二コールの正体
どれくらい寝たであろうか。二徹が目を開けると、外は薄っすらと明るくなっていた。コンラッドとレオナルドはまだ寝ている。焚き火は枝がくべられて、まだ燃えている。誰かが枝を追加したらしく、パチパチと音を立てて赤い炎を巻き上げていた。
おそらく二コールであろう。二徹の隣にいるはずのニコールがいなかったからだ。
「隊長?」
声に出してみたが、ニコールはいない。雨も上がって空が明るくなったので、外に出たのであろう。二徹もそっと外に出た。雨水で洗った鍋やコップ、器が並べられている岩が目に入り、鍋だけを手に取った。朝ごはんの用意をしようと思ったのだ。
朝ごはんの用意といっても、材料は使い残したとうもろこし1本だけ。これを塩茹でするだけだ。さすがに二徹でも、この状況では腕を奮うことはできない。
「あれ、これいいんじゃない?」
昨日は雨で気がつかなかったが、野原の片隅に赤い実や青い実を見つけた。ウェステリアの山岳地帯に広く分布する『レッドベリー』と『ブラックベリー』である。レッドベッリーは、熟すと甘くなり、そうなるとアリがたかるので別名『ありいちご』という。
ブラックベリーは森林熊の大好物だと言われて、別名は『クマいちご』である。酸味があり、酸っぱいからジャムにすることが多いが、小さいうちはそれほどでもないので、生食できる。
(これは朝ごはんに最適だな)
きっと、コンラッドが大喜びするだろう。そう思って、二徹は鍋いっぱいに摘み取る。コンラッドだけでなく、ニコールもレオナルドもうれしいはずだ。
ぴちょん……ぴちょん……。
どこからか、水音がするのに二徹は気づいた。
二徹は導かれるように、音のする方へ向かう。そこは小さな泉。沢から流れ出るきれいな水が流れる場所。そこに人影があった。
白い裸体が美しく輝き、飛び散る水しぶきが朝日にキラキラと輝く。太ももまで水に浸かった長い金髪の女の子。二徹はこの世界に生まれ変わってから、女の子の裸体を見るのは初めてであった。
妹のリーゼルは、まだ赤ちゃんで、使用人が沐浴させる時に裸を見ることがある。これはカウントしない。それで知ったのだが、男にあるものが女にはないのだ。
そして目の前で水浴びする人物は、あるものがないし、胸も少しだけ膨らんでいる。明らかに自分とは違う。
(誰?)
その人物は二コールにとてもよく似ている。でも、髪は長い。美しいウェーブがかかった金髪がキラキラと輝いている。
(隊長の髪があんなに長いわけが……。いや、待てよ!)
ニコールはいつも帽子をかぶっていた。トレードマークになっているハンチング帽子。その中に髪を巻いていたら……。
(目の前の人物じゃないか!)
ガサッ……。パキ……。不用意に近づいて地面に落ちている枝を踏み抜いてしまった。その音に敏感に反応した。
「誰!」
振り返った金髪少女と目が合う。二徹は能力を発動していない。だが、かっきり3秒は時が止まった。
「きゃああああああああっ……」
「わあああっ……」
お互いに声を張り上げる。その声はニコールに間違いがない。
「お、お前は、ルウイ!」
「た、隊長? っていうか、隊長、前、前!」
ニコールは驚きで仁王立ち。まさにすっぽんぽん。指摘されて、真っ赤になったニコールは小さく女の子の叫びを上げてその場にしゃがみこんだ。
「タ、タオルを取ってくれ!」
「は、はい……」
慌てて、きょろきょろと視線を泳がせて、木の枝にかけてあったタオルを渡す。もちろん、視線は逆方向。
パシャパシャと水音がして、今度はしゅるしゅると布がこすれる音がする。ニコールが服を着ているのであろう。その時間をひたすら待った。
「もういいぞ……」
そう言われて二徹は、振り返った。そこにはニコールの服を着た髪の長い美少女がいた。
「た、隊長ですか?」
「あ、あたりまえだ!」
「……た、隊長って……」
「な、なんだ、ルウイ!」
「美少女だったんですね」
「な、な、な、何を言っているんだ、ルウイ」
「だって、僕たちと遊ぶときには男の子みたいな格好をしていたじゃないですか?」
「わ、私は……一度も自分が男とは言ってないぞ!」
確かに言ってないが、女の子とも言ってない。そもそも、ニコールはオーガスト伯爵の子供で女の子なら令嬢である。年下の男の子と一緒に飛び回っていることの方が異常なのである。
「ル、ルウイに聞くが、わ、私の裸見たよな?」
「み、見ました……」
「み、見たのか……」
「はい、ばっちりと……」
これは嘘は付けない。というか、目と目が合ったのだ。こんな質問すること事態がおかしい話なのだ。
「うううう……」
顔が下から徐々に真っ赤になっていくニコール。わなわなと羞恥心に震えていく。
「そ、それで何か言うことはないのか……」
「は……それは、その……ありがとうございました!」
なんでそんなことを言ってしまったのだろう。慌てて、「すみません。見たことは忘れます」と続けたが、ニコールは黙り込んだ。
(な、なんでここで黙る……。いつもの隊長なら、「バカやロー」とか言って殴ってくるのが普通だろうが……)
沈黙の後、ポツリとニコールがつぶやいた。
『忘れなくてもいい……。ルウイなら……』
遠くで大人の声がした。犬の鳴き声もする。捜索隊がやってきたのだ。二徹とニコールは慌てて、岩陰に戻ってニコールが持ってきた発炎筒を使って位置を知らせた。
多くの大人が駆けつけ、この冒険に終止符が打たれたのであった。
*
「隊長が女の子だって知っていた?」
そう唐突に聞いたのがコンラッド。あれから4人は大人に散々叱られた。それはそうだ。無断で外出し、そして遭難をしたのだ。二徹もコンラッドもレオナルドもそれぞれの親から叱られた。でも、ニコールの叱られ方は、男の子である3人とは違っていた。
もう3人とは遊べないというオマケつきであったからだ。
でも、それは納得がいく。ニコールは女の子であった。この事件を機会にもう男の子と遊ぶことを禁止されても仕方がないことだ。
貴族の令嬢は結婚するまで、身内以外の男とは親しくしないというのが通例なのだ。今回のように一晩無断外泊ということが知れ渡っては、まだ子供でも貴族社会ではスキャンダルになりかねない。
「僕は知っていたよ。隊長が女の子だって……」
そうレオナルドが語り始めた。この冒険の前。風でハンチング帽子が飛ばされたニコールの姿を見たというのだ。長い髪が解けて、流れるように風に舞う姿に見とれたという。
それで気になったレオナルドは、二コールの近くに行くようにしていたが、いつもニコールは二徹の傍にいくので、ルウイのことが好きなんだろうと思ったとのことであった。
「そんな……ことないさ……」
そう言ったものの、二徹には、最後の二コールの言葉が思い出される。
『忘れなくてもいい……。ルウイなら……』
あの言葉が何度も頭の中に繰り返された。
「知ってる?」
「何が?」
「隊長、雨に濡れて風邪をひいたらしいよ。高熱が出て寝込んでるって話」
「そ、そうなの……」
「僕たちのために雨の中、たきぎを拾ったり、草を刈ってくれたりしたからなあ……。女の子と分かっていたら、僕たちがもっと動くべきだったね」
そうコンラッドの反省の弁。捻挫をした彼は、ニコールに肩を借りて岩陰に連れてきてもらっている。一番世話になっているのだ。
「お見舞いに行きたくても、もう男とは会えないって話だよ」
残念そうなレオナルド。もう会ってはいけないと二徹も父親のサヴォイ伯爵から言われていた。きっと、ニコールのオーガスト家からの要請だろう。
(だけど……)
熱で苦しんでいるニコールに何かしてあげたい。強烈に二徹は感じた。そして、昨日、鍋に摘み取った『レッドベリー』と『ブラックベリー』を思い出した。
(うううう……)
急に頭痛がする。昔のこと。いや、生まれる前のことを唐突に思い出すことがある。それは秘密にしている時間操作の能力とともに、異国の料理人だった記憶。
こういう時に、過去の記憶とともに、食べたことも作ったこともないレシピが沸きあがってくるのだ。




