となったのは間違いない。


「ニコール。お母様の言うことを聞きなさい」

「うう……お父様まで……」


 家長である伯爵にこう言われると、もうニコールにはどうすることもできない。ただ、1点だけ条件を付ける。


「ルウイとも会ってはいけないのか?」


 今まで男子と遊ぶことが黙認されていた理由の一つに名門サヴォイ家の次期当主のルウイがいたことも大きかった。両親ともニコールをサヴォイ伯爵夫人にすることは、選択肢の一つでもあったからだ。


「もちろん、男の子と個人的に会うのはダメです。でも、ルウイ君なら手紙の交換くらいはいいです。いや、むしろ、そうしなさい」


 先ほどまで泣いた真似していた伯爵夫人。もう娘のために婿を探す女豹のような鋭い目つきになっている。一応、ルウイを娘の手堅い婿候補として残しておきたいのだろう。ただ、ルウイはニコールよりも年下であるから、サヴォイ家の方が難色を示すかもしれない。


 貴族の結婚相手は、普通は男性が年上。できれば5,6歳は上がいいとされていた。場合によっては、ずっと年上もある。女性の方が上ということは稀なケースであった。


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